ギムレット                        

 


 なにをしていてもつまらないと思う。それは外に出ても同じコトだったが、誰も居ない家に一人でいるよりはマシな気がしていた。正しくは一人の家がイヤだったわけではなく、いつもにぎやかな隣の家がイヤだったのだろう。
 ゾロは煙草の煙をくゆらせながら、フロアの喧騒を眺めて、ぼんやり考えていた。どいつもこいつもくだらない。家がキライ。親がキライ。みんななにかから逃げている。けれど、自分も同じだ。くだらない。親はキライじゃないが、逃げているのは同じ。
 両親はいつも忙しく、家に帰らない日の方が多い。けれど別にそれを不満に思うことはなかった。しょっちゅう、隣の家の世話になっていたからだろう。
 いつも一緒にいた隣の家に住む幼なじみと、今年初めてクラスが分かれた。別にどうってことないはずだったのだが、なんとなくギクシャクし始めた。ひょっとしたらギクシャクし始めたのは自分だけかもしれない。少なくとも、幼なじみは、変わっていないようにみえた。学校で会えば、人懐っこい笑顔を見せる。
 幼なじみは、なんでも全力でことに当たる性格なので、夜、寝るのが早い。ゾロは、なんでも適当にすませる性質なので、エネルギーが余ってしまう。どこかで発散させたい、というのもあるのだろう。エネルギーは、一人でいるよりも、誰かといる方が、発散できる。ここに溜まっているのは、だいたいが高校生、だというから、ゾロも一応高校二年、という触れ込みを用意している。が、誰もゾロを中学生だとは思わないようで、あまり年齢を聞かれたことはない。
「しけたツラしてんな」
 薄暗い店のカウンターの向こうから、声をかけられる。白い髭を生やした、この店の店主だ。なんの道楽か、未成年の客にも平気で酒を売ってくれる。けれど、なんらかのポリシーとやらがあるそうで、誰にでも売るわけじゃないそうだ。
 目の前にグラスが置かれた。
 ゾロは煙草を灰皿に押し付けると、グラスにゆっくりと口をつけた。苦味と酸味が同時に口の中に広がったが、それだけではない気がした。味をあらわす語彙は、なにを言ってももどかしい気がする。
「・・・美味い」
 結局はこの一言に尽きる。
「ギムレットだ。聞いたことくらいはあるだろう」
「ない」
「チャンドラーぐらい読んでおけ」
 白い髭のマスターが面白そうに言ったが、ゾロにはチャンドラーが何者かすらわからなかった。ゾロがこの店に来るのは、たぶんに、この店主と、なにも聞かずに出してくれるこの酒のせいだろう。今、ゾロが一番好きなものは、この飲み物なのかもしれない。
「女より酒が好きなんてのは、まだまだ青い証拠だな。とりあえず、命がけで誰かに惚れたことのない男は、半人前だ。たとえ酒の味がわかってもな」
 店主はそれだけ言うと、また黙って氷を砕き始めた。店主の言うことは、わかるようなわからないような気がしたが、半人前であることを否定する気はなかった。実際すべてにおいて半人前の自覚はある。
「これを逃げ道にするようになったら、この店からたたき出すからな」
 そう言ってニヤリと笑う店主に、自分は逃げてるのではないのか、とゾロは聞いてみた。
「お前はまだ逃げてもいねェよ。拗ねてるだけだ。」
 あぁ、そうか。とゾロは納得した。何故か幼なじみの顔が浮かんだ。なにをしていても、楽しそうなあの幼なじみに、嫉妬していたのかもしれない。
「また来る」
「今度は惚れた女でも連れて来い」
「・・・考えとく」
 今日は真っ直ぐ家に帰ろう、と思った。





     初出 2006.9.29  テーマ思春期なんだけどこんな中学生はどうなんだろう。    
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