大丈夫

「大丈夫か?」
 気がついたらルフィが目の前にいた。一瞬自分がどこにいるのかわからなくなって、とうとう幻をみるようになったかと思ったが、すぐに家に帰っているのだと気づく。
 久々にルフィの起きている時間に帰ることが出来たのだが、連日の睡眠不足でいまいち時間の感覚がつかめない。
「あー・・・大丈夫だ」
 ゾロは眉間にぐっと皺を寄せて、眠ろうとする意識を退ける。
「いや、眠いなら寝た方がいいんだけど、どうする?風呂やめとくか?」
「・・・いや・・・悪ィ・・・入る・・・」
 先ほども入ると言ったはずで、ルフィが湯をはってくれている間にソファでうたた寝を始めたのだという現状をようやく認識できた。
「風呂ん中で寝るなよ?」
「・・・大丈夫だ」
 たぶん。と心の中で付け加える。
「あやしい」
 見透かされた。
「心配だからおれも一緒に入る」
「・・・・・・・・・あ?」
 一気に目が覚めた。


「・・・こういうことか」
「なにが?」
 浴槽につかっているのはゾロだけで、ルフィは浴槽の外にいる。ランニングと短パンのままで、気分は大型犬を洗うようなものだろうか。
「・・・別になにを期待したわけでもないんだが」
 そもそもこの家の風呂はユニットバスで、二人で入れるほど広くはない。が、なにか腑に落ちない気もする。
「・・・お前、楽しそうだな」
 まさかゾロの一喜一憂をみて楽しんでいるわけではないと思うのだが。
「ゾロと一緒にいられて楽しくねェはずねェだろ?」
「・・・悪ィ」
「なにが?」
 ルフィが不思議そうに首を傾げる。思った以上にすさんでいたらしい、とゾロは今更ながらに自覚する。仕事量が倍近くになり、毎日超勤及び廃休で、ルフィとまともに顔を合わすことのない日々が及ぼすダメージは結構なものだった。
 しかも、そんな中ボーナスが出たと同時に二年目と三年目の社員が退職するという、嫌がらせのような展開に、腹立たしさを感じないといえば嘘になる。肉体的な疲労より、精神的な疲労の方が色濃い。
「・・・だからってルフィに当たってどうする」
 当たる、とまではいかないし、ルフィにしたらそんなことは露ほども感じていないだろうが、ゾロは猛省した。
 思わず項垂れたゾロの頭をルフィはがしがしと掻く。洗うのと同じ乱暴さで、シャワーのお湯を頭から浴びせた。
「・・・おいっ!」
 さすがに文句のひとつも言いたくなったが、
「おれは弱ってるゾロも好きだけどな」
 簡単に黙らされた。なるほど、確かに弱っているらしい。
「ゾロは嫌かもしれねェけど、弱ってるとこ見られておれは嬉しい」
 超レアだ。とルフィが笑う。
「おれは好きじゃねェ」
 弱ってる自分というのは。
「うん。知ってる」
 ルフィはシャワーのお湯を止めて、
「でもおれが好きだから大丈夫」
 なにが大丈夫なのかさっぱりわからないが、ルフィがそう言うならたぶん大丈夫なのだろうと思ってしまう自分も大概だ。
「効果絶大だな」
「なにが?」
 相変わらずルフィは不思議そうだ。特になにも考えてないのかもしれない。ただ、弱っているゾロを労おうとしているのだろう。
「いろいろ回復した」
「ほんとか?」
 嬉しそうな笑顔を見ていると張りつめていたものが溶けていくのがわかる。
「んと、じゃぁもう出るか?」
「いや、交代だ」
「交代?」
「別に一緒に入るんでもいいけどな。服着たまま風呂場にいると風邪を引くとか聞いたことがある」
 ルフィがそんなに柔でないことも知っているが、まぁ口実のようなものだ。
「・・・狭いぞ?」
「窮屈には違いねェが、まぁ、大丈夫だろ」
「うーん」
「どれだけおれが回復したか確認してみろ」
「んん?」


「ルフィ」
「んー・・・?」
 風呂から上がるとむしろルフィの方が大丈夫じゃないように見えたが、ゾロは話を続けた。こういうことは勢いが大事なので。
「まだしばらくはこういう日が続きそうで悪ィんだが、なんとか待っててくれるか?あんまり遅くなる日はもちろん連絡いれるが・・・」
 ゾロとしては自分の都合にルフィの生活を巻き込むわけにはいかないと思っていたのだが、ここ数日ルフィと二人の時間をもてなかっただけでこの体たらくで、睡眠不足もさることながら、ルフィ不足の方が深刻だった。ルフィの朝がゾロより早いということ、待つということを非常に苦手としていることを承知の上で頼んでみる。格好悪いついでだ。
「いいよ」
 即答に甘やかされてるなぁ、と思う。
「おれもゾロにおかえり言えねェのつまらんし・・・」
 うつらうつらと舟を漕ぎながらルフィが続ける。
「まとめてはいろいろきついし・・・」
「・・・それはすまん」
 まとめたつもりはないのだが。
「・・・超勤代で風呂広くできるといいなぁ」
「・・・がんばります」
 そんなに出るとも思えないし、そもそもリフォームにいくらかかるのかわからないのだが、ゾロはそう答えておいた。そのくらいの目的意識でいいのかもしれない。狭いのは狭いのでよい部分もあるという発見はあったのだが、それは言わずにおこうと思う。


20130715up
inserted by FC2 system