「おかえりー」 家に帰るとルフィが待っていた。ゾロは少しだけ顔を顰めて、 「まだ、起きてたのか?」 今日は超勤で、帰りが遅くなると連絡を入れておいたのだが。ルフィの仕事は朝が早いので、自分の都合であまり無理をしてほしくはないのだ。 「うん。ゾロに会いたかったからな」 ルフィは悪びれずにそんなことを言った。 「朝、会えるだろ」 今朝だってちゃんと会った。 「うん、そうなんだけどな」 ルフィはあっさり頷いて、 「でも、正月明けてから、ゾロ毎日帰り遅いだろ?」 そうなのだ。年末30日まで働いたというのに、正月明けの仕事量ときたら、平常の倍になっていて、連日超勤をしないと家に帰れない始末である。その上、明日には久々の非番日出勤だ。 「・・・次は断ることにする」 断ることもできるのだ。実際、結構な頻度で断ることもしていたのは事実であったし。 「いや、そういうんじゃなくてな」 ルフィが少し困ったように眉を寄せてから、 「おれがゾロにおかえり、って言いたかっただけだ。少しくらい遅くなっても、仕事中に寝たりしないから大丈夫だぞ」 「・・・あぁ」 さっさと鞄を置いて、抱きしめることにした。ルフィは腕の中で少しだけ身じろいで、 「そう言われたらどう言うんだ?」 「・・・ただいま」 「うん」 ルフィがにっこり笑った。 「それにおれより、ゾロの方が身体の心配した方がいいんじゃねェのか?」 「身体の方は問題ないが、お前といる時間が減ることについては問題だと思ってる」 「・・・真面目な顔して言うことか?」 「至極真面目な問題だ。少し前なら、他係の応援のための超勤なんか、絶対断ってたと思うんだがな・・・」 実のところ、ゾロの係の仕事はなんとか平常のサイクルで回るようになっていた。ここ数日の超勤や明日の廃休は、パンクしている他の係の応援のためのものであった。 係内の仕事は係で解決するべきだとも思っていたし、同じ仕事なのだから、それがうまく回らないというのは、その係に怠慢があるのではないか。少し前のゾロならばそう言って、応援要請など斬って捨てていたのではないかと思う。一部の怠慢な社員のせいで、ルフィとの時間を減らすなど考えられないと思っていたはずだ。 自分の行うべき仕事のみをきっちり行っておけばそれで責任は果たしたと思えたのだが。 「なんで、今回に限って断ってねェんだか・・・」 自分でも謎だ。誰かがさぼっていることへのしわ寄せならば余計に。 そう言えば、ルフィが不思議そうな顔をして、 「さぼってるなんて、誰にもわかんねェよ。おれだって、誰かからみたら毎日さぼってるように見えるかもしれねェしな」 なかなか含蓄深い、のかもしれない。 「そういうことを考える奴はたぶん他にいるんだろうし、ゾロはゾロにできることをやればいいと思う」 そしてそういうことを考える奴ほど、さぼっているように見えるものなのかもしれない。そういえば、優秀な人間ほど上手くさぼるコツも備えているという意見を聞いたことがある。一生懸命仕事をしていても効率の悪い人間というのもいるのは確かだし、一概にさぼっているとは言いがたいだろう。 「まぁ、組織ってのは相互扶助の精神が大事だとも言うが・・・」 自分にそのような精神があったとは意外だ。 「そりゃ、ゾロに余裕が出来たからだろ?」 しかし、ルフィがあっさりそれに答えた。 「ほんとにシアワセな奴は他の奴もシアワセになるといいな、と思うもんだ」 「・・・なるほど」 幸福な人間は寛大になれるということだろうか。言ってはなんだが、自分が幸福だという自信は相当ある。 「だからゾロが頑張ってるのを見るのはおれも嬉しい。あ、でも疲れたら休めって言うけどな」 「・・・そうか」 「それに時間って、長さより濃さだと思うんだよ」 「・・・・・・・なるほど」 確かに、時間があるからといって、したいことが全部できるかといえば、そうではない。それはなかなかに目から鱗が落ちる意見だ。 「・・・ならルフィ、もう少し起きていられるか?」 「うん、大丈夫だ・・・けど」 「濃い時間を送れるように、協力してもらってもいいだろうか」 「・・・がんばる」
幸福すぎる自分には、忙しすぎるくらいが相応なのだろう、とゾロはネクタイを緩めて微笑した。
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