ルフィはぼんやりと空を見上げた。吐く息が白い。月が晧々と輝いていた。何やってんだろうなぁ、と思う。カメラも持たずにこんな所でぼーっと突っ立っている自分は傍から見れば、誰かを待っているようにしか見えないだろう。

「・・・まぁ、待ってんだけどさ」

呟く。別に待ち合わせをしたわけでもなく、来るかどうかもわからない相手を。

 

 やはりというか、ルフィのスポンサーだと名乗る男は殺されたらしい。あの朝、サンジからの電話でそれを知った。サンジは早めにチェックアウトすることを勧めたが、ルフィはもう一晩だけ泊まっていくと言い張った。別に何もしていないのだから、慌てることはない、とサンジには伝えた。どうにも体調が悪かったのだ。少しだけ熱も出ている気がする。知恵熱かもしれない。腰も相変わらずだるい。

 サンジからの電話を切ると同時にフロントから連絡が入った。来客らしい。今起きたとこなので、30分待ってくれないか、と頼んでみた。そして30分後、二人の男が部屋に通された。

「お待たせしてスミマセン。」

ルフィは軽く頭を下げた。

「こちらこそ急にお邪魔しまして」

二人も頭を下げる。二人は刑事だった。何処の所属でなんという名前かは、聞いたのだけど忘れてしまった。思ったとおり、聞き込み、というやつだった。が、ルフィは実際、あのスポンサーという男の名前すらも覚えてなかった。ただ、昨日会った人間が今日には会えなくなっている、という事実がルフィの心に暗い影を落とした。

 ルフィは昨夜いきなりここに泊まることにした理由を、体調が悪くなったため、と説明した。実際、今日の体調はすこぶる悪い。たいして長くもない人生の中で、一番、と言ってもいい。刑事たちはその説明に一応納得したのか、あっさりと引いた。

「えっと、あの人、どんな風に亡くなったんですか?」

ルフィは半分予想しながらも聞いてみた。

「たぶん、夕刊には載るでしょうけど、銃で撃たれたんですよ。なかなか流通していない銃なので、我々はプロの仕業だろうと見ています」

だから通り一遍の聞き込みなのだ、と刑事は説明した。もう一人の刑事は少し苦い顔をしている。守秘義務ってヤツに抵触するのだろうか。予想が的中してルフィの気分はますます悪くなった。二人の刑事はそんなルフィを見て、体調の悪いところをおしかけてすみません、と頭を下げ、引き上げていった。たまには体調悪くなってみるもんだ、とルフィは場違いなことを考える。他に考えなくてはならないことはいくらでもあることはわかっていたけれど。

 

 結局、なにも結論は出なかった。あの男は人の命を奪うことを職業にしている。最初からわかっていたつもりだった。けれど、ルフィがほんの少し関わった人間の命をあの男が奪ったことで、どこか想像の部分であったその確信にリアルさが加わった。たぶん、今が自分の岐路なのだと思う。このまま第三者でい続けるのか、あの男の言うように、舞台に上がるかの。

 ふと、人の気配を感じる。

「待ってる間暇だから、来るかどうか賭けをしてたんだ。十中八九来ねェだろうなぁ、と思いながら、なんでかおれ、大穴に賭けてたんだよ」

だから待ってたんだけどな。ルフィは静かに話し始めた。この男と会うと、いつも自分しか話していないような気がする。

「当たったんだからなんかくれ。」

男はいつもの通り無表情のまま、何も言わずにルフィに紙袋を差し出した。

 自分で言っておきながら本当に賞品が出るとは思っていなかったルフィは目を丸くしつつ、紙袋を受け取った。中にはいつか持ち去られた、兄からもらった古いカメラが入っていた。

「大穴に賭けたのはおれも同じだ」

ルフィは複雑な気持ちで男を見る。少しだけ、いつもと雰囲気が違う気がする。

「えぇと、酒なら用意してあるんだけど、上がっていくか?」

男は頷きもしなかったが、ルフィが背を向けて歩き出すと、そのまま後ろをついてきた。

 

 この男をこの部屋で見るのは二度目だ。それなのに、妙な非現実感がある。あの時のことを思い出すとルフィは恥ずかしさにいたたまれなくなる。今日は絶対に飲まないことにしようと思う。いくつかの銘柄をテーブルの上に並べた。あの日、この男が空にしていたボトルばかりを買って来ていた。

「えーっとコップは」

「いらねェ」

男は蓋を開けるとそのまま水でも飲むかのように瓶に口をつけて、呷った。そういえば、前の時もそうだった気がする。それにしたって、ラッパ飲みできる銘柄ではないと思うのだが。

「いつもそやって飲むのか?」

「あぁ」

いつも。ルフィの知らない所でこの男も生活しているのだ。けれどこの男の生活、をルフィは想像することができない。

「酒、好きなのか?」

それも強いやつ。男は答えない。ここは紛れもなく、ルフィの部屋だというのに、なんだか自分がここにいるのが間違いみたいな扱われ方だ。それでも男の持つ存在感は圧倒的で、ルフィはふと、思い至った。

「お前、おれには隠してないんだ」

思ったことをそのまま口にした。男が怪訝そうにルフィを見る。この男は自分の気配も、存在すらも常にそこにないように振舞っていて、だからこそ、ルフィはこの男の足取りをまったくつかめなかったことを思い出した。少なくとも、今、目の前にいる男は、自分自身を否定しているようには見えない。ルフィの存在を否定したがっているようにはみえるけれども。

「・・・なんでおれ今、嬉しい、とか思ってんだろ。」

男にはルフィの言うことがまったく理解できない。

「お前がお前自身の存在を否定するのやめてくれるんだったら、おれの存在否定されるぐらい、別にどってことねェみたいだ。うん。嬉しいのが勝ってる。」

ルフィは一人でしきりに頷いている。今、男は間違いなく、ルフィの目の前にいるのだ。男はルフィを睨みつけた。

「・・・お前はおれをどうしたいんだ」

不意に問われて、ルフィは驚きに目を見開く。

「暴いて、晒したいのか?」

こんな風に聞かれるなんて思っていなかった。そもそも、会話らしい会話なんてしたことがなかったので、急にルフィは落ち着かなくなった。これではまるで、男がルフィをそこにいる人間だと思っているみたいだ。いや、それはそうなんだけど、自分でツッコミをいれて、予想以上に混乱していることに気づく。

「晒す・・・気はない。暴きたいのは、隠すからだ。お前こそ、おれをどうしたいんだ?」

急に、そんな風に態度を変えるなんて反則だと思う。いつも、その辺の石ころみたいな扱いしかしてなかったくせに。そう言ったら

「石ころ相手にあんな真似はしない」

顔色も変えずに言われて、ルフィは更に混乱した。心なし、頭に血が上ってきた。この状況はものすごく変だ。男がルフィを見ている。

「・・・見るな」

声が震えそうになった。今まで、男のどんな脅しにだって、負ける気はしなかったのに、ただ、こうして正面から見据えられているだけで、逃げ出したくなった。

「最初におれを見たのはお前だ。」

そして、それをやめなかったのも。それはそうなのだ。

「おれとお前は違うだろ」

「どこがだ?」

どこだろう。

「えっと・・・気持ちとか」

「お前におれの頭の中がわかるのか?」

「・・・わかんねェ」

「自分の頭の中は?」

「・・・それもよくわかんねェ」

「なら同じじゃないのか?」

・・・確かに、わからない、という点では同じだ。男がルフィを見据えたまま、近づいてきて、ルフィは知らず、後退していた。そうして、いつか、路地裏で会った時のように、壁際に追いつめられる。捕食されようとしている小動物のような自分に嫌気が差したが、今の自分を支配しているのは、明らかに怯えだ。目の前の男に対する怯えではない。男が決着をつけようとしていることに対してだ。

 唐突にルフィは自分が答えを出すことを避けていたことに気がついた。曖昧なままにしておけば、それが男を追う理由になると考えていたことに。そんな自分がとてもずるい気がして、思わず目をぎゅっと瞑った。男の言う通り、確かに自分はずるくて傲慢だったのかもしれない。

「目、開けろ」

男の声がする。いつもと言ってることが逆だ。

「無理」

実際、恥ずかしくて目も開けられない。

「・・・ルフィ」

名を呼ばれて、思わず、開けてしまった。そして、気づかされた。暴かれたのは自分の方だ。

「・・・ずりぃ・・・」

泣きそうに、顔が少し歪んだ。

「・・・ゾロだ」

なんでそんな気になったのか、男にはやっぱりわからなかった。男にとって名前など、たいした意味を持たないはずだった。きっと組織の中の誰も、男の本当の名前など知らないはずなのだ。なのに、男は随分久しぶりに、生まれた時につけられたのだろう名前を口にした。泣く一歩手前のような顔をしていたルフィはびっくりしたように目を見開いて、

「お前の名前?」

と聞いた。男、ゾロは返事をしなかったが、ルフィは泣き笑いのような顔を浮かべた。

「・・・ゾロ?」

「・・・あぁ」

「好きだ」

「・・・知ってる」

「・・・お前の方がずりぃ」

「・・・そうだな」

 

 最初の時のように、ただ与えられるのではなく、前回のように、ただ奪われるのでもない。繋がっているところからグジュグジュに溶けて、ひとつになってしまえればいいとルフィは思った。覆い被さってくる影にとりこまれてしまいたいと願った。

「・・・最初・・・お前見たとき、『黒』だと思った。」

切れ切れにルフィは話す。

「・・・おれに色はない。いろんな奴の魂を背負いすぎて、そんな色に見えるだけだ」

「それも・・・お前の・・色だ・・・。おれもそこに混ざりたい」

言った途端に思い切り突き上げられた。ルフィは短い悲鳴をあげる。

「お前を混ぜたら、違う、色に、なる。・・・おれはお前を『白』だと思った・・」

ルフィの方こそ、自分に色はないと思っていたので、ゾロの言葉に驚いた。いろんなことを言いたくなったのだけれど、もう、どこにもそんな余裕はなくて、ただ、思い切りゾロに抱きついて、名前を呼んだ。名前を呼べることがこんなにも嬉しいとは思わなかった。

 重なり合う唇の合間から漏れる熱い息と、互いの名を呼ぶ声しか聞こえなくなった。より深い繋がりを求めて穿ちいれてくるゾロに、ルフィも朦朧としながらも腰を擦り付けていた。

 

 目を覚ましたら思ったとおりゾロはいなくなっていた。テーブルの上の酒はまだたくさん残っている。

「こんなに強いヤツばかりたくさん残されても、困るんだけどな」

ポツリとルフィは呟く。身体は思ったよりもつらくはない。随分、大事に扱ってくれたようだ。本能のままに蹂躙しあったような気もしていたのだけれど。思い出して少し赤くなった。あんなふうにお互いの熱を貪欲に求め合ったのは初めてだった。

 ゾロはもう、たぶん、自分に会う気はないのだろう。今までみたいに、あの路地で待っていても、もう二度と現れはしない。

 昨夜、ゾロはとても穏やかだった。今まで会った男とはまるで別人のように。あの顔は、昔、見たことのある、死を覚悟した人間の顔だった。ルフィの父も昔、あんな顔をして、戦地に向かい、そのまま帰ってくることはなかった。ルフィは今よりもっとずっと小さかったけれど、その時の父の顔をよく覚えていた。

 ルフィが幼い頃を過ごしたあの国とは違い、この国には、爆撃も伝染病も飢餓もない。けれど、戦場はあるのだろう。

 少し、腹が立ってきた。結局あの男は全部一人で決めてしまったのだ。ルフィは大きく息を吐いた。決めるならば今をおいて他にないだろう。ゾロの置いていった紙袋からルフィは懐かしいカメラを取り出した。父の形見でもあった、兄から譲り受けたカメラだ。フィルムを装填する。ファインダーを覗き込んで、テーブルの上の中途半端に残ったブランデーの瓶に照準を定めシャッターを切った。初めてこのカメラを手にした時のような高揚感を感じた。

 

心は決まった。

 

 

 

  

2005.4.20UP

 

 

あまりに問題児なんで、

この男ゾロじゃないんじゃないかと疑ってましたが

やっぱりゾロルだったみたいです(笑)。

っていうか、そんなひっかけはいらん、と思い直した。

次で終わりの予定です。

よろしければ最後までお付き合いください。

毎回思うけど、これ1話1話が短いね・・・。

もたないのね。私が。

 

 

 

 

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