「暑っ・・・」 その部屋に入ったルフィの第一声だった。 確か今は5月だったはず・・・と、思わず確認してしまうほとの蒸し暑さだ。見れば窓は開いている。 「暑くねェの?」 席についている後輩にこっそり聞いてみた。 「暑いですよ?湿度が下がれば少しは楽なんですけどね」 壁にかかっている温度計によれば、気温は30℃。湿度は60%。ルフィの部署の温度計がどうなっているのか、ルフィは知らない。体感温度に不満がなければ、温度計の存在など気にしないものだ。 その部屋は狭く、14ある机のすべてにパソコン機器が2つずつ載っていて、機械から放出される熱がこもっている。一応窓はあるが、一方向にしかなく、風はまったく通らない。 ガチャンッと受話器を叩きつける音が聞こえて、ルフィは視線を向ける。 「あぁやってたまには物にあたらないとやっていけない場合もあります」 後輩は淡々と呟いた。 「物に当たってもどうにもならねェのに?」 「人に当たるよりはマシでしょう」 確かにそのとおりで、つい顔を顰めてしまう自分が至らないのだろう。 「で、どうだ?」 気を取り直して、後輩に聞いてみる。休憩時間は10分なので、時間があまりなかったのだ。 「いいと・・・思いますが・・・」 後輩の顔はなんだか浮かない。会社の近くに、中華の食べ放題の店が出来たので、今度一緒に行かないかと誘いにきたのだ。 「先輩のところは、超勤も多いんじゃないですか?」 「多いけど、毎日じゃないから平気だぞ?どうもゾロはおれと会社以外で遊ぶのは嫌な印象か?」 ルフィが少し眉尻を下げる。 「会社で遊んでるような口ぶりはどうかと」 「話がそれてるぞ」 今日はごまかされないのだ。 「常時40種類、100分で2000円だぞ!」 「・・・なんでそうも誘ってくれるんですか?」 「おれはうまいもん食うと楽しいし嬉しいので、ゾロも一緒に楽しくなってくれるといいなぁ、と」 ただでさえ、ストレスのたまる仕事で、更には気温30℃に湿度60%なのだ。他の部署とは雲泥の差だ。2階なんて、常時、空調が効いているというのに。 「いや、別にストレスとかはそんなに・・・」 「そんなわけあるか!」 あわてて声を落とす。仕事をしている人もいるので。 けれどルフィなら耐えられない。 「こんな部署にとばされた後輩を気遣ってくれるのはありがたいんですが・・・」 しかし飯に誘ったくらいでこのかたくなさはなんだろう。 どうも異動があってから、この後輩はおかしい。必要以上にルフィと距離を置きたがる。やはり、クレームばかり受けていると、心がささくれ立つのかもしれない。 けれど。 「おれがゾロと食べた方がうまいと思うからだ」 気を使っている、とかいないとかいう問題ではなく、実のところはそれだけだ。 「部署変わってからなかなか喋れないし」 わざわざ遠い部署まで通うほどには、ルフィはゾロと喋りたい。 「・・・木曜とかでもいいですか?」 ルフィの顔がぱっと明るくなる。 「じゃ、今日?」 「いや、せめて来週で・・・」 「わかった!じゃぁまた来るっ!」 そう言った時点で3時8分。休憩時間は10分までで、慌ててルフィはその部屋を出た。 部屋を出ると、空気がひんやりと感じられて、思わず息を吐いた。この部屋は狭くて息がつまる。 確かに会社には必要な部署だけれど、それならば、もっと優遇されてもいいのにな、と、暗い廊下を歩きながら思った。経費節減の関係で廊下の電気は消されている。どうにもどんよりしてしまいがちだ。 もうひとつドアを開けると、今度は風が通って、今が5月であることを思い出す。 「まぁ、約束できたからいいか」 ゾロは愚痴を言いそうにないのだが、なんとか聞きだしてやろう、と心に決める。なんといっても初めてできた後輩なのだ。 それだけにしては浮かれている自分を不思議に思いながら、ルフィはチャイムの音に慌てて走り出した。
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