「お父さん、昇進おめでとーっ!!」 ドアを開けた途端のわざとに違いないテンションの高い第一声に、ゾロは黙ってドアを閉めて鍵をかけなおした。うっかり開いたことを軽く後悔してみた。しかし取り返しがつかないからこそ後悔するのであって、残念ながら、しっかり聞かれてしまったようだ。ドアを蹴る音がうるさい。このままにしておいて、あきらめてくれる相手ならば苦労はないのだが。 「あれ?サンジとナミ、来たんだよな?」 居間からルフィが顔を出す。ゾロはため息をついて、再びドアを開いた。 「てめェマリモ、いったいどういう了見だ!人がわざわざ祝いに来てやったのに!」 「・・・お前らどこから聞いた」 ゾロが心底イヤそうに聞くと、 「個人情報保護のため教えられません」 ナミがにっこりと笑った。 「おれの個人情報保護はどうなってんだ」 ゾロの眉間に皺がよった時 「お前ら玄関先でなにしてんだ?いーニオイするし」 「おぉ、さすが鼻が効くな。バラティエ特製パーティーセットのデリバリーだ。」 サンジが持っていた荷物を軽くあげると、ルフィの顔が輝いた。これで部屋にあげなくてはならないこと決定だ。ゾロはまた大きくため息を吐いて、二人が通るスペースを空けた。ルフィの目はサンジの右手に釘付けだったが、ふと気がついたように視線を離すと、 「そういや、なんの祝いだって?」 ナミに聞いた。ナミは軽く首をかしげると、 「昇進祝いよ、ゾロの。4月から係長でしょ?」 「・・・そうなのか?」 「・・・まさか聞いてないの?」 「うん」 ナミがキッとゾロを睨んだ。ゾロは機先を制して、 「たかだか、給料と責任が少し増えるだけだ、わざわざ言うほどこともねェだろうが」 「信じられない!父親の昇進なんて、家族の一大イベントなのに!!」 「誰が父親で誰が家族だ」 ゾロがうんざりした顔で呟いた。 「気に入らないなら夫の昇進は妻の最大の関心事、でもいいわよ」 「それはどうかと思うけど、まぁ、めでたいこと、なのかな?」 今度はルフィが首をかしげた。 「そりゃ、そうだろ。まぁ、食え。」 サンジの用意した料理にルフィの気はすぐ逸れる。 「お前ら何企んでんだ?」 ゾロがナミに小声で聞くと、 「失礼ね。人の厚意を」 相変わらずナミの懐は痛んでいなさそうだが、本当だろうか。ゾロは疑いの目を隠さなかったが、ルフィが喜んでいるならまぁいいか、と思おうとした。が、ルフィの顔がなんとなく複雑そうで、怪訝に思うと、 「や、でもこれからまた、ますます忙しくなるのかなー、と思って」 このところ、定時に帰れたためしのないゾロと、ますます一緒にいられる時間が減るのかとルフィは少しだけがっかりもしていたのだ。ゾロは外野二人がいることを内心呪いながら、それでも嬉しさ半分で、 「・・・あー・・・係も変わるからな。今の係より忙しいってことはないと思う。ひょっとしたら、今までより時間はとれるかもしれねェんだが、まだ決まってねェから、言うのやめてたんだ。悪かったな」 ルフィの顔が料理を見た時と同じくらい(それ以上であってほしいのだが、ここは控えめに)輝いて、ゾロは外野二名を完全に視野から外した。 「そりゃそうよ。今までだって昇進の話はあったのに、1か月研修所の寮に入って訓練受けなくちゃいけないって理由で断ってたんですもの。これ以上忙しくさせたらやめかねないわよ、この男」 「一ヶ月も家から離れるなんて冗談じゃねェってな。おれは少し見直したぞ。出世より家庭が大事、ってのはいいことだ」 「私はあきれたけどね。それで今回、研修受けなくていいって条件でオッケー出したのよ?今まで研修受けてた人たちはどうなるのよ、って話よね」 視野から外したところで存在は消せなかった。 「・・・だからてめェら、いったいどこで・・・」 「個人情報保護法のためニュースソースは明かせません」 「おれの個人情報はだだ漏れなのにか!」 少し殺意を覚えた。 「・・・ゾロ・・・お前それかなりダメっぽいな・・・」 「・・・おれもそう思う」 人の口から聞くとかなりどうかと思う。ルフィに言われると少し落ち込むくらいに。 「でもおれはダメなゾロも好きだからな。どっちかってぇと嬉しい」 にへ、と笑われて、苦労も落ち込みも個人情報保護もふっとんだ。 「・・・ナミさん。大変危険な感じがしてきました。ラブモード突入体勢です」 「総員撤退。これで借りは返したからね」 そう言うと二人はあっさりと席をたった。どうやらクリスマスの一件をそれなりに気にしていたらしい。案外義理堅いのだ、とゾロが思い至ったのは、次の日になってからだった。
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