101回目

 

「何怒ってるんだ?」

「怒ってねェよ。考えてんだ」

そ んな風に言いながら、ルフィの眉間には縦皺が寄り、眉尻は少し下がっている。ルフィにしたら珍しい表情だ。そしてゾロは目の前の友人(今の所、そう形容す るより他ない)のそういった表情がとても苦手だった。なんだか妙に落ち着かなくなるのだ。何かしなくてはいけないような気になってしまう。けれど何がル フィの顔を曇らせているのかがよくわからない。探るように会話を続ける。

「考えるって何をだよ」

「今年もおれの方が数は多い。」

「そのようだな」

な のにどうしてそういう顔になるんだろう。ゾロにはまったく見当がつかない。目の前にはチョコレートが散乱している。ゾロが学校より持ち帰ったものと、ル フィが学校から持ち帰ったものである。きっかけはなんだかくだらないことだった気がする。2月14日。バレンタインデーにいくつチョコをもらったのかを競 う習慣はここ2年くらいのものだったとゾロは記憶している。習慣といえるほどもなく、今年でまだ3回目だ。そしてルフィと会ってもう3年だ。ちなみに数で 言うならば去年もゾロの負けだった気がする。数で勝ったのは最初の年だけだ。今思えばあれがルフィの負けず嫌いに火をつけたのだろうか。とゾロはぼんやり 考える。

  ゾロにしてみればチョコの数だとか、ぶっちゃけバレンタインなんかもどうでもいい話だったのだが、学校が変わり、会う機会もなかなか作れずにいる昨今、こ の口実はなかなか捨てがたい。更に、現在ルフィは受験の追い込み真っ只中だ。私立の受験は終わっているが、公立の方はまだだったはずだ。今年はないかな、 と思いつつ、こうしてチョコを持ち帰り、そしてルフィはやって来た。実際会うのも三ヶ月ぶりだ。会おうと思えばいつでも会える距離なのだが、やはり口実な しではなかなか家まで出向きにくい。相手が受験生なら尚更だ。もちろんそう思ってるのはゾロだけで、ルフィにとったらたいした問題ではないのかもしれない が。けれど、そのルフィが目の前で顔を曇らせている。原因は不明。受験が原因ではないことは間違いないと思う。そもそもやって来た時にはいつもと同じ、楽 しそうな、見ているとこちらが嬉しくなるような、そんな風情だったはずなのだ。

「うん。やっぱりやめよう。」

「なにがだ?」

経過をとばして結果だけを口にするルフィのやり方にはある程度慣れているので、たいして戸惑いもせず、説明を求める。

「すっげェうまそうなんだけどな。ゾロのチョコ。今年はおれ我慢するからちゃんとゾロが全部食え」

一 昨年より、ゾロの受け取ったチョコは、ほとんど、というより、全部がルフィの腹におさまっていた。ひとつには、ゾロはあまりチョコが好きではない、という 点。もうひとつには、ルフィはチョコが好きだという点。そもそもは、ルフィのもらったチョコよりもゾロのもらったチョコの方が高級そうで、一口もらっても いいか?とか言う会話から始まったような気がする。別にチョコ好きじゃねェから全部食ってもいいぞ、と言ったときの輝くような笑顔ならきちんと覚えている のだが。去年も確か嬉しそうに食べていた。それを見るのも、2月14日の楽しみのひとつだったのだが。今年はどういうわけだろう。

「あー・・・何度も言ってるが、おれは別にチョコは好きなわけじゃねェんだ」

「でも嫌いなわけでもねェんだろ?」

・・・実はそうだ。好き嫌いを言えるほど食べ物にこだわりはない。

「それでも好きな奴が食った方が食い物としてはいいような気がするんだが」

「・・・ うーんとな。ゾロ実はわかってないかもしれないから言うんだけどな。そのチョコをゾロにくれた人たちはゾロに食べてほしいと思ってゾロにくれたんだぞ?ゾ ロは甘いものがあまり好きそうにない印象だからこれもこれも苦めのあんまり甘くないやつだし、これとこれとこれは酒が入ってるやつだ。」

「つまり、今回おれがもらったチョコにあんまりお前の好きなものはねェってことか?」

いや、でもうまそうだが、我慢する、と言っていたのではなかったか?ゾロの眉間にも知らず皺が寄った。

「そうじゃねェよ。んーと、この日のチョコはくれる人の気持ちなんだから、ちゃんと大事にもらった奴が食べてやんないとダメだ。そういうことだ。」

成程。誰かに余計なことを吹き込まれたようだ。とてもルフィの発想とは思えない。ルフィがこんな台詞を言えるような人間であったなら自分はこんなに苦労はしてない。

「気持ちとか言われても、誰からもらったもんだか覚えてもいねェんだが」

そもそもゾロにとってチョコとはルフィの笑顔を引き出すアイテム以上のものにはなり得ない。けれどルフィはますます眉間の皺を深くして、

「ゾロ、それは失敬だぞ、とても」

となんだか悲しそうに言うのだ。ゾロはなんだか少しイライラしてきた。

「じゃぁ、お前は自分にチョコくれた奴の名前だとか顔だとかいちいち覚えてるってのか?」

「当たり前だろ。覚えてるぞ。ちゃんとありがとう、って言うし。まぁ、名前知らない奴はちょっといるけど、でもまた会ったらちゃんとわかる自信はある。」

なんだか腹も立ってきた。ような気がする。ルフィは不特定多数の男女(間違いなく男も入っているはずだ)の好意を受け入れて、それを嬉しいと思っている。それだけの事実がとてもおもしろくない。ゾロの眉間の縦皺もますます深くなっていった。

「ゾロだってこないだおれに買ってきてくれた肉まん、サンジが食べてたらイヤじゃねェか?」

・・・そんなことになってたら死刑だ。サンジを。そして何故ここでサンジだ。それはひとまず置いといて。確かにルフィの言うことは正しい。自分はかなり失礼だ。

「それ、誰かから言われたのか?チョコが気持ちだとかなんとか。」

サンジ辺りが言いそうな台詞だ。あいつだったら明日斬ろう、と心に決める。そして次の瞬間、ゾロは驚きに軽く目を見張った。

「いや・・・」

と口ごもるルフィの顔が少し、赤くなっている。ルフィが赤くなるところなんて初めて見た。

「とにかく!ゾロはそれちゃんと全部食べるんだぞ!」

声 を荒げた。どうやら誰の意見かは聞かれたくないらしい。ゾロは内心、恐慌状態、と言ってもいいくらいだった。あんな顔をルフィにさせる「誰か」がいるの だ。ルフィはとても鈍感で、およそ中学生男子の情緒だとか欲だとかそう言ったものとは程遠いイメージだ。三年生になってもそれは変わっていないと思ってい た。だからゾロは待つつもりだったのだ。ルフィにそういう、言うなれば情緒が芽生えるのを。それがさっきあんな台詞を言ったかと思ったら今度はこんな顔を する。呑気に待ってる場合じゃないと、どこかでわめいている自分を他人事のように感じていた。

「ゾロ?」

ルフィの声が不安そうに揺れた。気がつけばルフィの手首をにぎっていた。このまま引き寄せて腕の中に収めてしまえ、と誰かがわめくのだけれど、ゾロはその手を離すことに成功した。

「あぁ、悪ィ。そうだな、お前の言う通りだ。これをなんとか食いきればいいんだな」

そう言ったらルフィの顔はまたなんだか複雑な様相で、いったいどうすりゃ笑ってくれるんだ、と怒鳴りつけたくなった。二人の間を沈黙が支配する。こんな雰囲気になったことはいまだかつてない。

「うん。じゃぁ、おれ帰るな。」

空気に耐えられなくなったのか、ルフィが立ち上がった。引き止める理由はない。相手は受験生だ。では受験生でなくなったら?

「ルフィ、試験、いつ終わるんだ?」

いきなり聞かれてルフィはきょとんとしながらも

「24日。合格発表は4日。」

と答えた。ちなみに卒業式は14日だ。ゾロは少し考えて、

「じゃぁ、5日空けとけ。なんかおごってやる。」

ルフィの顔がやっと晴れた。

「合格祝いか?」

「試験受ける前から言うな」

ゾロは苦笑する。それまでに自分の覚悟もできるだろう。どこの馬の骨ともしれん奴にうかうかとさらわれるわけにはいかないのだ。

「じゃぁ楽しみにしてるな!」

「その前に試験があること忘れるな」

「おう!まかせろ!」

すっかりいつもの雰囲気だ。それでもゾロの視線はどうしてもルフィの持っている紙袋で止まる。この中のチョコの送り主にその誰かはいるんだろうか。少しざわざわする胸を押さえつけてゾロはルフィを見送った。あと半月と少し。自分が試験を受けるような気になっていた。

 

 

 やっぱり変なことを言ったと思った。ゾロも不審そうな顔をしていた。途中なんかたぶん怒っていた。でも最終的には今度会う約束もできたからいいや、と思うことにした。終わりよければすべてよし。というやつだ。ルフィは帰り道を急ぎながら、そう結論づけた。

「やっぱり買わなくてよかったな」

ゾ ロは初めて会った時からずっと優しくって、中学を卒業してからもルフィを気にかけてくれていて、度々遊んでくれたりしている。家もそんなに遠くないから、 ルフィがこんな風にいきなりおしかけて行っても、イヤな顔なんてされたことがない。そんなゾロになんとか自分の嬉しい気持ちをわかってもらおうとして、実 は、チョコを買おうかな、などと思っていたのだ。

  その時はたいして深く考えていなかった。なんとなくそんな風に思ってチョコ売り場へ行ってみた。フロアは広くて、まだそんなに混みあってもいなかったの で、ルフィは気兼ねせずチョコを物色してみた。それはものすごく種類があってびっくりした。いつももらうばっかりで、人にもの(特に食べ物)をあげたこと なんか皆無に近いルフィには、毎年もらうチョコがこんなにたくさんの中から選ばれているものだと初めて知った。もちろん手作りのチョコをくれる人もいるの だが。少し感動して、ゾロにあげるチョコを自分で選ぼうとした。ゾロは食べ物にはこだわりがないらしく、あれで実はなんでも食べる。けれど、好きといえる 食べ物がない相手に渡すチョコというのは案外難しい。ふと目をやれば洋酒のチョコと書いてある。ゾロは高校生のくせに酒が好きだ。そうか、こういうのもあ るんだな、とルフィは感心して、これならゾロは喜んでくれるだろうか、と思ったら、急に恥ずかしくなった。これではまるで好きな人にチョコを贈る女の子の ようだ。急に顔が熱くなって、逃げ出すようにその場から去った。

  よくよく考えてみれば、去年も一昨年も、ゾロはもらったチョコレートを全部ルフィにくれていた。最初に欲しい、と言ったのは自分のような気がする。こんな 風に一生懸命ゾロに食べて欲しくて選んだものを誰か他の人にあげられたら、それはとても悲しいとルフィは思った。ゾロに渡されたチョコの中には自分が選ぼ うと思っていた洋酒のチョコも混じっていて、ゾロの酒好きが一部には公表されたのだな、と思うと同時に、これを自分が食べるのは大変失礼だ、と思って、ゾ ロにあんな風に言った。誰かに言われたのか、と聞かれた時には改めて恥ずかしくなった。確かに全然自分らしくないと思う。咄嗟に言葉が出てこなくって、そ したらゾロに手首をつかまれて、じっと見られて、そしたら余計恥ずかしくなって、結局怒鳴ってごまかした。ゾロはちゃんとごまかされてくれて、もらった チョコも食べると言ってくれた。

「やっぱり買っとけばよかったのかな」

ルフィは今言ったこととまるで逆のことを呟く。こんな自分は少しおかしいような気がする。

「まぁいっか。」

とにかく、合格祝いをしてもらえるように、今は勉強頑張ろう。不合格でもゾロはきっとなにも言わずにおごってくれるだろうけれど、できればいばっておごられたい。自分の胸の中のもやもやはひとまず棚上げにして、ルフィは白い息をはずませながら家路についた。

 

 2005.2.15UP
2014.2.11再UP

こんな話100回くらい読んだわよ!

と言われるかと思いまして。

そんなタイトルです。

 



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