春で朧でご縁日

1.

 

 いつもと違う座敷の布団で、ルフィはふと、目を覚ました。緊張は感じない。けれど、明らかに他人のものの気配を感じる。

「これは油断ならねェな。起こす前から目を覚ましたか」

ルフィが起き上がる前に、枕元から声がした。

「いい布団なんで寝付けなかっただけかもな」

ルフィの軽口に相手が少し笑った。

「泥棒だったら他所へ行った方がいい。ここは確かに大商人の寮だが、住んでるのは遊びがすぎて若隠居させられた男だ。たいして金目のモノは置いてないと思うぞ?」

「金が目当てとは限らんだろ」

全身、黒の装束を見に纏った姿が暗がりの中でぼんやり確認できた。

「無駄話はよそう。例のものはどこにある?」

「例のもの?」

ルフィにはさっぱり話が見えない。

「とぼけるな。例のものがこの寮にあることはわかってるんだぜ。お前が若隠居の用心棒を兼ねてその番をしてることもな。番をしてるんだから隠し場所も知ってるはずだ。」

やっぱりわからない。

「お前やっぱり泥棒向いてねェよ。下調べ杜撰だもん。おれは今日初めてここに泊まるんだぞ?今までここに泊まってた奴が今日来れねェからって頼まれたんだ。うまいメシ食わせてくれるっていうから来ただけで、おれはなんにも知らねェ。聞くなら若隠居に聞くんだな。」

「お前はいい度胸してる。それが本当ならおれはてめェで探さなきゃいけなくなるわけだが、その間おとなしくしていられるか?」

「していられなくはないけど、メシだけ食わせてもらって泥棒見逃したっていうのは、ちょっと不義理な気もすんだよなぁ」

ルフィの逡巡がまた男を笑わせた。その時、雨戸の向こうで妙な音がした。男が音もなく動き、障子を開けて、廊下に出た。ルフィがあとに続くと、男は既に雨戸も開けていた。宵の口から降っていた雪は止んでいて、月が出ているらしい。雪の積もった庭に人の倒れているのが着物の柄まで見てとれた。うつ伏せに倒れているその顔は見えなくても、ルフィにはそれがこの寮の主だということがわかった。

「誰だ?」

男が低い声で聞いた。黒い手ぬぐいの下から金色の髪が雪の反射で見てとれる。役者のような顔立ちだとルフィは思った。やはり泥棒は似合わない。

「知らないのか?この家のあるじだぞ?」

ルフィはそう言って素足のまま庭に下りて行き、あるじの首筋に手をやった。すでに脈はなく、医者を呼んでも無駄らしい。

「この様子じゃおれの探しものはここにはなさそうだ。今夜の用心棒お前に押し付けた奴、名はなんといったかな?」

「あー。名前は知らねェ。けど同じ長屋に最近越して来た奴だ。」

男は苦笑した。

「お前少しは危機感持って人を疑うことを覚えた方がいい」

「泥棒に言われたくねェ」

「そりゃそうだな」

と言ったと思うと男の身体は大きく跳ねて、ルフィの頭上を越え、更に生垣を飛び越えていた。ルフィはその身の軽さに場違いにも感心する。

「あー、でも泥棒だもんな」

あれくらい身軽じゃねェとすぐ捕まっちまうよな、と呑気につぶやいて、呑気にしていられない現状に気づく。目の前には仏様だ。やはり番屋をたたき起こして知らせるところから始めるべきだろうか。素足の凍えにルフィはやっと気がついて、ひとまず縁側に上がろうとした。その時、あるじの手の下に、キラリと光るモノを見つけ拾い上げた。それは小判型の子どもの迷子札であった。

 

「戻って来てりゃいいんだけどな」

あくる日の昼近く、ルフィは目明かしと連れ立って、自分の住む長屋へ向かって歩いていた。正しくは、自分の隣の部屋の男に用がある。

「寮へ戻って来ねェんですから長屋しか帰るところはねェでしょう。」

目明かしは言った。こんな素性のしれない自分にもなぜか低姿勢で、基本的にお上はあまり好きではないルフィだったが好感が持てた。昨夜、番屋をたたき起こして若隠居が殺されたことを知らせたとき、すぐに調べにやってきたのがこの目明かしだった。

「どんなおひとで?」

ルフィに寮番の仕事を持ちかけた隣の男の話だ。

「別に金に困ってる感じじゃなかったから、親の代からの浪人じゃないと思う。メシも奢ってくれたしな。悪い奴じゃねェと思うんだけどなぁ」

ルフィの眉間に少し皺がよった。ルフィと違い、相手は浪人と言えど武士である。その割りに、気さくであったし、なによりたまに食べ物を差し入れてくれていた。ルフィはと言えば、定職も持たず、昼間は近所の子どもたちを集めて遊んだり、夜になれば賭場に顔を出したり、話だけ聞けばロクデナシだ。けれどルフィにも言い分はあるのだ。どうにも長続きしないのである。仕事の話だ。これでもいろんな職業についてきたのだが、どれもこれもわかりやすく言えばクビになっている。そして、皆口を揃えて言うには、賭場にいるのが一番誰の迷惑にもならない。であった。ルフィは特段、怠け者なわけでも、働くのが嫌いなわけでもない。ただ、向いていないのだ。それはルフィの意見ではなく、周りの意見だ。それでも人には好かれるたちらしく、なぜか食べるものには困らない。主に、昼間一緒に遊んでいる子どもたちの母親からの差し入れが多い。「いつも面倒見てくれてありがとうね」なんて言いながら、にこにこと彼らの母たちは当番制でもあるのか、入れ替わり立ち代り、ルフィに食事を差し入れてくれる。子どもたちに言わせれば、面倒を見てるのは自分たちだ、と言うだろう。ルフィも面倒を見ているつもりはないが、正直、差し入れはありがたいので、遠慮せず、いただくことにしている。友人の飾り職人には、お前の職業は遊び人だ!と決定されている。が、このままでよくないのはルフィにもよくわかっている。そうこうしている間に目的の長屋が見える。

「ここだ」

長屋の木戸を入って、三軒目の障子の前に立つと、ルフィは声をかけた。

「おっさん、おれだ、入るぞ」

返事はなかったが障子は開いた。板葺き屋根の軒庇から下りる雪どけのしずくが襟元に入り、ルフィは奇声を上げて首をすくめ、中の六畳間を覗き込むと、くだんの浪人が部屋の中央に俯いて、正座していた。座ったまま居眠りをしているのではないということはすぐにわかった。壁に夥しい量の血飛沫が飛んでいたからだ。

 ルフィは草履を脱ぎすてて、座敷に上がると、浪人の肩に手をかけた。浪人は紋付袴の着物の前をくつろげて、腹を横一文字に切り裂いていた。刀身に紙を巻いた小刀を握り締めたまま、苦悶の表情をしている。

「親分、おっさん、腹切ったみたいだ。番屋に知らせた方がいいか?」

床に流れる夥しい血の量に、呆然と死体を見ていた目明かしが、その一言で我に返った。

 

日が落ちると、ぬかるんでいた道がまた凍てつき始めた。大きな中屋敷の塀外では、雪をかぶった松の枝が伸びている下に大きな雪だるまが作られている。その先の一際大きな角地面に海産物問屋が大きなかまえを見せている。その奥屋敷で、ルフィはあるじのイガラムと向かい合っていた。

「ルフィさん、倅のことではほんとにご迷惑をおかけしました。これは迷惑料というわけではありませんが、ほんのお礼のしるし。どうぞお受け取りください」

と、イガラムが差し出した包みをルフィが押し返したところだった。

「金は正直欲しいけどな。別にそれが目的で来たわけじゃねェんだ。」

大商人相手でも、ルフィの態度は変わらない。けれど、イガラムも気分を害したようではない。

「すると別の用がおありなので?」

「どうにも腑に落ちねェ話だから、誰にもしてないんだけどな。あんた、若旦那の父ちゃんだから、あんたにだけはちゃんと話とかなきゃいけないかと思って」

そしてルフィは黒装束の男が探し物をしていた話をした。切腹していた隣の浪人の話もした。

「そんでこれ。」

そして、懐から例の迷子札を取り出した。畳の上をすべらすと、イガラムは札を取り、

「迷子札ですな」

「ただの迷子札なんだけど、若旦那がしっかり握ってたモンだから、大事なものかな、と思って。」

「これは倅が子どもの頃、この音が気に入ったと言って、貰ってきたものでございますよ。」

迷子札を指でつまんで、もう一方の手先で軽くはじくと、きいんとかすかな音がした。ルフィはうなずいて、

「うん、キレイな音だ」

「たぶん、彫りの加減なのでしょう。」

「でも若旦那のモノだったんなら、やっぱり返しておくよ」

「ありがとうございます。言わば倅の形見。確かに返していただきました。」

イガラムは頭を下げて、小判型の迷子札を押し抱くようにしながらふところに収めた。

「一晩だけでも、若旦那にはご馳走になったしな。ほんとは通夜にも参加したいんだが、おれみたく素性の知れねェ奴がのこのこ出てくのもなんだしな。今日はもう帰るよ。また改めて線香の一本でもあげにくっから。」

そう言ってルフィは立ち上がろうとした。

「お待ちください」

止められる。

「手前の方からお願いがございます。ルフィさんには一日二日、寮の方にお泊り願いたいのです。急には寮番も見つからず、お話を聞いて少し心配になりました。失礼ながらお礼はさせていただきます。」

「おっさんの代わりにおれを用心棒に雇うってのか?でも、見ての通り、おれは侍じゃねェよ?」

「それでも腕はおたちになるのでしょう。お噂は聞いております」

自分の噂などロクなものではないと思うのだが。

「うん。強いぞ。おれは。」

「それでは問題ありますまい」

イガラムが笑って言うと、最前の紙包みを再度差し出して、手をたたいた。返事があって、襖が開き、そこには手をついた16・7の娘がいた。地味な着物を着ていたが、そこにいるだけで座敷が明るくなるような、美しい娘だった。

「なんでしょう、お父様。お通夜のお客様が大勢で、今誰も手の空いてる者がいないのです」

「それでも小僧を走らせて、駕籠を呼ぶくらいはできるだろう。雪のあとの夜道だから年季の入ったかき手を頼んでおくれ」

娘はうなずくと、ルフィに頭を下げてから襖をしめた。ルフィはと言えば、駕籠など呼ばなくても自分一人で寮まで行ける、と辞退したかったのだが、娘に見惚れていてタイミングを逃してしまった。

「いまのが娘のビビにございます」

イガラムに言われてルフィは我に返った。

「すっげーキレーだな。あんなキレーな娘初めて見たぞ」

素直に感想を口にした。ほんとにおっさんの娘か?と言う一言は我慢した。ルフィにすれば僥倖だ。

「ろくにご挨拶もしませんで、おゆるしください。」

イガラムは相好を崩した。自慢の娘なのだろう。ルフィは少しイガラムが羨ましいような気がしてその発想に首を捻った。

 

 自慢ではないが、ルフィは駕籠に乗ったことがない。足には自信がある方だし、特に必要性を感じなかったせいもあるし、そもそも駕籠など呼べる身分ではない。それでも折角呼んでくれたものを断るのもどうかと思い、おっかなびっくり駕籠に乗り込んだ。ルフィを乗せた駕籠は徐徐にスピードを上げていく。

 それでもルフィには自分で走った方が早いような気がしたのだが、駕籠かきのかけ声を聞きながらふと目を閉じた。成程、目を閉じていても目的地に辿り着ける点は確かに便利だ。そう思ったら急に眠気が襲ってきた。そういえば昨日からロクに眠れていないのだ。それに一日と明けぬ内に、ふたつも仏様に遭遇している。その上そのふたつともが尋常な死に様ではない。実の所、ルフィは死体を見るのは初めてだった。切腹死体なんて尚更だ。なんだって腹を切ったりするんだろう。やっぱりお侍のやることってのはよくわからねぇ。畳とか壁とかに血が散ってて、大家も困ってた。あんなことするようには見えなかったのになぁ。などと考えているうちにルフィはぐっすり寝込んでしまった。

「神経がよほど頑丈にできているのねぇ」

聞き覚えのない女の声で目が覚める。開けた目に映った天井は長屋のものでも寮のものでもなかった。やっぱり贅沢なんかするもんじゃねェなァ、と呟いて起き上がる。それでもそれなりに眠れたようだ。頭が少しすっきりしている。

「えぇと。初めまして?」

隣にいた女に声をかける。白い布をかぶった尼僧であった。

「変わった方。」

尼僧は微笑して応えた。

「こういう時は、ここはどこだ?とか、お前は誰だ?とか、どうするつもりだ?とか聞くものですよ」

「ここはどこでお前はだれでどうするつもりだ?」

尼僧がまた笑った。言う通りに聞いてみたのだが。関係ないがこの尼も美人だ。でも種類的にはたぶん、矢場の女主人に似ている、と思う。ルフィはそのアルビダという美女が少し苦手である。そういう種類。

「ここがどこかはいずれわかります。私の名はまたお会いすることがあればお教えしましょう。どうするつもりか、と言われれば、どうしましょうね。」

「おれもそんなにヒマじゃねェからさ。用事があったらとっとと言ってくれ」

ルフィはあまり気の長い方ではない。

「迷子札はどこにありますか?」

単刀直入だ。でもその単刀直入さは嫌いではない。

「迷子札が必要な年に見えるか?」

尼は笑う。

「えぇ。少し。」

ルフィは少しムっとしたが、ここで暴れるのは得策ではないと判断した。この場所にこの尼一人しかいないとは思えない。

「よくわかんねぇけど、おれこうみえてもけっこう年いってるし、親もいねェから迷子札なんて持ってねェよ?」

ルフィは言う。嘘ではない。それでもこの尼の目的があの、小判型の迷子札であることぐらいは気がついた。

「迷子札ってのはなんなんだ?」

「迷子になったときの用心に、所名前を書いて子どもの体につけておく札のことですよ」

かわされた。

「本当にあなたはなにもご存知ないようですね。」

尼がまた最初と同じように微笑むと襖が開いた。

「お帰りの道を案内させます」

廊下には同じ装束を着た白い頭巾の尼たちがズラリと並んでいて、ルフィは暴れ出さなかった自分をこっそり褒めた。

 尼のうちの一人が進み出てルフィに頭を下げる。小柄なその尼はそのまま廊下を進んでいく。どうやら、ついてこい、ということらしい。喋らない上に無表情なその姿は少し気味が悪かったが、ルフィに選択肢はないと判断した。そのまま後をついていく。廊下を何度か折れ曲がり、玄関口に出ると、ルフィの雪駄が沓ぬぎに揃えてあった。

「お越しいただきありがとうございました」

出入口の扉を開けてから、小柄な尼が頭を下げる。初めて発したその声はやはり抑揚のないもので、ルフィはやっぱり気味が悪いと思った。

 ルフィがおもてに踏み出すとそこは武家屋敷の立ち並ぶ堀端であった。ルフィは左右を見回す。あの尼はいずれわかる、と言ったけれど、ルフィにはここがどこだかさっぱりわからない。振り返ると、今出てきた板扉は、ぴしっと閉まっていて、扉の合わせ目に手をかけてみたがいっこうに開かない。蹴破ったとして、さっきの尼たちに囲まれるのはぞっとしない。適当に歩いていればいずれ知った道に出るだろうか?と考えていたら、向かいの屋敷の築地塀の木戸が開いて、一人の男が出てきた。いなせな職人風の男だった。

「あ」

ルフィはその男の髪の色に覚えがあった。背格好もまず一致する。そして雰囲気も。

「昨日の泥棒」

「なんだてめぇ、人聞きの悪ィ」

いきなり泥棒呼ばわりされた男はキッとルフィをにらみつける。

「ちょうどいいとこであった。ここどこだ?」

「お前人の話を聞け」

ルフィにしてみれば、まったく知らない土地で、少しでも知った顔に会ったのが嬉しかったのだ。それが寮に押し入った泥棒に対しての態度というには多少変わっていたかもしれないが。

「お前だったら昨日の寮までの道知ってんだろ?おれそこに行かなきゃいけねェんだけどなんだか知らねェうちにここに連れてこられてて、ちょっと困ってんだ。ここで会ったのもなにかの縁だと思って、案内してくんねェか?」

まったく話を聞こうとしないルフィに男は頭を抱えた。

「あ、ひょっとして、ここでも泥棒するつもりか?いや、してきたのか?こっちに入るんだったらやめといた方がいいぞ。すげェ数の尼さんがいて、おれはちょっと怖かった。ひょっとしたら狐の仕業かも知れねェけどな。」

「泥棒言うな。おれはサンジってんだ。それにここには手なぐさみに来ただけだ。」

「賭場があるのか。うん、まぁお前の事情はどうでもいいんだ。おれを寮まで送ってくれ。」

「てめェそれが人にものを頼む態度か」

「おれ今日からあそこの番することになったから、今度泥棒しに来たときにはメシ、少しだったらわけてやるから。でもやっぱり金目のものは置いてないと思うんだけどなぁ。」

ルフィの自分を送って当然、という態度にサンジは呆れるのを通り越して笑い出しそうになる。そもそも泥棒にメシ出すってどんな発想だ。

「おれがその泥棒だって証拠でもあんのか?」

「かん」

一言で片づけられてサンジは両手を挙げた。笑っている。

「わかった、わかった、送ってやる。でもこれは『貸し』だからな。覚えとけ。」

 

「助かった。ありがとう。」

寮に辿り着きルフィはサンジに頭を下げた。

「泥棒に礼言う奴も珍しい」

「泥棒でも人殺しでも自分が助けられたら礼は言うもんだろ?」

心の底から不思議そうに逆に聞かれてサンジは少し詰まった。

「泥棒だけどサンジはいい奴だ。泥棒じゃなかったらもっといい奴だと思うけどな」

だいたいお前向いてないし。そう言えばサンジは苦笑して

「余計な世話だ」

そう言って手を振ると、来た道を歩いて戻って行った。泥棒も普段は普通に歩くのだなぁ、とルフィは妙なことに感心して寮の門をくぐった。

 昨夜と同じ場所に夜具を敷いた。たった一日でずいぶんいろんなことが起こったと思う。自分がなにに巻き込まれているのかは見当もつかないが、メシの心配をしなくてよい、という点だけはありがたかった。そう、こんな風に夜ゆっくり寝られない、という点を差し引いても。

「おれ、今日はもう眠いから明日また出直してくれねェかなァ」

そう言って雨戸を開けると、きらりと光るものが飛んできた。ひょいと雨戸を閉めてよけると鈍い音がした。雨戸に刺さったそれは、長い鎖の先の鉄の玉に無数の針を植えたもので、ルフィがそれを確認できるかできないかのうちに、また宙を舞って、鎖の持ち主の手の中に戻っていった。持ち主は精好織の袴に大振袖の若衆すがたをしていた。

 こんな飛び道具を使う人間とは戦ったことがないので、ルフィは少し思案した。今度あの玉を投げて来たら、雨戸を外して庭に投げ出す。そうすれば少しは隙ができるだろうから、その間に間合いをつめることにする。そのつもりでルフィは動かなかった。が、相手も出方を見ているのか、一向に仕掛けてこない。

「仕掛けて来ねェんだったらおれは寝るぞ?」

そう言って素早く後退すると障子を閉めた。そのまま夜具の上で息を潜める。しばらくはなんの気配もなかったが、突然風を切る音が聞こえたかと思うと障子の紙が大きく裂けた。ルフィは同時に障子を片足で思い切り開き、手にしていた掻巻を、宙にまわして投げつけた。風をはらんだ掻巻は、むささびのように袖をひろげて若衆に飛びかかった。若衆は太刀を抜いて、掻巻を切り払おうとした。その隙を見逃さず、ルフィは若衆の足を払う。

 掻巻の上から若衆に馬乗りになった状態で、ルフィは太刀を取り上げて

「そっちが仕掛けてきたんだから、このくらいの無礼は勘弁しろよ?」

と、廊下に向かって言い放つ。台所の方向だ。するとそこから灯影が差して、手燭を片手に人影が現れた。

「こちらの方こそご無礼をいたしました。お腹立ちでございましょうが、座敷にお入りいただけませんか?」

頭を下げたのは、この寮の当主であった。

イガラムはルフィのわきをすりぬけると、手燭の火を行灯に移した。夜具をたたんで壁際におしやると、火桶を座敷の真ん中に出して、埋み火を熾した。

「雨戸には穴が開き、障子は破れて隙間風が入りますが、どうぞ火のそばにお座りください。」

イガラムに言われ、ルフィは太刀を持ったまま立ち上がる。左手で障子をしめると言われる通り、火桶の前に座った。先ほどの若衆が、障子を開けて入ってくると、イガラムの隣に座り、ルフィに手をついた。

「ルフィさま。ご無礼をいたしました。」

手をつかれても困るし、さま付けで呼ばれるのも困る。

「いや、用心棒として役に立つか試すのはいいんだけどさ。なんでその役をビビがやるのかがわかんねェんだよ。あと、お侍のお嬢さんにさま付けで呼ばれるほど偉くないから、その呼び方やめてくれ。」

二人がはっと顔を上げる。

「え?名前違ったか?」

確かビビじゃなかったか?と自分の記憶力に自信のないルフィが慌てて聞くと、二人は顔を見合わせた。

「いえ、一度お会いしただけでよくおわかりになったものだと。今はこのように姿も変えておりますし。」

「だってキレーだもん。その格好も。」

ルフィにあっさり言われて、ビビは頬を染めた。イガラムが空咳をする。

「お侍のお嬢さん、と言うのは?」

「あぁ、それはカン。でも商人の娘は太刀を振るえないだろうし、おっさんも元は武士っぽい。」

「それも勘ですか?」

「うん。でも、こんな試験があるなんて思わなかった。そんなに難しい仕事なのか?ここの用心棒って」

「やさしい仕事ではございませんが、このようなことを致しましたのは、わたくしが大しくじりをしましたからで」

「あぁ、若旦那を殺したのはあの浪人のおっさんだと思ってるのか?」

「はい。わたしも息子もあの方を信じて大しくじりをいたしました。そしてあの方も殺されたものと思います。」

「おっかない話だな」

「はい。命がけの仕事にございます」

ルフィは少し息を吐いた。

「用心棒代はいくらになる?」

「ここにいる三人で百万両を山分け、というのはいかがでしょうか」

ルフィは二人の顔を見る。二人とも大真面目だ。

「うーん。命の値段としては安いのか高いのかよくわかんねェな。今すぐ返事しなきゃダメか?とりあえず、さっきもらった金で2,3日の用心棒は引き受けるから。」

「結構でございます」

「あと、少し聞かせてもらっていいか?」

「お答えできることなら」

「その百万両って、おっさんが持ってるのか?」

「いいえ、手元にはございません」

「そうだろうと思った。埋蔵金とかそういうのか?」

「それに近いですが、実際に存在することは私の祖父が確認しております。」

「でもその隠し場所がわからねェ?」

「そんなところでございます。」

ふうん。とルフィは呟いた。

「ひとつ言っとくけど、もしその百万両、掘り当てたとしても、天下を覆そうとか言う企みにはのれねェよ?天下を狙うんなら金で買われて狙うなんて真っ平だ。おれの料簡でおれが動く」

「そういうお方だろうとお見受けしておりました。わかりましてございます。」

今度はビビがにっこり笑って頭を下げた。

「そしたら話はひとまず終わりだ。さっさと帰ってくれ。」

「やはり、ご気分を害されましたか?」

ビビが心配そうに言う。

「さっきも言ったと思うけど。眠いんだよ。」

イガラムとビビが顔を見合わせて笑った。

「これは失礼しました。明日中には雨戸と障子の修理をさせますので。今晩はごゆっくりお休みください。」

お休みできるといいけどな。とルフィは心の中で呟いて、武家の出らしい、不思議な親子(かなりの確率で嘘だと思う)を見送った。

 

 2005.1.2up

 

ほんとは1日にUPしたかったのに日付変わっちゃいました。

今年もこんな感じか・・・。

そんなことはどうでもいいんですよ。

ゾロがいないことの方が大問題ですよ。

ゾロ出てくるとこまで進みたかったんですが、

あんまり一話が長いのもどうかと思いまして。

この話、ゾロ出番少ない気がするんですが。

なんか長くなる予感はしてます。

あと、江戸っぽいですけどウソ江戸なので、

時代考証とかあまり考えないでください。

すみません。

 

 

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