二十六夜待  ※春で朧でご縁日という話の続きになっております。

6.

 

「で、結局お前、なにがしたいんだよ」

 ルフィは前を歩く男に話しかける。応えはないが、ルフィは気にせずしゃべり続ける。

 日中は、夏の名残の強い日差しが降り注ぐが、夜半をすぎると、大気には秋の気配が感じられる。

「ゾロの言うとおり、辻斬り見つけて斬るつもりか?・・・でも、お前、辻斬りを追ってこの町に来たわけじゃねェよなぁ・・・」

 ルフィは首をかしげた。もしもワイパーが辻斬りを追ってきたのだとしたら、辻斬りも他所の領地の者になってしまう。

「ひょっとして、お前の組の奴なのか?」

 組の者の不始末をつけようと、追ってきたなら話はわかる。このかたくなさも。

「違う」

 初めて返事が返った。

「うちにはそんな奴はいない」

 どこか誇らしげな声だった。

「・・・そうか。お前、組のことが好きなんだな・・・」

 ルフィが呟いた。

「この町には、そんな侠客いねェけど、いい親分なのか?」

「・・・おれの誇りだ」

「ふーん」

 ルフィは密かに驚いていた。この男にここまで言わせる侠客に、興味がわいた。そして、決してワイパーが、その親分を裏切ることがないことを確信する。間違いなく、ワイパーがこの町に戻ったのは、その親分が関係しているはずだ。

「お前に新しい家族ができたのはわかったけどさ、ラキはそれでもお前のこと待ってんだぞ?せっかく近くまで来たんだから、顔ぐらい見せてやってもいいんじゃねェか?」

「・・・貴様になんの関係がある」

「まぁ、ねェったらねェんだけどな。なんかおれがすっきりしねェから」

 まったくルフィの都合だ。

「このまんまじゃ、ラキもコニスもアイサもすっきりしねェと思うしな」

 ルフィは続ける。

「ラキもコニスもいい女なんだから、このままずっとお前のこと引きずってたら、困る奴とかたくさん出てくるぞ?実際、ラキに惚れてる奴もいるらしいしな」

 ワイパーの歩みがぴたりと止まった。後をついて歩いていたルフィはぶつかりそうになる。

「・・・なんの話だ」

「ラキもコニスもお前のこと好きで、ラキはだからお前のこと待ってるし、コニスは相手のいる奴好きになったって落ち込んでるのか?まぁその辺はよくわからんけど。とにかくあんまり女泣かすな」

 繊細さのかけらもなく、ルフィは告げた。

「・・・馬鹿な」

 どうやらワイパーには、思いもよらなかったらしい。その手のことにはルフィに勝るとも劣らず鈍いようだった。

「嘘だと思ったら聞いてみたらいい。ラキはいっつも麦湯の屋台を出してる。コニスのうちは小間物屋だ。結構繁盛してるぞ」

 正面に回って覗いてみると、ワイパーは大変難しい顔をしていた。提灯の灯りにまた顔をしかめると、

「それでも、おれが死ぬのは一家のため、親分のためだ」

 それだけつぶやいてまた歩き始めた。やっぱりそんなに悪い奴ではなさそうだ、とルフィは思う。渡世人だけれど。

「それでもいい、って言われても?」

 ワイパーはそれきり黙ってしまった。

「このままお前がまたいなくなったら、お前と勝負できなくて、とりあえず、ラキのこと好きな奴は困るぞ」

「・・・そんなもんは、近くにいる奴がなんとかしたらいいだろう」

「・・・近くにいてなんとかなるんだったら、誰も苦労しねェよ」

「・・・誰の話だ」

「・・・誰の話だろう・・・」

 なんとかいう奴の話をしていたつもりだが、どうも、私情が入った気がする。

「えぇと・・・とりあえず、アイサに会う気はねェか?」

「ない。渡世人とはすっぱり縁を切っておいた方がいい。」

 正論ではある。正論ではあるが、

「じゃぁ、なんで戻ってきたんだ?」

 結局話が元に戻る。

「・・・この町の奉行は、立派だと聞いたが」

「うん。名奉行だって評判だ」

「会ったことあるか?」

「おれはねェけど、ゾロは会ったことあるって言ってた」

「・・・あの侍・・・」

「ゾロ?」

「奴は辻斬り野郎を見つけたら斬るつもりだろう」

「・・・そうなのか?」

「おれが斬るつもりならかまわない、と言った」

「言ったな」

「斬るつもりならかまわない、ということは、そういうことだろう」

「・・・そう・・・なのかな」

 ルフィは少々、気が重たくなった。それならば、ゾロが真剣を持ち出したことにも合点がいく。相手は辻斬りだ。斬られてもそれは仕方がない。けれどなにかが引っかかる気がする。

 静かになったルフィに気を留める風でもなく、ワイパーは先を歩く。ルフィも黙って後を歩いた。

 

「なるほど」

「え!今のでなんかわかるのか!?」

 時と場所を変え、屋敷のゾロの部屋での一幕だった。今宵も辻斬りは現れず、夜はしらじらと明けてきていた。

「それでこの間の寺社そばをうろついて帰ってきたんだな」

「うん」

「・・・ルフィ」

「うん?」

「・・・そこまで近寄らずともいい」

 いま、ルフィの顔はゾロの頸に息がかかるほど近い。ルフィは少しだけゾロから離れる。それでも、十二分に体温を感じられる距離ではあったが。

「聞こえるか?」

「・・・十分だ」

 二人は小声でひそひそと話し合っているのである。当然隣の部屋のワイパーを気にしてのものであった。

「それでお前はどうするつもりだ?」

 ゾロが殊更小声で呟いた。

「なにが?」

「お前の仕事は、奴が辻斬りじゃなかった時点で終わっているはずだろう。他人の色恋沙汰に首をつっこんでもロクなことにはならねェと思うが」

「うん。そうなんだけど・・・なんかこう・・・もやもやしてだな・・・」

「他人ごとじゃない、とか」

 想い人が遠く離れた場所にいる、ラキに対して感情移入をしたのだろう、とゾロは思った。ゾロはルフィが遠く離れた場所にいる姫君に惚れているのだと、未だ思っている。ラキとワイパーと違って、文のやりとりはしているようだが。

「あ・・・そうか。言われてみりゃ、そうなのかな・・・」

 ルフィが肯定し、考え込む。ルフィにしてみれば、自分はコニスやカマキリに感情移入している気がしたが、なぜかはよくわからない。目の前のゾロが微妙に沈んでいくのにも、気がつかない。

「あいつは、近くにいる奴がなんとかすりゃいい、って言うんだけどさぁ・・・」

「近くにいてなんとかなるんだったら誰も苦労しない」

 妙にきっぱりと言うゾロに、

「そうだよなぁ」

 ルフィも頷いた。

「お前が、ラキに入れ込む気持ちもわからんではないが、こういうことは、当人同士の問題だろう」

「ん?おれはどっちかって言うと、コニスとか白玉屋をなんとかしてやりたいかな?」

 カマキリはラキの麦湯の隣で白玉の屋台を出している男だ。ルフィは人の名前を覚えるのがあまり得意ではないが、食べものに関することは結構物覚えがいい。

「・・・そうなのか?」

「・・・そうだと思う・・・けど」

 あまりに意外をそうにゾロが聞くので、ルフィも少し自信がなくなってきた。

「えっと・・・他に好きな奴がいる奴のこと好きになったり、近くにいるのに、自分が一番になれないのは、ちょっともやもやする・・・だろ?」

「・・・そうだな」

「だから、そういうの、はっきりさせないと、気持ち悪い、というか・・・」

 ゾロも考え込む。

「はっきりさせたところで、気持ちが切り替わるとは思えねェがな」

「切り替わる気持ちもあると思うけど・・・」

 人の気持ちは変わるものだ。

「少なくとも、おれは、無理だ」

 ゾロがまた静かに言って、ルフィを見る。静かだけれど強いその声音に、ルフィはゾロの激しさを見る。なぜだか、自分を見るその目に、熱を感じてルフィは戸惑った。ゾロはたまにこんな目をして、ルフィを動けなくさせる。近い場所で見据えられて、ルフィは目を逸らすこともできずに固まった。

「・・・思っているだけならそいつの勝手だろう。辛かろうが、もやもやしようが、そいつが好きでやってることだ。変わる気持ちなら、周りがなにもしなくても勝手に切り替わるし、変わらないなら、周りがなにをしたって変わらない」

 先に目を逸らしたのはゾロの方だった。

「・・・そう・・・なのかな」

 逸らされた目に、少しほっとして、それから少し残念に思いながら、ルフィも呟いた。それから右の襖に目をやって、

「あいつ、たぶん、辻斬り斬る気はねェと思うんだ」

「・・・そうらしいな」

「・・・ゾロは・・・斬る気なのか?」

 ワイパーの言ったことをそのまま聞いてみる。

「聞いてどうする?」

 ルフィは即答できなかった。

「奴の方が正しくて、おれの方が間違っているのかもしれん。だとしたら、お前はどうする?」

「ゾロが間違ってるっておれがほんとにそう思ったら、ゾロを止める。でも、二人ともおれになんにも教えてくれねェから、そのときになってみなきゃわからん」

 今度は即答できた。ゾロの表情が少し柔らかくなった。

「少し、安心した。お前は存外、公平だ」

 そう言われると、ルフィとしては心もとない。

「ゾロは、自分が間違ってる、とか思うのか?」

 ゾロが笑う。あまりよくない笑い方だとルフィは思った。

「なにが正しくて、なにが間違いなのか、おれにはよくわからない」

 政のありようには、ゾロも疑問を感じるばかりだ。それでも、仕事であれば果たさねばならない。禄をいただく、ということはそういうことだ。侍、というのは、「さぶらふ」の語源のとおり、主君に仕えるものなのだ。

「・・・いっそ、侍などやめてしまえば、このようなことに関わらずともすむのだろうが」

「それはダメだぞ!」

 ルフィの声が大きくなって、ルフィはあわてて口をつぐむ。とっさに隣の部屋を気にしたが、特に動く気配は感じなかった。ゾロも些か驚いて、ルフィの顔を再び見た。

「えっと・・・ゾロから剣とったら、飲んだくれの怠け者しか残らなくなるんだぞ?」

「・・・お前がおれをどう見てるかが、わかった気がするな」

「・・・そうじゃなくて・・・ゾロに剣を捨てるのは無理だろ?」

 竹光を差してまでも捨てられなかった道なのだ。

「おれは、剣振ってるゾロ好きだ。侍なんてロクでもねェ、と思ってたけど、ゾロに会ってそんなでもないって思うようになったしっ。それから・・・」

「声が大きい」

 ゾロが苦笑して、ルフィの頭をぽんと叩いた。またルフィはあわてて己の口を塞ぐ。

「そうだな。お前の言うとおり、おれは剣を捨てられん。あのようなことがあっても捨てられなかった」

 ルフィの顔が少し沈む。

「・・・怖くはないか?」

「なにが?」

 不思議そうに聞いてくる。

「お前がこのところおれを避けるのは、あの話を聞いて武家のあり方やおれのことに嫌気が差したせいだと思っていた」

 ルフィはあわてて首を振った。

「あれは・・・ごめんなさい」

 いきなりルフィに頭を下げられ、ゾロはわけがわからない。

「おれ、すごいヤな奴なんだ。自分でもこんなヤな奴だと思ってなくて、びっくりしてて、そんで、ゾロにも申し訳なくてだな・・・ごめんなさい」

「・・・できれば、ちゃんと話してくれると助かるが・・・」

 ルフィは眉根を寄せて、本当に申し訳がなさそうな表情で、ゾロもわけがわからないなりに、困った。

「ほんとは、イヤな気持ちがなくなってから、ちゃんと謝ろう、と思ってたんだけど・・・」

 ルフィはそこでいったん言葉を切る。よほど言いにくいことらしかった。

「今言わないとダメか?」

「いや、言いたくなければかまわんが・・・」

 その言葉で、そういえば、ゾロには言いたくないことを喋らせたばかりだというのに、これでは大変手前勝手にすぎる、とルフィは思い至る。ルフィはまた少しゾロから離れると、きちんと居住まいを正して正座した。

「・・・殴ってもいいから、嫌いにならねェでほしいんだけど・・・」

 思いつつも勝手なことを言いおいてから、ルフィはなんとか話し始めた。話しているうちに、ルフィにもわかっていなかったことが、なんとなくわかり始めてきて、人に話しをする、ということはわりと大事なんだな、とそんな場合でもないのに、ルフィは思った。もちろん、きちんと聞いてくれる人あってのことだが。

「おれはよくわからねェけど、侍が人を斬るのはよくあることなんだろ?冬にゾロがあの生きてるんだか死んでるんだかよくわかんねェ忍者斬ったときにも、初めて人を斬ったわけじゃねェってことはわかったし、そんなんで今更驚いたりしねェんだけど・・・」

 言われてゾロも思い至る。この天真爛漫さにゾロはたまに忘れてしまうのだが、ルフィはこれでいっぱしの男で、それなりの修羅場をくぐりぬけているのだ。女子供ではないのだから、まさに今更、なのだろう。

「それより、ゾロに祝言を挙げる相手がいたってことにびっくりして、そんで、そいつ、死んじゃってるのに、だから、おれがゾロと会えて、こんな風にしてられるんだと思ったら、ちょっとほっとしたんだ・・・。ゾロは、そいつのために、真剣持たねェって決めたんだって言われたときにもなんかすごくもやもやして・・・亡くなった人相手に・・・そんなこと思って、おれすごくヤな奴なんだ・・・」

 改めて口にすると、本当に恥ずかしい。し、格好が悪い。けれど、ルフィはかなりこの嫌な気持ちを持て余しているのだ。確か、コニスが言っていた。コニスは顔も知らないラキに嫉妬したのだと言って泣きそうな顔をしていた。

「うん・・・シットって奴なんだ・・・。そんでコニスのことがほっとけない気になったんだな・・・」

 納得できた。どろどろしていて、あんまりよい気持ちじゃない。コニスが泣きそうだったのも頷ける。ルフィはそんな気持ちを抱えるのが初めてで、どうしていいかよくわからない。

「おれもこんなのはヤだから、なんとか直そうとしてるんだけど、これがなかなかうまくいかなくて・・・ゾロに合わせる顔がなかったんだ。ゾロはたくさん辛い思いしたのに、おれはそんなことばっかで、かっこ悪い・・・」

 もともと小声で話しているのだが、最後の方は消え入りそうな声になった。俯いてしまったルフィだったが、ゾロからなんの応えも返らないことに不安を覚え、恐る恐る顔を上げてみた。

 ゾロはルフィに言われたことを考え込んでいるのか、まったく動かない。

「えっと・・・殴ってもいいぞ?」

 ゾロに殴られたら少しはすっきりするかもしれない。

「・・・ものすごく、都合のいいように取りそうなんだが・・・」

 ゾロが大変難しい顔をして呟いた。

「本当に、お前がそう思ってくれたんなら、おれの方が嫌な奴になる・・・」

「ゾロが嫌な奴なわけないだろ」

 ルフィが憤慨する。が、事実そうだ。亡くなったのは己の許婚なのだ。顔だって見知っている。なのに、ルフィがそのことに妬いた、というのが事実ならば、どうしようもなく嬉しい。人でなし以外のなんだというのだろう。

 ただ、俄かには信じがたいのも事実ではある。

「お前・・・ビビのことは・・・」

「ビビ?」

 異国にいる、ルフィの友人の名前だ。なんでいきなりその名前が出てくるのか、ルフィは首を傾げながらも、

「そういや、ビビの祝言も二十六夜なんだよ。せっかくだから、見に行きたかったけどまぁ、ビビのことだから大丈夫だよな」

 そう言ってにっこり笑った。

「待て・・・今、祝言って言ったか・・・?」

「あれ?ゾロには言ってなかったか?ナミとサンジには言ったんだけどなぁ。ビビはあっちの国で、コーザって殿様と祝言挙げることになったんだぞ。コーザもなかなかかっこいい。ゾロには負けるけど」

 ゾロはなんだか少し頭が痛くなってきた。あまりの急展開に頭がついてこない。ひょっとしたら明け方の夢なのかもしれないと疑いを抱くほどだ。

「お前・・・それで・・・いいのか?」

「あっちの国行けねェんだから、しょうがねェ。ビビも来てほしいって言ってたし、おれもビビの嫁入り奇麗だろうから見たかったけどさ」

 ルフィが少し不満そうに呟いた。

「いや、そういう不満じゃなくてだな・・・お前、ビビが祝言挙げることに関して、なんかないのか?」

「なんか?」

 ルフィはほんとに不思議そうだ。

「めでたいよな?」

 ゾロががっくりと肩を落とした。ルフィがはっとして、

「ゾロ、ビビの祝言に反対なのか?」

「・・・いや、めでたい・・・と思ってる」

「ひょっとして、ビビの祝言のこと言わなかったの怒ってる?」

 他意はなく、ほんとうに言った気になっていただけなのだ。ゾロはあっちに行ってないから、コーザのことも知らないし、と思っていたのはあるかもしれないが。

「・・・そうだな、もう少し早く言ってくれてりゃ、もっと・・・いや・・・それでどうにかなるもんでもねェが・・・」

 ゾロにしては珍しく挙動不審だ。

「ゾロ、おれのこと嫌になったか?」

「なるわけねェだろ」

 ゾロが憮然と呟く。

「・・・よかった」

 ルフィはふにゃりと笑って、この嫌な気持ちを聞いても、ゾロが特段怒ったり、嫌な顔をしたりはしなかったことに胸を撫で下ろした。そして、あのもやもやがいくらか薄らいでいることにも気づく。

「・・・それよりおれは、少しは期待してもいいのか?」

「なにを?」

 ルフィがまた、ゾロの目に熱を感じると同時に、

「あの・・・すみません」

 玄関口から遠慮がちに声をかけられた。コニスの声だった。ルフィはあわてて立ち上がったが、足がしびれていて、倒れそうになった。咄嗟に襖にもたれかかると、盛大な音を立てて、ばたりと襖ごと倒れこんでしまった。襖もだいぶ、がたがきていたらしい。

「ルフィ!?」

 ゾロの心配そうな声が聞こえたが、ルフィはそれに応えるより前に、

「逃げられた・・・」

 と、呟いた。倒れこんだ部屋にいるはずのワイパーの姿が忽然と消えていたのだった。

 2007.12.5up

短くともスパンが長いよりはいいかと・・・!

次か次の次くらいで終わりのはずです。

きっとたぶん。

 

 

 

 

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