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 ゾロはため息を吐いた。人事異動からこっち、調子は悪くなるばかりだった。
 滅茶苦茶な人事のせいで、尊敬していた先輩と部署がわかれてしまった。そして異動になった部署が、会社の中で一、二を争う「絶対に行きたくない部署」と言われている部署であることも、調子の悪くなる一因であるのかもしれない。
 後者に関しては、あまりゾロは気にしていなかったが、環境がよくないことは確かだ。
 けれど、くだんの先輩が、心配してたまに様子を見に来てくれるのだから、悪いことばかりではないのかもしれない、と思う。
「・・・同情・・・なんだろうな・・・」
 ゾロは呟いた。その先輩は、社内で顔を見るたびに気にかけてくれて、そのうち飯でも食いに行こう、と何度も言ってくれていた。社交辞令だと思っていたが、そういう男ではなかったということを忘れていた。
 以前、初めて出来た後輩なのだと嬉しそうに話していたし、その後輩が会社の隅の小さな部屋に押し込まれて、日々、客や代理店、支店の苦情を延々聞かされて過ごしていると知れば、気になって当たり前なのだ。彼はあぁみえて、実に義理堅い。小さくて可愛いが、男気にあふれている。
「・・・だから可愛いってなんだ・・・」
 壁に頭を打ち付けたくなる。尊敬する男の先輩に対して使ってよい形容ではない。けれど、会うたびにそのように見えてくるのも事実なのだ。一緒に仕事をしている間は、そんな風に思わなかったのだが。非常に頼もしい先輩だったのだが。
 ゾロはまたため息を吐いた。全部人事が悪いのだ。
 とうとう、外で会うことを承諾してしまった。会社帰りだし、翌日も仕事だし、飯を食うだけで終わるだろう。早めに切り上げる口実はいくらでもある。
 自分がなにを心配しているのかもよくわからないのだが、やはり、超えてはいけないラインというのがあるのだと思う。会社の外で会うことで、そのラインが曖昧になるのが嫌なのだろう。
 彼は先輩だし、男だ。いくら可愛くても。
「だからそうじゃねェだろう」
 彼のことを考えると無駄に疲れる。ただでさえ疲れているのに。けれど、彼が現れると、職場の重苦しい空気が浄化されるような気がするのも事実であり、ゾロは非常に困る。
「フツーに飯食うだけだ」
 時間だって限られている。確か100分と言っていた。あの先輩のことだから、100分ひたすら食いまくるだろう。ろくに話すこともないはずだ。
 あの食べっぷりを見れば、100年の恋も冷めるというものだ。
「・・・・・・・・」
 だから恋ってなんだ。
 ゾロの眉間の皺がますます濃くなった。
 疲れているに違いない。近々休みをとろうと思った。





    2008.6.6 初出。
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