「そんなに怒るなよナミ」 ルフィは困った顔をしてカウンター越しにナミに話し掛けた。ナミと呼ばれた女性はルフィの営むコーヒー専門店の常連で、懇意にしている。営む、と言ってもルフィは雇われ店長なので、その経営は多少大雑把だったが。 「怒ってないわよ別に」 ナミはつんとした態度でコーヒーに口をつける。ナミは美人でさっぱりした性格で、ルフィは大変気に入っていたが、お金にうるさいのと少し意地っ張りなのが玉に瑕だと思っている。 「サンジくんが女にだらしないのなんかいつものことだし、私には関係ないし。問題があるとすれば、クリスマスのことぐらいよ」 サンジとはナミの恋人だ。が、ナミは真っ向否定の体勢だった。 「クリスマス?」 「その女に指輪のひとつでもプレゼントする気らしいわ。二人で宝石店に入っていくのを見たのよ。いくらゾロに差をつけたいからって、金目のモノで釣ろうなんて根性が気に入らない。だいたい、そんな店に通うお金だってバカにならないわけでしょ?」 「なんでそこでゾロ?」 サンジのことはルフィも知っていて、確かに美人を見ればすぐに相好を崩す女好きではあるが、金にものを言わせるような印象はないので、なにかの誤解があるんじゃないだろうか、とルフィは思ったのだが、同居人の名前が出てきたせいで、ついそっちに気が逸れてしまった。 「その女がゾロの方になびいてるみたいだからサンジくん焦ってるのよ。競争心煽る、ああいう店の女がよく使いそうな手なのにねぇ。ゾロはどう?最近金遣い荒いとかそういうことない?」 「金の管理とかはゾロがしてるからよくわかんねェんだけど・・・えーっと。つまり、ゾロとサンジがスナックで働いているキレイなホステスさんを取り合っている、という印象か?」 「お金の管理は、片方に任せっきりにしちゃダメよ?トラブルのもとだからね。あぁいう店は席料だってバカにならないし、気のある振りするのだって商売なのに、それがわからなくて真にうけるなんて、男ってバカよねぇ。」 「いや、おれも男なんだけど」 「あぁ、そういえばそうだったわね。あんたも気を付けなさいね。性質の悪い女に引っかからないように・・・あ!もうこんな時間だわ!ごちそうさま!また来るわね!」 ナミはそう言って慌しく席を立った。
店を閉めて、2階の浴室で湯につかりながら、ルフィはナミの言ったことを考えていた。最近ゾロは帰りが遅い。それは事実だ。勤務先で配置替えがあったらしく、大変に忙しいのだと言っていた。この間の休みだって、廃休になったのだ、と仕事に行ったくらいだ。ゾロだって男なのだから、女の人に対してそういう気持ちになることはあるだろう。むむむ・・・とうなりながら、ルフィは湯船に沈んだ。 「おい、ルフィ!・・・風呂入ってんのか・・・どうした今ごろ」 浴室のドアの外からゾロの声がした。ルフィはあわててからだをタオルで拭きながら、 「ゾロこそどうしたんだ?まだ帰ってくる時間じゃないだろ?」 「今日は早く帰れるかもしれない・・・と言わなかったか?」 「遅くなるかもしれないって言ったんだと思ったけど・・・」 「そうだったか?お前・・・出かけるのか?」 「出かけねェよ?なんでだ?」 「なんでって・・・」 と、ドアの向こうでゾロは口ごもってから、 「こんな時間に風呂入ってるから・・・」 「あー・・・」 ルフィは服を着終わって、浴室を出た。それからゾロを促して、キッチンの椅子に座った。向かいあうと、いきなり切り出した。 「ゾロ、好きな人が出来たのか?」 「はぁ?」 ルフィはゾロの顔を見つめながら、ナミから聞いた話を話した。ゾロは眉をひそめて、テーブルの上に置いた手をぎゅっと握りしめた。 「お前はそれを信じたのか?」 「それを考えようとして風呂に入ったんだ。力抜いてゆっくり考えてみよう、って」 「考えて・・・どうだった?」 「びっくりしたのは確かかな。んで、ちょっと反省した。おれはちょっと安心しすぎてたかなぁ、って。人の気持ちは変わるもんだっての忘れてたし、いろんなことゾロに任せすぎてるかなって」 ルフィは少し肩をすくめてから、 「でもこのことに関する結論は、ゾロにちゃんと聞いてみよう、ってことだ。聞けばナミの誤解だってこともわかるかもしれないから」 それを聞いてゾロは深いため息を吐いた。ゾロのことを信じてないようにとられただろうか、とルフィはちょっと心配になった。 「えーっと・・・」 「すまん」 ゾロにいきなり頭を下げられてルフィは面食らった。 「おれのところにもナミから電話があった。今夜ルフィがあのグル眉と会う約束をしてるって言ってた・・・きっと書き置きかなんかを置いて出かけてるはずだってな」 「・・・お前まさかそれ聞いて、無理して早く帰ってきたんじゃないだろうな・・・」 グル眉とはサンジのことだ。そして男と会う約束をしたからなんだと言うんだ・・・。 「そんなことはねェよ。当たり前だ。そんなことはない。」 二回言った。ちょっとあやしい。 「とにかく!あの女呼び出すぞ!そんなデマで波風立てられちゃかなわん」 と、ゾロが立ち上がったとき、玄関のチャイムが鳴った。
「だいぶ、お腹立ちのようね」 ケロリとした顔で、ナミはキッチンの椅子に腰掛けた。ゾロは顔を顰めて、 「当たり前だ!なんだってあんなデタラメ言ったんだ。説明してもらおうか」 「簡単よ。緊張」 ゾロの剣幕もどこ吹く風で、ナミは言った。ゾロは眉をつり上げて、 「緊張?」 「そう。テンション。人間には適度な緊張が必要なわけよ。緊張しすぎてもいけないけど。それが近頃のあんた達と来たら、すっかり安穏としちゃって落ち着きすぎてるでしょ。関係が。ゾロが最近仕事仕事で家のことおろそかにしてるのもその辺が原因なんじゃない?ここらで目を覚ますのもいいか、と思って。どうだった?」 「どうだったもなにも、てめェの暇つぶしに付き合わされただけじゃねェか!ルフィが話してくれたからいいようなものの、どっちも疑心暗鬼で疑いあうようなことになってたらどうしてくれるんだ」 「それが緊張の効果よ。ふぅん。ルフィが先に話したんだ。じゃぁ、この勝負ルフィの勝ちね。はい。これが賞品」 ナミは持っていたバッグから、封筒を一枚取り出した。 「サンジくんの店のクリスマスディナーのご招待券。一枚しかないのよね。一人でも楽しませてくれるらしいわよ?」 ルフィの顔が一瞬輝いたが、次に困った顔になった。 「でもこれ、ナミがもらったんだろ?」 「いいのよ。どこぞのホステスに入れ込むような人に付き合ってられないわ」 「・・・やっぱり八つ当たりだったんじゃねェか・・・」 しかも賞品、とか言いつつナミの腹は痛まない寸法だ。よく出来ている。 「とにかく!あんまり安穏としてちゃダメだというよい教訓になったでしょ?うん、でも確かにちょっと質が悪くて不安にさせたのなら謝るわ。お詫びだと思って受け取ってくれる?」 にっこり笑われて、ルフィは思わず頷いてしまった。 「あと、一個聞きたいんだけど・・・」 「なぁに?」 ナミの声が柔らかい。この女、最初からルフィが勝つと確信していたに違いない、とゾロは胸の内で呟いた。 「なんで、おれの会う相手、サンジだったんだ?こう言う場合、おれの方もどっかのホステスさんでよくねェか?」 「「あ」」 何故かゾロとナミが両方呟いた。 「そういえばそうね。たぶん、ルフィと食べものが切り離せなかった結果よ。実際ゾロも危機感覚えたみたいじゃないの。こんな時間に帰ってくるの久しぶりでしょ?」 「・・・・・・・」 ゾロは苦虫を噛み潰したような顔をしている。 「なんか納得いかねぇけど・・・まぁいいや。ナミも早くサンジと仲直りしろよ?」 「・・・あいつの女好きは病気だ。そこはあきらめろ」 「ケンカなんてしてないんだから仲直りもなにもないわよ。じゃぁお邪魔さま。今年のイヴは日曜日よ?ルフィのお店日月休みよね。なんだったら、一緒に行ってあげても・・・」 「帰れ」 「はいはい」 ゾロに睨まれて、ナミは笑いながら部屋を出て行った。
「で・・・行くのか?」 「せっかくの賞品だしな。それにきっとナミ、サンジの様子おれ達に見てきて欲しいんだと思うんだ」 「おれ達」 「ゾロは行かねェの?」 自腹だけれど。 「行かせてイタダキマス」 「ゾロほんとはおれが心配で帰ってきたんだろ?」 「・・・・疑ったワケじゃねェからな」 「うん。会いたくなったんだよな。おれもそうだったから」 「・・・まぁ・・・骨折ってやるか」 幸せな人間は寛大になれるものだ。
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