「そういや、誕生日だったよな・・・」 ルフィがゾロの大荷物を見て呟いた。 「あ?忘れてくれてたのか?」 ゾロが大変不機嫌そうに返すので、少々慌てて、 「いや、覚えてはいたんだぞ!いたんだけども・・・」 プレゼントを用意できなかったのだ。以前に欲しいものを聞いたのだが、それをルフィは用意できなかった。 「えーっと・・・半分お持ちシマス」 荷物を。 「半分?」 「えぇっと・・・全部」 プレゼントを用意できなかった後ろめたさもあって、ルフィの腰はひたすら低い。 言いながら、ルフィは紙袋を腕にいくつも下げる。よい匂いがして、たぶん、手作りのケーキとかあるんだろうなぁ、と思ったら、口の中に唾液がたまった。 「食いたいか?」 条件反射的に頷いたら、ゾロがニヤリと笑って、 「家に戻って三分以内に着替えておれん家これたら、食わせてやる」 ルフィの頭が、いつもとは比べ物にならない速さで計算を始める。ゾロの家まで荷物を運んで、家に帰って着替えて、それからゾロの家にまた戻る。それを三分。ゾロの家から自分の家まで片道一分をかけて、着替えに一分・・・で、なんとかなるだろう。しかし、 「そのまま、ゾロの家に寄っていくのはダメなのか?」 「ダメだ。ほしいものがあればそれなりのリスクは負え。」 にべもない。 「思うんだが、ゾロは最近、少々イジワルな印象か?」 なんだか非常に厳しい。 「お前を甘やかすとロクなことがないことがよくわかったせいだ」 「・・・怒ってますか?」 「・・・なんでおれが?」 事前リサーチでのゾロの希望のプレゼント。 それは模試におけるルフィの第一志望校A判定。それをルフィは、見事にC判定をとってしまったのだ。A〜Cは一応合格範囲内だが、Cでは、受かるかもしれない、というレベルだ。 それでも結構頑張ったつもりなのだ。ルフィにしたら。 「別にわざわざ来なくても、勉強するならそれでいい」 「行く」 顔を顰める。 「2分で行ってやるから芋洗って待ってろ!」 ゾロの家の前でゾロに荷物を押し付けると、ルフィは顔を顰めて、隣の自分の家に駆け込んだ。 最近のゾロは勉強しろしか言わない。せっかくの誕生日にもまったく同じだ。まぁ、今日はゾロの誕生日で、自分はゾロの期待に応えられなかったのだから、憤るのはお門違いなのも重々承知の上なのだが。 「ゾロのバカ」 制服を脱ぎながら悪態をつく。 「まぁ、あっちはAでこっちはCだけどなっ」 ルフィだってそれなりに凹みはしたのだ。しかし、とってしまったものは仕方ないではないか。 それにどうにも最近のゾロは機嫌が悪い、気がする。微妙に避けられてさえいる気がする。自分の受験については楽勝ムードなので、やはり、ルフィの受験が心配なのか。眉間に皺を寄せてはたと気づく。もう1分をとっくに回っている。 あわてて適当なトレーナーを着込むと、ゾロの家に走った。 「2分57秒。口ほどにもねェな」 息を切らすルフィにゾロは冷たく言い放つ。ルフィはがっくりと肩を落とした。 「上がれ」 「?」 ルフィが首を傾げる。 「おれは三分といったはずだ」 顔をほころばせてルフィはゾロの家に上がった。甘ェ、というゾロの声が後ろから聞こえたが気にしない方向だ。 ゾロに渡されたプレゼントの山から、手作りと思われるケーキを取り出して、ルフィは遠慮なく頬張る。 「適度な糖分は頭に良いらしいからな」 ゾロはそう言って、ルフィの前に座ると、 「食ったら、始めるぞ」 「なにを?」 ゾロの眉間にまた皺が寄った。 「勉強に決まってんだろ」 「あー・・・」 ルフィの眉が下がる。 「・・・ルフィ、お前、入れるトコならどこでもいい、とか思ってねェだろうな」 「・・・思って・・・ない」 たぶん。 「・・・ならいい。そういう、向上心がなくて、楽な方に流れようとするのは、大嫌いだからな、おれは」 「・・・うん」 知っている。ゾロは自分にも厳しいが、他人にも厳しいのだ。ルフィに対してだけは、かなり甘い、という評価を受けているのも、知らないわけではない。 「・・・ごめん」 ルフィがぺこりと頭を下げた。 「さぼってたつもりはねェんだけど、やっぱり、体育祭とか修学旅行とかに気が行っててな。でもあれはあれで楽しかったから後悔はしてねェんだけど・・・」 「わかってる」 ゾロは仏頂面のままそれだけを言った。 ルフィは一度にふたつ以上のことをすることが出来ない。どちらかに全力を傾けてしまうので。 体育祭のときも、修学旅行のときも、なんとかルフィに厄介事が行かないように、とゾロは努力してみたが、クラスの中心と言っても良いルフィにそれを回避することは不可能だった。なにより、本人にそれを回避する気がなかったのが痛い。 「おれにそれを後悔させないためにも、今から結果を出せ」 「・・・はい」 ルフィは神妙に頷いた。
「・・・結局これは今年もか・・・」 ゾロが顔を顰める。 「当たり前だろ」 さも当然のようにベッドに入ったルフィが答えた。 「来年もさ来年もずっと続けるんだからな」 誕生日恒例のお泊り会だ。 「・・・ずっと・・・かよ」 「おぅ。やると言ったらやるぞおれは」 「・・・そのやる気を受験に生かせ」 「む・・・がんばる」 「次の模試まで持ち越しだな」 「なにが?」 「プレゼント」 「誕生日のプレゼントは誕生日にあげてこそだと思うぞ」 「用意できなかった奴が言うな」 「んーと、じゃぁ、今からおれにできることなんか言え」 「なんで上からなんだよてめェ」 ゾロが軽くルフィを小突いた。 「だいたいお前にできることなんてあるのか?」 「失敬だな!できるぞ、いろいろ」 「たとえば?」 「・・・・・・・・」 そう言われるととっさに出てこない。ルフィは少し焦る。 「んん・・・?おれはひょっとして、ものすごくダメな奴な印象か?」 「どうだろうな」 ゾロの声は逆にのんびりしている。 「お前も少しは考えろよ」 「だからなんで大上段なんだよ」 ゾロがあきれたように呟いた。 「ほんとにおれだってゾロにプレゼントやりたかったんだぞ。勉強だって夏からすげーがんばったつもりなんだ、これでも」 「・・・そうか」 「なんかゾロ、こないだから少し変だし、エースに聞いたら、おれの受験ノイローゼだとか言われたから、なんとか安心させてやろう、とかも思ってたし」 「・・・別にノイローゼにかかった覚えはないんだが」 「でも、変だ」 「・・・あぁ、ひとつ頼みがあった」 「なんだなんだ?」 ルフィが途端に嬉しそうな顔になる。ゾロはその身体を布団の中で抱きしめた。胸に耳をあてて、その鼓動を聴く。 「・・・どうした?」 ルフィが不思議そうにゾロに聞いた。 「じっとしてろ」 「それが頼みか?」 「あぁ」 ルフィはよくわからないなりに、特に何も言わず、じっとしていることにした。 「やっぱ、妙な感じがするな」 「なにが?」 「受験が終わるまで棚上げにしておきてェ」 「なにを?」 「この妙な感じについて考えるのを」 今すぐにでも手を離してしまいたくなるような、このまま抱きつぶして自分の胸にしまっておきたくなるような。 「ふうん?」 ゾロはもう少し、腕に力をこめてみたが、ルフィはなにも言わなかった。ゾロの背中をポンポンと、柔らかく叩く。 ゾロはなんとなく許されている気分になった。 「来年は、どうなってるかな」 「中学生から高校生になるだけだろ?」 ルフィがどうということもない、といった感じで告げる。 「たぶん、すごく変わる」 それはゾロの予感だ。この妙な感じについて考え始めたら、どんな結果にせよ、なにかは変わってしまうはずだ。 「そうかなぁ」 ルフィの声は懐疑的だった。たぶん、実感が湧かないのだろう。 「来年は、きっとこんな風じゃいられねェだろうな」 「そんなことないぞ?来年もきっと同じだ」 「・・・お前は今のまま、変わらないのがいいか?」 「うん」 「・・・そうか」 ゾロはため息をついた。 「ゾロは今までと一緒は嫌なのか?」 「・・・どうだろうな」 呟いて、ルフィの心配そうな顔を見上げる。 「やっぱり受験ノイローゼかもしれねェな」 「うぅ・・・がんばる」 「がんばれ」 ひとまず棚上げにした気持ちは、来年になったらどうなっているだろう。妙な甘さと苦味を噛み締めて、ゾロはそのまま眠ることにした。
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