酒宴                        

 



 酒は嫌いではない。いや、寧ろ好きな方だ。だが、酒の席、となるとなかなか微妙だ。ワリカン負けしない自信はあるが、そもそも金の問題ではない。誰と飲むか、という点は非常に重要と言える。本来なら、ゾロは酒は一人で飲みたい。どんな場合でも一緒にいたいと思う例外は一人いるが、基本的に、酒を純粋に楽しもうと思うなら一人がよいだろう。けれど、大勢で酒を飲むのが好きだ、という人種も中にはいる。その場合、だいたいが、酒は助演であり、主演は会話、ということになるのだろう。
 ゾロは会社で行われるような「宴会」と名の付く行事はすべて断っている。会費がタダだと言われても行きたくはない。勤務時間を過ぎてまで、拘束されるのは真っ平だ。しがらみだらけの「酒宴」など、拘束以外のなにものでもない。その上、金は払われないばかりか、逆にとられる。一度だけ、まだルフィと会っていない頃に、参加させられたことがあり(当時はまだ新入社員だったので、よくわかっていなかった)、一遍で懲りた。
 ゾロはもともと、腹芸などは苦手なのだ。
 現在はさすがに、断ったとしても何事もなく、そういう人間なのだ、という位置付けができたが、ここまで来るのにはそれなりにいろいろあった。が、ここでは端折る。
 つまり、ゾロの会社での立ち位置は、仕事は出来るが、上からのウケはあまりよい方ではなく、宴会どころか、残業までも断ることがある、ひどく家庭的な中堅。である。なるだけなら、早く家に帰りたいゾロではあるが、どうしても断りきれない酒宴があった。
 後輩からの頼みごとには、案外押し切られやすいのだ。上から来られれば反発するが、下から頼まれると無碍にはできない、というところがある。それでもルフィが早く帰ってこいと言おうものなら、強固に断ることが可能ではある。
 本日は電話にて伺いをたてた結果、「たまには職場のこみゅにけーしょんも大事だと思うぞ?」と言われ、しぶしぶながらの参加となった。一桁で足りる人数ならば、まだ許容範囲だ。酒を飲みながら、やはり、メインは会社、あるいは上司に対する愚痴となる。割り切ることができない者にはやはりこういう吐き出す機会が必要なのだろう。
 酒は少し薄くて、物足りなくはあったが、このような席で、美味い酒が飲めるとも思わない。ゾロは言うべきことは誰彼かまわず言ってしまうタイプなので、この場で吐き出すものは特にない。ただ、つまみとして出された鴨のスモークは持ち帰れないものかと考えていた。
 日付が変わり、店を出たとき、同僚の一人が呟いた。
「この時間はいつも一人でいますからね、たまにこうやって人といると嬉しいです」
 この男は現在、アパートで一人暮らしだったはずだ。たぶん、自分はとても恵まれているのだろう、と唐突にゾロは思った。
 いろんな人間が世の中にいることを知るのは大事だ。やはりルフィの言う通り、限られた世間のみで生きていくのは危険なのだろう。
 タクシーで家に帰り着き、足音を殺しながら階段をのぼると、玄関の鍵を開けて中に入り、玄関の灯りを消す。居住区は二階なのだ。ルフィは明日仕事なので、たぶん寝ているだろうなぁ、と思ったとおり、家の中は真っ暗だった。寝室にいるものと思い、ダイニング兼リビングの電気をつけたら、ソファで身じろぐ気配を感じて慌てた。
 電気を消そうかとも思ったが、ここで寝ている、ということは、起きるつもりがあったということだろうと勝手に解釈して、土産を広げた。
「いいにおい・・・」
 案の定、起きたルフィにゾロは笑った。ルフィがフラフラと立ち上がり、ゾロの向かいに座る。焦点の微妙にあっていない目で、ゾロを見ようか、テーブルの上を見ようか悩んでいるようだ。
「こんな時間に土産もなんだが、鴨のスモークだ。そこそこ美味かった」
「おかえりー・・・ありがとー・・・」
 まだ半分寝ぼけている。
「やっぱ、夕飯、少しにしといて正解だ。ゾロ絶対なんか土産持って帰ってくるって思ってたんだー」
 嬉しそうに笑った。見透かされたこと悔しさよりも、喜んでくれる嬉しさのほうが勝つ。ただこの場合、ゾロを待っていたのか、土産を待っていたのか、判断に困るところだ。
「ビールでも飲むか?」
 ルフィがコクリと頷いたので、冷蔵庫から缶ビールをふたつ、取り出した。
「やっぱりうちで飲むのが一番うまいな」
 スモークと格闘するルフィを見ながらゾロが呟いた。
「つまんなかったのか?」
「いや、興味深くはあった。たまにはこういうのも、お前のありがたみがわかっていい」
 家に帰ると大事な人が待っている、というのはなににも代え難い。けれどそれを当たり前と思ってはいけないのだ。
「殊勝―」
 ルフィがくすくすと笑う。耳に心地よい。
「あんまりよくはねェんだろうが、食ったら寝ろよ。明日も仕事だろ?」
「ん。そだな、ゾロにおかえり言えたしな。まー、ちっと物足りねェけど今日はこれでいいや」
 そう言ってルフィは、ビールで冷えた唇を、ゾロのそれに押し付けた。
「んじゃ、おやすみー」
 そして何事もなかったかのように寝室へふらふら歩いていった。缶ビール一本で酔ったのか、ずっと寝ぼけていたのか、どっちだろう、とゾロは一瞬考えたが、
「仕返しは明日の夜までに考えればいいか」
 呟いて缶ビールの残りをあおった。


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