春で朧でご縁日

15.

 

 鉄砲をつきつけられて、暗い廊下を四人が進んでいくと、台所に尼たちが縛られてすわっていた。まわりに若ざむらいと鉄砲足軽が立っている。クロコダイルは燭台をかざして、板壁のきわに積んだ布袋を照らしてみせながら、

「自分のものになるはずの宝を見ずに死んでは、気が残ろう。この袋のひとつひとつに砂金がつまっている。これだけの財力があれば兵を集めて、都に攻め上ることもできるだろうよ。まぁ、軍船というのがどの程度のものかによるがな」

「これ全部金!?」

ナミの顔が輝いた。

「やっと苦労が報われた気がするわー」

「・・・ナミさん・・・今はそんな場合じゃ・・・」

縄でしばられた上、鉄砲をつきつけられている状態のナミに、ビビが困った顔で話しかけようとしたが、

「あぁっ!そうか!」

急にルフィが大声をあげたので、それは中断された。

「あいつが一番悪い奴か!」

なにか重大なことを発見したかのようなルフィの声に、サンジとビビが、がっくりとうなだれた。

「・・・お前は今までなにを聞いてたんだよ・・・」

「・・・なぜかしら・・・危機感が薄れていくのは・・・」

二人が頭を抱えているうちにも、事態は進行している。クロコダイルは燭台を置くと、鉄砲足軽に言いつけた。

「時が移る。片はしから、射ちころせ」

「ここで、殺すのですか?」

と、若ざむらいのひとりが、眉をひそめた。クロコダイルは無造作に、

「当たり前だ。砂金を運び出してからでなければ、火薬は仕掛けられんのだ。そのあいだ生かしておいて、なにかあったらどうする。手不足なんだ。早くやれ」

「なんだ、簡単じゃねェか」

クロコダイルの声にルフィの声がかぶさって、一同が状況を理解する前に、クロコダイルの右頬にルフィの拳が刺さっていた。

「こいつやっつけて終わりだ」

どさりという音に我に返った鉄砲足軽が銃を構えなおしたところをサンジの蹴りが入った。

「てめェ!仕掛けるなら仕掛けるって言え!ナミさんたちにもしものことがあったらどうするつもりだ!」

サンジが怒鳴る。

「あ、そうか。サンジはゾロじゃねェもんな」

「なんかものすごく腹が立つのはなんでだ?」

言いながらも足軽鉄砲を倒していく。その隙に、短刀でナミとビビの縄を切るのも忘れない。

「んじゃ、そっちよろしく」

「だから遅いって言ってんだ」

ルフィはクロコダイルから目を離さない。今の一撃で気を失ったとはとても思えないせいだ。

「ナミさん、ビビちゃん、から井戸から下へ!地下牢には火薬がある。そこなら鉄砲はうかつに撃てねェ!」

サンジの指示でナミとビビは尼の縄をほどきながら、地下に駆け込んだ。

「知ってるか?鉄砲なんてもんは近くのものは案外当たりにくいんだぜ?」

そう言いながらサンジは足軽鉄砲の中を器用に走って、倒していく。鉄砲隊は同士討ちを恐れてか、思うように引き金をひけずにいた。ようやっとクロコダイルがむくりと起き上がった。

「・・・やってくれる・・・」

立ち上がったクロコダイルの目は殺気に満ちていた。刀に手をかけると気合とともに大上段にふりかぶる。

「どうした?抜かんのか?」

「おれは侍じゃねェから、刀は持ってねェんだ。使えねェしな。斬りこむならどっからでも斬りこんできていいぞ」

ルフィはニヤリと笑って、すました返事をかえした。クロコダイルは苛立ったが、このように平然とされると、なにかを企んでいるのではないかと少し不安になる。だが小僧一匹どうにでもなる、聞けば侍としての訓練も積んでいないようだ。敵ではない。クロコダイルの太刀は風を巻いて落ちかかった。だが、ルフィはさっと後ろにとびさったと見ると、右手から縄のようなものが宙を走り、クロコダイルの手から太刀を払い落とした。

異様な武器に戸惑った瞬間、ルフィの縄がふたたびおどったかと思うと、クロコダイルは顔を押さえてのけぞっていた。額から血がふきだしている。今度こそクロコダイルは倒れ込んだ。足軽鉄砲も軒並み倒されて、辺りを静寂がつつむ。

「・・・終わった・・・?」

と、ナミとビビが、から井戸から顔を出した。

「おぅ。ぶっとばした」

ルフィが笑顔で答える。

「しかしお前、変わった武器使うんだな・・・」

と、サンジがルフィの手を見て、顔を顰めた。これは武器ではなく、

「いや?単に縛られてたの使っただけだ」

ルフィの手に握られていたのは、さっきまで自分たちを縛めていたなんの変哲もない縄で、その先に結び付けられて、錘の役割を果たしていたのは、

「独楽・・・」

「長屋の子供が餞別にくれたのが役に立ったなー」

「・・・つまり、なんの勝算もなく、刀に向かっていったわけだな。お前は。」

「勝ったんだからいいだろ?」

「よくねェ!てめェに命預けたおれたちの立場はどうなる!!思いつきで行動しやがって!!」

思いつきだからこそ、クロコダイルには読めなかったのに違いないが、なんとなくサンジには腑に落ちない。

「サンジはガミガミうるさい。」

ルフィにしたらここは褒められるとこだと思うのだが。

「お前そういや、その縄どうやってほどいた?」

サンジは忍ばせていた剃刀で縄を切ったのだが、ルフィはどうしたのだろう。

「ん?関節はずして抜けた」

「・・・バケモノめ」

ナミの気はすっかり砂金の袋にいっている。

「ビビ!お宝は三等分の約束!まだ生きてるわよね!」

ビビの手をがっしりつかんで、勢いこんで聞くナミについ頷いてしまってから、

「・・・クロコダイルは?」

と、さっきクロコダイルが倒れていた場所に目を向けたが、そこにはなにもなかった。クロコダイルは最後の力を振り絞り、なんとか立ち上がると、燭台の火を手にふらふらと歩いていた。ビビの顔が青ざめる。

「貴様ら全員、道連れだ」

それだけ呟くと燭台の火をから井戸の中に落とした。下には火薬の樽がまだ幾足りも残っている。ビビは声にならない悲鳴を上げた。天井からふたつの影がとびだして来たとき、井戸から火柱があがった。

 床がはね上がって、ルフィは壁にたたきつけられた。すさまじい音響が辺りを圧した。天井が崩れ落ちた、と思った瞬間、あたりに風が渦巻き、色彩が乱れた。夜空に星がきらめき、波が上がった。ルフィの目に、夜空と波がつかの間うつった。だが、その光影が斜めになって、からだに激しい痛みが走った。

 

「ビビ様!」

ロビンの声にビビが体を起こすと、城の台所は湖になっていた。

「これはいったい・・・」

「ビビ!無事か!?」

コブラの声が飛んできた。

「・・・お父様?いったいなにが起きたのですか?」

ビビが混乱する頭で、それだけを父に聞くと、コブラは肩で息をつきながら、

「ここにいるロビン殿と、火薬の力を借りて、この世にゆがみをつくり、皆をこの場に移したのだ。一か八かだったのだが、うまくいったようだ。命を賭けるつもりであったが、幸いにして私も生きているようだ。ロビン殿のおかげだろう」

そう言ってコブラはロビンに頭を下げた。ロビンも頭を下げる。そこは、ビビたちが軍船で乗りつけた、あの湖の岸辺だった。

「城は残念だが仕方がない。もともとお前に会うためだけに護っていたようなものだからな。未練はない。まぁ、イガラムたちはがっかりするだろうが」

コブラは磊落に笑った。

「これだけの砂金が手元にあれば、城の再興などすぐだと思いますよ?」

ロビンが指す方向には、尼たちが砂金を運び出して船に積んでいるのがわかった。

「・・・なんと!この騒ぎの中で砂金まで移動させていたとは・・・」

コブラが呆れたように呟いた。

「でも、そう思ったのは私だけではないようよ?」

ロビンが微笑んで、ビビはようやく気がついた。

「ルフィさんたちは!?」

どこにも三人の姿が見当たらないのだ。

「いないはずはないのだが・・・。もしや、他に帰りたがっている場所があったのではないかな?」

コブラが困ったように呟いた。

「えぇ。帰りたいところに戻ったみたい」

ロビンが柔らかく微笑んだ。

 

 ちょうどゾロが鍛錬を終えて、竹光を鞘におさめたところだった。相変わらず荒れ放題の屋敷の庭で、深い息を吐いたとき妙な気配を感じた。靄のようなものが空気に流れて、漂っている。ただならぬものを感じて再び柄に手をかけたところ、その空間から落ちてきたものがあった。

「いってー!!!」

ゾロは呆然と、その落ちてきたものを見る。これは夢かなにかだろうか。実際、寝てるのか起きてるのかわからないような生活をしていたから、案外自分はまだ眠っているのかもしれない。そう思った。けれどその割に、随分騒がしい。いつもの夢とはだいぶ様相が違う。

「・・・あれ?」

それは、不思議そうにキョロキョロと周りを見渡し、ゾロの姿を目に捕らえると、目を見開いて止まった。そんなに開いたら目が落ちるぞ、と言いかけて、ゾロも止まった。時間にしたらほんの数秒だったが、ずいぶん長いことそうしていたように思う。また、靄の中から奇妙な気配を感じて、ゾロはなにも考えずに、座り込んでいるそれに近寄り、右手を持って立たせると靄から遠ざかった。するとまた靄の中からなにかが吐き出される。

「・・・いったー!なによこれ!」

「・・・ナミさんはともかく、その・・・袋が大変に・・・重・・・」

夢ではない気がする。片方はともかく、こんな男は知らない。初めて自分の左手に体温を感じた。

「・・・ナミ。三等分の約束だ。忘れるな。」

いろいろと言いたいことはあったのだが、それだけ言って、左手の体温をつれて座敷に上がった。座敷に座らせると、襟に手をかけて、左みごろをはだけさせる。

「・・・・ぞぞぞぞろ?」

「左肩。刀傷か?」

「え・・・?あー。そうか。よけきれてなかったんか・・・。」

ゾロは黙って立ち上がると、膏薬を持ってきてその肩に貼った。

「医者が置いていったものだ。それなりに効き目はあるだろう」

そう言って着物を直す。

「・・・おかえり。ご苦労さん。」

「・・・ただいま。」

ルフィがふわりと笑った。

 

 

「もう少しあいつらの気が利いてれば、もっとたくさん持ってこれたはずなのに・・・」

堀端のゾロの屋敷の縁側で、旗本と女師匠は酒を飲んでいる。

「ナミ、あれはビビたちのなんだから、あんまり欲張ったらいかんぞ?」

「うるさい役立たず」

あぁ、もう少し鍛えておくべきだったわ・・・と師匠の愚痴は止まらない。あの日以来、ナミは砂金の袋を一袋しか持ってこれなかった自分の腕力を嘆いているのだった。その上三等分だ。それにしたって大した量ではあったのだが。

「なんで、私ここに落ちちゃったのかしら・・・違う場所ならばれずにすんだかもしれないのに・・・」

今尚ブツブツと呟いている。ゾロはその隣で酒を煽りながら、目の前で庭と格闘するルフィを眺めていた。聞けばこの庭の荒れ具合をかねてより気にしていたらしい。なんでも、向こうの世界でしか見たことのない木や花の種をこちらに植えたらどうなるか試してみたいのだそうだ。それにはまず庭の整地。ということで壊れた燈篭を更に壊したり、枯れ果てた木を倒したり、となかなか忙しそうに動いている。

「・・・ビビにもう逢えねェってのは残念だろうな」

ゾロがポツリと呟いた。ほんの小さい呟きだったが、ナミの耳には届いたようだ。

「だからこうして時々ビビの話をしましょう。他のひとに言ったところで信じてもらえないでしょうから」

「水にもぐる軍船とか海豹に似た生きものとか、血を吸う花だとか、そんな話をすりゃ、確かに師匠、とうとう酒の気が頭にまわっておかしくなったか、と思われるだろうな」

ゾロは調子よく酒を空けていく。

「なんだよ、ゾロ信じてねェのか?」

聞きとがめたルフィが眉間に皺をよせて、手を止めた。

「いや、お前が言ったからな。信じるよりねェだろう」

「なら、いいんだけど」

「そこはかとなく失礼ね」

ナミも言って、酒をあおった。

「おい、ルフィ、もうそのくらいにしておけ。暗くなる。ウソップと約束しているんだろう?」

不意にゾロが声をかける。ルフィは熱中しだすとなかなか止まらない。あれからゾロはきちんとウソップに紹介された。ルフィに凧あげに連れ出された時に会ったのだが、そういえば、長屋に行った時に見た顔だ、とゾロにしては珍しく覚えていた顔だったので、名前を覚えるのも比較的早かった。

「お。あ、そうだ。」

ルフィはあわてて土に汚れた手足を洗いに井戸へ向かった。

「ゾロも行くよな!」

「いや、おれは・・・」

ルフィのでかける先は地蔵堂の縁日で、毎月4日に催されるものだ。

「行くよな?」

「・・・あぁ」

隣でナミが笑うのがわかってゾロは顔を顰めた。ルフィが戻ってきてからこっち、ゾロはまったくルフィに甘い。ナミに言わせれば今までだって十分甘々だったが、それに拍車がかかっている。これは後遺症だ。ゾロにもよくわかっているのだが。けれどゾロはルフィのわがままこそが後遺症であることには気づかない。

「今年はずいぶん、綺麗に咲いたわね」

ナミがふと、この荒れた庭で、唯一華やかな枝ぶりを見せている木を見上げて呟いた。

「そうだな。ルフィが喜んでいた」

ゾロはこの木に花が咲くこと自体知らなかった。今まで咲いたことが一度もなかった、ということはないだろうから、単に気づかなかったのだろう。昨日、ルフィが木の枝を折っていいかとゾロに聞いたとき、初めてゾロはこの木に気づいたのだ。淡紅の五弁花が、夜目に鮮やかだった。

「実るといいわね」

「なにが?」

「少しは歌でも勉強しなさい」

ゾロが首を捻っていると、ルフィが戻ってきた。その足が少し戸惑うように止まったけれど、ゾロが顔を上げると、また進んだ。ナミが今度はルフィの方に顔を向けて、

「実るといいわね」

「おう、そうだな。楽しみだ。」

会話が成立していることにゾロは更に顔を顰める。

「なにが実るんだ?」

「桃」

こっそり聞いたゾロにルフィは端的に答えた。

「・・・桃なのか・・・これは」

今までに実ったことがあれば、さしものゾロでも気づきそうなものなのだが。実っていて気づかなかったのであれば、相当の朴念仁である。

「なったら皆で食べような!」

ルフィがあまりに楽しそうなので、ゾロは実るといい、と思った。ナミはそんな二人を見ながら、桃の実がなることを、恋の成就にたとえた和歌を呟いた。

 

ウソップと、なぜかサンジもやって来て、五人連れ立って出かけることとなった。ゾロの眉間の皺はますます濃くなって、ルフィが心配そうに覗き込む。

「ゾロ、怒ってるか?」

「・・・いや」

実のところ、こういう場所はあまり得意ではないが、ルフィが楽しいならよいと思う。

「おれな、あっちに行ってる間、何回もゾロが一緒にいたらいいな、と思った。いっぱいゾロに会いたかった。だからもうちょっとだけでいいから一緒にいてくれねェ?」

「・・・・・」

ゾロはなんと言ってよいかわからなかった。今言われたことをどうとったらよいのかわからないのだ。とっさにルフィの手をとった。

「・・・ケガはもういいのか?」

とったのが左手だったので、そんな言葉が出てきた。

「いつの話だよ」

手はふりほどかれることなく、ルフィが笑った。

「ビビたちはその軍船とやらで都に攻め上ったりするのかね・・・」

「そうかな?おれはしないと思うけどな。ビビの父ちゃんはいくさはキライだって言ってたし。いくさなんかしなくても、ビビなら将軍さまになれると思うな。おれは。」

ゾロの呟きにルフィがそう言って笑った。

「そりゃぁいい。おれたちの知り合いが、どこかの世界で将軍さまになるかもしれねェなんて景気のいい話だ。」

と、ゾロも少し笑った。

「うん、ロビンもついてるしな。またなんかの時に会いにきてくれるだろ」

「お前はそれでいいのか?」

ビビのためにがんばったのだろうに。

「いいよ。おもしろかったし。でもゾロいないのはヤだったな。やっぱり」

「・・・お前・・・それは・・・」

ゾロが言いかけた時、前でひときわ大きな声があがった。見れば、サンジとナミとウソップがやたらと楽しそうだ。

「あ!ゾロ!おれはサンジも好きだけど、ゾロの味方だからな!ちゃんとがんばれよ!」

そう言ってルフィは駆け出した。手を引かれてゾロも走る。ルフィの言うことは相変わらず要領を得ないし、なんだか不穏な一文も聞いたような気がするが、とりあえず、この体温がとなりにあることをよしとしよう。

 

雛の節句の明くる晩、春で朧でご縁日。

 

 

 2006.3.4up

以上で春のお話は終わりですー。

イヤになるくらいゾロルではありませんでした。

私が書きたいのも皆が読みたいのもゾロルなのに!

不思議なことってあるもんですね(オイ)。

泉鏡花に謝れよ、とかも思いつつ。

ルフィがゾロのトコに帰ってくる、っていうのを書きたいがために

こんなに長いことかけてしまいましたさ。

ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました。

 

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