二十六夜待  ※春で朧でご縁日という話の続きになっております。

 

「だからね、ラキはずっとワイパーのこと待ってんだけど、カマキリもずっとラキのこと待ってんの。で、ひょっとしたらひょっとするんだけど、ワイパー、帰ってきたのかもしれなくて・・・」

 声をひそめてアイサはルフィに秘密をこっそり打ち明けた。

「・・・お前、それはおれの一番得意じゃない話だぞ・・・」

 打ち明けられたルフィも声をひそめて答える。七夕から二日明けて、ゾロの屋敷の庭の隅での出来事だ。

「そういうことは、サンジが得意だ。・・・たぶん。よしっ!サンジのトコ行くか!」

 ルフィとしてもアイサの相談にはのってやりたい。

「え?」

 戸惑うアイサを抱えて、ルフィはゾロに声をかけた。

「おれ出かけてくっから!」

 障子の向こうからの返事はない。眠っているのか、怒っているのか。ゾロとサンジはあまり仲が良くない。二人はコイガタキとかいうやつなのだ。と、ルフィは勝手に思っている。

どうもサンジはナミのことが好きらしい。サンジは他にもいっぱい好きな女がいるようだし、本人もそう言っているけれど、ナミに対してはなんか特別な感じがする。感じがするだけで、よくわからないけれど。その上、ジョセイノタツジンなので、ゾロの旗色が悪いような気がして、ルフィはちょっと心配だ。ルフィはいつでもゾロの味方でいたいので、サンジのことは好きだが、今は少し敵である。敵上視察も少し兼ねて、ルフィはサンジの働く板場に向かう。決しておいしいものが食べたいから、とかそういうのではない、と自分に言い訳する。

「それでいきなり来られても・・・」

「なんだよ、サンジ。ジョセイノミカタなんだろ?それにうまいもん食べた方がいい知恵も浮かぶってもんだ」

 おいしいものが食べたい、というのはついでのついでのついでぐらいのはずだ。たぶん。

 

「えぇと、つまり、三角関係のもつれなわけだ」

「サンカクカンケイ?」

 ルフィとアイサ双方から聞かれてサンジはため息をつく。なぜ自分はこの男に強請られるままにエサを支給してしまうのだろう、と自問自答してみる。確かに大きな借りはあるのだが、それだけでもない気がする。

「男にメシ奢るなんざ、おれの主義に反するんだがなぁ・・・」

 その上ルフィはサンジの親代わりでもある、この店の店主にも気に入られているのだ。まかない飯をこのようにこっそり与えていることに対して、黙認されている。それはさておいて三角関係の話だ。

「三角関係とは、三人の男女間の複雑な恋愛関係のことを言う。こう、一人の女性の愛を野郎二人で争ったりだな、そういう感じだ」

 サンジの説明にアイサが、

「でもワイパーとカマキリはケンカしたりしなかったよ?ワイパーが家出て行っちゃって、それからラキとかアタイの心配してくれてて、ラキのこと好きなんだけど黙ってるんだ」

「なんかいい奴そうな印象だな・・・」

「ルフィくん、色恋沙汰はいい奴が勝つとは限らないんだぞ?」

 そういうものなのか。ルフィは考える。ゾロとサンジではどちらがいい奴か、と考えると、同じくらいいい奴だと思う。色事といい奴か悪い奴かは確かに関係ないのかもしれない。

「で、アイサちゃん、そのワイパーってのは何者なんだい?」

「ワイパーはアタイの兄ちゃんだよ。って言っても、年も離れてるし、すごく怖くて、遊んでもらったことなんかないんだけどさ。」

「出て行ったっていうのは?」

「その辺はよくわからないんだけど、ある日帰って来なくなったんだ。皆に聞いても教えてくれなくてさ。もう、5年にもなるかな」

 5年も行き方知れずでは、人別帳からも除かれていることだろう。けれど人別帳は6年ごとに作成されるから、届を出していなければまだ抹消されていない可能性もある。ちなみにルフィは人別帳の登記などしたことがないので、6年目がいつに当たるかがさっぱりわからない。ちなみに人別帳とは今でいう戸籍のようなものだ。人別帳から除かれると、無宿という扱いになり、当然まともな職業になどつけはしない。だいたいが、渡世人になったり、人足寄場に送られるのが普通だ。性質の悪いものは金山に水替人夫として送られる。

 サンジもそれを考えたのか、少しだけ眉を顰めた。どちらにしても、アイサの兄というのは、不穏な印象ではある。サンジにしてみれば、人別帳のごまかし方などいくらでも知っているのだが。確かに色恋沙汰に善人か悪人かは関係ないが、5年もほったらかしでは、待っているというそのラキという女性が不憫である。ジョセイノミカタとしては、アイサには悪いが、そのワイパーとかいうのに良い印象は持てない。

「で、アイサちゃんはどうなって欲しいんだい?」

 サンジが優しくアイサに聞いた。そもそもアイサはルフィに相談があったのだ。ラキという女性にワイパーを待つのをやめるように説得する役ならサンジが請け負ってもよいと思っていた。

「ラキには幸せになってほしいと思うけど、ラキは今だって結構幸せそうなんだ。好きな人がいるっていうのはそれだけで幸せ、ってこともあるよね?」

 おやおや、とサンジは思う。この娘は年より随分大人びているようだ。

「あぁ、君も幸せなんだね」

 そう言って微笑むと、アイサは真っ赤になった。その顔が一瞬ルフィを見たことにサンジは気がついたが、当の本人は食べることに夢中だ。サンジはこっそりため息をつく。

「気になるのはそのラキって人のことじゃないのかな?」

 サンジの問いかけにアイサは頷く。

「アタイこの間、そのワイパーによく似た人をみかけたんだ」

 

 アイサの話は要約するとこうだ。少し前に、下働きに出ている小間物屋からの帰りが遅くなってしまうことがあった。旦那さまやお嬢さんが長屋まで送るとまで言ってくれたのだが、いち使用人としては主にそのような真似をさせるわけには行かず、気持ちだけ受け取ることにして、提灯を借りて家路を急いだ。

 その日は雲が多く、月の出ない晩で、夏だというのに、辺りは濃い闇につつまれていた。提灯の灯が心細げに揺れるのを見ながら、アイサは主たちの申し出を固辞したことを少しだけ後悔した。それでも自分はもう一人前なのだから!と奮い立たせて足を急がせていると、路地裏から男が一人走り出てきた。提灯の灯が着物を少し照らしただけなので、顔まではわからなかったが、男であることは間違いない。男の方はアイサの提灯に気がつかないはずはないのだが、まるで、アイサのことなど目に入らないかのように、目の前を通り過ぎて行った。

 まさに一瞬の邂逅ではあったが、何故か、アイサにはそれが自分の兄であるような気がしてならないのだ。

「勘・・・みたいなモンだから、あんまりアテにはならないんだけどさ・・・」

 アイサは少し自信なさげに俯いた。

「ルフィにワイパー捜すの手伝ってもらおうと思って」

 やっと相談ごとに行き着いた。

「なんだよ、それならそうと早く言えよ。サンジ関係ねェじゃん」

「お前がそもそも人の言うことを聞かねェからだろ」

 たとえ色恋沙汰でも基本的におれは関係ねェだろう、とサンジがあきれてアイサに助け舟を出す。

「だってラキの話から始まるから」

 ルフィの言い訳に

「ワイパーが戻って来てるなら、なんでラキのトコに顔出してやらないのか聞きたかったから・・・」

 とアイサが弁解した。

「いいよ。悪いのはみんなルフィだ。アイサちゃん、長く話して疲れたろう。特製の冷やし飴を持ってきてやるからちょっと待ってな」

「サンジ!おれも!」

「うるさい。これは女性限定だ!!」

 そう言って、板前兼元(たぶん)泥棒は席を外した。ルフィは冷やし飴に未練を残しつつもアイサに向き直る。サンジはきっとわざと席をはずしたのだろう。こういう気配りとかはすごいなぁ、と思う。

「で、アイサはなにをそんなに心配してんだ?」

 さくっと本題に入る。ラキの話から入るなんて、随分アイサらしくないのだ。アイサはどちらかと言えば短気でさっぱりした性格をしていて、まわりくどいことは好まない。で、負けず嫌いで、自分に妹がいればこんな感じなのかな?と思うくらいにはルフィと似た思考の持ち主だ。それがこんなまわりくどい話を始める辺り、なにかよほど言いたくないことがあるのではないかと、深く考えずに口にしてみた。

 サンジみたいに優しく聞いたりなどルフィにはできない。アイサは一瞬びっくりしたような顔になって、それから泣きそうな顔になった。ここで泣かせたらきっとサンジに蹴られる!とルフィは一瞬身構えたが、アイサは涙をこぼすことなく、躊躇しながらも重い口を開いた。

「・・・あの日、辻斬りがあったんだ・・・。仏さまが見つかったのが、丁度あの男が出てきた路地裏で・・・」

「兄貴が辻斬りだと思うのか?」

 サンジがいれば蹴られるに違いない。

「わかんない・・・けど、ワイパーはちっさいときから怖かったし、気性も荒いし・・・。でも兄ちゃんだから違うって思いたいけど・・・ってほんとによくわかんなくなって・・」

「で、誰にも言えずに一人でアレコレ考えてたのか。そりゃ大変だったな」

 そう言ってルフィはにっこり笑うとアイサの頭を撫でた。すると緊張の糸がきれたのか、アイサの目からぽろぽろと涙がこぼれ始めた。どんっとルフィに抱きついて泣きじゃくりはじめる。ルフィがアイサの頭を撫でながらふと顔をあげると、サンジが難しい顔で立っていて、ルフィは自分が泣かせたわけではたぶんないことを弁明しようとしたが、

「あー、人に話して安心したんだろうさ。ただ、お前の手口を垣間見た気がするぞ・・・」

苦い顔にルフィは首を傾げる。が、すぐにアイサに気を戻した。

「おい、アイサ。冷やし飴来たぞ?お前泣いてるんだったらおれが食うぞ」

「・・・食べる」

 アイサが泣きながら呟いたので、ルフィは思わず笑った。

 

「やっぱりアレだな。夜になったら見回ってみるのが一番かな?」

「昼間この町で人一人捜すのは至難の技だからなぁ」

 ルフィの思いつきにサンジが賛同する。昼間の街道の賑わいは、夏の盛りでも相当なものだ。アイサがワイパーらしき男を見たのが夜だということもあるし、一番の眼目は辻斬りの疑惑に白黒つけることにある。もしかしたら真っ黒なのかもしれないが、それはその時考えればよい、とルフィは思う。

「でも、夜の見回りなんて危ないよ?」

 アイサが心配そうに聞く。自分の頼んだことでルフィの身になにかあっては、と気遣っているのだ。それに夜の見回りでは自分はとても付き合えない。

「平気だ。おれ強いから。」

 それにはあっさり返す。

「でももし辻斬りと遭遇なんてことになったら刃物相手じゃ少し分が悪いんじゃないか?下手人は相当な手練れだって噂だからな。お前みたくなんにも考えない奴は用心した方がいいぞ」

 サンジがそこはかとなく失礼なことを言ったが、ルフィは心配してもらっているものと前向きに受け止めた。

「じゃぁ、ゾロと一緒に見回る。それで安心だろ?」

「殿様と!?」

 アイサが大きな声をあげた。ルフィはその声に驚いて、

「なんか変か?ゾロは強いぞ?剣だって相当な使い手だし。ゾロより強い剣士なんていねェんだから、オニにカナブン?」

「金棒・・・な」

「あ、それ今日ナミ先生に習ったヤツだ。・・・じゃなくて、殿様にそんなことお願いできるわけないだろ!?」

 アイサが軽く混乱する。相手はお侍だ。旗本だ。殿様だ。アイサたちからすれば雲の上の人なのだ。お屋敷で顔を見られること自体が、おかしいくらいなのに、ルフィときたらアイサの頼み事にその殿様を巻き込む気でいるのだ。だいたい、いち町人のために動く殿様など聞いたことがない。お願いなどすること自体が罪である。それほどこの国の身分制度は絶対だ。それでもルフィの返答は呑気なもので、

「平気だよ。ゾロいい奴だからな。それにあの屋敷にいても寝てるか呑んでるか剣術の稽古してるかどれかだから、たまにはそういうこともしといた方がいい」

「まぁ、あの男はお前の言うことならたいがい聞きそうだ」

 サンジがこれまた苦々しく呟いた。珍しくルフィが聞きとがめて、

「え?そんなコトねェだろ?」

「いや、そんなコトあるだろ」

 そうだろうか?ルフィはそんな場合でもなさそうだが、考えてみた。確かに結構な確率で自分はゾロを振り回して、ゾロはそれに付き合ってくれているような気がしてきた。だいたいが今回の話を頼んで断られる気が全然しないのが、その証拠である。気もしてきた。

「・・・それはやっぱりゾロがものすごく良いお侍だってことだな」

 完結した。サンジが大きなため息をついた。

「・・・あの男がお前以外の奴の言うこと聞いたの見たことあるか?」

 またサンジは難しい質問をする。ルフィは考えてみたが、そもそもゾロが人と会っているとこをあまり見たことがないので、よくわからない。

「少なくともおれの言うことを聞いた試しはねェぞ?そもそも初めて会った時から険悪だしな。あぁ、アイサちゃん、吸ってもいいかな?」

 サンジが懐から煙管を取り出して、アイサに聞いた。アイサが頷くと、中の煙草に火をつけて、ゆっくりと燻らせた。確かにゾロは会う前からサンジに良い印象を持ってはいなかったのだが。

「そりゃサンジとはコイガタキだから」

 ルフィはゾロの弁解をしようと、つい口を滑らせた。

「「は!?」」

 サンジとアイサの声が重なった。

「板前さんもルフィ好きなのー!?」

「いや!おれは断じて違う!今はナミさん一筋!!これは本当!」

 騒ぐ二人をルフィは不思議そうに見つめた。なにか噛み合っていない気がする。やっぱりサンジはナミのことが好きなのだから、コイガタキは正しいはずだ。いや、その前にアイサが妙なことを言った気が。

「だからコイガタキになるんだろ?サンジもゾロもナミ好きなんだから」

「「・・・・・・・」」

 次いで沈黙。なにか変なことを言ったのだろうか。ゾロがナミを好きなことを二人は知らなかったのだからびっくりしても仕方ないなぁ、とルフィは勝手に思った。しかし、サンジにばらしてしまったのはよくなかったのかもしれない、とルフィは心の中でゾロに詫びた。

「・・・いや、あの男が惚れてんのはどう考えてもお前だろ・・・」

 お前とそれ以外に対しての態度があからさまに違うじゃねェか・・・心底あきれたように呟くサンジにルフィは目を丸くした。次いで頭に血が上る。

「ちちちちち違うぞっ!だってゾロ、ナミの心配ばっかりしてたしっナミがサンジの話したとき面白くなさそうだったしっナミだってゾロと一緒にいたいって言ってたしっ!」

 正しくは、言ってはいない。ルフィが勝手にそう思っただけなのだが、どうやら記憶の改ざんがおこなわれているらしい。

「最後のは聞き捨てならねェな」

 サンジが呟く。

「まぁ、その辺はナミさんに直接聞いてみるよ。・・・そういや、お前直接聞いたわけじゃねェんだろ?」

 ゾロの口からナミが好きなのだと、確かに直接は聞いたことはない。ゾロはそういう話を人にするのはあまり好きではないのだと思っていたので、聞いてもいない。

「お前みたいにモノ考えない奴が珍しいな。わからないことや気になることがあればなんでも考えずに聞いたり行動したりするだろ?」

 確かにそうだ。この件に関しては、どうもルフィはらしくない気がする。

「・・・うん。そうだな。なんでかな。聞いちゃいけねェような気がすんだよなぁ。」

 言われてルフィはしきりに首を傾げる。これ以上この話を続けるとアイサが可哀想だ。サンジは深く吸った煙を吐き出すと、話の修正にかかる。

「まぁ、その話はひとまず置いて、いつから始める気だ?その見回り」

「今日からに決まってんだろ?」

 ルフィがあっさり答える。何事も即断即決即実行だ。

 

 ウソップの長屋に寄ってから、堀端の屋敷に戻ると、もう日は暮れかけていて、随分と時が経ったのだと知らされた。ウソップの住んでいる長屋には、ルフィも以前住んでいたので、顔を見せると、住人たちにあれやこれやと声をかけられるのだ。そしてついつい遅くなってしまった。サンジの店に行くとしか言っていなかったので、ひょっとしたらゾロは心配しているかもしれない。何故かサンジに言われたことが頭をよぎってルフィは落ち着かない気持ちになった。

 かぶりを振って、裏の柴折戸から中庭に入ると、男が一人、汗を拭きながら縁側を歩いていくのを見た。隣をゾロが歩いているから、たぶんお客だ。男は侍で、随分と良い身なりをしている。ゾロだってそれなりの貯えは今ならあるはずなのだが、あいかわらずの古びた黒羽二重で、それでも堂々としているから俄然かっこいい、とルフィはしみじみ感心した。表玄関へ送っていくところらしく、話は一応終わったようだ。ゾロが玄関先まで送る、ということは、大事なお客さんだったということだろう。

ルフィが様子を伺っていると、ゾロは思ったより早く縁側に戻ってきた。

「おい、なにやってんだ、そんなトコで。虫に食われるぞ、さっさと中入れ。」

 戻った途端に声をかけられる。たぶん、さっきから気づいていたのだろう。ルフィは急いでゾロの部屋の蚊遣りの中に入る。

「お客さん、だったんだな」

「あぁ」

 ゾロはそれ以上言葉を続けなかった。どういうお客なのかルフィに知られたくないということなのだろうか。

「そんな顔するな。単なる仕事の話だ」

 不満そうな顔をしていたらしい。ルフィは少し反省する。そういえば、お客が来たならお茶を出したりとかするのが使用人である自分の役目ではなかったか。

「ごめん、おれこの家のことなんにもしてねェな。今日もナミの手習い受けて、サンジのトコとウソップのトコ行って終わっちゃったし・・・」

 まったくもって役立たずである。

「おれはお前を使用人だと思ったことはないんだからなにもする必要ねェよ。」

「そういうわけにはいかねぇだろ。イッシュクイッパンのオンとか言うのもあるんだろ?」

 最近はナミのおかげでルフィもいろんな言葉を覚えてきている。

「今日の客人がな、庭を褒めていた。荒れ放題だったのが見違えたとな。それで十分だろう」

本当だろうか。ゾロは優しいから自分のために嘘をついているのかもしれない。

「座敷から表の庭を見て、それから中庭も見たい、と言い出したんだ。考えても見ろ。座敷にだけしかいなかったなら、お前が客の姿を見ることはできないはずだろ」

 ルフィの考えを見透かしたようにゾロは注釈を付け加えた。客間(滅多に使われることはないが)となっている座敷は表玄関のすぐそばにあり、確かにゾロと話すことだけならば、その部屋だけですんでしまうのだから、裏から入って来たルフィが縁側を歩く客人を見ることはないはずだ。

「よい庭師がいるのだと言っておいた」

 ルフィの顔に朱が差した。頭の中が、なんとも言えない気持ちでいっぱいになる。これはなんだろう。一番近い感情は「嬉しい」か。思わず顔がゆるんでしまった。気がつけばゾロが妙な顔をしてこっちを見ていたので、ルフィはあわてて気を引き締める。たぶんにだらしのない顔をしていたに違いない。

「おれもゾロの役に立ってる?」

「・・・・・役に立つとか・・・立たないとか、そんな風に考えて欲しくない」

 一瞬にしてルフィの顔が曇った。ゾロがあわてて、

「いや、そういう意味じゃなく、ここに居てくれて助かってるのは本当だ。ただお前はこの屋敷のこととか、おれのこととか、そんなに気にしなくても好きなことをしてればいい。」

それはどうなんだろう。ルフィが少し考え込んだ。確かにルフィに普通の使用人のような細やかさは望むべくもない。さすがにそれはルフィも自覚している。

「うーん・・・とりあえず庭キレイって褒められたんだな?」

「あぁ」

「ゾロは嬉しかったか?」

「あぁ」

ルフィはにっこり笑った。

「それならヨシ!おれも嬉しい!ゾロがおれを大事に思ってくれて、そういうこと言ってくれるのも嬉しいけど、おれもゾロを好きだからゾロの役に立ちたいと思っていることはわかれ!ゾロの役に立つことがおれの好きなコトだから、ほかのことでももっとがんばるからな!」

 改めて決意を口にしてみたら、ゾロが倒れこんできた。ルフィはいつか、ゾロがケガを負ったときのことを思い出し、青くなったが、数秒後、倒れこまれたわけではなく、抱き込まれているのだとようやく理解した。屁理屈を言ったから締め技がきたのかとも最初思ったが、ゾロの腕は腫れ物にさわるように優しくて、どうやら違うらしい。自分から抱きついたことはあったが、ゾロの方からこんな風に近づいてきたのは初めてで、ルフィはとても嬉しくなった。

 が、同時にサンジから昼間言われたことを思い出して、いっきに頭に血が上った。青くなったり赤くなったり忙しい。そんなはずはないと思いながらも、これはなんかそんな感じなような気がしてルフィは混乱した。突き飛ばしたいような、このままでいてほしいような、自分の気持ちも理解不能だ。その時どこかでゴーンという鐘の音を聞いた。暮六つを示す鐘の音だ。夏場の暮六つは、だいたい19時から19時半といったところだろうか。夜も近い。ルフィはアイサとの約束を思い出した。

「えっと、ゾロ?」

言えばすごい勢いでゾロが離れていった。

「あー・・・・」

なにか衝撃を受けたかのように茫然としているゾロにルフィは続けた。

「おれ、今日から夜の見回りに出ることになったんだ。」

「・・・あぁ・・・」

「えっと・・・だから、もうすぐ出かけるから・・・メシにしねェ?」

「・・・・・・」

ゾロはただ頷いた。

 

 

 2006.8.28up

 

長く空いてしまいましたね。

その上引きの展開?

二話目にしてこれでは先が思いやられます。

そんなに長くなる予定ではないので、

できればさくっと進めてしまいたい今日この頃です。

でもきっとまたゾロル以外のとこで長くなる気もしてイヤンな感じです。

これはそういう話なんだとあきらめてくださると助かります。

いや、でも縁日より全然ゾロルでしょ(笑)?

 

 

 

 NEXT

 

inserted by FC2 system