二十六夜待  ※春で朧でご縁日という話の続きになっております。

 

 空には雲がひろがって、月をかくしている。夜はふけて、人通りはなく、ルフィの持っている提灯が、闇の中、晧々と光っていた。

「今夜なんか、絶好の辻斬り日和だと思うんだけどなぁ」

「・・・不謹慎だ」

 ルフィが呟けば、後ろから声がかかった。ルフィは少々、この夜の見回りに飽きてきていた。動いたらすぐに結果が出ないとつまらないのだ。アイサの兄探しは十日もたとうというのに、いまだ進展をみせていない。毎夜の見回りにもかかわらず、辻斬りどころか、誰にも会わない。一度、見回りの町方役人と出くわしかけてあわてたことはあったけれど。

「このところの辻斬り騒ぎで、みんな用心してるんだろう。何事もなければそれに越したことはない。飽きたのなら、お前はやめてもかまわないだろう。アイサも文句は言わない。辻斬りも二人連れより、一人の方が襲いやすいだろうしな」

 後ろを歩くゾロに淡々と言われて、ルフィは自分の軽口を反省した。辻斬りが出るということは誰かがその犠牲になる、ということだ。

「・・・ごめんなさい」

「おれに謝る必要はない」

 ゾロはこの見回りにルフィが参加することにあまり賛成ではないようだった。もともとアイサのために夜の見回りを決めたのはルフィなのだが、奇しくも、ゾロも別口から同じ依頼を受けたのだ。ルフィの目的は、アイサの兄をさがすことだが、ゾロの目的ははっきりと辻斬りを捕まえることだった。目的は違えど手段は同じ、ということで、二人でこうして夜の市中をあてなく歩いているのだが。

「なら、別々に動くか?」

 しゅんとなったルフィが、ゾロに伺いをたてた。ゾロの言う通り、二人でいることで警戒されているのなら、目的のためには別行動の方がよいのかもしれない、と思ってのことだった。

「お前の腕が立つのは知っているが、いきなり斬りつけられてまた太刀傷でも負われたら困る」

 ルフィはこの冬、肩に太刀傷を負った。たいした回復力で、今はもう、うっすらと痕を残すのみとなっているが、ゾロはその場に居合わせなかったことを結構根に持っている。

「うー。ゾロだって一人で歩いてたらゾロの方が辻斬りに間違われるかもしれないだろ」

「・・・・・」

 だいたいこんな退屈な見回り、二人でなければつまらないではないか。とルフィは思う。けれどそれを素直に口に出すのはなんとなく憚られた。最近、なんとなくおかしいのだ。ゾロがおかしいのか、自分がおかしいのか、ルフィにはよくわからない。

 一方、ゾロには自分がおかしいのだという自覚はきちんとあって、それが今のように、ぎくしゃくとした態度をとらせている。とにかく間がもたない。いつにも増して、己を律しなければならない、とゾロは思っている。ルフィと一緒にいたいのもいたくないのも本心なので、我ながら矛盾していると思う。確かにルフィの言うことにも一理あって、自分一人で動くのは、町方相手にあらぬ疑いをかけられる恐れがある。ゾロにはおおっぴらに動けない理由もあった。

「すまん。おれも少々苛々していたようだ。こう進展がないのではな」

 提灯の光に照らされて不安そうだったルフィの顔が、明るくなった。長くはない付き合いであるが、どういえばルフィが安心するのかゾロにはなんとなくわかってきていた。

「また怒られるかもしれないけど、おれは結構こういうのも楽しいかな」

「楽しい?」

「うん。提灯なんて、持ったことなかったし」

 ルフィにしたら、夜は眠るものだ。まず、行灯に差す油がもったいない。たまに賭場を冷やかしにいくことはあったけれど、たいては月の明るい晩と相場が決まっていた。ルフィもゾロも夜目がきくので、本来ならば提灯など必要ないのだが、今回は、相手の顔を確認する作業があるため、このように満を持している。

「今度のは結構長持ちしてるな」

 これまでに三度、ルフィは提灯を燃やしてしまっている。あまり揺らすと、蝋燭の火が紙張りの火袋に燃え移ってしまうのだ。よほど、ゾロが持つと言ったのだが、ルフィはかたくなに自分が持つと言い張った。その結果が三つの犠牲を生んだ。

「おれだって日々、成長してるんだ」

 ルフィは胸を張る。普通、そうそう提灯を燃やしたりはしないものだがまぁいいだろう。思い起こせば、前半は提灯の扱い方で始終言い争ってみたり、とても辻斬りが入り込める雰囲気ではなかったように思う。あれはあれで楽しかったが、本来の目的からは大きく逸脱していると言わざるを得ない。ゾロが知らず顔を顰めていると、ルフィは懐から紙を一枚取り出した。提灯の灯りに近づける。

「あまり近づけるとまた燃えるぞ」

「大丈夫。そしたらまたウソップに描いてもらうから」

 ウソップも災難だとゾロはため息をついた。ルフィはウソップにワイパーの人相書きを作らせていた。もちろん、アイサの証言を元に作ったものなので、五年前のものだし、信憑性も曖昧だ。「ラキだったら、もっときちんと覚えてそうなんだけどな」とアイサがもどかしそうに言っていたが、ラキには内緒のことなので、協力を仰ぐわけにはいかなかった。紙にはきかんきらしい面差しの少年の顔がある。

「やっぱりどっかで見てる気がするんだけどなぁ・・・」

 ルフィは首をかしげる。

「五年も前の人相書きじゃ、ずいぶん変わると思うが、その当時に見たのか?」

「いや、それもよくわかんなくて・・・」

 ルフィは少し困ったような顔をしたが、

「まぁ、会えば思い出すかな」

 すぐに切り替えた。

「でもこんな風に人っ子一人いないんじゃ、この方法もあんまりよくないかもなぁ。今のお奉行様は名奉行って噂だけども、今回の辻斬り騒動には頭痛めてるってさ。だからゾロのとこにも話がきたんだろうけど」

 ゾロは少しの後ろめたさを感じて顔を顰めた。ゾロはルフィに辻斬りを捕まえろという話があったことだけ話していたが、実際は少し違っていた。

「町奉行からの話じゃないからな。奉行本人ならともかく、町方役人の手に負える相手かどうか・・・」

「ゾロ、お奉行様に会ったことあるのか?」

「あぁ・・・昔、道場で一度だけ。かなりの使い手だった」

「・・・そっか・・・身分だけならゾロもお奉行様と同じなんだ・・・」

 町奉行も旗本の一人だ。ただし、禄に大きな開きがある。ゾロはますます顔を顰める。

「おれのは名前だけだ。知っているだろう。町奉行とは禄高も責任も雲泥の差だ」

「・・・うん」

 また妙なもどかしさがゾロを襲った。こんな風にルフィとの間に壁のようなものを感じることが最近幾度となくあった。ゾロにはその壁を越える術がみつからない。いっそ壊してしまおうかとその度思うが、そうすることで壁向こうのルフィに傷がつくかもしれぬと二の足を踏むのもいつものことだ。ゾロはまたため息をついた。

 その時、かすかに声が聞こえた。

「・・・ルフィ、今なにか言ったか?」

「いや、腹の虫かと思ったけど、多分違う」

 二人は走り出した。かすかに聞こえたそれは悲鳴のようだった。

「提灯・・・!気を付けろよ!」

「おれも成長してるって言ったろ!」

 声のした方向に適当にあたりをつけて走る。

「こっちじゃねェか?」

「いや、こっちだろ!」

 寺の前に出ると、二人の意見が左右に分かれた。

「この辺りには違いない。ひとまず土塀にそって進む。まだ決まったわけではないが、もし下手人に会っても無茶はするな」

 それなら合流も可能だ。仮にどちらかが下手人と会っても、もう一人が遅れて追いつける。ルフィは頷いて、

「わかった。どっちも会わなかったときのために脇道、覚えとけよ」

 言い捨てると右へ走った。ゾロは苦笑しつつ、左に走る。こんな時には壁などまるで感じない。まるで十年来の付き合いのようだと思う。土塀に沿って走り、塀の角を曲がると片側は御家人の屋敷で、生垣から松の枝がせり出していた。脇道などはなさそうだ。ゾロが足を早めると、向かいに人の気配を感じた。ルフィの気配ではない。なにより無提灯だった。ゾロも無提灯であったので、相手の顔は確認できなかったが、刀の柄に手をかけた。この殺気だ。ただの町人、というわけでもあるまい。

 影から男としれる。男は剥き出しの殺気をゾロに向けると、腰の長脇差を抜いた。抜いた勢いのまま太刀を思いきり横にはらった。ゾロは走っていた足をとめて、後ろに下がりそのひと太刀をよけると、追いすがる二の太刀を抜いた刀で払った。なかなかの腕前だったが、剣の扱いは我流であり、基礎がなっていない。剣技ではゾロに遠く及ばない、と思われたが、男には素早さと力強さと、そしてなにより気迫が満ちていた。男はゾロを殺す気でかかってくる。ゾロもそれ相応の戦いをしなくてはならぬだろうが、なにか気が進まない。剣を払いのけながら、ゾロは思案していた。

 すると男の向こうに光が見えた。ルフィだ。あわてて走っているのだろう、どんどん光が大きくなってくる。男の動きに一瞬ためらいが浮かんだ。その隙を逃さず、ゾロは男の長脇差を刀でもって巻き込み、跳ね上げた。男の手から長脇差が跳ね上がり、地面に突き刺さる。

「あーっ!!徳利の仇!!」

 ルフィの持っていた提灯の灯りに男の顔が照らされた。顔に施された刺青は、確かに一度見たら忘れない。なるほどたいした殺気だ、とゾロも納得する。だとしたら渡世人か。

「・・・あ!!お前がワイパーか!?」

 ルフィのすっとんきょうな叫び声に、刺青の男は目線をルフィに変えた。相変わらず殺気は衰えない。

「・・・貴様・・・いつかの・・・何者だ!!」

「おれはルフィ。で、アイサの友達だ。道理で、見たことあると思ったんだよなー」

 ルフィは男の殺気もどこ吹く風で、自分の疑問が晴れたことに一人ですっきりしている。

「アイサ・・・?」

「うん。お前の妹。違ったか?」

 ゾロは刀を収めて、しかし、柄には手をかけたまま、二人のやり取りを見守った。この暗がりで交わすには、随分間の抜けた会話な気がするが。ここまで来れば、もうルフィの調子に巻き込まれてしまうだろう。

「この男もお前の知り合いか」

 たぶん、アイサの兄に違いないのだろう。男は否定せず、ゾロのことをルフィに問うた。

「うん。ゾロはおれの・・・・えーっと・・・・」

 ルフィが口ごもる。ここで口ごもられてはゾロの立つ瀬がないと言うものだが、ルフィは唐突に悩んでしまった。アイサは友達だ。ラキも友達だ。ウソップもサンジもナミも。なんでゾロだけ違う感じなのだろう。

「・・・・・トモダチ」

「侍とか?」

 やっとの思いで出した結論をあっさりと疑われてしまう。ルフィは少々ムキになった。

「友達だ!おれの自慢に文句つけるな!それよかアイサが心配してんだ!ラキはお前を待ってんだ!なにやってんだお前はこんなトコで!アイツもお前がやったのか!?」

 ワイパーはその問いには答えず、

「おい、貴様、向こう側から来たのなら、おれ以外に誰かとすれ違わなかったか?」

 ゾロに向けて話しかけた。

「・・・いや」

 ゾロは言葉少なに否定した。

「なら、用はない」

 ワイパーは無造作に脇差を地面から引き抜き、腰に差すと、ゾロの隣を抜けて行った。

「おい!」

 ルフィが声がかけたが、すぐに闇に紛れてしまった。ワイパーを追おうとするルフィを今度はゾロが呼び止める。

「ルフィ、あいつってのは誰のことだ?」

 ルフィが思い出したように、顔色を変えた。

 

 その男がすでに事切れているのは、誰の目にも明らかだった。身なりのよい侍で、正面から斬られている。顔を見知ったものなのか、相当な手練れだったのか、ルフィには見当もつかなかった。ゾロは難しい顔をして侍の顔を見下ろした。

「帰るぞ」

 いきなり踵を返すゾロにルフィはあわてた。

「え?あのまま放っとくのか!?」

「それより仕方ない。ここは寺社の管轄だ。町方は手は出せない。そもそも、なんと言って申し出る気だ?こんな刻限に市中をうろついているおれたちの方がよほど不審だ。朝になればこの辺りの奴が起きて見つけるさ」

 ルフィは随分とゾロが冷たいと思ったが、その顔が思ったよりも厳しかったので、それ以上なにも言わなかった。

「明日からはおれ一人で見回る。お前の仕事はもう終わっただろう」

 その言葉にルフィは反発した。

「終わってねェよ!まだワイパーが下手人かどうかもわからねェし・・・」

「あの男は辻斬りじゃない。アイサにそう伝えてやれ。仏の太刀傷と、奴の太刀筋はまったく違う。辻斬りは侍だ。渡世人じゃない」

 ルフィはほんの少しだけ安堵した。アイサの兄は辻斬りではない、というのは朗報といえなくもない。ただ、渡世人になっていてはそうかわらないのかもしれないが。辻斬りよりはマシだろう。

「でもじゃぁ、なんで、こんな夜中にうろついてるんだ?」

 アイサがワイパーをみかけたのもこんな夜更けだと聞いている。それにワイパーはゾロに斬りかかったではないか。

「単なる憶測だが、奴も辻斬りを追ってるのじゃないのか?」

「なんで渡世人が辻斬りを?」

「それを知るには、本人を捜した方がいいだろう。いいか?『ワイパー』は顔も知らない相手ではなくなったんだ。あれだけ目立つ刺青だ。まともな旅籠には泊まれないだろう。だいたいどこかの組の客分になってるはずだ。そういう話は昼間の方が聞きこみやすいだろう?」

「あー・・・そうか」

 つまり、ルフィの仕事は夜の見回りから昼間の聞き込みにうつるわけだ。

「おれが昼間、おおっぴらに聞いてまわるわけにいかないだろう。妥当な分担だと思うがな」

 ルフィは頷いた。ゾロの言うことはもっともだ。だが、少し引っかかる。

「・・・ゾロ・・・竹光じゃないんだな」

「・・・辻斬りを相手にするんだ。竹光では心許ないだろう」

「・・・うん。そうだな」

 ゾロはルフィになにかを隠している。そしてそれをあまり聞いて欲しくはなさそうだ。

 

 屋敷に戻ると、ルフィは行灯に火を入れようとして、ゾロに止められた。

「別にいれなくてもいい。今夜はもう眠るだけだ。」

 ルフィは手を止めて、ゾロを仰ぎ見た。表情までは読み取れないが、かなり不機嫌そうなのはわかった。

「・・・ゾロ、ひょっとして、あのお侍、知ってる・・・のか?」

 ゾロは動かなかった。けれど、気配が揺らいだのがルフィにはわかった。

「あ、言いたくなかったら、言わなくてもいいけど・・・」

 ルフィはあわてて付け足した。

「おれは、ゾロのこと・・・友達だと思ってて、それで大事なんだ。ちゃんとわかってるか?」

 ゾロはしばらく動かなかったが、やがて息を吐くと、ルフィの頭に手を置いた。

「・・・ありがとう。だが別に知った顔ではなかった。心配するな」

 そう言いながらもゾロはまったく浮かぬ顔をしている。確かに、仏さまを見たあとでは明るくもなれまいが、ゾロの顔を曇らせているのはそのことだけではないようだ。ルフィは話を変えるつもりで、

「今度の二十六夜、一緒に海、行かないか?」

 ゾロは虚をつかれたように、ルフィの頭から手を離した。あまりに唐突で頭がついてこない。

「酒と弁当持ってさ」

「・・・お前に夜中の月を見るような風流心があったとは驚きだな・・・」

「失敬だな、ゾロは」

 この頃月見は三度あって、七月の二十六日、八月の十五日。そして九月の十三日だ。八月十五日はいわゆる中秋の名月、十五夜で、それと対になっているのが九月十三日の十三夜だ。十五夜の月見をしたら、翌月の十三夜の月見もしなくてはいけない。片月見はいけないと言われている。

 十五夜や十三夜のまるい月が暗くなれば上っているのに対して、二十六夜の月は、午前零時ごろにやっと細い月が出る。もともとは、この夜の月がさしはじめるとき、その光の中に三尊の弥陀のすがたが浮かぶ、という信仰からきた月見なのだが、いまの暦で八月のすえか九月のはじめ、残暑のさかりなので、風流心のある人々は、すずみがてらに海辺や高台にあつまって、夜半の月ののぼるのを待つ。それで二十六夜待と呼ばれるのだ。

 大店の風流人などは、この夜に河岸の別宅などで、月見の宴会を催すことも多い。だが、ルフィと風流はかなりかけはなれていて、ゾロの思考を一時中断させるには十分だった。

「おれは行事ごととか、結構好きなんだからな」

 そうかもしれない。七夕の笹竹をどこかから持ってきたときにもそう思いはしたが、二十六夜待はさしてルフィの好きそうな行事ではない気がしていた。

「お前、ただ待つのとか好きじゃないだろう」

「だから、ゾロに一緒に海行こうって誘ってるんだろ?」

 よくわからない。沈黙するゾロにルフィはあきれたような声を出した。

「あのな?おれはゾロと一緒だったらどんなことでも割合楽しいんだ。だから、二十六夜はちょっと遠出して海辺で月待ちだ。だからそれまでに、全部終わらそう」

 ゾロは少し笑った。要は励まされているらしい。夜の行事の約束をとりつければ、ゾロはきっと守るだろうから。それまでに全部片がつくように。

「・・・そうだな。たまには風流もいいかもしれん」

 顔を見なくても、ルフィの顔が明るくなるのがわかった。少しだけゾロの心も軽くなった気がする。

「約束だぞ!あ、ゾロもう寝るんだよな。夜具のしたくするからちょっと待ってろよ」

 ルフィが来てから、ゾロの部屋の万年床は片づけられてしまっている。座ったままでも寝られるのでさして問題ではないが。布団は現在ルフィが使っている部屋の納戸にしまわれているため、夜具のしたくはルフィの仕事となっていた。ルフィは布団を敷き終わると、ゾロに声をかけて、自分の部屋に戻り襖を閉めた。

 ゾロは夜具に横になると、目を閉じて、これからのことを考えた。ルフィに言ったことに嘘はない。斬られていた男に見覚えはなかった。ただ下手人に心当たりがあるだけなのだ。あの太刀傷は、ゾロの通っていた道場の流派が得意とする技だ。中でもそれを得手としていた男をゾロは知っている。どこかの大名家に仕官が決まったと言っていた。そのすぐあと、ゾロの二親が死んで、ゾロは道場に顔を出さなくなった。それきり会ってはいないが、かなり腕の立つ男だった。ゾロの元にやってきた使者は、大目付の使いで、その要請は、町方よりも早く辻斬りを見つけ出し、見つけ次第斬ることだった。本来ならばゾロのような小普請組にそのような役は与えられないはずだが、彼らの調べで最も怪しいとされるその男を始末できるのは、同じ道場で唯一男を打ち負かしたことのあるゾロをおいて他にない、と白羽の矢が立てられたせいだ。

 気が進まない仕事であることは間違いない。辻斬りの犠牲になっているのは侍ばかりではなく、町人も混じっているのだ。よほど町方に任せてしまいたい。なによりゾロを気鬱にさせるのは、きっと男は己の意思でなく、主の命に従っているのだろう、という点だ。男を召抱えたのはよほどの大物なのだろうか。男を始末しろ、ということはそういうことだ。実行犯だけを切り捨てて、有耶無耶にことを終わらす気に違いない。

 ルフィも言っていたが、今の町奉行はなかなかの切れ者だと名高い。それに情もあるのだと聞く。町方の手に落ちれば、それなりの結果が生まれるだろう。しかし、ひとつの藩が取り潰し、となると、また多くの浪人者を生むことになる。まったくこんなことはゾロの手に余る。確かに刀はひとを斬る道具だ。ひとを斬るのはわけもない。ただ、斬った相手が目の前で死んでいくのを見るのはわけのないことではない。

 ゾロはまた苦くため息を吐いた。どこか自分も割り切れていないのだ。こんなことでは、またルフィを心配させてしまうだろう。ゾロの様子がおかしいのに気がついて、柄にもなく気を使っている。できればルフィには政の嫌な部分など知らせたくはないのだが、隠しとおせる自信がない。それでなくとも、隠しておかなければいけない気持ちがあるのだ。

 ルフィはゾロを友人だと言い、自慢なのだと言っていた。その期待に応えられる男でありたいと思う。ルフィのために振るう剣ならば、どれほど自分の心を軽くするだろうか。益体のないことを考えながら、ゾロは次第に眠りについた。

 

 

 2006.11.26up

3ヶ月に一度のペースになりつつあって嫌な汗をかきます。

ほんとは九月に終わるはずの話だったと誰が信じてくれるんでしょう。

陽暦の二十六夜で終わらすことを夢見てたんですよ。

このペースでいくと来年の二十六夜で終わることなら可能かもしれません。

短気集中の気持ちでいたのですががっかりです。

今回はかなり正統派時代劇テイストで。

時代劇興味ないのに読んでくださってる方に向けて。

一応、ウソ江戸なりに幕藩体制なので大目付というのは諸大名の監察をするトコで、

町奉行が行政と司法を行ってる、って感じになります。

寺社奉行、という役職もあって、これは寺社の監察が主なんで、

寺社町とかで起こった事件はこっちが担当。

そんな感じです。

あんまりつっこんではいけません。

 

 

 

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