「・・・なんでお前らがここにいる」 それが不機嫌に顔をしかめた男の第一声だった。この顔が美人をみるとすぐ崩れることは少し付き合いのある人間ならば誰でも知っている。ウェイターのようだが、れっきとしたコックであるこの男の名はサンジという。彼は自分の恋人(自称)に捧げたはずのチケットをもって、綿密に段取りをつけたクリスマスディナーの予約席に座った男二人を威嚇した。 「ナミが行って来いってチケットくれたんだ。ゾロは自腹だけど」 席に座った片方が切り出した。簡潔だ。もう少しオブラートに包んでものを言えないものか、とサンジは顔を顰めた。二人とも、見知った顔ではあるのだが、今、この場所にいていい人間ではない。 「ナミ、ちょっと怒ってたぞ。サンジまた浮気したのか?」 続けられた台詞に、サンジはあわてた。 「待て!おれは浮気なんかしたことないぞ!」 「だからこいつのは病気だ。自覚はない。それにルフィ、ナミは浮気とか言ってないだろ。こいつが誰と付き合おうが関係ない、と言ったんだ。」 「だまれマリモ」 だが、事実だろう。気に入らない男ではあるが、このような嘘を吐く人間でもない。そして、悲しいかな、そういうことを言いそうな女性なのである。 「今回はなんだろう・・・」 「サンジがどっかのキレイな女のヒトと、宝石店入るの見たんだって」 「とうとう金にモノ言わせて女を釣るようになったのか、と呆れてたな」 サンジの顔が見る間に青くなった。 「どっかの店のホステスとか言ってたが・・・」 「・・・そりゃ誤解だ・・・・」 「弁解なら一応伝えといてやるからとっととメシと酒持って来い。客相手にいつまでも油売ってんじゃねェよ。」 「とりあえずメニューひとつにつき、一回伝言するってことで。おれも腹へってんだ」 毒を盛ってやろうかと、サンジは一瞬真剣に考えた。
「よかったなー。ナミの誤解で。やっぱりな。サンジはそういうことしないっておれは思ってたんだよ」 ほくほくの顔でサンジの店を出たルフィは、振り返ってゾロに笑いかけた。 「奴の日ごろの行いだろう」 本当にタイミングが悪かったのだろう。その酒場の店主(ポーラというらしい)とは、本当にばったり宝石店のそばで会ったのだそうだ。サンジがそこで買ったのは、ナミへのプレゼントだ。今日渡すつもりだったらしい。 「・・・どうだかね・・・・」 ルフィに呼び出されたナミは半信半疑だ。 「あとは、アホコックに聞け。信じる信じないかはお前次第だ。で、これは返す。貸しひとつだからな」 ゾロがナミにチケットを渡した。ルフィのもらった招待券だ。 「・・・使わなかったの?」 「そんなもんでルフィにメシ食わすのは、おれの主義に反する」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 ナミとルフィが思わず黙った。それから、堰を切ったようにナミが笑い出した。 「・・・っ・・・・わかった・・・悪かったわね・・・・今回は・・・私の敗けだわ」 ゾロは憮然として、 「わかったらとっとと行け。お前らがどうなろうとどうでもいいが、今度はおれたちを巻き込むなよ」 「幸せ税だと思いなさい。」 そんな税あるか。 「うん。でもごめん。邪魔しちゃ悪いからさっさと消えるわ。ありがと。」 そう言って、ナミはペコリと素直に頭を下げると身を翻した。サンジにもあんな風に素直に言えるといいのだが、さてどうだろう。
「んまかったなー・・・」 やっぱりほくほくの顔で、ルフィが呟いた。二人はサンジの店から真っ直ぐ家に戻ったのだ。ルフィの店は休みだが、ゾロは明日からまた仕事だ。忌引きの期間内だが、自分の家から葬式を出したわけではないので、そうそう休めない、とのことだ。明日休むことにすると、今日も忌引きの期間内になってしまうので、ルフィと一緒にサンジの店に行くことに抵抗を覚える、というのもあった。ゾロはその辺わりと固い。が、一番の理由は、仕事は休めば溜まる、という点だ。2日が限界だろう。 ルフィはふと思い出して、 「あ!そうだ、おれの分!ゾロが出したんだろ?いくらだったんだ?おれもちゃんと働いてるんだから出すぞ?」 と、先ほどのディナーの代金の話をした。この間、ナミに言われて以来、なんでもゾロに任せるのはやめよう、と少しは気にしはじめたのだ。 「あー。あれはおれの都合だから、お前は気にするな。・・・まぁ、気の利いたモンなんにもやれねェからこのくらいさせろ」 つまりゾロなりのクリスマスプレゼントらしい。ゾロは時々キャラクターにないことを言って、ルフィを驚かせる。というより、喜ばせる。 「・・・・や、でも、おれもなんも用意してねェし」 「いや、これからきっちりもらうから」 「?」 「三日ぶりだしな」 「・・・・・・・・」 「お前明日休みだろ?」 「・・・・ゾロは明日仕事だろ・・・・」 「今日は昼まで寝れたしな。おかげさんで」 「・・・・・・・・・・・・」 「そういうことだ」 「・・・・・・・・クリスマスだしな」 ルフィはサンタの服に負けないくらい赤い顔で頷いた。
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