試す必要あんのかよ。それがゾロの意見だった。それより受験勉強しろよ。声を大にして言いたかった。実際言った。せっかくの夏休みなんだから、息抜きぐらいさせろ、というのがルフィの言い分だった。確かにルフィにしては頑張っている方だとは思うが。 「肝試しって・・・小学生か・・・?」 「夏のイベントとしては外せねェと思うけど」 「試す必要ねェだろうが。お前は。」 「でもうちの学校いっぱいオモシロイ話あるから、ひょっとしたら幽霊見れるかもしれないし!」 「・・・見たいのか・・・」 ルフィが大きく頷く。 「だってウソップとかは、何回も見たし、金縛りとかにもあったことあるって言うんだぞ!ズルくねェか?」 「おれは一回も見たことねェし、金縛りなんかにあったこともねェ」 「うん。おれもだ。だから一回くらい見たい」 そんないいもんかね、とゾロは思ったが、それ以上は無駄だとあきらめた。ルフィは言い出したら聞かない。たぶん、無駄足になるだろうことは想定できるが、確かに息抜きも必要だろう。場所はゾロ達の通う中学の今は使われていない旧校舎だ。確かに肝試しにはもってこいの物件ではある。今時木造なのだ。近々取り壊しになる予定らしいが、お約束すぎるきらいもある。 「おー!よく来たな!」 学校に着くと、思った以上に人は集まっていて、今夜の主催者であるウソップが声をかけてきた。 「皆余裕だな。それとも捨てたのか?受験」 「・・・それを言うなゾロ。たまには息抜きも必要だろ?受験は受験として、夏の思い出のひとつでも作っとかねェと淋しいじゃねェか」 ウソップが言う。肝試しが思い出というのはどうかと思うが。 「なら、クジ引いて、男女ペアでな!この旧校舎のどこかに隠してある受験合格のお守りを探し当てた組がWinnerだ!諸君の健闘を祈る!」 なるほど。よく出来ている。宝捜しの雰囲気も加わって、ルフィは大変楽しそうだ。 「ウソップは行かねェの?」 ルフィの素朴な疑問に、ウソップは大威張りで、 「おれは主催者で総指揮者だから、残念ながら参加はできないのだ」 「そりゃ残念だなー」 お前は怖いだけだろう、と言わないところがルフィだ。ただゾロは段々面倒臭くなって来ていた。ルフィに付き合ってここまで来たものの、別行動なら意味がない。が、何故意味がない、と思うのかがゾロにはわからない。ため息をひとつ吐くことですべてを飲み込んだ。
数分後、旧校舎の軋む床をゾロは一人で歩いていた。何故一人かといえば、いつの間にか連れがいなくなっていたせいだ。わざとではない。気がついたらいなくなっていたのだ。怪談といえば怪談になるのかもしれないが、単にゾロが一人で指定ルートを外れているだけなのだが、ゾロにその自覚はない。 しかし、校舎の中にはもっとたくさん人間がいていいはずなのだが、ルフィのよく言う怪奇現象というやつだろうか、と思いかけた頃、ルフィが前から走ってきた。 「お、ゾロ見っけ。非常事態だ!逃げるぞ!」 「は?」 いきなりそんなことを言われてわけがわからなくなる。そもそも逃げるとはなにからか。 「ケムリンにばれた」 ゾロ達の担任の名前だ。無論本名ではない。が、それならこのルフィの態度にも合点がいく。 「出て来い!」 担任の怒号が聞こえた。どうやらルフィは追われていたらしい。夜の旧校舎に受験生たちが無断で入り込んでいれば、担任としては黙っていられないだろう。 「どうしてバレたんだろうなぁ・・・」 このままでは危険だということはよくわかった。このまま逃げ続けていても拉致はあかないだろう。そこらの大人ならともかく、担任の体力と気力は、中学三年生をおおいに上回っている。 「とりあえず、やり過ごすか・・・」 「どっか隠れるとこ・・・そだ!ゾロこっち来い!」 ルフィが急にゾロの手を引いて、教室のひとつに入る。取り壊す予定だといいながら、机や椅子などの設備はまだ残されていた。 「お前・・・そこはねェだろう・・・」 「だからケムリンにもわかんねェって・・・ほらとっとと入れ」 ゾロが押し込まれたのは、掃除用具が入っていたと思しきロッカーだった。さすがに掃除用具は処分されているらしい。中身は空だった。そして、あろうことかルフィまで入って来た。一人でもいっぱいなのに、二人はありえない。明らかな定員オーバーだった。文句を言おうと思ったが、がらりと開いた戸の音にゾロは黙る。どこまで勘のよい担任なんだか。その音にルフィも体を硬直させた。お互いに息をひそめて、1mmの隙もなくくっついた状態で、埃っぽいし、暑いし、汗が背中をつたって、ゾロは顔をしかめる。 こんな風にルフィとくっついている状態はかなり久しぶりだが、ルフィの身体が自分の腕の中に収めてしまえるサイズなのだということにゾロは気がついた。それから少しずつ落ち着かなくなってくる。狭いロッカーの中でお互いの呼吸しか聞こえないのだ。それからルフィの髪のにおいと、汗のにおい。 ルフィの体温が伝わって、暑さに拍車がかかる。首の辺りに息がかかって、ゾロの脈拍は一気に上がった。あまりに心臓の音がうるさいので外に聞こえるんじゃないかと思ったほどだ。外に聞こえなくてもルフィには聞こえてるような気がする。身体中が熱くなってきて、そろそろ出ないと限界だ。カラリと音がして、気配が去っていくのがわかった。ルフィの体から力が抜けていくのがゾロにもわかった。念のため、もう少しだけ待って、やっと二人してせまいロッカーから抜け出した。お互いに息が切れている。 少し荒いルフィの呼吸に、ゾロはかなりクラクラした。熱中症かもしれない。明らかに頭に血が上っている気がする。身体中の血液が沸騰しているみたいだった。 「ちょっと危なかったけど、面白かったなー」 ルフィが笑うのが気配でわかった。真っ暗な上、懐中電灯もつけていないので、顔が見えないのだ。見えなくてよかった。自分の顔は今、絶対に赤い。 「ゾロ?だいじょぶか?」 ルフィが近づいて来て、ゾロは思わず引いた。なんだか触れられたくなかったのだ。今近寄られるとマズイ気がした。頭がグルグルしている。ルフィが不審そうな顔をしているのがわかる。 「熱中症・・・かもしれん」 ゾロはやっとそれだけ言った。喉もカラカラなのだ。ルフィの口を吸ったら、渇きが癒えるかもしれない、などという思考が正常なはずがない。 「あっ・・・暑かったしなっ・・・ごめんな?」 「いや・・・大丈夫だ・・・ちょっと熱くて眩暈がしてただけだ。緊張もしたし。」 「あぁ、うん。すっごいドキドキしたな」 きっとそういうことなのだと思う。 「・・・帰るか?」 ルフィが頷いた。 しかしどうやら考えが甘かったようで、校舎を出る所で、担任に捕まってしまった。見事に全員捕獲されて説教をくらった。夏休みということで鉄拳制裁は行われなかったが、旧校舎は老朽が激しいから危ないのだ、と説明された。次はねェぞ、と言って、その場にいた全員にペットボトルを奢ってくれた。 「実はケムリンっていい奴だったんだなー・・・」 帰り道、ペットボトルのスポーツ飲料を飲みながら、ルフィが呟いた。 「やっぱ、ちょっと付き合ったぐらいじゃわかんねェもんだな」 「・・・そうだな」 ゾロは少し浮かない顔だ。さっきからルフィの顔がまともに見れないのだ。今は少し風も出て、我慢できない暑さではない。喉だって、担任のおかげで潤っている。はずだ。 「ずっと付き合ってても、わかんねェこともあるくらいだから・・・」 ルフィを見ると、心臓がおかしくなる自分など、想像もしたことがなかった。こんな症状は大変困る。熱中症には確か水分と、 「家帰ったら速攻シャワーだな。今日は水でもいいくらいだ」 ルフィが埃だらけの服をはたきながら言った。 「そうだな。頭冷やさねェと・・・」 ルフィが少し怪訝そうな顔をしたが、すぐに気を取り直して、ポケットからなにかを出した。 「ほれ。ゾロの分」 手渡されたものを見れば、小さな袋だった。 「ウソップ作、合格祈願お守りだ。中は結構すごいぞ」 袋の中に入ってる紙には「おれは信じてるからな」と書いてあってゾロは苦笑した。 「どうせゾロは真面目に探してなかっただろうから、おれがゾロの分も見つけといてやったからな」 にっこり言われてゾロはやっぱり困った。 「・・・ありがとよ」 呟いたゾロの目線はやっぱりルフィから逸れて、星のない夜空を見ていた。
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