花火

 

 さすがのゾロもこの日、この付近でなにが行われるのか知っていた。知っていたが、自分には縁のないものと思っていた。まだ日も暮れていないうちから、なんだってこんなにたくさん人がいるんだろう。眉間の皺を深くした時、待ち人は現れた。

 今日の待ち合わせはいつもの駅ではなく、ルフィの家の最寄駅だ。以前来たときには、どちらかといえば閑散とした雰囲気だったが、今日は思わず顔を顰めるほどの人出だ。時刻は16時30分。まだまだ明るく、そして暑い。そして現れたルフィにゾロは思い切り顔を顰める。気づいたルフィも顔を顰めた。

「「なんでそんな格好なんだよ」」

 二人同時に声を出す。ゾロはバイト先から直行したので、TシャツにGパンだが、ルフィはといえば、浴衣である。

「花火大会なんだから浴衣着てなにが悪いんだよ。ゾロ浴衣似合いそうだからおれ楽しみにしてたのに!」

「バイト先から直通だったし、悪ィが浴衣なんて持ってねェんだよ。実家ならまだしも・・・」

 ゾロは一人暮らしなのだ。一人暮らしに浴衣などというアイテムは必要ない。と言うのがゾロの考えだ。そもそも、浴衣、などという発想がない。

「一回うち寄ってエースの浴衣借りるか?」

 ルフィが悪気なく振ってくる。よほどゾロの浴衣姿を見たかったらしい。が、やはりあの兄と顔を合わすのはためらわれる。

「勘弁してくれ」

 ルフィは不満そうである。

「浴衣、嫌いか?」

 ルフィが少し眉根を寄せて聞いてきた。ゾロの最も苦手とする表情である。

「別に、嫌いじゃねェ」

 ゾロは内心の動揺を隠しつつ、なんとか答えた。初っ端から方向を間違えてしまった、と舌打ちしたいのを堪える。ゾロは別に浴衣にそんな積極的感情などもっていないのだ。ただ今回問題にしたいのは、「なぜ、白なのか」という点のみである。

 確かにルフィに白はよく似合う、とゾロは思っている。あの兄も同じ意見に違いない。けれど無地の白地に紺の帯のその浴衣は似合いすぎて困るのだ。自慢じゃないが、ルフィが白を着ると、それだけでゾロの理性は暴落しやすくなる、という統計が出ている。そもそもその暴落の被害に遭ったのはまだ記憶に新しいのではないか?と言いたいのも堪える。薮蛇になる気がするので。

「また、次の機会にな。早く行かねェと始まっちまうだろ」

 ゾロはポンとルフィの頭をたたく。

「あと、似合ってる。」

 ボソリと付け加えた。ルフィの顔が晴れていくのがわかってひとまずホッとする。

「ほんとか?かっこいいか?」

「あー・・・、かっこいい。」

「・・・嘘っぽいぞ?」

「いや、ほんとに似合ってる。その帯も」

ルフィがやっとにっこり笑った。随分、消耗した気がする。

「そっか。やっぱり紺でよかったんだな。」

ゾロが不思議そうにルフィを見返すと、

「いや、おれ赤好きだから赤の帯がいいって言ったら、エースに止められたんだ」

「そりゃ、止めるだろうな」

 そもそも男ものに赤の帯があるのかどうかもあやしい。間違いなく似合ったとしても兄としては止めるところだろう。

「うん、でもゾロが気に入ったんなら、紺でよかった」

 だからそんなことを言うな、と言いたかったけれど、とりあえず視線を逸らすことで我慢した。

「ゾロ、ここの花火大会初めてか?」

「あぁ」

 一生来ることはないとも思っていたのだが。

「・・・来年も来れるか?」

 ちょっと返事に詰まったら

「ゾロ困ってるなー」

 ルフィが少し笑った。

「お前は毎年来てるのか?」

「うん。」

 誰と、と聞いていいものかどうか逡巡する。

「・・・兄貴とか?」

「エースと一緒の年もあったし、学校の友達と一緒に来た時もあったかな?」

 去年はどうだったんだっけ、とルフィは考える。

「去年は自転車で、橋のそばの公園まで行って、そこで皆と待ち合わせしたんだ。何人くらいいたかなー。六人くらいだったかな?学校の友達と」

「その格好で自転車乗ったのか?」

「浴衣着て花火観に来たのは今日が初めてだぞ?」

 と、さらりと言って、ルフィはあわてて付け加える。

「えっとだな、ゾロはなんとなく着物とかいっぱい持ってそうなイメージで、こういう時はきっと浴衣だと思い込んでて、今日は自転車じゃないし、やっぱり花火には浴衣がいいし、とか思って・・・」

 話しているうちにわけがわからなくなってしまったようだ。

「あー。そのイメージはともかく、悪かったな。」

 こんなことなら浴衣の一枚くらい買っとけばよかった、とゾロは少し後悔した。

「いや、おれが勝手に思い込んでただけだし。それにバイト帰りだったんだろ?」

 確かにルフィから連絡があったのは昨日で、今日のシフトを変えてもらうことはさすがにできなかったのだ。すっかり困った顔になったゾロにルフィは笑う。

「できれば今度ゾロが着たトコも見せてくれ。絶対かっこいいから」

「・・・善処する」

 

 わかってはいた。なんとなく想像もしていた。していたが、これはあまりにもひどい。

「ほんとにここに入るのか?」

「うん」

 少し歩いて川沿いに出た。大きな橋を境にその堤防沿いは人で埋まっていた。埋まっている、以外の表現が思いつかない程の埋まり具合だ。ルフィの好きな屋台はこの堤防沿いにあるのだ。前回の罰だろうか、とゾロは少し眩暈を感じる。

「ゾロが人多いの嫌いなの知ってるから、花火はあっちの橋の上で見ることに決めてあるんだ。こっちの橋は混むからな。」

 ルフィが指差す方向、人の埋まった堤防の向こうに、今右手にある橋と同じくらいの大きな橋が架かっている。花火は今いる橋と向かいに見える橋の間の川べりで打ち上げられる。

「きっと向こうの橋に着いた頃に始まるぞ」

その顔があまりに嬉しそうだったので、ゾロはただ頷くより他なかった。

「できれば、今年だけにしてェトコだな」

 ゾロが呟いたのをルフィはしっかり聞いていて、

「そんなにイヤか?」

「花火と屋台だけならうちの地元でもやってたはずだから、できりゃ、来年はそっちにしてもらえるとありがてェと思ってな」

 ここよりたぶん、規模は小さいけどな、と付け加えられたが、ルフィの関心はゾロの地元、という言葉に向いていた。

「あぁ、そうか、ゾロ大学いる間だけこっちにいるんだ・・・」

「まぁ、卒業したら戻る予定だな」

 さらっと言われた。

「卒業っていつだ?」

「うまくいきゃ来年3月だな」

「・・・おれと同じか」

「たぶんな」

 なんだか急にいろんな事実を知ったような気がして、ルフィは少し呆然としていた。

「お前、進路決めたのか?」

 呆けていたらゾロが難しい顔をして聞いてきた。

「んー・・・」

 ルフィも曖昧な返事を返す。実際にはまだ決めていない。ただ、やはり大学に行きたい、という気は起こっていない。

「やっぱり大学行くより働きたいかなー、と思ってる。けどたぶん、企業とかはムリだろうなーとか。体動かす仕事とかできたらいいなーぐらい」

「兄貴には?」

「これから言う」

 なんとなく二人の間を沈黙が支配した。二人でいるのに微妙な空気だ。ルフィは胸にあるもやもやとした不安をひとまず棚上げにすることにした。

 

「ゾロ!次はアレだ!」

 ルフィが今度指差したのは焼きとうもろこしの屋台だった。満員電車の中のような人ごみではあるが、なんとか屋台の前で立ち止まるだけのスペースは空いていた。

「お前、今食う気ならここで食ってけ。歩きながら食うと誰にぶつかるかわからん」

 ゾロは屋台の店主に了解をとって店の前で食べさせることにした。食べ物を食べるとどうしてもゴミが出るが、生憎、ゴミ袋など持参していないし、こんな人ごみの中で、ぶつけて落としたりしたら泣くのはルフィなのだ。誰かにぶつかってその服なり浴衣なりを汚すことなどは歯牙にもかけていないところはゾロである。こんなトコロに来ている時点でその辺は覚悟してるに違いない、と思うのだ。本来なら、屋台で買ったものをこの状況で即座に食べようとすること自体間違っているのだが、そこには敢えて触れないようにしておく。そうして焼きそば、りんご飴、わたあめ、焼きいか、たこ焼き、カステラ、と次々に制覇して行った。その場で立ち止まって食べることにしていたので、ルフィの予定とは違い、堤防の三分の二を過ぎた辺りでドンッという大きな音が上がった。

「あっ!ゾロ大変だ!ちょっと急がないと!」

 するとゾロがルフィに手を差し出す。

「なんだ?」

「手。はぐれたら困るだろ?」

 別に一本道だし、向かう場所はわかってるし、はぐれたところで大丈夫なんじゃないか、とも思うのだけど。ルフィとしても別段、異論はないのだが、なんとなく引っかかる。どうしてそう思ったのかはよくわからないけれど、手を引かれるのはイヤだと思った。よくわからない気持ちのままにルフィは駆け出す。

 あちこちで人にぶつかりながら、ルフィはなんだか最近こんな気持ちになったことがあるぞ、と思い出そうとしていた。思い出そうとしてるので余計に人にぶつかるし、ぶつかられたりもする。その人ごみの中で唐突に思い出した。いつかプールに行った時、ゾロの言葉を誤解して一人で落ち込んでいたのとよく似ている。

 たぶん、ルフィの中には自分とゾロが不釣合いだという意識がどこかにあるに違いない。だって自分は進路ひとつ満足に決められないどころか、ゾロが地元に帰ってこのまま会えなくなったらどうしよう、なんて考えているのだ。ゾロが詳しい進路について教えてくれていないことも、不安に輪をかける。自分一人でなにもできないなんて思いたくはない。思いたくはないのだけれど、ゾロが優しい上に甘やかすから、どんどん弱くなってきてる気がしてきて怖い。そしてふと立ち止まる。当然のようにゾロとはぐれていた。

「・・・迷惑かけてどうすんだ、おれは」

 呟いてみた。このままここにいても、会える確率は少なそうだ。最初に考えた通り、この人ごみを抜けるトコから始めるのが妥当だろう。子供だと思われたくないのに、これではまるきり子供だ。我に返ってやっぱり落ち込んだ。とりあえず会えたら謝っとこう、と決意してまた歩き始める。その間も花火の音は絶え間なく聞こえるのだけれど、ルフィの頭の中はそれどころではない。

 一方ゾロの方は、なにがルフィの気に障ったのかさっぱりわからないなりに、慌てて後を追いかけた。が、やはりこの人ごみのせいで、すぐに見失ってしまった。とりあえずこの人ごみをぬけるのが先決だ、と足を速めた。何人かとぶつかりはしたが、不可抗力だし今は謝るドコロではない。いつにない礼儀のなさでゾロは人ごみを抜けた。抜けたと言っても、あいかわらず人は多いのだが、道の左右に並ぶ屋台がない分隙ができた、というところだろうか。周辺を見回してみたが、ルフィの姿は発見できなかった。屋台が途切れると、橋まで緩やかな上り坂になっていて、みればそこに敷物を敷いて座っているグループがいくつもある。殆ど皆座って花火を眺めているので、立っている人間がいれば目立つはずだが、そこにルフィはいなかった。右手には川辺に下りていく階段があって、川辺にもかなりの人数が座って花火を眺めていた。川辺より堤防に人が多いのは、川辺だと常に上を向いていなくてはならないからだろう、とゾロは思う。確かにルフィの言う通り、橋の上が一番花火を観るにはいい場所のような気がする。でもきっとそれはゾロ基準で、ルフィはずっと上を見ていることなんて苦じゃないだろうし、花火だって近い場所で観たいに決まっているのだ。

 今抜けてきた人ごみの中に、見慣れた顔を見つけた。声をかけようと思ったが、この花火の音では聞こえないだろう、としばらくの間見ていることにした。なにかを捜している。それが自分であるということに気づいてゾロはそんな場合でもないのに少しだけ笑った。あのルフィが、花火も見ずに、ゾロを捜している。きっと今、ルフィの頭の中はゾロでいっぱいに違いない。

 

 なんとか人ごみを抜け出すと、ゾロを捜す間もなく手首をつかまれた。一瞬びくりとしたけれど、目の前に見える背中を見て肩の力を抜く。

「ゾロ、ごめんな?」

 そのまま手を引かれて、何故か土手の方に連れていかれる。

「ゾロ?そっち違うぞ?」

 それでもゾロはズカズカと歩いていく。階段をすごい勢いで下りて、ルフィはよく転ばなかったものだと自分の運動神経に感心したりしてみた。屋台の灯が遠ざかって、今度は花火の光と川に降りるとだいぶ上の方に見える橋の上の灯が頼りになってくる。

 ゾロは橋に向かって歩く。ルフィは混乱しつつも後ろを振り返りながらゾロの後に続く。橋の下に着くと、ゾロがぴたりと止まって振り向いた。

「直せ」

 暗がりの中でいきなり言われてルフィは首をかしげる。

「だから浴衣」

 気がつけば、人ごみの中でルフィの浴衣はすっかり乱れていた。襟は緩くはだけているし、裾だって開かれて、歩くたびに素足が見えたりする。この姿で出てこられた瞬間、ゾロの脳内は大変なことになっていた。やっぱり白はダメだ。そして浴衣もダメだ。とりあえずルフィを目に入れないように、人気のない場所に連れていく。明るい所もダメだ。そう考えて歩く。花火の音もゾロの耳には聞こえない。とりあえず周りに人がいないことを確認し(上にはたくさんいるのだろうが)、ルフィにそう告げてみたが、ルフィは困った顔をするばかりだ。こんな時、夜目がきくのも考えものだと思う。

「・・・もしかして」

「うん、エースに着せてもらったから・・・」

 自分では着れない、ということだ。ゾロは正直頭を抱えたくなった。こうなったら仕方がない。あまり気乗りはしないが、ゾロが直す以外ないだろう。

「しょうがねぇな」

「ゾロ直せるのか?」

「まぁな」

 ルフィの予想も強ち的外れではなく、それなりに和装をすることもあったのだ。それにルフィが締めている帯は兵児帯だったので、ゾロでもなんとかなりそうだ。

「ゾロはなんでもできるな」

 ルフィの声が少し沈んでいるように聞こえて、ゾロはいぶかしむ。その時、ドンッという一際大きな音が聞こえて、さすがに目を向ければ、音に負けるとも劣らぬ大きな花火が上がっていた。赤に緑に青に紫、いろんな色の光が空に弾け、その強すぎるくらいの光が消えたあと、空一面にオレンジ色の光が枝垂桜のような絵を描いた。ゾロが思わず見惚れていたように、ルフィもぼんやり空を見上げていた。

「キレーだなー」

 と呟くその顔が、なんとなく夢をみているようで、不意にゾロはルフィを現実に引き戻したくなった。少し乱暴に浴衣の襟に触れる。手が首筋に当たったせいか、ルフィの肩がビクリと震えた。

「あ、悪ィ」

「・・・いや」

 なんだか妙な気分になってくる。そしてまたドンっという花火の音。ルフィの目線がまた右上に逸れる。向かい合うゾロからみれば左上に当たるが。次はゾロの視線は動かなかった。ゾロの目はあいかわらずルフィの首筋から半分覗いた鎖骨の辺りで止まっている。確かこの間はここに跡をつけたはずだ。あの時のルフィを思い出して、頭がそれでいっぱいになる。熱に浮かされたようにゾロはルフィの鎖骨の下に吸い付いた。

「ゾロっ!?」

 ルフィの意識がまたゾロに戻る。戸惑っているのだろう。ゾロはルフィの浴衣の右襟を持って左襟の下に引っ張るついでに左の脇腹に触れる。またルフィがビクリと震えた。

「いいぞ。花火、観てて」

 そのまま左耳のそばで呟いたら、ルフィの腕に鳥肌がたった。ルフィはあわててゾロから離れようとするが、どうしてよいかわからずにとりあえず体の向きをかえてみた。顔を見られるのがなんだか恥ずかしかったので、ゾロに背を向けるカタチになった。ゾロはルフィの浴衣を直してくれるつもりだったわけだから、変に意識する自分がおかしいに違いない、とルフィはそう考えた。もう一度謝って、浴衣を直してもらおうと声を出しかけたら、そのままの姿勢で後ろから抱き込まれる。首筋から左肩の辺りにゾロの息がかかって、ルフィの体は本人の意思に反してまたビクリと震える。その動きに合わせるように、ルフィの体は首を傾けてしまう。

 ゾロの右手はルフィの右襟を再びつかんで、左襟の下にもぐりこんでいった。(あぁ、浴衣を直してくれているんだ)とルフィは何度目かの確認を頭の中で行って少し力を抜いた。ゾロの右手は腰の辺りをうろうろしたり、右襟に沿ってルフィの肌に直接かすったりする。あくまで持っているのは浴衣の襟なはずだ。そして右腕が浴衣越しにルフィの右胸の上を這いまわっている。気がする。どうして、浴衣を直してもらっているだけなのに自分はこんな気持ちになるのだろう、とルフィは少し泣きたくなった。

 ジイシキカジョーってやつだ、とルフィはゾロが聞いたら土下座しそうなことを結論づけて、背中が粟立つような感覚に耐えた。きっと顔が赤くなってるはずなので、この体勢のままでいよう、とも思う。また花火が上がる。花火の説明をするアナウンスの声はとうに聞こえなくなっていた。誰が作ったのか、誰が打ち上げてるのかまったくわからないけれど、黒い空に散りばめられた宝石のように広がるその光をルフィはまたぼんやり見上げる。気を逸らしたかったのもあるかもしれない。

「・・・心臓、早くなってるな」

ゾロの右手がルフィの左胸に直に当てられた。それだけでまたルフィの意識は現状に戻ってしまう。ただ当てられているだけだ。必死で理性をかき集めてなんとか普通に返事をしようと努力する。

「・・・花火の・・・せい・・・だっ」

「ふぅん」

するりとゾロの右手が動いて左胸を下に向けて移動した。別に弄られたわけでもないのに固くしこっていたそれは、初めて擦られてルフィの背筋に電流を流す。

「あっ」

思わず高い声が漏れた。同時に花火の上がる音。聞かれていないといいのだけれど、と思うも確認する気は起きない。けれどゾロの指が今度は大胆に動いてその突起をはさんで力を加えた時には、畜生聞かれた、とルフィは喉をのけぞらしながらも悔しくなった。声は断続的に漏れる。

「ゾ・・・ロっ!ゆ・・・かた・・・っ」

切れ切れの息の中でなんとかルフィは主張する。その間もゾロの右手はルフィの左胸を押したりつまんだり捏ねたりと、浴衣の下で動いている。

「あぁ、そうだったな」

また耳元で呟かれる。この間、一度だけ聞いた声だ。なんだかゾロでないような声。ひょっとしてこの間みたいなことをまたされるのだろうか、とこの期に及んでやっとルフィは思い至った。同時に背筋がぶるりと震える。

 すると今までルフィの腰をつかんでいた左手がするすると下におりてきて、裾の合わせ目から中に入ってきてルフィの腿を撫でた。

「んっ・・・」

勝手に喉から漏れる声に悔しさを感じる間もなく、左手は下着の中に進入して来た。

「ゾ・・・!!」

これは前回なかったはずだ!がルフィの制止は言葉にならなかった。

「やっ・・・あっ・・・」

下着の中をゾロの手は好き勝手に動く。そんなところを他人に弄られてルフィの体は若魚のようにビクビク跳ねた。指の動きに合わせて、なんだか濡れたような音が聞こえて、ルフィの羞恥は限界値まで振り切れた。海の中でもないのに、膝に力が入らなくなって、ゾロの支えがなければしゃがみこんでしまいそうになる。抵抗できないルフィの体にゾロの愛撫は好き勝手に続けられていく。耳たぶをはまれたり、突起を擦られたりするたびに、ルフィの体は殊更に大きく跳ねた。

 体を少しずつ奪われていくような感覚に襲われ、ルフィが意識をとばしかけた時、また花火の音がする。もうどっちが現実なのかよくわからない。ただ、花火の音に混じって聞こえる喧騒がルフィを正気に戻した。一人で立っていられない、なんて状況が、今のルフィの引っかかりとオーバーラップする。

「わーっ!!」

 ルフィが大声と共に、思い切り姿勢を正した。ルフィの後頭部がゾロの顎を直撃して、さすがのゾロもルフィから手を離す。

「あ、ごめん」

そう言って自分の後頭部を押さえて振り返った全身を朱に染めたルフィにゾロが不覚にも見惚れている間に、ルフィは自分の膝を気合を入れるように拳で叩き、更には顔を平手で叩いて、なんとか体勢と息を整えていた。

「ごめん、ゾロ・・・おれ・・・帰るな」

言うが早いがルフィは駆け出した。ゾロは半ば呆然としながら、駆けていくルフィの後姿とその後ろに見える花火と人ごみを見つめていた。

 

 とりあえず、川に飛び込むべきだろうか、とゾロはまだぼんやりとする頭で考えていた。逃げられた。完璧に。前回の反省がまったく生かされていない。自分のバカさ加減に我ながら呆れる。けどルフィの首筋だとか、鎖骨だとか、半分はだけられた胸とか、裾から見える足とか、汗の匂いとか、味とか、声とか・・・やっぱり川に飛び込むべきだろう。

 どこか遠くから、アナウンスが聞こえた。アナウンスがあったことにも今初めて気づいた。人ごみは一斉に動き出す。座っていた人間も一斉に立ち上がって、ゾロは花火が終わったことをなんとなく理解した。大きく息を吐いて、人の流れに乗ることにした。きっとこの流れに沿っていけば、駅につくはずだ。

 我慢の効かない人間は、前頭葉の機能が落ちていて、やっていいことと悪いことの区別のつかない人間は、扁桃体の活性が高いという調査結果が出ているらしいが、自分はどうなんだろう、とゾロはつらつらと考えながら歩く。同じことを何度も続ける段階で後者な気もする。きっとまたルフィに会ったら同じことをするのだろう。きっとそれ以上のことも。扁桃体の活性のベクトルが常にルフィに向いている状態だ。ブレーキの踏み方もよくわからなくなっている。あの時振り返ったルフィの目に涙がにじんでいたのは気のせいではないだろう。ゾロはまた大きくため息を吐いた。

 

 花火が終わる少し前に家路についたルフィは、たいした混雑にも見舞われず、例年よりもだいぶ早くに家に辿り着いた。

「早かったな」

「居たのか」

てっきり出かけたと思っていた兄に顔を出されて、ルフィは驚いた。

「それにしてもひどい格好だな」

やはりルフィの浴衣の左前身ごろの修正は上手くいかなかったようだ。

「えーと、屋台の通り歩いたらこんな感じに・・・」

「あー、あそこ道幅狭いからなー」

兄の笑い声が途中でピタリと止んだ。ルフィが不審に思って視線の先を追うと、左の鎖骨の下に赤い跡が残っていた。

「・・・これはっ!違うぞっ!」

バカ正直にその跡を手で押さえてルフィは言い募る。

「あー・・・虫に食われたんだな」

兄の助け舟にルフィは思い切り首を縦に振る。

「まー、とりあえず風呂入って着替えろ」

またコクリと頷く。

「なんかあった時は食って寝るのが一番だ」

それだけ言って兄は部屋に入って行った。ルフィはまたコクリと頷く。やっぱり甘やかされてるなぁ、と思う。兄にもゾロにも程遠い自分を感じて俯いていた顔を、ルフィは思い切り上げた。遠ければ近づけるように頑張ればいいのだ。とりあえず自分にできそうなことを考える。

「・・・暫くゾロには会わねェ方がいいかな・・・」

ルフィはポツリと呟いた。

 2005.9.25up

いわゆる引きの展開で(笑)。

ほんとは今回後退するはずだったんですが、

世論?(笑)。

なんかもーコメントできることがなく。

ちょっとこういう展開苦手な人は言ってください。

得意な人の話ばかり聞いてるとこうなっちゃうので(笑)。

あ、一ヶ月頭を戻してくださいね。

8月のお話です。

まだ夏休み中です。

 

 

 

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