プール
せっかくタダ券もらったのに使わないともったいないだろ?と言ったときのゾロの複雑そうな顔をルフィは思い出していた。夏休み最初の土曜日。ゾロと会うのは実に2ヶ月と3週間ぶりだ。もちろん、電話で話すことはあったのだけれど。久しぶりに会ったゾロはなんだか気が重そうだ。 気にはなったけれど、ルフィはとりあえずゲートをくぐることにした。話をするにしてもとにかく外は暑い。ルフィは暑いのが苦手なのだ。ゾロもひとまず一緒にゲートをくぐった。 「プール、嫌いだったか?」 ゲートをくぐってしまってから切り出す自分もちょっと卑怯かな、と思いつつ、ルフィはゾロに聞いてみた。 「嫌いってワケじゃねェが・・・お前それ兄貴からもらったって言ったよな」 「エースが嫌いなのか?」 「そういうわけでもねェんだが・・・」 どうにもゾロははきつかない。本人もそう思っていた。ゾロは別にルフィの兄が嫌いなわけではない。けれどルフィは今年受験だから、あまり遊びに誘うな、とはっきり言ったのはあの兄だったはずなのだ。なのに「エースがゾロと遊びに行ってこい、って券くれた」とルフィのはずんだ声で連絡があったとくれば、なにか魂胆でもあるのかと疑ってしまうのもムリないことではないだろうか。 「お前、受験勉強進んでるのか?」 自分が高校生だった頃は、夏休みが受験の正念場とか言われていたが、ルフィにはそういう気負いが一切なさそうだ。 「うーん、エースが大学行けって言うからなぁ。おれ別にすぐに働きに出てもいいのに。」 高校出とけば十分だと思うんだけどなぁ、と心底不思議そうにルフィが言った。本当のことを言えば、高校だって出なくてもよかったのだけど、今はちゃんと高校入ってよかったなぁ、と思っている。大学に入っても同じことを思えるだろうか。 「その辺はちょっと考えてみる。」 どっちにしろ今話す内容ではないと思うのだが。 「ゾロ、話、変えてねェか?」 「お前、泳げねェんじゃなかったか?」 「あれ?言ったっけ」 「聞いた・・・気がする」 「おれは泳げなくても楽しいぞ?」 「その心配はしてない」 じゃぁ、どの心配だろう。話は更に変わったのか戻ったのか微妙だ。
「・・・やっぱりそれはするのか・・・」 ゾロが大変苦い顔で呟いた。 「泳げねェんだからしょうがねェだろ」 浮き輪、である。18歳男子が浮き輪。 「違和感ねェのが怖ェな」 「大変失礼な印象を受けたぞ」 失礼でもなんでも、ヘタしたら小学生だ。 「とにかく早く泳ごう!」 泳げないくせに。とつっこむことはやめて、ゾロはため息をひとつつくとルフィの後に続いた。 そして更に大きく息を吐いた。とにかく、人が多い。なんでも7種類のプールがあるということだが、泳ぐのにプールの種類が関係あるのか、という疑問が否応なしに湧いた。そもそもプールなんて学校のプール以外行った記憶がない。 「お前水泳の授業、どうしてんだ?」 「うちの学校、プールねェから授業もねェよ?中学の時は結局最後まで泳げなかったなー」 だから、こういうプール来たの初めてなんだよ、実は。と続いた。その顔がとても嬉しそうだったので、ゾロはまぁいいか、と思い始めてきた。この人の多さも、エースの思惑も。単にルフィを喜ばせたかったのかもしれない。たいがい兄バカなのは確かなので。 ひとまずルフィが入りたがったのは、プールの敷地の輪郭にそって、トラックのように外周を描いている、流れるプール、というヤツだった。ゾロにしても、一番混雑が少ないように見えたのでつきあうことにした。勿論混雑が少なく見えるのは、皆それなりに一定の流れにそった動きをするからで、数が多いことに変わりはないのだが。 ルフィは上機嫌で浮き輪を持って飛び込んだ。 「足からゆっくり入れ」 と小学生にするような注意をしたら 「ゾロお父さんみたいだよなー」 とあっさり言われた。・・・これがいけないんだろうか。ゾロは少しの間真剣に考えた。考えていたらルフィがいなくなっていた。忘れていたが流れるプールなのだ。浮き輪でぷかぷか浮いてれば流されるのは当たり前だ。ゾロは舌打ちして、追うべきか待機するべきか悩んだ。急いで追えば追いつきそうだが、この人ごみで誰にもぶつからず泳ぐのは不可能な気がする。それなりに自分の破壊力を自負しているゾロとしては、下手に泳いで子供にケガでもさせる可能性も否定できない。 「しょうがねェ」 ゾロはひとまずプールサイドに上がった。サイドから追うことも考えたが、ここを走るのもどうかと思う。見た目はどうあれ、あれはあれで18歳男子なのだ。とりあえず浮き輪でのんびり流れている分には心配ないだろう、とゾロはルフィが一周してくるのを待つことにした。プールサイドから見ていれば、見逃すことはないだろう、と思う。とにかくルフィは目立つので。 そんな風に流れるプールを睨んでいるゾロは自分も十分目立つということに気づいていなかった。 「あ。」 「げ。」 そして、今回ゾロが一番危惧していたことが起こった。
「あれ」 気がつくとゾロがいなかった。てっきりついてきてくれていると思ったのに。ゾロ、怒ったのかな、とルフィは少し不安になった。ルフィはゾロにものすごく甘えている。その自覚はあった。もともとルフィは甘やかされて育った、とエースがよく言っている。その自分が甘えている自覚を持つのだから相当だ。今日だって、ゾロは気が進まないみたいだったのに、無理矢理引っ張ってきてしまった。そして少しはぐれたぐらいでバカみたいに不安になっている。 「ちょっと、ダメな印象だなぁ・・・」 自分はこんな人間だっただろうか。こんな風にプカプカと流れに身を任せていると普段考えないようなことを考えてしまったりする。ゾロを捜しに行こうかな?と頭をよぎったけれど、どうせなら流されるままに一周してみたいなぁ、と思ってやめた。この辺り、少しゾロに申し訳ない気もするのだが、そのうち会えるだろう。更衣室のロッカーは同じなのだ。もちろん帰りまで会えない、とは思ってないけれど。 「でもやっぱりすごい人だなー。ゾロ人多いトコ嫌いだもんなー。」 ルフィは別に人が多くても気にならない方だが、さすがにびっくりする多さだ。ゾロには相当堪えるに違いない。 「会えたら、次はゾロの行きたい所どこでも付き合うから、って謝ろう」 そう決めて、少し楽になったので、ルフィは流されながらあちこちに目をやる。やはりあの巨大なウォータースライダー、というヤツは体験してみたい。波のあるプールだってまだ入ってないし、確かあっちには学校にあるようなプールもあった。幼児用の底の浅いプールもあったが、あれにも一応入っておこうかな、などとすっかり立ち直った頃、丁度一周したと思しき、見たことのあるようなないような景色に到達した。そしてプールサイドにゾロの姿を見つけて、ほっとして上がろうとしたところ、ゾロが誰かと話しているのだということに気づいた。 キレイな女の人だった。ナンパってやつだろうか。どっちがどっちをだろう。なんとなく声をかけるタイミングを失って、ルフィはプールから上がれなかった。つまりはもう一周流されることになった。自分でもよくわからないのだが、わからないときぐらい流されるのもよい経験だ。
「アンタが一人で来るわけないでしょ」 女は頭ごなしに決めつけた。確かにそうだろう。一人ではこんな場所絶対に来ない。それでもゾロは沈黙を続けた。下手な言い訳が通用する相手ではないことを経験で知っていたからだ。なんでよりにもよってコイツだろう、とゾロは自分の運のなさを呪った。 ゾロが恐れていたことは、ひとえに、「知り合いに会うこと」であった。ルフィに、言うなれば「骨抜き」にされている自覚があるゾロにとって、ルフィといるトコロを普段の自分を知っている人間が見たらどう思うか、考えるだけで面倒臭い。そしてまた、よりによって一番見つかりたくない人間に見つかったようだ。彼女はあるイミ、ゾロが親しくしている数少ない友人にカウントされるのだが、人の弱みにつけこんで遊びたがる悪癖があるので、なんとしても隠しとおしたいところだ。 「そういうてめェも一人で来るわけねェな」 守銭奴なのだ。 「当たり前でしょ。それにしてもスゴイ人ねー。この中にロロノア・ゾロを骨抜きにした猛者がいるわけね。」 猛者。どちらかと言えばその喩えは正しいかもしれない。 「頼むからかきまわすな。っていうか、お前来月試験あるんじゃなかったか?」 「普段から鍛錬してますから、間際になってあわてたりしないのよ。誰かみたいに。」 にっこり笑われてまたゾロは黙った。口では勝てる気がしない。 「会ってみたかったのになー。ルフィちゃん。」 ゾロの血の気が一気に引いた。 「てめっ!どっからそれを!!」 「企業秘密―vまぁ今日のところは引いてあげましょう。アンタのそんな顔みれて気がすんだから。」 この女、受験の憂さをおれで晴らしてるに違いない。ゾロは確信したが、藪をつついて蛇を出すことはしなかった。 「もし後で一緒の時に出会ったら、ちゃんと紹介してね」 やなこった、と思ったけれど、それもなんとか口に出すことは堪えた。とりあえず当面の危機は去ったようだ。しかしあの女、いったい何を知ってるんだ、と否応もなく不安になったが、それよりルフィが気になる。時間からすると見逃してしまった可能性が高い。よもや、違うプールに一人で移動、なんてことはないと思うのだが。 また流れるプールに視線を戻す。妙な気疲れのせいか、さっきより目つきは悪くなっている。おかげでさっきからチラチラとゾロを見ている女の子たちも、遠巻きにするばかりで誰も声をかけたりはしなかった。
流れるプール、2周目にして、ルフィはゾロと目が合った。一瞬考えて、ルフィはプールから上がった。プールを睨みつけていたゾロの目がルフィを見た瞬間、柔らかくなったせいだ。ペタペタと近づいてくるルフィを見て、ゾロはほっと息を吐いた。一緒にいるところを知り合いに見られるのは困るのだが、一緒にいなくてはなんのためにここにいるのかわからない。本末転倒だ。 「・・・・・」 こんなとき真っ先になにか言うはずのルフィが黙っているので、ゾロはいぶかしんだ。 「ルフィ?」 するとルフィの手があがって、ゾロの胸にペタリと触れた。 「ルフィ?」 それだけのことで脈拍が上昇する自分は本当に重症だ。 「ゾロ、すごい熱いな」 ルフィがポツリと呟いた。動揺を見透かされたのかと思ったが、どうやら違うようだ。 「お前は冷たい」 「冷やしにきてるんだから当たり前だ」 行くぞ、と言ってゾロの腕をとり、近くにあるプールに入る。学校にあるような、四角いプールだ。今度はルフィも足からゆっくり入ったのでゾロは少し笑った。プールの端で二人並んで立つ。やはり、泳ぐ、という雰囲気ではない。 「水風呂、みたいなもんなのかね」 「それでも暑いよりはいいだろ?あんなトコロでぼーっとしてたら熱射病になるぞ」 あんなところでぼーっとするはめになった原因を作ったルフィが悪びれず言うので、 「鍛え方が違う」 とだけ答えておいた。 プール内の喧騒を二人で眺めていると、ルフィの目の前にビーチボールが飛んできた。こんな人の多いところでビーチバレーでもないと思うのだが、どこにでも強者はいるものだ。 「すみませーん」 ルフィに向かって女の子が一人、人をかきわけ近づいてきた。 「あら、」 「おぉ」 「皆がいくら誘っても、プールだけは行かないルフィさんと会うなんてびっくり」 どうやら女の子はルフィの知り合いらしい。 「お前は学校のヤツら来てるのか?」 ルフィはポンとボールを女の子に投げてよこした。 「いいえ、家族と親戚と。こんなに人が多いのにビーチバレーするって父が聞かなくて。ごめんなさいね。」 「相変わらずお前の父ちゃんおもしれェな」 女の子はペコリと頭を下げた。隣のゾロにも頭を下げる。そしてボールを持って人ごみの中に消えていった。 「同級生か?」 「いや、後輩」 ゾロは少し息を吐いて 「やっぱり、でかいプールなんてこの辺りじゃここだけだから、知り合いにも会うよな。さすがに」 今までよく誰にも会わずにやってこれたものだ。 その言い方がやけに実感がこもって聞こえたので 「ゾロ、おれといるとこ知ってる奴に見られるのイヤなのか?」 と聞いてみた。 「嬉しくはねェな」 ゾロにしてみれば率直な意見であり、理由についてはこんな自分を知られてはからかいの対象になることが目に見えているからなのだが、ルフィにはその辺りがうまく伝わらなかったようだ。 ルフィはザバリとプールから上がった。予告のないその動作にゾロもあわてて後を追う。追おうとして、プールサイドに上がった途端、ルフィにドンっと元いた場所に突き落とされる。 「てめェっ!!」 思わず怒鳴りかけて止まる。浮き輪が飛んできた。見上げたルフィは、怒ったような泣きそうな顔をしていて、そんな場合ではないのに、少し見惚れた。 「だったら一緒にいなくていい」 そう言ってルフィは踵を返し、ペタペタと足早に去っていってしまった。監視員の笛の音がやけに大きく感じられて、ゾロはなにがルフィをあんなに怒らせたのか、半ば呆然と考えていた。
ルフィは「ゾロは自分と一緒にいるところを知り合いに見られるのがイヤ」ということを、「自分はゾロの隣にいるのがふさわしくない」と言われたと解釈した。さっき見たキレイな女の人が頭をよぎったのも確かだった。なかなかお似合いに見えたのだ。ああいう人が相手ならゾロもそんなことを思ったりはしないはずだ、とも思った。ある意味においてそれは正しい見解なのだが。 その点自分は泳げないしわがままだしキレイじゃないし男だし子供だし浮き輪だし。あぁそういえば浮き輪は投げてしまったので今は浮き輪持ってないんだ。するとあの浮き輪は今ゾロが持っているんだろうか。その絵ヅラはなかなか面白かったので、ちょっと気が晴れた。 こうなったら一人でも楽しもう!とルフィは決める。やっぱり楽しむ、と言ったらアレだろう。とルフィはいそいそと階段を上り始めた。やはり立ち直りは早いのだ。 ウォータースライダーは登ってみるとかなりの高さで、ちょっと降りることが躊躇われるような見晴らしだった。後続もつかえていることだし、いつまでもその景色を見ていることはかなわず、ルフィはえいっと滑り出した。筒の中を急降下で滑っていく感じはおもしろくて、少し学校の防災訓練を思い出した。防災訓練とは段違いのスピードと距離ではあるが。筒状になっているので外の景色があまり見られなくて残念だと思ったけれど、このスピード感の前では些細なことだし、普通の滑り台ならカーブ地点で落下の危険もあるだろう。とにかくルフィは存分に楽しんだ。ちょっとしたジェットコースターである。 そして、終点のプールの水深がやたらと深かったことに気づいたのは、降下の勢いでこれ以上はないというくらい沈んだ時だった。 ルフィは(こんなに深かったんだー)とそんな場合でもないのに呑気に考えていた。すると降下の時以上のものすごい勢いで腕を引かれ、一気に引き上げられた。水面に顔が出て、酸欠の金魚みたいにルフィは荒く呼吸をした。 「あー。びっくりした」 こんなに深いと思わなかったのだ。そのまま腕を引かれてプールから上がる。ルフィの腕を引く男は黙ったままだ。 「えと、ありがとう」 男は黙ったままだ。それはそうだろう。 「そんで、ごめんなさい。やっぱり一緒がいい」 ポツポツと話す。それでもゾロは振り向かない。やっぱり怒っているのだろう。そりゃぁ、怒るよなぁ、とルフィは落ち込んだ。 「次は浮き輪しないし、泳げるように頑張るし、わがままもあんまり言わないようにするし、キレイになるのは無理だけど・・・」 方向性がどんどんあやしくなっていく。 「とにかく、ゾロが一緒にいて恥ずかしくないような奴になるよう頑張るから!」 「は?」 ゾロが立ち止まって心底不思議そうに聞き返した。 「あれ?ゾロ、怒ってねェの?」 「怒ってたのはお前だろ?」 「だってゾロおれと一緒にいるのヤダって言うから」 「言ってねェ!」 「そうだっけ?」 どこで間違えたんだろう。 「でもおれといるとこ見られたらヤダって言った」 「それは・・・」 「それはこんな風に慌てて必死になってるトコ見られたくないからよねー」 場違いに明るい声が聞こえてルフィは首をかしげる。ゾロを見れば、今まで見たこともないような嫌そうな顔をしていた。こんなゾロは初めて見る。 ゾロの肩ごしにさっきのキレイな女の人を見てルフィは「近くで見てもキレイだな」と思った。 「ルフィ・・・くん?」 「うん」 なんでこの美女はおれの名前を知ってんだろうなぁ、と思いつつ返事をした。ゾロの顔が更に顰められてそれからゆっくり美女の方を向いた。 「気がすんだらとっとと去れ」 ルフィをかばうように前に立つ。美女はニヤリ(ほんとうにこういう笑い方だった)と笑うと、 「食券1ヶ月分で手を打つわ」 「いくらすると思ってんだ」 「この貴重な時間と秤にかけてどっちが重い?」 「・・・っ!てめェ覚えてろ」 「忘れないわよ。2学期が楽しみね。じゃぁ、ルフィくんまたねーv」 「またはねェ!」 反射的に手を振り返しながらルフィは呆然としていた。こんなゾロは初めて見る。すごく無愛想で口が悪い。いや、ルフィといる時だって決して口が良い方ではないのだが。 「えっと、今の美女、知り合い、だよな?」 「わかったろ。おれの知り合いはロクな奴がいねェんだ。だからお前といるトコ見られたくなかったし、お前のことも見せたくねェんだよ」 ゾロは怒りにまかせてさらりと言った。ロクな奴がいない、と言ったところで、ルフィはまだその被害に遭ったことがないので想像しづらいだろう、と思ったが、それ以上の説明はゾロにはできなかったし、ルフィもそれ以上聞きはしなかった。その代わり、 「同級生?」 「学年は2つ下だ。学部も違うしな。ただ、教養課程でたまに一緒になる。」 深く考えずに聞いた質問に、思いもかけない回答があった。 「・・・ゾロ・・・学生だったのか?」 「・・・今までなんだと思ってたんだ?」 別になんだとも思ってなかった。ゾロはゾロなんだと思っていただけだ。 「今日はいろいろびっくりするなー」 「びっくりしたのはおれの方だ」 さっきのことを言ってるのだとルフィは気づいた。 「うん。ごめんな。あんなに深いと思わなかったのもあるんだけど、なんかあったらゾロが助けてくれるだろうなぁ、と思って」 「あの状態で?」 プールに突き落として、怒っていなくなったくせに。 「うん。・・・変かな。」 「変じゃねェ・・・と思う。」 そんなある意味理不尽なことを言われているのに、少し嬉しいと思っている自分の方がよっぽど変だ、とゾロは思う。 「あんまり信用されても困るけどな」
波のあるプールというのは段々深くなっていって、油断すると顔に波の直撃を受ける。それはそれでおもしろいと思ったが、自分が直撃を受ける波をゾロが受けないのはなんかちょっと悔しい。 「うーん、ほんとの海とは違うんだろうなぁ。」 「当たり前だろう」 そしてやっぱり泳げる状態ではないので、立ったままつかっている。そして波に流されないように、ルフィの腕はきっちりゾロにつかまれている。 「近いうち、行くか?」 ルフィはきょとんとゾロを見上げる。 「だから、海。」 ルフィの顔が輝いた。思い切り首を縦に振る。兄の了承を得られるかどうか謎だが、この顔があればなんとかなるだろう。結局のところ、ルフィには皆甘い。 「なるだけ遠くのな。」 「そんなに知り合いに会うのってイヤか?」 「面倒臭い」 やたらとこだわるゾロにルフィは首をかしげる。 「お前は、たとえばさっきの子におれのこと聞かれたらなんて答えるんだよ」 ルフィはあっさりと答える。 「好きな人」 「・・・・・・・・」 撃沈、とはこういうことを言うのだろうな、とゾロは思う。ここにこんなに人がいなければ、間違いなく腕の中に収めている。その代わり腕をにぎる手に少しだけ力をこめた。 ルフィは少し笑って、そのまま何も言わなかった。
「・・・ダルイ」 「長時間水につかってるとそうなる」 そうなのか。駅までの道のりをほてほてとゾロの隣を歩きながら、ルフィはなんとなく重い体を不思議に思っていたのだが。 「次は海な!」 「エースがいいって言ったらな」 ルフィは不思議そうな顔でゾロを見上げる。 「いいって言うに決まってるさ。エースはゾロ一緒ならどこ行ってもいい、って言うから」 「は?」 「ゾロだったらおれが無茶しそうになってもちゃんと止めたり助けたりしてくれるだろうから大丈夫だろう、って言ってた」 つまり、誰とも行かないはずのプールのタダ券はそういうことだ。その信用は嬉しくないと言えばウソになるのだが、この先のことに釘をさされているような気がする、と思うのは勘繰りすぎだろうか。あまり信用されるといろいろやりにくい。 その効果か、ほんとうになにもせずに駅についてしまった。まぁ先は長いのだ。こんな日があってもいいだろう。ゾロはどこかのんびりした気持ちでルフィと改札で分かれた。 たぶん、きっとその背景には、今日のルフィがある。あんな風に、好意を真っ直ぐ向けられると、もうちょっと待とうかな、という気になってくる。ルフィがゾロを好きだと言ってくれるのなら、それでいいような気がしてくる。勿論いろいろと葛藤はあるのだが。
人の多い場所は相変わらず嫌いだが、あのプールはゾロにとって少し特別な場所になった。好きになりきれはしないが、嫌いになりきれもしない。ゾロは少し笑って地下鉄に乗り込んだ。 2005.7.23up せっかく夏休みに入ったので遊ばせてみました。 原稿中断してまでやることではなかったかもしれませんが 夏の遊びはやはり押さえておきたいなぁ、と思いまして。 最近後退してると言われた二人ですので、 更に後退させてみましたよ(笑)。 三歩進んで二歩下がるんですよ。 お互い以外の人間への接し方、みたいのをやってみたかったんですがね。 地元のプールってなんか知り合いに会いそうですよね。
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