湖 畔
「・・・やっぱり黙ってた方がいいのか?こういう時は。」 「別に黙ってなくてもいいんじゃねェか?」 ゾロに言われてルフィはなにかを話そうとしたけれど、やっぱり黙っていた方がよさそうな気がして口をつぐんだ。なんとなく、隣のゾロが気になって盗み見ると、とても眠そうな顔していた。このままルフィが黙って静かにしていたら居眠りを始めるかもしれない。 その方がいいかな?とルフィは極力音をたてず静かにしていた。やがてゾロの寝息が聞こえてきて、ルフィは少し笑った。陽気は暑くもなく寒くもなく、聞こえるのは鳥の鳴き声くらい。幸か不幸か持っている竿はピクリとも動かない。そしてまだ夜が明けきらないうちから起きて、長時間の車の運転。ただでさえ眠たがりのゾロが眠くないはずがないのだ。ルフィはゾロを起こさないように、ぼんやりと水面を見ていた。釣れるといいな、と思う。これで一匹も釣れなかったら、ゾロはここで眠ったことを気にするに決まっているのだ。別に寝てても隣にいてくれるだけでルフィはなんとなく嬉しいのだけれど、ゾロはその辺をイマイチ理解していないふしがある。 別に苦ではないから不思議だと思った。ただなにもせずにこんな風にじっと待っているだけ、なんてのは自分が最も苦手としていることだったのだけど。その時、釣り糸がピクリとゆれて、浮きが水面に沈んだ。ルフィはあわてて竿を引き上げた。見れば小さな魚がかかっていた。これは食べられそうにないなぁ、と放しかけて、やめる。ゾロに見てもらおうと思ったからだ。 それからも何度か竿が動いた。いくつか大きなものもかかった。初めてでこれだけ釣れる自分には才能があるのではないかと思う。竿がしなるほどの大物がかかってルフィが思わず声をあげた時、ゾロが目を覚ました。と同時に竿が軽くなる。どうやら逃げられたようだ。 「あぁ、悪ィ・・・寝てたな」 ゾロがまだ状況を把握していないような顔で謝るのがおかしかった。ルフィは笑ってゾロに成果をみせる。 「ゾロが寝てたおかげでこんなに釣れたぞ!」 ウソはない。ゾロが寝ていたからこそ、自分は起こさないようにじっとしていられたのだ。いつものルフィだったら、さわがしくて、魚だって絶対よってこないはずだ!と胸を張るルフィにゾロは苦笑して、頭をクシャクシャと撫でてからルフィの成果を覗き込む。 「あぁ・・・ほんとによく釣れてんじゃねェか。」 「食えるか?」 「これとこれは無理だな。食えねェこともねェだろうが、小骨も多くて食えるように調理できる自信はねェ。あぁ、これは食えるな。焼けばいい。」 そんな感じで2匹を残してあとは放すことにした。成果は5匹。ルフィは上機嫌だったので、ゾロも敢えて自分が眠ってしまったことを詫びるのはやめにした。
「やっぱりそれ、はるのか?」 ゾロがなんとも言いにくそうに呟いた。 「当たり前だろ!キャンプと言ったらまずテントだ!」 まぁ、楽しそうだからいいか、とテントをはるのを手伝うことにした。テントはルフィが持ってきたものだ。兄から借りてきたらしい。ひょっとしたらここで眠る気なのかもしれない、と危機感を覚えなくはなかったが(5月といえども湖畔はそれなりに冷え込むのだ)まぁ、様子を見よう、とゾロはやや楽観的にかまえた。 明け方ルフィの家までルフィを迎えに行き、兄に挨拶をし、妙なプレッシャーを与えられ、車を運転すること3時間。それなりに早く寝たつもりなのだが、やはり眠い。この陽気のよさがそれを後押しする。ルフィと一緒にいられる貴重な時間を眠りに費やすのは大変勿体ない。なのに、ルフィがこの湖畔について一番にしたがったのは釣りだった。 「エースが朝の方が釣れるって言ったんだ。もし釣れたら昼に食えるしな!」 なんだか、兄の陰謀を感じる。それとも単におもしろがっているだけなのか。あの兄もつかみどころがなくてよくわからない。その辺りルフィの兄だと納得はしたのだが。どうも正月に会って以来、いろいろと遊ばれている気がする。先月の花見についてきた辺り、それはもう確信だ。それでもこの顔に逆らえるはずもなく釣り糸をたらす。 そしていつもは騒がしいルフィがなぜか静かなのも相まって(釣りをするのに騒ぐのは確かにどうかとも思うのだが)、ゾロのまぶたはどんどん重くなっていった。 目が覚めた時には後の祭りだったが、ルフィの機嫌はあいかわらず良好だったのでゾロもこれ以上謝ることはやめにした。あまり謝るとかえって機嫌を損ねることがあるというのも学習ずみだったので。 「そういや初めて会った時もゾロそんな風に寝てたんだよな」 ルフィが楽しそうに言った。 「あー。お前の隣に座ってると妙に気分よく寝れるみたいでな」 「そうなのか?じゃぁ、もっと寝てていいぞ?」 「十分だ。それに勿体ねェ。」 ゾロは大きく伸びをした。だいたい2時間くらいだろうか。 「薪でも拾いに行くか?」 ルフィは満面の笑顔で頷いた。
薪をたいて、魚を焼いた。大きい方をルフィが食べる。その「マス」という魚は大変に美味かった。 「うまいか?ゾロ」 自分の釣った魚をゾロが食べているのが嬉しくてルフィは聞いた。それにはもちろん、「美味い」と返事が返って、ますますルフィは嬉しくなった。もちろんそれだけでは足りないから、持ってきていた缶詰もいろいろと空けた。ハムをあぶって食べたりもして、とにかく大満足な昼食だった。 「さて、どうする?」 「あそこでボート借りて、どっちが先に向こう岸に着けるか競争!!」 ルフィが本当に楽しそうに言うので思わず頷きかけたが、ゾロはふと気づく。確かルフィは泳げなかったはずだ。そんなに心配する必要もないのだろうが、少しだけ考える。 「あー、それもいいが、二人でひとつのボート漕いだ方が向こう岸には早く着けると思わねェか?」 ゾロが言えばルフィはさらに顔を輝かせて 「ゾロはたまにすごく良いことを言うな!」 なんだかそれはとても名案だと思った。 ひとつのボートを二人で漕ぐ作業は思いのほか面白かった。最初のうちはお互いのタイミングが合わなくて、なかなか進みたい方向に進めないのがまた楽しくてルフィは何度も声を上げて笑った。やがて、ボートを漕ぐタイミングが合ってきて、スイスイと小舟が進んでいくようになったときには、なんだかとても嬉しくなった。ゾロはルフィの後ろにいるのでその顔は見られなかったが、ゾロにはルフィの背中が見えているだろうし、後ろにゾロがいるというだけで、やっぱりルフィはとても安心できてとても嬉しかった。 「すっげェおもしろかったな!!」 岸にボートをつけてルフィがゾロを振り返る。確かにゾロの言う通り、競争するのもいいけれど、同じ目標に向かって協力する方がずっといい。 「ゾロは敵でもおもしろいと思うけど、味方でいてくれる方が断然いい。」 「そりゃ光栄だ」 嬉しそうに笑われて、ゾロもつられて笑った。 「あれ?」 不意にルフィの顔が近づいてきて、ゾロは一瞬慌てた。 「ひょっとしておれの力まかせなオール漕ぎがゾロに水をかぶせた印象か?」 確かに最初に方に何度か水しぶきを浴びたのだが、ゾロ自身はそう気になってはいなかった。それよりも久々の至近距離の方が問題だ。 「あー、最初の方に少しな。その辺歩いてりゃすぐ乾くだろ」 「ごめんな?」 「気にするな。おれもおもしろかった。し、お互い様だ。お前も頭濡れてるぞ。」 ルフィの頭をポンと叩いて方向を転換する。こんな至近距離でそんな顔で見られるのは心臓に悪い。そういえば今年に入ってからは兄貴が出てくるわ課題(ルフィの春休みの宿題だ)に追われるわで、ちっともルフィに触れていない。どうにもうまくタイミングがとれずにいるのだ。ゾロはこっそりため息をつく。ひょっとしたら、この数ヶ月でルフィはすっかり安心しきっているのかもしれない。 「ゾロ!あそこ!」 ゾロの胸中はそれなりに複雑なのだが、ルフィがゾロの手をとって走り出した。 「馬だ!!」 少し走った先に小さな建物と柵にかこまれた牧場があった。どうやら、乗馬施設らしい。入口の厩舎には白い馬がつながれていた。 「おー。かっこいい!!」 ルフィの興味はすっかり目の前の白馬に向かっている。ゾロは苦笑した。 「聞いてみるか」 ゾロが呟いて、建物の中に入っていく。ルフィは一瞬迷って、ゾロの後を慌てて追った。ルフィにしたら一瞬だったのだが、それなりの逡巡だったらしく、ルフィがゾロに追いついた時には既に話はついていた。 「乗せてくれるそうだ」 ゾロがなんでもないことのようにルフィに告げる。ルフィはなにを言われたのか理解できない風だったが、やがてこれ以上ないくらい目を輝かせた。
「とにかく、姿勢をよくして、まっすぐに前を見ることだな」 施設の係員のレクチャーを受ける。ルフィは馬に乗るのは初めてだったが、その思った以上に高くなる目線も、揺られる感覚も、大変に気に入った。入口にいた白馬に乗せてもらえたことも嬉しかった。 「ゾロは乗らねェの?」 と聞いてみたら、 「人のこと気にしてねェで集中しろ」 と係員に叱られた。妙にスパルタだった気がするが、なんとか並足から早足、手綱を引けば引いた通りに動いてくれるようになった。 「それなりに様になってきたじゃねェか」 声をかけられて目をやれば、ゾロが別の馬に乗っている。 「・・・ずるい」 「は?」 欲目を差し引いても、かっこよかったのだ。その黒い馬も、馬上のゾロも。 「でもおれだってかっこいいよな!」 なんと言ってもこの白馬がかっこいいのだ!そう胸を張ったらゾロと係員に笑われた。 「・・・いや、その通りだ」 笑われたことは気に入らないが、笑うゾロもかっこいいので許すことにした。ゾロと係員がなにかを話している。 「ルフィ、お墨付きが出たぞ。コース、周ってきていいそうだ」 施設内に設置されているコースを散策した。もちろん、馬に乗って。本当は思い切り走らせてみたかったのだけれど、一日やそこらで無理言うな、と笑われた。半日でここまでできるようになれば上等なのだと言われて気をよくしたのもある。ゾロの馬も、きっちりルフィの馬の横を併走してくれている。 「ゾロは馬、乗ったことあるんだな」 「あー、まぁな。それなりには。」 それなり、というにはあまりに手馴れている感じなのだけれど、かっこいいからいいや、とルフィはそれ以上追及しなかった。普段と違う目線に、揺られる感覚。まだまだ乗せてもらっている、という感じで一体感なんていうのとは程遠いのだけれど、ルフィは十分楽しかった。隣にゾロがいたから、というのもあるのだろうけれど。
元いた岸に戻る頃にはもう、日も落ちかけていた。夕飯はバーベキュー用のコンロで、肉をメインに持ってきた食材を次から次へと焼いて食べる。日が落ちると風も少し出てきて少し冷えて来た。 「そろそろコテージ行くか?」 答えはわかっていたが、ゾロは一応聞いてみた。 「まだ洞窟探検してないし、テント泊まるんじゃなかったのか?」 やはりテント泊希望だったらしい。洞窟、というのはここから少し離れた場所にある鍾乳洞のことだ。車で通り過ぎた時にルフィが行きたいと言っていたのを思い出す。 「あそこの鍾乳洞はたぶん夜になったら立入禁止になってると思うぞ。今から行くより帰りに寄る方が無駄足ふまずにすむと思うが。で、テントで眠るってのは思ってるより寝心地もよくねェし、この場所だと明け方はもっと冷えるから賛成しかねる。」 一応宿泊施設として、コテージを一軒、一泊で借りてあるのだ。ルフィは明後日学校もあるのだし、こんなことで風邪など引かれても困る。たぶんそう言えばそんなにやわではないと言うだろう。ルフィの丈夫さを疑うわけではないが、万が一、ということもある。 「でもおれ、一回テントで寝てみたかったんだけどな」 そんな気はしていた。ルフィのキャンプのイメージにテント泊は不可欠だろう。キャンプファイヤーと言い出さない辺り僥倖な気もする。あまりに残念そうだったので、つい妥協案を口にしてしまった。 「じゃぁ、今からテントで仮眠。朝まで眠れればそれでよし。少しでも寝心地悪いと感じたらその場でコテージに移動。それでどうだ?」 ルフィはコクリと頷いた。
もう少し考えて喋ればよかった、とゾロが後悔らしきことを覚えたのは、それから数分後のことだ。 「・・・お前これどう考えても一人用じゃないか?」 狭いのだ。テントの中が思った以上に。 「そっかな?エースが二人までならなんとか大丈夫って言ってたぞ?」 なんとかってことは一人用だということではないのか?と思う。立ち上がることが不可能だったので座ったままじりじりと動くのだが、どうしたってお互いの息がふれるくらいに近い。カンテラの灯がゆらゆらと揺れて、ルフィの姿を照らす。このシチュエーションに危機感を覚えないルフィには正直頭が痛い。 「こんなに長いことゾロと一緒にいるの初めてだなー」 そんな風に屈託なく言われても困る。 「さっきのゾロかっこよかったなぁ」 いっつもかっこいいけどな、とか笑われてもますます困る。安心するな、と言ってあるはずなのだが。知ってか知らずかルフィがコロリと横になる。やはり狭さに苦労していたが、なんとか毛布をかぶって眠る体勢に入っている。 「でもおれほんとにゾロのことなんにも知らねェなー・・・」 ポツリと呟かれて目線を下げれば寝息が聞こえ始めた。 「・・・なめてんのか?」 なんでこの状況でそんな風にすぐに眠りに落ちれるのか。ゾロは自分を棚に上げて唸る。あまり警戒されるのも困るのだが、こんな風に安心されるのも困る。困ることばかりだ。そう言えばルフィが寝ているところを見るのは初めてかもしれない、とふと思い至る。ゾロの方は初っ端から眠っているところを見られているが、ルフィがゾロと一緒にいる時に眠ったことは一度もない。そう思うとなんとなく貴重な気がしてきたので、我ながらアホだと苦笑して、カンテラの灯に照らされているその寝顔に目をやった。あの大きな目が今は閉じられていて、なんだか少し不思議な感じがした。 吸い寄せられるように顔を近づけてみた。テントと灯が大きく揺らぐ。するとルフィがふんわりと笑って、ゾロの名前を呼んだ。
やはり湖畔は冷える。ゾロはぼんやりと空を見上げながら思った。テントからは脱出している。あの状況はいろんな意味でよくない。あんな顔で寝言で名前を呼ばれて、それで満足できてしまう自分と暴走しそうな自分が抗争を繰り広げ始めたので、頭を冷やすべく外に出た。起きてゾロがいなければ機嫌を損ねそうだが、あの様子ではしばらく起きることはないだろう。 見上げた空にはいくつも星が光っていた。ルフィが見たがるだろうか、とも思ったけれどここは寝かせておこう、と思う。睡眠時間で言うならばルフィもゾロと変わらないはずで、疲れていないはずはないのだ。昼間に寝た分、ゾロの方に余力はある。 確か春の星座は北極星をさがすところから始めるのだ、とルフィが言っていたけれど、ゾロには北がどちらかわからない。ひとまず北斗七星をさがすところから始めてみた。こんなにたくさん星があってはどれもそんな並びに見えてしまう。北斗七星の異名はいろいろあって、舵星だの七星剣だの言うとも聞いたが、やはりルフィが隣にいないと星空もどこか味気ない。 テントの中からくしゃみが聞こえて、そろそろいいだろう、とゾロはルフィを毛布ごとテントから引っ張り出した。半分寝ぼけているようで、それを幸いに毛布でくるんで車に運んだ。フルスピードでテントを片付け、車に詰め込む。コテージまで車なら5分程度だ。このまま眠りこんでいてほしいような、起きてほしいような、複雑な気持ちを抱えたまま、ゾロは慎重に車を発進させた。
「あれ?」 目が覚めたら見知らぬ天井が見えた。ルフィは記憶の糸を手繰る。確か自分はテントの中にいたはずだった、というところまで思い出した。それがいつの間にか、暖かく、寝心地のよいベッドで眠っていた。窓からは柔らかい日が差していて、鳥の声が耳に心地よい。どうやらゾロに運ばれていたようだ、という所までは理解したが、さてゾロはどこだろう。 むくりと起き上がって部屋を見回す。ベッドはひとつしかない。そして、朝まで眠りこんでしまった自分にも気づく。 「もっとゾロの話聞こうとしてたのになぁ」 今からでも遅くはない。部屋のドアを開けると通路をはさんで向かいにすぐドアがあり、ノックもせずに開けてみれば、ルフィが寝ていた部屋と同じ内装で、ゾロが眠っていた。深く考えず、ゾロを揺り起こそうと手をのばした。 「ゾロ!朝だ!」 「・・・ルフィ?」 ゾロは寝たままルフィの名を呼んで、肩に置かれた手を握るとそのままルフィをベッドの中に引き込んだ。 「・・・ゾロ!?」 ルフィはあわててベッドからの脱出を試みようとしたのだが、却って強く抱きこまれてしまい、あやすように背中を叩かれた。これはつまり、もう少し寝よう、ということなのだろうか。おれは昨夜早く寝たからあんまり眠くねェんだけどなぁ、とルフィは思うのだけど、ゾロの心臓の音を聞いているうちに割りといろんなことがどうでもよくなってきて、次第にうとうとし始めた。
「・・・・」 すっかり日が昇りきった頃、ふと目を覚ましたゾロはまったく状況がつかめずに固まった。なんで自分はルフィを抱きこんで眠っているのだろうか。確かに強烈な目覚めだ。 「あ、ゾロやっと起きたな!」 たぶん、もっと前に目を覚ましていたのだろうルフィが腕の中で何事もなかったかのように話し掛けてくる。 「おれ腹へった」 本当になにもなかったんだろう、とは思うのだが。 「・・・そんな時間か?」 「たぶん、昼っぽい印象だ。ゾロがあんまりぎゅっとするからおれ出られなかったんだよ」 「・・・すまん」 「いいよ。嬉しかったから。」 あっさりすごいことを言われた気もする。額面通り受け取っていいものかどうかゾロは暫し悩む。 「ゾロ、メシ食おう」 本当は腕の中の体温を放したくはなかったのだが、このままだといろいろと支障がでてくるのも確かだ。それでもこれだけは言っておこう、と起きたら真っ先に言おうと思っていた台詞を口にする。 「ありがとう」 「?なにが?」 「生まれてくれて」 ルフィの顔が瞬時に赤くなった。 「あぁ、おめでとう、って言うべきだったか。祝いになんかやりたい気もしてたんだが、なにも思いつかなくって悪ィな」 ルフィがゾロの胸に顔を埋めてしまった。 「なんか欲しいモンとかあったか?」 いろいろと考えたのだ。これでも。ほんとは携帯を持たせたかったのだが、月々の払いもゾロがもつ、と言うのもなんだかルフィに嫌がられそうだし、なにより兄の許可がおりるかどうかわからない、とか。服とか靴とかもゾロにはよくわからない。 「・・・ありがとう」 「?なにが?」 今度はゾロが聞き返す。 「いろいろ考えてくれて。おれのこと考えていっぱい悩んでくれたのが嬉しいからそれがプレゼントってことで。・・・っていうかこの旅行がプレゼントなんだと思ってたぞおれは。」 だからいつもより多くわがまま言ったんだけどなぁ、と続く。お前はいつもそんな感じだ、と口に出そうかどうしようか迷って、結局ゾロはなにも言わなかった。腕の中の体温に気がいっていたせいもある。今日はルフィの誕生日なのだからルフィの好きなようにしてやりたいのだけれど、この状態だ。少しくらい衝動に流されてもいいのではないかと、ルフィの腰を右手で抱き込んだまま、左手で頬に触れて、顔を上げさせる。その時ルフィの腹の虫が多大なる自己主張を始め、ゾロもルフィの現在の状況に思い至った。特にルフィが我に返った。朝ご飯も食べてないのだ。 「・・・ごめんな?」 と言われてしまえばそれ以上踏み込むこともできずに、ゾロはしぶしぶルフィを解放した。ルフィは飛ぶように部屋を出て、階下に向かう。よほど腹が減っていたのだろう、と苦笑する。確かにルフィは自分よりだいぶ早く起きていたようだし、起きている状況で、じっとしていてくれたのだから、よしとしておくべきだろう。ルフィへの自分の根気強さと我慢強さには我ながら感嘆する。来年はなにかカタチになるものを贈った方がいいのかどうか、また一年考えることにする。
昼をとうに過ぎて、帰る途中の道すがらルフィ希望の鍾乳洞に着いた。鍾乳洞内はかなりひんやりとしていて、長袖を着ているにもかかわらず、肌寒い気がした。一般開放されている鍾乳洞らしく、中にはいくつかの灯も存在していたが、暗いことに変わりはない。大きな通路は人の手が入っていて、ルフィの望む冒険とは多少趣きが変わってきているが、迷路のような鍾乳洞に二人で入って迷ってしまうよりは格段によいと思う。そう言えば 「ゾロいるから平気だろ?」 「おれの方向感覚をあまり当てにするな」 「そうじゃなくて、ゾロいれば迷っても別に平気だ」 「・・・メシ食えなくなるぞ」 「いざとなりゃ、壊してまっすぐ進めばいいだろ?二人なら大丈夫!」 言い切られた。天然記念物破壊かよ、とか言うレベルのつっこみでは追いつかない。というよりどこか嬉しがってる自分が手におえない。 突き当たりにほど近い場所に柵がはりめぐらされていた。その奥には竪穴が続いている。 「どこまで穴が続いてるか確認できねェんだって!!」 ルフィの目が輝いている。 「いや、足場ねェから確かめられねェって書いてあんだろ?・・・今日は装備不足だからな。変な気起こすなよ。」 「変な気ってなんだよ」 「おれが確かめてやる!とかいう気」 「装備足りてりゃいいか?」 「何十kmもあるロープと、ロープの技術と、ロープの途中でも寝られる神経とかかる日数に耐えられる食料と・・・あぁ、その重さに耐えられる強さもロープに求められるか。それでおれの日程が合う日。」 ルフィは目をパチクリさせて、やがて笑った。ルフィの笑い声が洞窟内に響く。そして少し周りを見回して、ルフィの顔が近づいたかと思ったら、唇が触れた。触れるだけではあったがゾロを固める威力は十分にあった。ルフィから、というのが初めてだったので。頬にされたことはあったのだけど。 「やっぱおれゾロ大好きだな」 そう言うとクルリと身を翻して、順路を戻っていく。ゾロは慌てて後を追う。どの辺りがルフィのスイッチだったのか、さっぱりわからない。けれどやられっぱなしはやはり性に合わないので、 「修行の成果か?」 と聞けば、 「おれだって結婚できる年になったんだからな」 と逆にカウンターをくらった。なんの含みもなく言っていることはよくわかっているのだが。これでは自滅に近い。悔しかったので思い切り手を引いて、噛み付くようなキスをした。ルフィの口内を舐め回して舌もからめとる。ルフィが呼吸困難になって肩口をたたくまで続けた。 「その年ならこのくらいできねェとな」 ニヤリと笑ったら顔を赤くしたままのルフィが、 「これで勝ったと思うなよ!」 と凄むので、つい声をあげて笑ってしまった。 「勝てたと思った試しはねェよ」 笑ったまま頭をポンと叩いたら、ルフィは一転不思議そうな顔をして、それから笑った。 「そっか。おれとおんなじか。」 お互いがお互いに勝てたと思った試しがない、という状況はちょっとおもしろい。こんな状況を許すのはコイツにだけだ、と負けず嫌いな二人は思っているのだけれど、口にすることはしなかった。 「さて、帰るまでが旅行だぞ!」 ルフィが振り返って笑う。 「あ、免許とれる年か」 思い出したようにつぶやいたのでゾロも笑った。 「別にお前には必要ねェだろ?」 「ゾロが持ってるから?」 「あぁ」 「でもゾロが運転疲れたら代わってやれるしな」 「どこまで行く気だ」 「どこでもいいよ」 「・・・まぁな」
初めての旅行は車でとても楽しかったけれど、今度は電車でもっと遠くまで、もっと長い日程で行こうな、とルフィが助手席から話し掛ければ、ゾロは少し苦い顔をして、 「そりゃお前の気持ちと態度と状況次第だな」 と呟いた。 2005.5.5up なんとか5日UPの誕生日ネタでしたー。 もっとちゃんとしたのやりたかったのに船長誕! 残念! っていうか、もーこんなんでいいの? と問いたい気はしてるんですが。 なんで皆このシリーズ好きって言ってくれるのか ありがたいけどちょっと不思議・・・。 いや、今回でもういいや、って人いそうだ・・・。
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