モンブラン                        

 大変複雑そうな顔でゾロが帰って来た。手にはいつもの通勤カバンの他に、ケーキの箱。ゾロはその箱をダイニングテーブルの上に無造作に置くと、ネクタイをゆるめながら椅子に座る。隣の椅子にはカバンを置いた。
「どうしたんだ?それ」
 ゾロはあまりケーキが好きではない。嫌いというほどでもないが、好んで買うことはまずない。今日はなにか記念日だっただろうか?とルフィが首を傾げても不思議はないだろう。
「もらった」
「会社で?」
 ゾロはだまって頷く。ゾロの会社は飲食物を扱っているわけでは決してない。
「開けてもいいか?」
「あぁ」
 ルフィはテーブルの上のケーキの箱を開けた。中にはモンブランがひとつ。ひとつを入れるには大きい箱だ。それに他にもケーキが入っていたらしい形跡がある。箱にクリームやチョコがついていた。つまり、会社の何人かに振舞われたケーキで、ゾロは自分の分を持ち帰ったのだと知れる。
「数が合わなくて余ったとか?」
「いや、おれの分だ」
 そういう一定の人数のいる場所で振舞われた食べ物を、一人だけその場で食べない、というのはあるイミ失礼に当たるだろう。ゾロらしくない。別段ゾロはケーキが嫌いなわけではない。好きではないというだけで、きちんと食べられる。
「誰にもらったって?」
 ゾロの告げた名前は、ゾロの直属の上司に当たる人だ。ルフィも名前を聞いたことがある。あまり仕事をしない人だそうで、その人のおかげで残業になったことが一度や二度ではないゾロの口からもれたことのある名前だ。
「その人からの差し入れだから食べなかったのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが・・・」
 ルフィはゾロの向かいに座って続きを促した。
「昨日、そいつの仕事に対して、少し強く意見を言ったんだ。前にもあったんだが、そうすると翌日に菓子を持ってくる」
 そういえば、ゾロはたまに値のはりそうな菓子類を持って帰ってくることがあった。
「まともに仕事してくれればいいんだが、その度に振舞われるんで、少し妙な気になってな。あんまり見え透いてるんで食べる気が起きん」
 食べることによって、その怠け具合を認めることになるような気がするらしい。自分の意図が伝わっていないような気がするのも原因のひとつだろう。一番大きい原因は、ケーキが別段好きでないことなのかもしれないが。ルフィは笑った。
「ゾロは固ェなー。別に食いモンに罪はねェんだから、これはこれ、それはそれ、でいいんじゃねェの?」
 それでもゾロは腑に落ちない顔だ。
「とりあえずコーヒー入れるから、それ、半分こしよう。きっとゾロに怒られて、そいつも反省したんだよ。で、ゾロの係の皆、おいしいもの食べられてよかったよかった。でいいと思うぞ?ついでにおれもウマイモン食えるのは嬉しい」
 相変わらず、腑には落ちない。が、ルフィがそう言うならそれでいいか、と思うようになってくるから不思議だ。ルフィが席を立ってカウンターの向こうに立つ。
「ゾロは別に変わる必要もないんだから問題なし。また、同じコトあったら怒ってやるといいぞ」
 サイフォンからコーヒーの香りが漂ってきた。ゾロは別に怒ったつもりはないのだが、結構どうでもよくなってくる。向かいに見える嬉しそうな顔の前では些細なことだ。
「ケーキがそんなに嬉しいか?」
「ケーキも嬉しいけどな。ゾロがそやって一生懸命仕事して、早く帰ろうとしてくれてんのが嬉しい」
「・・・ケーキ、今食わねェとダメか?」
「・・・お早目にお召し上がりください、って書いてあるだろ」
「お前の顔にも書いてあるように見える」
「・・・・・・・ケーキ食って、風呂入って、メシ食ってからでも遅くねェよ」

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