久しぶりの遠出だ。遠出と言っても、電車で5つ駅をこす程度だ。念のためにいっておくが在来線である。所要時間は約30分。 ルフィが物珍しさにきょろきょろしていると、ゾロに頭を小突かれた。 「お前はどこの山奥から出てきたんだよ」 苦笑している。ゾロは最近よくこんな笑い方をするようになったな、とルフィはぼんやりと思いながら、 「だって初めて来たんだからしょうがないだろ。家族以外と電車乗ったのも初めてだったんだからな、おれは」 威張ることではないかもしれない。が、ルフィは今日初めて自分で切符を買ったのだった。中学生が一人で行っていいところは、自転車で行ける範囲内、と父が言ったのを、ルフィはきちんと守っていたのだ。もちろん、ルフィの自転車の範囲内はかなりの距離だ。 今日は文化祭の準備だか、練習だかで、土曜日なのに学校に行ったエースから、忘れ物のノートを届けてほしいと電話があった。母のマキノはこれから用事で大変に困っていた。ので、ルフィが代わりに届けると申し出たところ、やはり母は困った顔をした。 「・・・ゾロくんは、今日、お隣にいるのかしら」 母が名案を思いついたように言った。ルフィは釈然としない気持ちを抱えつつ、隣を襲撃し、まだ、熟睡していたゾロをたたき起こし、今に至るのだが。 「なんでゾロが一緒だったらいいって話になるんだろうな。おれはなんか納得いかねぇぞ」 思い出したルフィが急に文句を言い始めた。 「親父さんが、一人で電車に乗るなって言ったからだろ。二人なら、約束破ったことにはならねェし」 たぶん、それだけではないと思うが、ゾロは無難にそう言った。このルフィを一人で遠出させるのは、やはり、親でなくても不安だろう。遠出、というほどの距離ではないが。エースは毎日通っているのだし。ただ、あの家のこの次男に対する過保護さは、少し異常だというのが、切符を自分で買って、何事かをやり遂げたかのように、顔を輝かせている中学二年生を見たゾロの感想だ。長男は普通なのに。 「うーん、そうなのかな。あれかな。エースの学校」 駅のすぐそばに公園があって、その向こうに、学校と思しき建物が見えた。公園を突っ切ると、5分程度で校門まで行けた。校門の前にはエースが立っていて、手を振っている。 「おー、ご苦労さん。ありがとな。ゾロも悪ィな、つき合わせて」 「大事なもんなら忘れるなよ。おかげでロクに眠れてねェ」 ゾロが文句を言うと、 「夜更かししてるから朝眠いんだよ。断りきれなかったお前の敗けだ」 エースが笑ってかわした。自分だって弟に甘いくせに、とゾロは心の中で毒づいた。ルフィはやはり物珍しげにきょろきょろと学校を眺めている。 「へー。ここがエースの学校かー・・・」 なにやら感慨深げだ。 「中見てくか?って言いてェけど、ちっと忙しいしな。お前らがオモチャになるのも忍びない。ここはこれで引き取ってくれ。昼飯の用意はされてそうだから、茶でも飲んでけ。感謝する」 エースがゾロに紙幣を一枚握らせた。 「や、いーよ。楽しかったし。おれちゃんと一人で切符買えたしな!」 ルフィが笑うと、 「おー、そうして大人になっていけ。お前は昨日より確実に成長している。今日はありがとう」 エースはルフィの頭を撫でた。それでルフィは大満足だ。 帰りは「中学生は飲食店に一人で入ってはいけない」という、ルフィ父の教えにより、また、茶よりなにか食べたい、というルフィの希望により、高校近くのパン屋に入り、パンをいくつか買って、電車の中で食べることにした。電車の中は幸いにもすいていて、座ることも可能だった。通勤通学以外の時間は、割とすいているらしい。 パンをかじりながら、ルフィはゾロにこっそり告げた。 「誰かにありがとうって言われるの、気持ちいいな。おれももう、ちゃんとエースにありがとうって言ってもらえること出来るんだ」 ルフィは嬉しくてドキドキしていた。すごい発見だと思った。今までできなかったことが出来るようになるというのは嬉しい。自分のしたことで誰かが喜んでくれるのも嬉しい。 久々に全開の笑顔を見せられて、ゾロは微妙に目を逸らした。12年も一緒にいるのに、なんでこうも違うのだろう。ゾロは目を閉じて、寝たふりをした。そういえば、休みの日はいつも昼近くまで寝ているのだ。まだ眠っていてもおかしくない時間なのである。そう思ったのは一瞬で、すぐに眠りに落ちてしまった。 「ゾロ?」 返事がないことを不審に思い、ルフィはパンを食べる手をとめて、顔をあげた。すると、もたれてきていたゾロの顔が思いのほか近くにあって、ルフィはびっくりした。どうやら眠っているらしい。目を閉じて、小さな寝息が聞こえる。そういえば、寝ているところを無理矢理起こして連れてきたのだったな、と思い出した。こんな近くで顔を見るのが久しぶりで、ルフィはなんだか、さっきよりもドキドキが大きくなっていることに気がついた。 ちょっとクラスが離れているうちに、ゾロはずいぶん背が伸びた。顔もなんとなく変わった気がする。男臭くなった、というのか。精悍などという言葉はルフィは知らないから、とにかくかっこよくなったよなー、と思う。ゾロの方を向くと、本当に息が触れるのではないかと思うくらい顔が近くなってしまうので、ルフィはまた、パンに集中することにした。なんでこれくらいのことでこんなに恥ずかしくなるんだろう、とちょっと不思議に思った。とりあえず、降りる駅まであと10分くらいある。駅についたら、ゾロを起こそう。そしたら、ありがとう、と言ってもらえるだろうか、とルフィはやっぱりドキドキしながら、窓の外の景色を眺めた。
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