春で朧でご縁日
14.
石段はだんだんゆるやかになってどこまでもくだっていく。空気はひやりとして息苦しくはない。穴もだんだん大きくなった。石段がつきると、道は横にのびて、すぐ行き止まりらしい。梯子があったが、それはたぶん地上に出るためのものだろう。ルフィは地下牢に通じる道をさがす。わきの壁が板張りになっていたので、ルフィはなにも考えず、板壁に思い切り拳で突きをいれた。バリリと音をたてて、板が割れ、石室らしい空間が見えた。ルフィが入っていくと、奥の方で光がゆらめいている。近づくと、格子戸を二方でかこって、石室のすみが、牢になっている。外の壁に灯油が燃えていて、畳を敷いた牢の中を照らしていた。 「当たり。」 「お前、めちゃくちゃするなぁ。忍び込む者の意識無しかよ」 奥の壁によりかかってサンジが苦笑した。 「おぅ、サンジ生きてたか」 案外元気そうなのでルフィはほっとした。 「まぁ、ここにはなんにもねェけど、あの赤い花がいないだけマシだな。まぁ、入るか?」 そう言ってサンジは黒衣から長い針をぬきとって、格子戸の海老錠に器用に中からさしこむと、十も数えぬうちに、錠前はひらいた。ルフィは驚いて、 「なんですぐ出られんのにこんなとこでじっとしてたんだ?」 「まぁ、いろいろ考えてたんだよ。ところでお前はどうしてここに来たんだ?まさかつかまったのか?ナミさんたちは!?」 ルフィは戸口をくぐって中に入ると、 「とりあえず、黒装束の首領が、お前が地下牢に落ちたって言ったから捜しにきたんだ。ついでに城の中にもあの花が咲いてるかどうか偵察に。」 「あの男、死んだのか?」 ルフィは一瞬サンジが誰のことを指しているのかわからなかったが、すぐにあの黒装束の首領のことだと気づいた。 「・・・うん」 「・・・なにか言ってたか?」 ルフィは少しだけ逡巡して、結局は正直に話した。城の入口で花に血を吸われながらも執念でルフィたちを威嚇していた首領の最後を。宝を手に入れて、天下をとるのだというのが最期の言葉だったことも。 「そうか。あの男の一生は、宝にとりつかれてたみてェなもんだから、まぁ、らしいっちゃらしいか・・・」 「あいつ、サンジの」 「あぁ、親父だ」 「ふうん」 ルフィは以前サンジが言っていた「武家の世界の決まりごと」という言葉を思い出していた。あれは誰の話だったのだろう。サンジにもきっとたくさんの柵があったのだろう。別に聞く必要もないけれど。 「おい、ルフィ。おれはお前に貸しがあったはずだな」 「うん。あったな」 「今まとめて返させてやる、ちっとばかり、肩貸せ」 言うが早いが、ルフィは右肩に重みを感じた。サンジは重い息を吐いて、それからしばらくなにも言わなかった。どんな顔をしているのか、泣いているのかもルフィにはわからなかった。 「哀れな男だったよ・・・」 独り言みたいに呟いた声に、少し頭を撫でてやりたい気もしたが、ルフィはただなにも言わずじっとしていた。灯油の燃える音がジジッとやけに大きく聞こえた。
「そういや、サンジはどうやってここに落とされたんだ?」 「あの辺に穴があってな」 と、サンジは右手をあげて牢の外の天井を指さした。ルフィが入って来た板戸を除いて、三方の壁は石だったが、天井は板張りなのだ。 「おれはその穴から突き落とされたんだ。年寄りだと思って油断したのがまずかったらしい」 「年寄り?」 「いや、実際はわからねェんだがな。髪も髭も伸び放題でな。あぁ、男なことに間違いはねェ。」 「どうやって城の中に入ったんだ?」 「お前と同じトコからだよ。おれはこの石牢のことは知らなかったんだが、あの抜け道のことは知っていたからな。あの板壊す前に、梯子があっただろ。あの梯子をあがっていくと、城の台所のから井戸に出るんだ。まぁ、あっさりつかまっちまったがな」 ルフィは少し考えた。なにかが引っかかっている。 「・・・なんかおかしくねェか?」 「今更お前をだましてもしょうがねぇと思うが」 ルフィは眉を顰めたまま、 「サンジが嘘吐いてるとは思ってねェよ。そうじゃなくてなぁ・・・まぁいいや。とにかく皆のトコに戻ろうぜ。ナミやロビンに相談しよう」 「あー。ナミさん、怒ってんだろ?」 「あぁ、すごく怒ってたぞ。でもちゃんと謝れば許してくれるんじゃねェか?・・・ってナミなのか?ビビやロビンじゃなくて?」 今回の件で、ナミが一番の部外者なはずだが。ちなみに次点はルフィだ。 「そういや、そうだな」 サンジも何故か不思議そうに呟いた。 「・・・ナミはダメだぞ」 「あ?てめェにゃ関係ねェだろ?」 「関係ねェけどあるんだ!」 「そんな話聞けるか!」 二人はいったん城を引き上げることにしたのだが、いつの間にかケンカになっていた。地下にあった樽をひとつずつ抱え、まったく不毛な内容で言い争いながら、暗い石段を上る。 「いいか!好きな気持ちは理屈じゃねェし、相手が自分と同じ気持ちじゃないからって止まるもんでもねェんだよ!だいたい略奪なんて恋愛の醍醐味だろう」 「そんなんおれに言ったってわかるわけねェだろ!」 「あぁ!開き直りやがったな!どう思いますナミさん!コイツめちゃくちゃ言うんですよっ!」 いつの間にか階段を抜け、抜け穴の出入口で心配しながら待っていた一同は、いきなりのにぎやかさにしばしあっけにとられた。 「ルフィがめちゃくちゃなのは今に限ったことじゃないでしょう・・・」 状況についていけず、専らの話題であったナミが、つい受け答えしてしまった。そして我に返る。 「なんでサンジくんが普通にいるのよっ!」 「え?だってナミ、サンジ拾って来いって言わなかったか?」 「言ってない!私は下駄を拾って来いって言ったの!」 サンジが浮上しては落ち込み、また、浮上する。サンジはナミの足下に跪いて、懐から下駄をとりだした。ナミにぶつけられたものだ。 「返すのが遅くなって、それから、いろいろごめん」 ナミは足下に置かれた下駄に足を通した。 「私に言う筋合じゃないでしょ」 「そうかな。でもごめんね。これお詫びと言ったらなんだけど・・・」 そして今度は懐から拳ほどの袋をとりだした。 「うちのアジトにあった軍資金の砂金の一部」 「信じてたわサンジくんっ!」 ナミがサンジの腕をがしっとつかんだ。さすが女性の達人だなぁ、とルフィは感心しつつ、これはゾロ、少し大変かもしれないぞ、と見当ちがいのことをちらりと考えた。 サンジはそれからビビとロビンに頭を下げた。 「首領が死んだし、この分じゃ一族はもう終わりだろう。おれの理由はなくなったのだけど、ひとまず雇い入れる気はないかな?とりあえず、城の中の情報を手みやげに。許さないというなら、残念だけどあきらめる」 「サンジは嘘つきだけど、女好きなのはほんとだぞ!」 ルフィがよくわからない援護をした。ビビとロビンは顔を見合わせて、 「とりあえず、あの赤い花を退治するまでは、人手は多い方がいいですから」 「ありがとう」 サンジはもう一度頭を下げた。
城の裏山、抜け穴のある神社で、ルフィとサンジはロビンとナミとビビに、城の中にはどうやらあの赤い花はいないこと、あの赤い花を操っているのは、老人らしい、髭の男だということなどを説明した。 「なんか変じゃない?」 「どこが変なんだと思う?」 ナミの呟きにルフィが聞いた。ルフィも感じた引っかかりと同じだろうか。 「なんでサンジくんは花に血を吸われなかったの?一緒に城に潜入した黒装束は殆どみんなあの花にやられてしまったわけでしょう?」 「あ、そうか」 「そういえばそうですね・・・」 ルフィとビビが頷いた。 「そういえば、サンジくん。この樽はなに?」 ナミが二人の抱えてきた樽の蓋をあけた。中には黒い粉がつまっている。 「あぁ、それ火薬だよ。城の地下にいくつかあったんで、なんかの役に立つかと思って持ってきたんだ」 「へぇー」 ルフィが感心したように呟いた。道理で重かったはずだ。 「その老人というのは、あの城に一人なのかしら?」 「牢にあかりを灯したり、格子に鍵をかけたのはあの爺さん一人で、おれはそれ以外の人間は見なかったけど・・・」 ロビンの問いにサンジが自信なさそうに答えた。 「なぁ、もしかしてそいついい奴なんじゃねェの?」 「はぁ?」 ルフィの意見に一同は不審な顔を向ける。 「だってサンジを助けてくれたわけだろ?地下に落としたのは上にあがると花がいて危ない、って言いたかったんじゃねェか?他の黒装束は先に行っちまって止められなかったんだとしたら?だいたい、牢につかまえて、あかり灯してくれたりとか、なんかいい奴っぽくねェか?」 「あんたにかかると誰でも『いい奴』だからねェ」 ナミがあきれたように息を吐いた。失敬だな、そんなことないぞ、とルフィは言いかけたが、 「・・・でも確かにおれもおかしいと思ってたんだ。別に尋問するでもなく、殺す気になればあの花でいつでも殺すことができたはずなんだが・・・」 と、サンジが呟いたとき、 「城にはなんの変化もないようだ。今夜はここで夜を明かすおつもりか?」 声がして、チャカが近づいてきた。 「そうなるかもしれません。サンジさんが逃げたことを知ったらなにか動きがあるかもしれないと思いましたが・・・」 「気長に様子をみるしかありませんね」 ビビとロビンが言うとチャカは苦笑いをして、 「同じ様子を見るにしても、堀のこちら側に陣を敷いて、夜になったらかがり火を焚いたらどうかな。いくさらしいだけでも威勢が上がる。いまから焚き火の用意をさせておこう」 チャカはそう言って歩み去った。抜け穴にはなんの変わった様子もない。神社の境内を出ると、坂道の途中から、赤い花におおわれた城が見渡せる。抜け穴には見張りをおいて、ルフィたちが坂道へ出てくると、城をおおった赤い花は、風もないのにゆれて、赤いけものがうずくまっているようにみえた。 「あの花が赤いのって、血を吸ってるからなのかな」 ルフィが誰にともなくポツリと言った。 「そうね。もともと花びらには吸った水の色が現れる性質があるから・・・」 問いにはロビンが答えた。 「ふぅん、じゃぁ、味噌汁のんだら味噌の色になるのか?」 あんまりな喩えにロビンが考えつつ、 「さぁ、それはどうかしら・・・」 とかわした。ルフィはほとんど水のない堀を見下ろして、 「花が守ってるから、堀に水をはることもないのか。以前からから堀だったのか?」 「そんなことありません」 と、ビビは首を振って、 「人やけものが寄ってきやすいように、わざと水をなくしてあるのじゃないかしら。たぶん、堰の戸がしめてあるのだと思います」 「その堰をひらいたら水が流れてくるのか?」 ルフィが聞くと、ビビは頷いた。ルフィは重ねて、 「その堰はどこにある?」 「この裏山をもっとのぼった所に池があります。その池に堰があって、この堀に水を入れるのです。」 「どうなってるか行ってきてもいいか?」 ルフィはロビンに聞いた。 「いいけれど・・・」 「血を吸って赤い花が、水を吸ったらどんな色になるか、ちょっと試してみてェんだ」
ビビの案内でルフィとサンジは山道をのぼっていった。山道をのぼりつめると、とつぜん薄の原になった。まるで平地になったみたいに一面に薄の穂が波打って、どこまでも広い。 「これは切り払って進むよりねェな。でもこんなところに池があるのかい?」 サンジがビビに聞いた。 「以前はこんな薄の原はなかったように思いますが、来た道に間違いはありません」 ビビが目を閉じてはっきりと言った。 「まぁ、とりあえず進んでみよう。他に道があるわじゃねェし」 「お前は簡単でいいな・・・」 ぼやきつつもサンジはルフィの言う通り、道を切り開いていく。ビビは少しだけ笑った。考えてみれば、3つの家の争いごとだったはずなのに、いつの間にかその生き残りが全員協力している。とても不思議で、そしてそれはそんなに悪いことじゃない。結び付けたのは。 「ルフィさん」 「ん?」 「ありがとうございます」 「おれなんかしたか?今頑張ってるのはサンジだぞ?」 と、ルフィが薄と格闘しているサンジを指差す。 「あーあー気を使ってくれてありがとうよ」 サンジがやる気のない声をあげる。 「サンジさんもありがとう」 「おれは美しい女性のために存在する男ですからなんなりと」 と、その時行く手の薄が、大きく白い波を打って持ち上がった。城の花のように、今度は薄が生きて立ち上がったかのようにみえた。が、それは薄ではなく、薄を押し分けて一人の男が立ち上がったのだった。 「こいつだ!城の中にいて、おれを突き落とした奴だ!」 と、サンジが口走って討って出ようか逡巡していると、 「あー、おっさんがサンジ助けてくれたのか。ありがとな。」 と随分呑気なルフィの声に水をさされて、やる気を失った。 「助けられたとは限らねェだろうが」 「結果助かったんだから礼言っとけよ」 「・・・アリガトウゴザイマス」 ビビがそんな場合でもないのに笑いを堪えた。そして、ルフィのせいばかりでもなく、目の前の男には、敵意はないような気がする。根拠はない。 (ルフィさんがうつったのかしら・・・)と少しだけ心配になった時、 「・・・おもしろい男だの・・・」 と、はじめて相手が口を開いた。 「あんたがここにいるってことは、堀に水を満たされたら困ることが起こるってことだな」 サンジが本題に入る。 「それほど困りもしないがな、用心するに越したことはないからここに来ていた。はじめて骨っぽい奴がきたから少し嬉しいのは確かだがね。しかし、城に入ったところで噂の宝はないぞ?」 「あー。宝はいいんだ。もう見つけたから。」 ルフィが言いかけると相手の姿は、にわかに薄のなかに沈んだ。ルフィの前に鋭い切っ先があらわれ、かろうじてそれをよける。 「危ねェな!いきなりなにすんだよ!」 「ほら、やっぱり敵だったろ」 「あのようなものはこの世に出てきてはいかんのだ!」 男は思いのほか強い力で太刀を振るった。よく見ればそれは刀ではなく杖であった。 「道具なんて使う奴次第じゃねェか!おれもちっと動かしてみたかったけどな!」 と、ルフィは杖をよけつつ反論する。すると男の太刀筋に迷いが生じた。ルフィはそれを見逃さず、薄に身を沈めると、男の右の足駄を蹴った。そのとき、ずしんと足下の大地が揺らいだ。爆発音につづいて、水の流れる音が聞こえた。 爆発音も、大きくはなかった。水の走る音も大きくはなかった。だがその水の音は着実に、力強さを増していった。 「ビビさま!堰はきりました。火薬を使って」 薄の原に女の声が響き渡った。尼の一人だった。男はルフィに足をとられて、ななめに倒れながら 「ビビ?」 と、その声の方に顔を向けた。ルフィはすかさず踏み込もうとしたが、 「待ってください!ルフィさん!」 ビビの声に拳を止めた。 「・・・あの・・・顔をよく見せてくださいませんか・・・?」 震える声でビビは男の肩に手をかけた。サンジがあわててビビに近づく。 「どうしたんだ?ビビちゃん」 「・・・今、ビビと言ったかね?」 男は足駄をぬぎすてて、杖を手に立ち上がると、ビビの顔を見据えた。 「・・・お父様・・・?」 「・・・ほんとうにビビなのか?」 男の声も震えていた。ビビの目から涙がこぼれた。 「はい。イガラムや、ここにいるルフィさんたちのおかげでここまで辿り着けました。ロビンさんともサンジさんとも今は協力しあっています。お父様・・・お一人で城を守ってくださっていたのですか?」 「・・・あぁ。城を捨てる覚悟はできていたのだが、まだ幼かったお前をイガラムに託していつか戻ることもあるかと思うと、手放せなかった。あのようなものでしか護ることができないことが残念でならん」 「ビビちゃんのお父様ってことは、あんたがネフェルタリ・コブラか」 サンジが男、コブラに向き合う。 「そうだ。お前は忍びの里の者だな。なぜビビと一緒にいる?復讐を考えているならやめておけ。あの男には気の毒なことをしたが・・・」 「あー、あいつのことなら気にしてねェよ。自業自得ってやつだ。おれは今巻き込まれてるだけさ。こいつに。」 サンジはルフィを指差す。 「そう、お父様。ルフィさんのおかげなの。」 ビビに言われ、コブラはルフィの方を向いて頭を下げた。 「娘がお世話に。それに三つの家の争いごとを解決してくださったとは素晴らしい。本来は私がそうしなくてはいけなかったところなのだが・・・あの花はあの城で血を流した3つの家の人間の血が凝ったもの。あの戦をかげで操っていた者がいたことに気づいたのはつい先ごろでな・・・」 「そのような者がいたのですか?」 ビビの顔が真剣なものになる。サンジの顔も同様だ。 「あぁ。クロコダイルという男だ。イガラムと供にこの城の家老職にいた男なのだがね・・・奴は、ネフェルタリ家の宝を狙っている。いや、あのようなものは宝なのではないのだが、護らなくてはいけないものだ」 「まぁ、あの軍船があれば、都へのぼって天下をとるのもたやすそうだしな」 でもビビちゃんしか動かせねェんじゃなぁ・・・と、サンジが独り言のように呟いた。 「積もる話は城にもどってからにしよう。堀に水が入ればあの花は力を失う」 「そうだ!花!どんな色になったか見に行こう!」 ルフィが元気よく言った。 「・・・お前ほんとに花の色が変わるかどうか見たかっただけか?」 「うん」 サンジがあきれたため息をついた。コブラとビビが少し笑った。 「ビビちゃんのお父様、ちょっとお聞きしたいんだが、あの火薬はなんのために?」 「あれはあの戦のあと私と供に落ち延びた、チャカとペルという者たちが、家のために調達してくれたものだ。彼らは諸国に渡って、城の再興に、と手を尽くしてくれている。私はもう戦はしたくないのだがね。それでも国を思う心遣いは嬉しく思っているよ。」 そういうコブラの顔はどこか誇らしげだ。家来の話、というよりも家族の自慢をしているように聞こえる。 「うん。おれおっさん好きだな」 脈絡のないルフィの台詞にコブラは笑って、 「私も君が気に入ったよ。どうだい?ビビの婿になってこの城を継ぐ気はないかね?」 「お父様!!」 ビビが赤くなって声を荒げた。 「・・・なんか和やかな雰囲気を壊すようで申し訳ないですけれど・・・」 サンジが至極真面目に口をきった。 「お父様の部下の名前は、チャカとペル、と言いましたか?」 コブラが怪訝そうな顔をする。ビビも同様だ。 「同じ名前の人間なんていくらでもいそうなものですけどね・・・」 ビビがはっとしてコブラに向き直る。 「その人、今コーザの後見人になってるってことは・・・?」 「いや?コーザとも会ったのか。チャカとは月に一度ほど会うのだが、そのような話は聞いていないな・・・」 「・・・お父様・・・そのクロコダイルという男の特徴は?」 「・・・?そうだな・・・それなりの美丈夫で、体は私より大きいくらいだ。顔に横一文字の大きな傷がある・・・」 「急いで戻らないとっ!」 「あの野郎!ナミさんとロビンちゃんになんかしやがったら殺す!」 サンジとビビが勢いこんで走り出そうとする。 「どうなすったのです?ビビさま?」 柔らかくゆれる薄の間を、尼が走ってきた。尼はサンジとビビと、そして見知らぬ男の顔を見比べながら、 「堰をきってはいけなかったのでしょうか。」 「いや、ありがとう」 これにはルフィが笑顔で答えた。その笑顔がもうはっきりしないほど、あたりは暗くなっていた。大きな日が沈んで、空はまだ朱に染まっている。だが地上では薄の白さが鈍くなっていた。 「火薬を持ってくるときに、堀に水を入れれば花の力がなくなるらしい、という話は誰かにしたかい?」 サンジがそれでもやんわりと、尼に聞いた。 「はい。池への別の道がないかチャカさまに聞いたときに」 尼がうなずくと、コブラが眉を顰めて、 「チャカといったかな?」 「えぇ、今コーザの城にチャカの名を騙って入り込んでいる男がいます。コーザもお父様の部下だということで信用してしまったのでしょう。彼は今、我々とこちらに来ています。そして、彼の風貌はお父様のおっしゃるクロコダイルのものと一致します」 「ならば早く城へ戻らねば!クロコダイルがあれを見たら・・・」 「あれとは?」 先に立って歩き出したサンジが振り返った。コブラは少しためらってから、 「地下牢の上の座敷には、今砂金の袋が、積んであるのだ。ネフェルタリ家再興のために、とチャカたちが用意してくれたものなのだが・・・」 「・・・ナミが見たら大変な気がする」 と呟くルフィは放っておいて、 「それを見つけているとすると、クロコダイルがどう出るかわからねェな。ここは二手に分かれた方がいいかもしれん。」 「どうするのです?」 ビビが聞くとサンジは立ち止まって、 「ここで二手に分かれよう。おれとルフィとビビちゃんが、まず下りて行く。ビビちゃんのお父様のことはひとまず黙っておいて、正体不明のまま殺してしまったことにしよう。なにも知らぬ顔で城に入って、あとは臨機応変。あぁ、君はお父様についてもらえるかな?いかがですか?」 サンジはコブラと尼に伺いをたてた。尼は黙って頷き、コブラは、 「君たちにまかせよう。くれぐれも娘をよろしくお願いします」 「では、先に行きます。ほれ行くぞ?」 サンジはルフィとビビを促して、歩き出した。坂道にかかると空はまったく暗くなった。下の方から火の色が動いてのぼってきた。チャカを名乗る男の配下の若ざむらいが、松明を手に、足軽鉄砲ふたりをつれてのぼってきたのだった。 「ビビさま、ご無事でしたか。せっかく城に入れるようになったのに、なかなかおいでにならないのでお迎えにあがりました。」 「心配かけました。誰も怪我はありません。」 ビビが笑顔を見せると。若ざむらいは頭を下げて、松明で足下を照らしながら先に立った。山道をおりきると、堀端に火が焚かれて、水を輝かしていた。城を覆っていた赤い花はあらかた落ちて、堀の水に浮いている。かがり火に照らされた花は、もう赤くはなかった。蔓も落ちて石垣にへばりついている。堀の橋を渡っていくと、なかから走り出てきたのはナミだった。 「あぁ、よかった!無事だったのね!花が落ちていったから、うまくいったのはわかってたんだけど、なかなかおりてこないから」 そう言ってナミはビビに抱きついた。そして小さな声で 「なんだか様子が変よ。気を付けて・・・」 「心配かけてごめんなさい。ナミさん。」 いいなぁ、と呟くサンジを尻目に城内に入ると、一間に燭台が灯っていて、チャカを名乗る男が待っていた。コブラの話を聞いたせいか、今までより一層酷薄そうにみえる笑みを浮かべていた。 「ビビさま。池で化けものが待ち受けていたそうだが、無事でよかった」 「はい。ルフィさんとサンジさん。三人がかりでなんとか倒しました」 「それは重畳、めでたいことだ。ではそちらの三人は地下におりて、牢に入っていただこうか。ビビさまはこちらに。」 男が言うと同時に板戸が開いて、足軽たちが鉄砲をかまえていた。ビビは眉をあげて、 「チャカ殿、これはなんの真似ですか?」 「ネフェルタリ家の財宝を化けものが見つけてくれたらしい。あとは軍船だ。地下牢もあるし火薬もある。ビビさまには聞きたいことがいろいろとあるので生かしておくが、他は生かしておいてもしかたがない。みんな一緒に火の粉になって、城の残骸とみわけがつかなくなればこんなにめでたいことはない。さぁ、立っていただこうか。あちらに尼たちも待っている」 「コーザはこのことを?」 ビビが問いかけると、 「殿はビビさまをお気に召しているようだ。あぁ、宝さえ手に入ればこんな小芝居もしなくてすむな。あの殿は世間知らずで実に扱いやすかった。」 「チャカというのは、そいつを信用させるための偽名か?」 「あぁ、そうだ。我ながらつまらん芝居をうったと思うが、まぁ報われたな。誰に殺されるかくらいは教えておいてやろう。おれの名はクロコダイルと言う。」
2006.2.27up あと1回で終わること希望。 ゾロが出ることも希望。
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