解禁。

 

 静かな部屋に携帯の着信音がやけに大きく響いた。ルフィははじかれたように電話を取る。ルフィが本当に待っている人からのものでないことは、着信音でわかっていたけれど。受話口の向こうから、明るい声が聞こえた。
「おめでとう、ルフィ」
ナミの声だ。関係を問われれば、「友達」と答えるよりないのだが。
「ありがとう」
ルフィは素直にお礼を言った。やはり、祝いの言葉は嬉しい。
「今ドコ?先生と一緒なんでしょ?」
その言葉に少し浮上していた気分が一気に凹んだ。
「えーと・・・ウチだ。先生との約束はダメになったから・・・」
「・・・・・」
ナミが黙ったので、ナミの後ろの喧騒が聞こえる。随分とにぎやかな場所にいるらしい。
「なにそれ」
「急な会議が入ったんだって」
「会議とアンタの誕生日、どっちが大事なのよ!」
5月5日。今日はルフィの20回目の誕生日である。今日は一応お付き合いしている(とルフィは思っている)大学の指導教官と会う約束をしていたのだが。しまった。怒っている。ナミはあまりルフィと先生のことを快く思っていないフシがあるのだ。
 しかし、そもそもナミと会ったのは、ルフィの指導教官である、ロロノア・ゾロの研究室だったので、ルフィとの付き合いよりもゾロとの付き合いの方が長いはずなのだが。ナミはもともと、ゾロが助手を勤めていた大学の大学院の学生で、現在はドクタ・コースに進んでいる。そして、現在、ゾロが助教授を勤めるルフィの大学の研究室に顔を出したのが馴れ初めなのだ。研究設備の関係らしいが、ほぼ毎日の確率で彼女と出会ううちに仲良くなった。
「いや、おれがいいって言ったんだ」
だいたい、20歳になる男が、誕生日を好きな人と過ごしたい、などと思うこと自体、どうかと思うのだ。そして相手は、ただでさえ自分を子供扱いする(ひょっとしたら、本当に息子ぐらいに思っているかもしれない)一回り年の離れた大人の男だ。こちらだって世間的には大人と認められる年になったわけなのだから、ものわかりのよいところを見せておかなくてはいけない、などとらしくないことを考えた結果だ。
「・・・まだ家にいるのね」
「うん」
「10分で行くわ」
「は?」
電話が切れた。

「だからあんな男やめときなさい!って言ってんのに・・・」
「ゾロのこと悪く言うなよ」
「ナミさんはお前の心配をしてるんだ。20歳になったってのに、成長足りねェな」
「しかし、これで20歳ってのは詐欺だよなー」
「私はルフィさんの顔、かわいらしくて好きですよ」
「うん、おれも好きだ。顔だけじゃないけど。」
「アタシも!」
15分後のルフィの部屋は一転して賑やかになった。ナミを川きりに、ナミの指導教官であるサンジだとか、大学の友人のウソップだとか、後輩のビビだとか、従兄弟のシュライヤとその妹のアデルだとか続々登場してきた。口々にルフィに祝いの言葉を述べてくれて、プレゼントまで用意されていたのには驚いた。
「みんな遠慮してたの!あんたがあんまり嬉しそうに先生と出かける、とか言ってたから」
「学校お休みですからね。連休明けたら渡そうと思ってたんですけど。」
ナミとビビがそれぞれに言った。事情を知ったナミがあちこちに連絡したらしい。ちなみにナミの指導教官であるサンジとは、ナミの大学に遊びに行った時に紹介された。実はゾロの同級生だ。そして現在一番マメマメしく動いている。この中で一番年上で、助教授なのに。
「ほんとはおれ自作の方が美味いはずだが、今日はちょっと急だったからな。」
まぁ、それなりに美味いはずだ。そう言って買ってきたケーキを切り分けてくれた。確か専門は建築のはずだが、料理が趣味である。はっきり言ってプロだ。ルフィはサンジの研究室で振舞われた菓子類を思い出す。ケーキを切り分けた後も、持ち寄りの材料でなにか料理を作ってくれている。
「ありがと。」
皆に礼を言う。かなり元気が出た。
「おれからはこれだ!今日から解禁だろ?」
ひと足早く20歳になっていたウソップが、袋から酒の缶をあれこれ出した。
「おぉ!」
「なんだ、ルフィ。お前飲んだコトなかったのか?」
「ゾロが飲ましてくんなかったんだよ。自分は絶対飲んでたくせに!」
「とりあえず、今日はいくらでも奴の悪口を言え!いくらでも付き合う!」
「いくつになったって、誕生日はちょっと特別ですもんね」
美味しい料理にお酒に大好きな人たちに祝われて、ルフィの気分は浮上した。それでもほんの少し、ゾロに会いたかったなぁ、と思う自分に腹が立った。
「だいたいルフィはもともとワガママなのに、ムリして物分りのいいこと言うからこういうことになるんじゃないの」
ナミが説教モードに入った。
「そういえば、ルフィさんと先生はどんな風に知り合ったんですか?」
ビビが興味津々の態で聞く。初めて飲むお酒に少し酔っていたルフィの口のすべりはいつもより更に軽い。
「えーっと、ゾロに初めて会ったのは、おれが小学校の5年生の時」
「って言うと、ゾロは大学生か・・・」
サンジが呟く。
「うん、おれの父ちゃんが連れてきた。有望な教え子だって」
ルフィの父親は既に鬼籍に入っているが、当時はゾロの通っている大学の教授で、ゾロの指導教官でもあった。
「最初はヤな奴だと思ったんだけど、実はいい奴で、父ちゃん死んだ時も一番心配してくれてたし・・・」
少ししんみりしてきた空気にウソップが慌てる。
「おいおい、悪口言うんじゃなかったのかよ」
「はっ!そうだ!ゾロそれからおれの父ちゃんみたいに、あれダメだ、とかこれダメだ、とか言うようになったんだ!おれあの時もう高校生だったのに!」
「先生にとったら息子みたいなもんなわけね」
「おれとゾロの年の差なんてたった12歳なのに!」
そして今日11歳差になったのだ。
「ゾロにとったらおれはずっと小学生なんかなぁ」
「でもっ!お付き合いすることには承諾されたんですよねっ!」
ビビも慌てる。
「・・・ホントはヤダったのに、父ちゃんへの義理とかで頷いたのかも・・・」
「イキオイで頷かされた、とか」
「その内冷めるだろう、とかって適当に頷いただけだったり」
「ナミさん!」
「お兄ちゃん!」
ビビとアデルがナミとシュライヤをたしなめる。ナミとシュライヤがルフィを大好きであることは承知してるのだが、それでルフィを落ち込ませるのはよくない。今日はルフィが一番シアワセでいなくてはならない日なのだ。
「まー、バカみたいに大事にしてんのは確かだけどなー。方向性はどうあれ。」
「サンジ先生好きっ」
アデルがサンジに懐く。シュライヤの額に青筋が浮いたが(シスコンなのだ)、ビビも同じ気持ちだ。これではなんのために集まったのかわからない。けれど、ナミやシュライヤの気持ちもわかるのだ。ちゃんとお付き合いしているのなら、誕生日くらい一緒に過ごしてあげるべきなのではないのか、とか。もちろん仕事なのだから仕方ない、とも思うけれど。そもそも祝日に仕事を入れる大学側が・・・とまで考えて、少し怖い考えに至った。現在、ゾロの勤めている大学(つまりルフィやビビの通う大学)の総長が、ルフィの叔父に当たる、シャンクスという人物だ。そして彼のルフィ溺愛っぷりは、構内でも有名な話である。ちなみにシュライヤとアデルはルフィの母方の従兄弟なので、彼とはあまり会ったことがない。(考えすぎよね・・・)ビビは頭の中に浮かんだ考えを振り払い、ルフィに料理を勧めてみた。サンジの作る料理は本当に美味しい。

 20時になったので、宴会はお開きになった。ビビには門限があるし、アデルはまだ小学生だ。シュライヤとウソップは泊まっていくと頑張っていたが、サンジとナミに引っ張られて帰って行った。ルフィは笑って彼らを見送る。
「なんでだよ」
シュライヤはまだ不満そうにサンジとナミに文句を言った。すでにシュライヤ宅の前であるというのに往生際が悪い。ビビはすでに家まで送り届け済みだ。ウソップは自力で帰ってもらうことにした。サンジの車の定員は5名だし、基本的に男は乗せない主義なので。シュライヤはアデルの兄なので、特別だ。
「アデル一人で帰してどうするのよ、お兄ちゃん」
「いや、別に平気だけどね」
妹としても兄の気持ちがわかるだけに立場が微妙だ。
「それにあのままあそこにいたら、見たくない場面を見せられるわよ」
「そろそろだね」
「そろそろよ」
「ナミさんはそれでよかったの?」
「しょうがないでしょ。ルフィが一番シアワセでないといけない日らしいから。」
「二次会でも行いますか?助教授の旧悪でも肴に」
「あら、いいわね」
続けられるサンジとナミの会話に兄と妹は首を捻った。ここの人間関係もよくわからない。
 さっきまでの賑やかさとは一転して静かになった部屋に、ルフィはまた気分が落ち込みそうになるのを堪えた。これではなんのために皆が来てくれたのかわからないではないか。
「会いたいのがおれだけだからヤなんだよなー」
呟いてみた。一人の部屋にやたらと大きく響いて少し困った。携帯を見るもメールすら届いていない。
「会議はもう終わってるはずだよな・・・」
確か今日は大学ではなくて、なんとか会議場とかいうところで行われていたはずだ。場所を聞いた気がするけれど、覚えていない。メールのひとつくらい入れてくれてもよいのではないか?と思うのだが。すると玄関のチャイムが鳴って、ルフィはウソップか誰かが忘れ物をしたのかと思って、深く考えずにドアを開けた。ドアを開けると、今一番会いたかった人物が立っていて、ルフィは驚きに目を見張った。
「行くぞ」

「は?」
手を引かれて部屋を出る。鍵をかける間もなく連れ出されて、ルフィは慌てる。
「あの、ゾロっ!?」
「まだ5日だろ。どこでも言え。好きなトコに連れてく。約束だからな。」
半ば拉致られるカタチでルフィはゾロの車の助手席に納まった。
「・・・好きなトコってもう開いてるトコ少ないと思う」
「・・・・」
「ゾロ・・・すっごい疲れてるだろ。今」
ゾロは会議とかムダなことがとても嫌いだ。会議がイヤで、ずっと助手でいる、とがんばっていた経歴があるくらいだし。確か今日の会議の場所は遠方だったし、会議などネットで行えばよい、というのがゾロの持論であったはずだ。そんな状況で、来てくれたのは実のところもの凄く嬉しいのだが、一刻も早く、休みたい状況ではないのだろうか。
「おれだって少しは大人になったんだから、別にこんなことで拗ねたりしねェし、約束だからって事情が変わったんだし、疲れてるならおれのわがままにムリして付き合うことねェんだからな」
ルフィは一生懸命伝えた。ゾロは大概面倒くさがりだ。そのクセ変に義理堅い。ルフィは自分がわがままだという自覚は微妙にあるので(あれだけ人に言われれば多少はそう思う)、それでゾロに面倒な奴だと嫌われるのはイヤなのだ。
「でも会えたのは嬉しい。ありがとな。」
「・・・だから来てんだろ」
ゾロが大変不機嫌そうな顔で呟いた。
「は?」
ルフィは今の返答が、どの会話に対してのものなのか計りかねて、自分の言ったことを思い返してみた。
「どっか開いてるトコぐらいあるだろ?メシはどうした?」
「あ・・・ナミとかサンジとか皆来てくれて、サンジの作ったメシ食った・・・」
ルフィは上の空で返す。今の台詞はかなり重要なはずだ。
「少し・・・飲んでるか?」
「ウソップが・・・もぅ解禁だからって・・・持ってきて・・・」
なかなか考えられない。
「感想は?」
「甘いのは美味かった・・・けど、ゾロが飲んでるようなヤツはなかった・・・」
さすがにウソップもいきなりアルコール度の高い酒は用意してこなかった。初心者に40度はマズイ。
「強いの飲むときは、おれがいる時にしろよ」
「・・・またゾロはそやって子供扱いする」
「子供じゃねェから危ないって言ってんだろ」
「・・・・・・」
おかしい。なんか今日のゾロは変だ。妙に優しい。
「誕生日だから?」
だとしたら、誕生日ってすごい。
「疲れてるから」
「いつも疲れてればいいのに」
思わず出た感想にゾロがニヤリと笑う。
「やっと機嫌が直ったな」
ルフィは首をかしげる。
「おれ別に機嫌悪くなんかねェよ?」
「じゃぁ、調子が悪い。お前がおれに気を使うのはおかしい。」
「おかしくねェよ。嫌われたくねェもん。おかしいのはゾロの方だ。いや、おかしいのも嬉しいけど・・・」
ゾロが笑っている。なんだか無性に腹が立った。こういうなんでもお見通しみたいな態度はいくつになっても追いつけない感じでとてもイヤだ。
「・・・どこでも連れてってくれるのか?」
「・・・あぁ」
「じゃぁゾロの家」
「・・・・・・・・・・・」
ゾロが止まった。随分珍しいモノを見た。とルフィは感動する。これは動揺しているらしい。自分でもゾロを動揺させることができるのだなぁ、と妙な達成感を抱く。
「ゾロ?」
まだ動こうとしない。
「どこでもいいって言ったクセに」
「・・・もっと自分を大事にしなさい」
「ゾロが大事にしてくれるから別にいいよ。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「大事にしてくれねェの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「さっさと出発しろよ。今日が終わるだろ?」
ゾロはしぶしぶエンジンをかけた。初めて勝った気がした。やっぱり誕生日というのはすごい。
「・・・別に大事にしてくれなくてもいいからな」
言えば、車が大きく傾いだ。

「誕生日というのは本当にすごい。」と呟けば、「お前は毎日誕生日なのか?」と返った。

2006.5.5UP






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