二十六夜待  ※春で朧でご縁日という話の続きになっております。

4.

 

 朝っぱらからゾロにこっぴどく叱られた。確かにルフィが悪かったので、言い返す余地はないのだが。

「失敗したなー・・・」

 別段ゾロは怒ったわけではないのだ。どちらかと言うと、言い聞かせるように、つまりお説教をされたのだ。今朝、ルフィはゾロに起こされた。本当は、ルフィの方が早く起きるはずだったのに、今朝に限って、ゾロの方が先に起きてしまった。それもこれも夢見が悪かったせいだ。寝相がどうとか言われたので(あまり聞いていない)、ひょっとしたら、寝ている間にゾロを蹴ったりしてしまったのかもしれない。自分の寝相がいいか悪いかは寝ているのでルフィにはわからない。

「だったら悪いことしたな」

 昨夜、夜中に目の覚めたルフィは、ゾロの部屋にこっそり入り、隣で眠ったのだ。残暑厳しい折なので、明け方だって寒くはない。そのまま畳の上で寝たのだが、それも説教の対象になっていた気がする。

 変な夢をみたのだ。あまり覚えていないけれど。ゾロが出てきた。それだけならいい夢なような気もするのだけれど、ゾロが誰かに斬られるところだけが妙に鮮明に残ってしまっている。ゾロが真剣を持っていたことや、久しぶりに見た仏とか、ワイパーとの斬り合いだとか、そんなのがごちゃごちゃになってあらわれたらしい。らしくなく混乱して、ルフィはゾロの部屋に通じる襖をそっと開けた。するとゾロはいつもどおり眠っていて、ルフィはほっと息を吐いた。そろそろと、ゾロに近づいて顔を見た。眉間に皺がよっている。寝ているときも難しい顔をしているが、ゾロらしいといえばゾロらしい。ルフィは少し笑いを堪えながら、ゾロの隣で横になった。

 ゾロの顔を見ていたら、また急に眠くなって、そのままコロリと眠ってしまったのだが、気がついたら、ゾロに叩き起こされていた。

「使用人が主の部屋で勝手に寝るのはまずかったかな・・・」

 相手は武士なのだから下手したら手打ちだ。と百人中百人が言うだろう。正座させられて、説教ですむこと自体がおかしい、と。二人を知らない人間ならば。

「でも、ゾロはそんな奴じゃねェしな・・・」

 やっぱりどっか蹴ったか?と、珍しく考え事をしていたせいで前方にいた人影にまともにぶつかってしまった。

「悪ィ」

 ルフィはあわてて謝った。ここは天下の往来で、歩きながら他事を考えていた自分が悪い。普通、考え事をしていたくらいで、前が見えなくなったりはしないものだが、ルフィは基本的にひとつのことしかできない。頭と体は直結しているのが常だ。

「悪ィですむか!」

 襟元をつかまれて、ルフィは顔をあげる。みるからに人相の悪いのが二人ほど、ルフィの襟をつかんでいる男の肩ごしに見えた。襟元をつかんでいる男の顔は見なくても想像にかたくない。ただ、そこには不似合いに、上品そうな着物を着た、若い娘が、青白い顔をこちらに向けていた。気がつけば、周囲は遠巻きにしている。

 そこへうっかりルフィが飛び込んでしまったわけだ。ゾロがいれば、どうして少し歩くだけで、そう面倒事に首をつっこめるんだ、と呆れたに違いない。でもものは考えようだ。

「あー、そうだ。お前らどっかの組の三下だろ?顔に刺青のある渡世人、どこの客分になってるか知らねェか?」

 丁度いい、と思って聞いてみたが、丁度いい、と思ったのはルフィだけであったようだ。その上、ものを聞く相手に三下はよくない。ぶつかっていったのがルフィであることを考えれば尚のことだ。当然、男たちはこめかみにピシリとスジを浮かべ、怒鳴り出した。

「ふざけんなよ!てめぇおれたちがバギー一家だと知って言ってんのか」

 バギー一家はこの辺りを根城にする博徒の一家だが、頭領のバギーはケチな小悪党として評判が悪い。

「なんだ、お前ら、バギーんとこのか。謝って損したな」

 ルフィの襟をつかんでいた男が、ルフィの腹を蹴り上げた。周りから悲鳴が上がる。男はニヤリと笑って、今度はルフィの顔を殴りつけようとした。だが、左頬に当たるはずの拳はあっけなくつかまれてしまった。

「蹴らせてやったのは、おれがぶつかっていった詫びだ。今ので貸し借りはなし。こっから先はケンカだぞ?」

 今度はルフィがニヤリと笑う番だった。

 

「覚えてろ・・・!」

「悪ィ、ムリ」

 こんなつまらないこと覚えていられるはずがない。三人の男がよろよろと立ち去るのをルフィは見送った。男たちの攻撃は、最初の蹴り以外、ルフィにかすりもしなかった。もう少し手ごたえがあってもいいようなものだが。ルフィは少し顔を顰めた。少なくともワイパーは、バギー一家の客分でないことが判明したが、もともとバギーにワイパーは扱えないだろうと思っていたので、進展はないに等しい。昨日の今日で進展があること自体おかしいのだが、ルフィは停滞がなにより嫌いだ。

「だいたいゾロ一緒にいねェし・・・」

 ゾロと一緒にいられないのがなによりつまらない。早くワイパーをみつけて、とっとと終わらせてしまいたいのだ。見つけたところであの男が素直に言うことを聞いてくれるかどうかは甚だあやしいのだが、それはそれだ。

「あの・・・ありがとうございました・・・」

 いきなり声をかけられて振り返れば、さっきまで男たちに囲まれていた娘が立っていた。ルフィは首をかしげつつ、

「お前、あいつらの友達なわけじゃなかったんだな」

 どうにも状況がつかめていなかったようだ。ここにウソップあたりがいれば、「ありえねェだろ!」とツッコミのひとつも入るところだが、幸か不幸か誰もいない。往来はルフィが町奴を追い払ったことで、ほっとしたのか、何事もなかったのように動き始めていた。

「えぇ・・・届け物の帰りだったのですが、からまれてしまいまして、困っていたところでした。できれば、家に帰ってお礼をしたいのですが・・・」

 けれど娘はルフィの突拍子のなさに頓着せず、礼儀正しく頭を下げた。

「ふーん。そりゃ大変だったな。でもたまたまだから気にするな」

 ルフィは娘を助けようとしたわけではない。まさにたまたまだ。

「なんのお礼もせずにこのまま恩人をおかえししては、私が父に叱られます。それにひょっとしたら、またさっきの人たちが戻ってくるかもしれません。図々しいお願いですが、私を家まで送ってくださいませんでしょうか」

 確かにまださっきの奴らがこのあたりをうろついている可能性もある。

「それぐらいどうってことねェけど、恩人とか言うのはやめてくれないか?なんかこそばゆくなる。」

 娘がクスリと笑った。二人連れ立って歩きはじめると、娘がルフィに聞いた。

「あの・・・人を捜していらっしゃるのですか?」

「おぅ。お前見たことないか?顔にも墨入っててすげェ目立つんだソイツ」

「・・・渡世人の方なのですか?」

「渡世人でなかったら、顔にまで墨いれないと思うんだけどな。お上にいれられたヤツじゃなくて、自分で入れてるやつだ。ちょっと似合っててかっこいい。ゾロには負けるけど。」

 お上の入れる墨とは、顔か腕に墨汁を刺し入れて前科のしるしとしたものであり、主に窃盗罪に対し行われていた。罪人の墨が額に刺されるのに対し、ワイパーの墨は左目を縁取るように幾重にも施されていて、歌舞伎役者の隈取りのようにもみえた。なんにせよ、かなり目立つ仕様である。その辺を歩いていれば、一発で覚えられると思うのだが。

「おまけに脇差さしてるし、人別帳からも除かれてるって話だし。そいつ、ワイパーっていうんだけどな」

「あの・・・御用を預かっている方なのですか?」

 娘が恐る恐ると言った態でルフィに聞いた。この場合の御用とは、捕縛のことで、ルフィを目明かしの類かと思ったらしい。目明かしは、諸役人、与力、同心などの配下で、犯罪捜査において犯人逮捕のために働く者だが、犯罪人を釈放して目明かしとした場合が多く、十手をかさにきて、不法行為を行う者も少なからずおり、庶民からは敬遠されることも多かった。博徒が十手持ちを兼ねる、という場合も珍しくなかったのだ。娘の反応は至極当然のものといえたので、

「いや?おれは・・・うーんと・・・あるお旗本の使用人見習。ルフィっていうんだ」

「ルフィさん・・・ですか。あ、申し遅れました。私はコニスと言います。・・・ではそのお旗本の方が、お捜しになっているということでしょうか?」

「違うよ。ゾロが捜してるのはワイパーじゃなくて辻斬りだ。ワイパーを捜してんのはアイサだな。」

「アイサ・・・?あ、ここです。ありがとうございました。今お茶をお持ちしますから、どうぞお待ちください」

 喋っている間に、コニスの家に着いたようだった。結構なおたな店で、小間物屋の看板があった。当時小間物屋は行商が一般的で、このようにお店を持っているのは珍しい。よほど質のよいものを仕入れているのか、主人に商才があるのかどちらかだろう。

「おや、コニスさんお帰りなさい。そちらはどなたさまですか?」

 店に入ると、年配の男が話しかけてきた。

「こちら、ルフィさんです。お届け物の帰り、町奴の方にからまれていたのを助けてくださったのです」

「これはこれは娘がお世話になりすみません」

 男が深深と頭を下げて、ルフィもついつられて頭を下げてしまった。店先では、どこかの大店の娘と思しき若い娘が、女中と思われる女とあれこれ簪を選んでいた。店の中はこじんまりとはしていたが、品揃えは豊富で、なかでも櫛や簪が並べられている棚は、彩りも美しく、華やかだった。

「ふーん。キレーなもんだなー。これだけの品揃えだったら、行商じゃ、ちょっと追いつかねェかな」

 ルフィは店の品々に目を奪われた。櫛や簪、紅や白粉といった女性用の装飾品をはじめ、楊枝や歯磨きなどの日用品、紙入やたばこ入れなど、目移りしてしまう。

「ありがとうございます。よろしければ、店のものひとつだけ、お持ちになってくださいませんか?お礼というには、商売物で申し訳ないのですが・・・」

「いや、別にいいよ。助けようと思って助けたわけじゃないし・・・おれが使うにはここの楊枝も歯磨きもちっと高級そうだ」

 ルフィがそう言って笑うと、

「では、どなたか大切な方への贈り物、というのはどうでしょう。もしその方が気に入ってくだされば、パガヤの店の品だ、と告げていただけませんか?そうすれば、新たなお得意様ができるかもしれませんし、私どもも助かります」

 そう言ってコニスが笑い返した。商売上手は娘の方らしい。そう言われるとルフィの方も固辞出来ず、再び店の品々に目を泳がせた。

「大切な人・・・」

「えぇ、一番大切な人に」

 ナミに似合いそうな櫛もある。サンジが喜びそうなタバコ入れもある。ビビに似合いそうな簪もあった。ウソップならあの紙入を欲しがるかもしれない。ルフィの目がある一点で止まった。

「・・・これ、でもいいか?」

「えぇ。ここにはいろんな方の作品が置いてありますが、それは父の作です。気に入っていただけるとよいのですが」

 コニスがにっこり微笑んだ。その時、

「旦那さま、お嬢さま。只今戻りました」

 店先で知った声がした。

「あれ?ルフィ?」

「おぅ、アイサか。なにやってんだ、お前」

「なにって、届け物から帰ったトコだよ。旦那さまの作る簪や櫛は、大店のお嬢さんたちに大評判だから、こうやってお届けするのもアタイの仕事だよ。ルフィこそなにやってんだい?」

「そっか。お前が働いてる小間物屋ってコニスのとこだったんだな」

「お嬢さんに失礼な口の利き方するなよ」

「ルフィさんには、私が困っていたところを助けていただいたんですよ。・・・でもじゃぁ、さっきおっしゃっていたアイサって、やっぱりアイサのことだったんですねぇ・・・」

「お嬢さんになに言ったんだよルフィ」

「なにって、アイサの兄貴知らねェか?って」

 

 それから半時後、ルフィはゾロの屋敷の座敷で正座させられていた。ナミが寺子屋として使っている奥座敷だ。

「バカだバカだと思ってだけどここまでバカとは思わなかったわ」

 ナミのあきれたような声が上から降ってくる。

「言っていいことと悪いことの区別もつかないの?」

「別に言って悪いことじゃないだろ?」

 今日は怒られてばかりだ、と思いながらルフィは反論を試みた。

「あんたねぇ・・・身内に渡世人がいるなんて、働き先にしれたら、それを理由に暇を出されることだってあるのよ?」

「兄貴が渡世人だって、アイサには関係ないだろ?それにコニスもおっさんも、アイサをやめさせようなんて言わなかったぞ?コニスもおっさんもいい奴だ。」

 ルフィがアイサの奉公先に、アイサの兄が渡世人であることを喋ってしまったことによるお説教だ。ルフィがワイパーのことをコニスに喋ったことを知ったアイサは半泣きになっていたが、コニスはアイサを優しく労わっていた。パガヤには詳しい事情はわからないはずだったが、特になにも言わず、届け物をすませたアイサを労っていた。アイサが泣きそうになっていた理由がわからず、一旦屋敷に戻り、授業が終わった後のナミをつかまえて相談してみたところ、即刻説教、と相成ったわけだ。

「・・・渡世人ならどんな奴に恨みを買っているかわからないだろう。ワイパーに堅気の妹がいるとそういう手合いが知ったらどういう行動に出ると思う?博徒のやり口ならお前もそれなりに知っているだろう。店の者に限ったことじゃない。ナミの言ってることはそういうことだ」

 ゾロが静かに口を出した。

「う・・・ごめんなさい」

「わかったらアイサにきちんと謝るのよ?私も誰にも言うつもりはないけど、あんたも控えること。」

「はい」

 ルフィはさすがにしゅんとなった。

「しかし・・・引っかかるな」

 ゾロの呟きにルフィとナミは顔を向ける。

「いや・・・その娘、コニスと言ったか?ルフィの話だと、妙に興味を持っているような気がしないか?顔に刺青の渡世人について、そもそも、話を振ってきたのはその娘の方なのだろう?」

「そう・・・だったかな?」

 ルフィは首をかしげた。

「初めて会ったルフィに対して質問が多すぎる。まぁ、単にお前に興味を持ったとも考えられるんだが・・・」

「悪漢に襲われているトコを颯爽と助けられたら、恋に落ちるには十分よね」

 ナミが頷いて、ゾロは眉間に皺をよせた。

「いや、そんな感じじゃ全然なかったぞ?」

「あんたのそれは当てにならない」

 ナミに言われ、ルフィは少々心外だった。確かに色恋沙汰は苦手分野のひとつではあるが、そういう好意とかはなんとなくわかるはずだ、と、とりあえずゾロに訴えてみた。

「・・・よりによって一番被害にあってる人にそれを聞くのね・・・」

 ナミが深いため息をつき、ゾロは曖昧に笑うだけだった。

「被害ってなんだよ」

 ルフィが顔をしかめると、ゾロがルフィの頭を軽くたたき、

「ナミの軽口だ。気にしなくていい。ただ、おれもお前はそういう機微には欠けると思うがな・・・」

「うー・・・ゾロが言うならそうなんかな・・・」

「なによ。殿様の言うことならあっさり聞くわけ?」

「うん。だってゾロだろ?」

 ルフィが不思議そうな顔でナミを見上げた。いい加減足がしびれてきたのでなんとかしたいところだ。ルフィの日常生活動作に、長時間の正座は含まれていない。そもそもじっとしていること自体が苦手なのだ。そう考えると、ゾロの朝の説教は、ルフィの足が痺れる寸前で止まっていて、まるで計ったようだったな、と思い出す。

「・・・殿様。これはどう捉えるべきなのかしら。」

 ある意味、すごい告白なような気がするが、相手はルフィだ。ゾロはさらりとかわして、

「話を元に戻すぞ。その娘、案外、ワイパーを知ってるんじゃないかと思っただけだ。可能性としてな。『顔に刺青のある渡世人』について興味があったんだとは思えねェか?」

「堅気のお店のお嬢さんが、なんで渡世人なんて知ってるのよ」

「あくまで可能性の話だ。そこまでは知らん」

 考えもしなかったゾロの話に、ルフィは腕を組んで唸った。

「うーん・・・でも知ってるんだったらなんでそう言わねェんだ?」

「なんかワケがあるんでしょうよ。みんながみんな、言いたいことを全部言ってるわけじゃないんだから」

「・・・ナミ。なんかちょっとトゲを感じるぞ」

「思ったより伝わってよかったわ。言いたいことがあるのに言えない人間もいるってことをルフィはもっと知るべきね」

「・・・なんで言わねェんだ?」

「怖いからよ」

なにが?とルフィが聞きかけた時、

「・・・ナミ。お前もう帰れ」

 ゾロが不機嫌そうな声で割って入った。ナミはまたため息を吐いて、

「はいはい。帰ります。ルフィ、殿様の好きなのは私じゃないわよ。」

「えぇっ!?」

 いきなり言われてルフィは驚いた。引っくり返るかと思った。

「なんだ、いきなりその面妖な話は」

 ゾロがあきれたように、眉間に皺をよせてナミに聞いた。

「面妖ってね・・・まぁいいわ。サンジくんから聞いたんだけど、どうもルフィ、殿様の思い人が私だと思ってたらしいのよ」

「・・・機微が欠けてるんじゃなくて、なかったのか・・・」

 さすがのゾロもあきれた顔を隠さなかった。ルフィはいきなり降ってわいた話に混乱を隠し切れず、

「え?違うのか?」

「どこをどうしたらそんな結論になるんだ・・・」

 心なし、ゾロの言葉に力がない。

「とりあえず、重大な誤解は解いておいたから。殿様、これはひとつ貸しです。」

「借りた覚えはねェ」

「店賃三月分で手を打ちます」

「お前のはただのお節介と言うんだ。一月。」

「二月」

「いいだろう。」

 ゾロはため息を吐きつつ、合意した。が、ルフィにはまるで二人の会話の意味がわからなかった。というより、完全に取り残されている。ここ半年ほどの推論が、こんなにあっさり音をたてて崩れていったのだから、かなりの衝撃だ。

「だってゾロ、サンジと仲悪ィし・・・」

「性に合わないだけだ」

「いっつもナミの心配してたし」

「・・・すまん・・・いつの話だ?」

 ゾロには覚えがない。

「うわー・・・二月じゃ安い感じ・・・」

 ナミが苦笑した。

「まぁ、その話はゆっくり二人でするといいわ。二月で足りない分はその報告にしてツケとくから」

「勝手に決めるな」

「じゃぁ、ルフィ、またね」

 ぐるぐると思考の袋小路においやられたルフィは咄嗟に反応が遅れた。返事をする間に、ナミはさっさと座敷を出ると、縁側から中庭に下りて行った。あわてて立ち上がると、感覚のなくなっていた足がぐにゃりと曲がり、引っくり返りそうになった。けれど背中から支えられて、無様に転ぶのは避けられた。

「・・・ありがと」

「・・・いや」

 背中をゾロの胸に預けたかたちで支えられているルフィは、なんとか体勢を立て直そうとするのだが、痺れた足がなかなか言うことをきかない。どうにも背中が熱い気がしてきた。

「えっと・・・ごめんな。普段、あんまり正座とかしねェから・・・」

 こんな言うことを聞かない足は切って落としてしまいたい、と一瞬思うほど焦っていたら、ゆっくりと腕をつかまれて、畳の上に座らされた。

「少し、足をのばして休んでろ。横になってもかまわんがな。すぐに治る。そろそろまかないの来る時間だ。痺れが治ったらメシにしよう」

 そう言うと、ゾロも座敷を出て行った。自分の部屋に戻ったのだろう。ルフィはなんだか急に淋しくなって、ころりと畳に寝転がった。袖口でかさりと音がして、ルフィは小間物屋で包んでもらった品をいつゾロに渡すべきか考え始めた。包みの中には目貫がある。ルフィが一目で気に入った、六花をかたどったものだった。ゾロの刀の白い柄にはきっとよく似合うと思う。

「よろこんでくれるかなー・・・」

 包みの中の六花を思い出しながらルフィはつらつら考える。ゾロの好きな人は、本人に否定された以上、ナミではないのだろう。ゾロの言うことなら、無条件に信じられてしまうのだ。思えば、ルフィがゾロにそれを確かめなかったのは、はっきり答えられるのが怖かったからだろう。

「・・・あれ?なんで怖いんだ?」

 ルフィはふと疑問に突き当たる。これがナミの言っていた、言いたくても言えないこと、のひとつな気がする。ルフィはゾロに、ナミとのことを聞かなかった。それこそが答えのような気がした。

「あと、もうちょっとな感じなんだけどなー・・・」

 あと少しで自分の気持ちの正体がつかめそうな気がするのだが、うまくいかない。ゾロのことが大事なことは、包みの中身が目貫であることからもルフィは自覚している。気がつけば、足の痺れは治まっていた。

「よし、とりあえずメシ食って、これ渡して、ゾロが喜んでくれたら、いろいろ聞いてみよう」

 そうしたらなにかわかるかもしれない。ルフィが勢い込んで立ち上がった。ゾロの部屋に足を踏み入れようとした時、カンっとなにかを打ち付ける音がした。

「・・・ゾロ?」

 そろそろと障子を開けると、ゾロがちょうど、刀身の差し替えをしていたところだった。今しがたの音は、目釘を打った音のようだ。柄の先には鉄の刀身があり、刃文が光をたたえていた。竹の刀身は座るゾロの傍らに置いてある。そういえば、辻斬りを探索の時は、真剣にした、と言っていたが。

「・・・そうやって、毎回入れ替えてたのか?」

「・・・あぁ。少し面倒だがな」

 ゾロが苦笑した。ルフィはさほど考えず、疑問を口にした。

「真剣・・・刀掛けにあったヤツ、使わねェの?」

「拵えが、こっちの方が扱いやすいんでな」

 拵えとは、柄や鍔、鞘などを指す。確かに、その白い拵えはルフィも好きなものだった。その拵えに合わせた目貫なのだが。目貫は、目釘の鋲頭の飾りとなるものなので、このように毎日目釘を打ち直すのであれば、邪魔になるだろう。

「そういやなんでゾロ、いつも竹光なんだ?」

竹光を携えている侍は、ほとんどが刀を質に流してしまったものだ。最初はルフィもそのように思っていたのだが、よくよく考えてみれば、確か初めて会った時にも、真剣は刀掛けにあったはずだ。ゾロが竹光にこだわる理由がルフィにはわからない。そりゃぁゾロは竹光の殿様と呼ばれるくらい、竹光でも強いのだけれど、侍が真剣を差さない理由にはならないだろう。

ルフィの質問にゾロは少し逡巡した。

「・・・聞いたらダメなことか・・・?」

「・・・聞いたら軽蔑するかもな・・・」

 ゾロが少し笑った。それがあまりよい笑い方ではなかったので、ルフィは焦った。

「ゾロが言いたくねェなら聞かねェけど、おれはゾロのこといっぱい知りたいんだ・・・あとけーべつってなんだ?」

 ダメか?と、ルフィはもう一度聞いてみた。

「あー・・・まぁ、昔、真剣を持ってた頃、許婚を斬ったんだ。真剣を持つと、斬るべきでないものまで斬ってしまうんだ、おれは。だから真剣は持たねェと決めた。それだけだ。」

 

 2007.4.20up

なんかもうスミマセン。

更新遅いくせに引きの展開で。

目釘は刀心を柄に固定するために打つ金具。

 

 

 

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