102回目

 

 思っていたよりも自分は気が長い方だったらしい。よもやこの気の長さが敗因になろうとは。いや、負ける気はないので、敗因とは言わないが。

  そんなことを思いつつ、ゾロはルフィを待っていた。家まで迎えに行ってもよかったのだが、ルフィの希望により店の前で待ち合わせだ。合格発表は昨日だった はずだが、まだゾロはその結果を聞いていない。本人から聞くべく、こうして待っているのだが、約束の時間を過ぎてもルフィはまだやって来ない。

もともとルフィは時間にはルーズな方なので、できれば待ち合わせなどはしたくないのだ。別にルフィを待つのは苦ではないのだが、どうにも心配になる。とにかく危なっかしい印象なので。そう言えば怒るに決まっているので言わないけれど。

 約束の時間から30分。やがてルフィの姿が見えた。ひとまずゾロは息を吐く。

「ごめん、遅れたっ!」

息せき切って走ってくる。

「だから家まで迎えに行くって言ったんだ」

とりあえず、文句は言っておく。たとえポーズだけだとしても。

「ゾロ今うち来たら、この時間にここにこれてねェぞ。あー。腹へった。とりあえず、入っていいか?」

な にやら事情があるらしい。ゾロに断る理由はないので、ひとまず二人して店の中に入る。肉好きのルフィのための焼肉屋だが、今日は一人いくら、のバイキング 形式の店にした。ルフィがよく食べることは知っているし、ゾロもバイトをしているとはいえ、そうそう裕福なわけではないので。ここならば先に料金を払うシ ステムだし、ルフィがいくら食べてもお互い気にしなくてすむ。勿論置いてある肉の質はあまりよくないものではあるが、ルフィはまだまだ質より量だ。

「さー!食うぞ!」

こうなったら、あと30分は話にならないだろう。

「食う前に言うことあるだろうが」

甘い顔をしたらキリがないので、ひとまず釘を刺しておく。

「?」

ルフィは一瞬不思議そうな顔をして、それから思いついたように、

「また1年お世話になります。ゾロ先輩。」

そう言って一礼した。

 

「だからな、エースが拗ねてんだよ」

本当にこの体のどこにこれだけ入るんだろう、というイキオイで、ひと通り食べたあと、ルフィは少しゆっくりになった箸を動かしながら話し始めた。

「おれの志望校やっぱり知らなかったらしくってさ。てっきりエースの高校受けたんだと思ってたんだって」

エースというのはルフィの兄で、ゾロの1つ上だ。

「・・・それは・・・また」

ゾロとしてはコメントに困るところだ。

「だいたいエースだってもう卒業したんだから、おれがエースの学校受けても一緒に通えるわけじゃねェだろ、って言っても聞かねェし。OBだったら文化祭とか体育祭とかいつでも学校覗けるんだ、とか言って大変だった」

確かにそんな所にゾロがのこのこ出て行っては、火に油を注ぐようなことになりかねない。ちなみに高校の卒業式はもう終わっている。

「おれに黙って、違う高校受けるなんてだまし討ちだ、とか言われてもなぁ」

ルフィが困った顔で肉を気持ちゆっくり食べながら話す。

「なんで言わなかったんだ?」

「言ったら邪魔されるだろ?」

「するか?」

「するよ」

やたら断定的である。確かに仲の良い兄弟だとは思うのだが、そこまでするタイプだとはゾロにはみえない。

「こないだ、チョコ売り場にいたトコ見られてからは、特にうるさくなった。あれ絶対おもしろがってるだけなんだ」

ルフィは兄に憤慨しているようだが、ゾロには聞き捨てならない一節があった。

「チョコ売り場?」

「そう、バレンタインの時の・・・」

言いかけて、ルフィははっと口をつぐむ。それからまたすごい勢いで肉を食べ始めた。ゾロの頭の中は、また目まぐるしく回転を始める。

 つまり、バレンタインの時にチョコ売り場でチョコを買うところを兄貴に見られて、兄はその相手がルフィの受けた高校にいると思っておもしろくない、というところだろうか。ということは、ルフィが誰かにチョコをあげた、ということで、相手は男だということだろうか。

「あー・・・つまり、お前に誰か、そういう意味で好きな奴がいると思って兄貴は面白くねーってことだな」

ルフィの箸が止まった。

「そういう意味って?」

「特別に、って意味だろ。恋愛感情とかそういうやつ」

「どうなったらレンアイ感情なんだ?」

聞かれても困るのだが。ルフィの顔はいつになく真剣だ。

「あー、おれにもよくわからねェけどな。そいつが笑ってたら嬉しい、とか、そいつに会えねェとつまらんとか、そいつが他の奴の話すると面白くねェとか、ずっと一緒にいてェとか、できりゃ触りたいとか、そんな感じじゃねェのか?」

と りあえずゾロはそんな感じなのだ。だからと言って、それが恋愛感情と呼ばれるものなのかは自信がなかったが。ルフィはすっかり考え込んでいる。どうやらひ とつひとつ当てはめているらしい。ひょっとしたら自分はしくじったかもしれない。ルフィが誰かに触ったり、触られたりするとか考えるだけで、鉛を飲まされ たような気分になる。けれどルフィが本当に誰かを好きになったのだったら。どうしたらいいのだろう。

 ルフィは相変わらず難しい顔をして考えている。かと思えばふと赤くなって止まった。随分と困ったような顔をしている。これは決定的かもしれない。ゾロは覚悟を決める。

「今、誰のこと考えてた?」

「え?」

ル フィが一層困った顔をした。いつもならこれにすぐ負けて撤回してしまうところだが、今回ゾロはそうしなかった。相手を聞いて、それが納得できる相手なら ば、なんとかあきらめようと思う。たとえば、あのカヤだとか、最近よく名前を聞く後輩のビビだとか。そういう方向でこられたら太刀打ち出来ないのはわかっ ている。一年間、物分りのいい先輩の振りをし続けよう、と思う。

  けれど相手が男なら、絶対負ける気はないし、取り返す算段をしなければならない。とりあえず敵を知っておくに越したことはない。どちらにしてもあまり考え たくはないところだが、そうも言っていられない。真剣なゾロに押されて、ルフィはなにかを言いかけたが、やはり止まってしまう。なんだかルフィらしくな い、とゾロはふと思う。ルフィはもともと何かを故意に隠したり、嘘をついたりとかは苦手なはずなのだ。

 別に誰かを好きになるのはルフィにとっては悪い感情ではないはずなのだし、こんな風に隠す必要はないのではないかと思う。よほどゾロに知られたくない相手なのか。

「・・・やったのか?」

ふと思いついて、ゾロは質問を変えることにした。

「なにを?」

「チョコ」

「いや、結局買えなかったから」

今度の質問には比較的あっさりルフィは答えた。つまり、チョコを買おうとはしていたが、結局買わなかった。ルフィからチョコをもらった人間はいない。もらっていなくても、可能性はある、ということだ。

 どうにも微妙な空気になってきた。いつかのバレンタインもこんな空気が流れたはずだ。ゾロは止まりそうだった息をゆっくりと吐く。

「腹はふくれたか?」

「へ?」

ルフィはいきなり変わった話についていけずに、戸惑っていたが

「あぁ、うん。なんでかな。もう、いっぱい、かな」

いつものルフィなら、もう少し食べるはずだ。普通の成人男性の食べる量は、余裕でクリアされてはいるが。

「なら、出るか」

「あ、うん」

 

 ゾロはなにも言わずに歩く。ルフィは少し後ろを黙ってついてくる。ルフィはゾロがどこへ行くのかわからなかったし、ゾロはゾロで自分がどこに向かっているのかよくわかっていなかった。

 なんとなく、家に帰って来ていた。ゾロの家だ。ゾロは振り返る。

「上がっていくか?」

ゾロの中では最後通牒のつもりもあったかもしれない。ルフィが頷いたら後戻りできない気がする。けれどそんなことに気づいているのかいないのか、ルフィはあっさりと頷いた。

「そういや、ゾロおれにまだ言ってねェことあるだろ?」

勝手知ったる他人の家、とばかりにルフィはゾロの部屋に続く階段を上りながら言った。ゾロの方は、ルフィの真意を確かめることばかりに頭がいっていて少し反応が遅れた。言ってないこと。

「あぁ、合格オメデトウ」

ルフィが嬉しそうに笑った。見ているだけでこちらも嬉しくなるような笑顔なのだが、今のゾロには少し、逆効果だ。

「なぁ、ルフィ」

部屋の中にルフィを入れて、ドアを閉める。

「ん?」

「なんでお前、うちの高校受けたんだ?」

ルフィの顔が顰められた。

「ゾロいるし、サンジいるし。ウソップも受けるって言ってたし・・・」

高校なんてどこでもよかったけれど、どうせなら楽しい方がいいに決まっている。

「なんでゾロ今ごろそんなこと聞くんだ?」

少し、拗ねているように聞こえるのは気のせいだろうか。

「お前が誰にチョコ買おうとしてたか気になるからだ」

その上、バレンタインのチョコは気持ちなんだとまで言ったのだ。ルフィは。

「さっき考えてたのもそいつのことだろ?」

ま たルフィの顔が赤くなった。自信のほどは六割五分一厘と言ったところか。ゾロはなんとなくルフィに一歩近づいた。するとルフィが一歩下がる。もう一歩進ん だらもう一歩。こんな弱気なルフィは初めてだったので、ゾロはついずかずかと近づいていって、壁に追いつめてしまった。ゾロの体と部屋の壁にはさまれて、 ルフィは身動きがとれずにいる。左には机があるし、右はゾロの左手が塞いでいる。どうするかと思えば、俯いていた顔をキッとあげて、赤い顔のままゾロをに らみつけてきた。やっぱり負けず嫌いなのだ。

「聞いてどうすんだよ」

ゾ ロは少し、おかしくなってきて笑った。いまや九割九分九厘だ。その顔を見て、ルフィはまた俯いてしまう。ルフィとしては悔しくてしょうがないのだ。ゾロの 名前を素直に口にするのも悔しいし、そうしたいと思ってもなぜだか頭に血が上って口にできないことも悔しい。それにまだ、ゾロのいうレンアイ感情もよくわ からないし。

「そうだな。祝砲でも上げるかな。」

そう言ったゾロの声が、やたら嬉しそうに聞こえたので、ルフィはあれ?と思って顔をあげる。ルフィをじっと見ているゾロとまともに視線がぶつかったけれど、その顔は、エースみたいにおもしろがっているようには見えなかった。けれど、ルフィの顔はますます熱くなる。

「えっと・・・言ったら、ゾロ嬉しいのか?」

半信半疑な顔でルフィはゾロに聞いた。

「そりゃ、答えによるが・・・」

万が一、自分以外の名前が出てきたら、立ち直るには時間がかかりそうだ。

「ゾロ・・・ひょっとして意地悪してるか?」

「誰に?」

「おれに」

なんだかゾロはわかってて聞いているみたいだ、と思ってのルフィの発言にゾロの顔が心外そうに顰められる。

「意地悪なのはそっちだろう」

一言、名前を言ってくれればいいだけなのだ。ルフィの顔も顰められる。

「よくわかんねェけど、なんか、言えねェんだ。・・・なんでだろ」

「そりゃ、怖がってんだろ」

無意識に、今の状態から変わることを怖がっているのではないだろうか、とゾロは思う。

「何を?」

「踏み込んだら、楽しいだけじゃなくなるからな」

ルフィの眉根がまた寄せられる。

「楽しいだけじゃダメなのか?」

「ダメじゃねェけどな。どうしてもイヤな気持ちになることもある。」

少なくともゾロはそうだ。ルフィを想うとき、勿論楽しいこともたくさんあるのだけれど、嫉妬とか焦燥とか欲だとか。綺麗なだけの感情ではない。

「ゾロ」

「なんだ?」

「だから、チョコやろうとした奴」

いきなり、告げられた。

「いっ つも世話になってるから、お礼のつもりで買おうと思ったんだけど、選んでるうちにすげェ恥ずかしくなって買うのやめて、レンアイとかはまだよくわかんねェ けど、ゾロに会えねェとつまらんし、ゾロのこと好きな女の子からゾロがいっぱいチョコもらってるのもなんかもやもやしたし、ゾロと一緒にいたいからゾロの いる学校受けた。」

ルフィは一息にそれだけ喋る。そして俯いていた顔をそろそろとあげて

「えっと・・・ゾロ・・・嬉しかったか?」

と言った時には視界が真っ黒になって、ゾロの腕に抱え込まれているのを理解したのは数秒後だ。

「あぁ」

「・・・だったらおれも嬉しいからいいや。恥ずかしいのは我慢する。」

ゾ ロの腕が強くなって、ぎゅぅぎゅぅと、まるでしまいこもうとしてるみたいにルフィを抱きしめる。確かに楽しいだけではないかもしれない。ルフィはボーっと する頭でそんな風に思った。顔はさっきよりもずっと熱いし、心臓もなんだかすごいことになっている。さすがにいまのこの顔を見られたくなくて、ゾロの肩口 に額を押し付けた。

 するとゾロの腕は少し緩んで、右手がルフィの頬に触れる。上を向かされたと思ったらゾロの顔が近づいてきた。息がかかる。

「・・・っ!!」

次の瞬間、ルフィは思い切り、ゾロに頭突きをくらわせた。

「・・・・」

不意をつかれて、ゾロがルフィから離れる。今までの雰囲気はなんだったんだろう、とゾロは半ば呆然として額を押さえているし、ルフィはルフィで、混乱がピークだ。

「あー・・・」

ゾロが声を発するとルフィの肩がビクリと震えて、少なからずゾロを凹ませた。

「悪かったな。嫌がられる予定ではなかったんだが」

息を大きく吐いて、ゾロはルフィから離れて床に座った。ゾロとしては2年近くも待ったのだ。今、ルフィが自分と同じ気持ちを持ってくれているのなら、我慢する必要はない、と思ったのだが。今までの流れがなにかの間違いだったとか、怖い考えまで浮かんでくる。

「えーっとな・・・」

今度はルフィの声にゾロの肩が揺れる。

「おれゾロのことたぶん、一番に好きだ、と思う。ゾロの言うレンアイ感情かな?とも思うけど・・・」

「だったら」

キスぐらいさせろよ、と言いたいところをゾロは堪えた。ルフィは赤い顔をしたまま続ける。

「ちゅうとかする前に言うことあるだろ!」

ルフィがゾロを睨んだ。ゾロはやっぱり呆気に取られて、それから笑った。

「間違いじゃなくてよかった」

ルフィはやっぱりゾロが笑うと嬉しいと思ってドキドキした。

「ルフィ」

「おぅ」

ゾロは座ったままルフィを見上げて続ける。

「前も言ったが、お前が好きだ。だから、いつでも会いたいし、触りたいし、キスしたい」

それ以上だってしたいが、今日の所は黙っておく。

「・・・・・」

ルフィの顔はこれ以上ないくらい赤くなった。

「いいか?」

「ダメ」

「てめェ、これ以上どうしろってんだよ」

言うべきことは言ったはずだが。さすがのゾロもキレかける。いろんな意味で。するとルフィがほてほてと近づいてきて、ゾロの隣にペタリと膝立ちしたかと思うと、ゾロの頭を抱え込んだ。

「ルフィ!?」

予想外の行動にゾロの頭にも血が上る。

「こやってしてるだけでおれ心臓止まりそうになってのに、そんなんされたら絶対止まる」

ボ ソリと頭の上で声がした。どんな顔して言ってるのか見たい気もしたが、見たら絶対我慢できないだろうと思い、我慢する。もうなにを我慢しなくてはならない のかよくわからない。ただ、KO負けに近いと思う。そんな風に言われては。目を閉じればルフィの心臓の音が少し早めに打っているのが聞こえる。別に止まり はしないだろうと思うが、こうなれば苦笑するしかない。結局ゾロはルフィに甘い。

「もう一回、ちゃんと言え」

ゾロはルフィの心音を聞きながら、くぐもった声で言う。

「それで、たぶん、じゃなくて断定しろ。そしたらもう少し待っててやる」

ルフィは何の話かと一瞬首を傾げそうになり、それから少し腕に力をこめて

「大好きだ。」

ポソリと言った。

 

「えっと・・・もうここでいいぞ?」

と は言ってももうルフィの家は目と鼻の先なのだが。もともと送っていく、との申し出に、ルフィは一人で平気だ、と言い張ったのだが、そのくらいさせろ、と押 し切られた。ゾロとしては家まできちんと送り届けたいところだが、ルフィと兄との間に油を注ぐことはないだろう、と妥協する。火種は間違いなくあるのだか ら。

「じゃぁ、また来週な」

ゾロが少し笑って、ルフィの頭をポンとたたく。

「まぁ、来月になったら毎日会えるんだしな」

ルフィはやっぱりどこか落ち着かないような気分になる。今までどうやってゾロと別れていたのかが思い出せなくなっていた。戸惑う顔をそのままゾロに向けると、

「お前、別れ際にそんな顔すんな」

苦笑の声が聞こえて、額に暖かいものが触れた。思わずルフィは額を押さえる。

「頭突きのお返しだ」

別に止まってねェだろ?心臓、とゾロが笑うのでルフィはかなり悔しくなった。せっかく治まっていたはずの頬の赤みも復活してきた。

「ゾロのアホ」

そう言ってルフィは駆け出そうとした。走って帰れば顔が少しくらい赤くてもごまかせるかな、と思ったせいだ。50mほどしかないが、やらないよりはマシだろう。走りかけてふと振り返る。

「いつか仕返ししてやるからな」

悔しくてそう言ったら、ゾロが一瞬呆気にとられて、それから笑うので余計悔しくなった。

「楽しみに待ってる」

そう言ったゾロの顔が嬉しそうだったので、悔しさより嬉しさが勝ってしまった。

「今日はどうもありがとう。これからもよろしくお願いします。」

ペコリと頭を下げて、ルフィは今度こそ駆け出した。慌てて駆け出すルフィを、引き止めたいのを我慢しながら見送って、ゾロは、笑い出したいのを堪えながら、呟いた。

「こちらこそ」

 

 

 2005.10.20UP
2014.3.26再UP

 



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