春で朧でご縁日

13.

 

「最初からだますつもりはなかったんだが、ちょっと深入りしすぎたな」

磨崖仏と向かい合った岩の上にひらりと飛び上がって、サンジはルフィに言った。

「・・・つまりサンジは黒装束組な印象か?」

ルフィが顔を顰めた。確かに初めて会った時は黒装束を着ていたけれど。

「もともとこちら側の世界の方なのでしょう。あちらの世界からこちらの世界への移動は慣れない者には難しいはず。それが本人は駕籠にも乗らず、更に師匠を連れて来られたのですから」

ロビンがあっさりと告げた。ナミが続いて

「だいたい一番最初に迷子札探しにあんたに接触してきたのサンジくんでしょ?あんな与太信じるのルフィくらいよ?それからだって、あんたのこと見張ってたとしか思えないタイミングの良さで現れてるでしょ。百万両の話だってあっさり信じすぎだし、ロビンとビビの協定をとりつけるなんて、事情を知らない人間にはできない発想よ」

言われてみればその通りかもしれないのだけれどルフィには腑に落ちない。

「わかってて、そのままにしておいたのかい?」

サンジが複雑な表情でナミに聞く。

「ルフィがあなたを気に入ってたからね。ひとつだけ聞いていいかしら。どうして私をここに連れてくることを承知したの?ルフィの足手まといにするために利用したとか?」

「ナミさんは足手まといなんかじゃないでしょ。単におれが少しでも一緒にいたかっただけ」

ナミがにっこり笑うとサンジの顔に下駄が直撃した。

「戻るわよルフィ!ここで戦っても勝ち目うすいでしょ!」

水が土に吸い込まれるように、尼たちは岩穴に戻った。鎧の大男は岩の上から、片手に持った槍をふった。

「皆殺しにしろ」

黒装束たちが一斉に襲いかかってきた。ルフィは石段をおりながら、頭上に岩を手探りした。手の先に鉄輪がふれた。それをつかんでぐっと引くと頭上の岩がせりだして、穴の口をふさぎはじめた。そこへ、黒衣のひとりが、短めの刀をぬいて、すべりこんできた。ルフィは無造作に腕を突き上げた。拳が黒衣の腹にささると、

「げっ」

といって、動きをとめた。その足の上へ、岩の扉がのしかかって、骨の砕ける音がした。同時に起こった苦痛の叫びを背に、ルフィは石段を駆け下りた。暗い穴の前方に、火が動いているのは尼たちが松明でもつけたのだろう。そのあとをルフィが追おうとすると

「ルフィ」

声をかけてきたのはロビンだった。

「急げよロビン。扉は閉まったけど、サンジがどうやってからくりかえたのかわからないからたぶん、錠はおりないと思うんだ。あいつら力技で扉をおしあけると思う」

早口にルフィが言うと、ロビンはうなずいた。

「わかっているわ。でも少し聞いて欲しいことがあるの」

「なんだ?歩きながら聞く」

ルフィが歩き出すと、ロビンは足早についてきた。ロビンは大きな息をついてから、

「あなたたちの世にいって、一族のためと追い求めた宝もこの目で見ることができたわ。あんな軍船だとは思わなかったけれど・・・あのジュゴンに似たものたちの様子を見ると、軍船を継承するのはやはりビビ様なのでしょう。もともと私の一族はネフェルタリ家から別れたもの。残り少なくなった一族同士、行きがかりを捨てて、ひとつになるときなのでしょう」

ルフィはジュゴンがどんな生きものだか聞いてみたい気がしたがここはそんな場合じゃないと思う。

「うん」

「そこでお願いがあるの。尼たちにも言い含めておきましたが、ルフィ。娘たちの力になってくれないかしら。姫を盛り立てて、一族が力をとりもどさなければ、里の者たちがかわいそう」

ルフィは少しだけ不審な顔をした。

「ロビンはどうすんだ?」

頭上で重苦しい音がした。黒装束たちが磨崖仏の下の岩の扉をおしあけているに違いない。大きな四角い岩が動いて、ずるっずるっと音を立てているのだろう。地底の川の淵に出ると、水の音が高いせいもあって、岩の音は聞こえない。

「なにしてんのよ!トロトロしてんじゃないわよっ!」

ナミの声がふってきた。

「機嫌悪ィなー。ナミ。」

「彼が敵であったことが堪えているのでしょう。」

「ナミとロビンは知ってたんじゃないのか?」

「確信はなかったわ。それにね、女心はなかなか複雑なのよ」

ロビンが微笑んだ。

「なるほど」

頷いてみたものの、ルフィにはなんのことだかさっぱり理解できていない。

「あのなーナミ。サンジにはたぶん、事情があるんだと思うんだよな。何回もおれたちのこと助けてくれただろ?」

「うるっさい!」

ナミの下駄が今度はルフィの額に当たった。

 

 鋼をたぐって、ルフィとナミが甲板にあがると例のロビン曰く、ジュゴンが、目まぐるしく動いていた。

「クォッ!」

ルフィに気づいた一匹が挨拶をする。

「おぅっ!ご苦労さん!」

ルフィが手を上げてそれに答えた。

「なに言ってるかわかるの?」

「わかんねェけど、がんばってる印象だろ?で?どっから降りるんだ?」

その顔はどうみても楽しんでるようにしか見えなくて、ナミが大げさにため息をついた。

 亀の甲のような甲板から梯子段をおりると、ビビや尼たちが、台の上に絵図を広げていた。柱の一本一本に、金網で囲った燈明台がついていて、そのなかで蝋燭が燃えている。蝋燭の皿は船が揺れても水平を保つよう仕掛がしてあるらしい。ルフィは物珍しげにあちこちを見てまわっていたが、やがて顔を顰めた。

「どうしたの?」

「窓がねェ。せっかく水の中見られると思ってたのに」

その顔があまりにもがっかりしていたので、一同は苦笑した。

「軍船ですから。景色を楽しむようには造られていないのでしょう」

「そういやさっきからなにしてんだ?」

ルフィはビビに訪ねる。忘れていたが、もうすぐ黒装束たちが追いついてくる頃だ。

「船の沈め方がわからないのです。この地の底の川から一番近い湖に出ようと思うのですが、そこへ出るには一度、水の底にもぐらねばいけません」

「船底に水を入れるのじゃない?」

これはナミだ。

「えぇ、船底にどうやって水をいれ、どうやって吐き出すか、それがわかりません。いつか誰かに教わったような気もするのですが、思い出せないのです」

「じゃぁ、とりあえず船を出そう!」

ルフィが言うとまたナミに頭を殴られる。

「それがわかんないって言ってんでしょ!」

「痛ェな!だから動かしてみれば思い出すかも知れねェだろ!黒装束そこまで来てんだぞ!」

「わかりました」

ビビは絵図をたたんで梯子段をあがった。たちまち2,3匹のジュゴンが走りよって前にうずくまった。ルフィは船を岸につないだ鋼に、手をかけながら、闇をすかした。闇の中に遠く、いくつもの火が浮かんだ。

「来たぞ、船を出そう。ロビン!早く乗れ!」

けれどロビンは一向に川淵から動かない。

「ロビン!」

ルフィの声に答えるように、小柄な影が、甲板に上がってきた。その影が鋼をひきあげるのを見て、ルフィは走り寄った。

「なにやってんだ!」

しかりつけるように言うと、尼は声を喉につまらせて、

「庵主さまは、ここを死に場所にされるおつもりです。あの者たちを滅ぼすために、命を使った最後の秘術をお使いになるそうです」

その声の終わらぬうちに洞窟の中いちめんが光り輝いた。黒装束が松明を手に、岸辺を追って来るのが見えた。ルフィは舌打ちすると、すとんと船から飛び降りた。

「ルフィ!?」

一直線にロビンに向かうと有無を言わさずロビンをかついだ。

「お前がいろんな術使えるのも強いのも知ってるけどな。刺し違えるつもりだってんなら連れてく」

ルフィはロビンを担いだまま、それだけ言った。

「離して。私の生きる意味はもう無くなったの。せめてあなたたちの役にたって死にたいと思うのはいけないこと?」

「別に今あいつらと戦わなくても、あとでちゃんと戦う時が来る。今全滅されても困るんだ。サンジだっているんだしな」

「まだあの者を信じている?」

「当たり前だ。それにおれはちゃんとゾロのとこに帰るんだからお前の遺言なんて聞けねェぞ!」

ルフィはなんとか甲板に飛び乗った。

「それは・・・困ったわね」

「おぅ。だからこれからのこときりきり考えろ。こっちの世界のことはお前が一番詳しいんだからな」

そのとき船室からあがってきたナミの声した。

「さっさと中に入りなさい。船がもぐるわよ」

 

 船室に戻ったロビンに尼たちは、むせび泣きをもらしながら駆け寄った。ロビンは困ったような笑みを浮かべていた。ビビは床几にかけて、台の上の絵図に右手をのせながら微笑した。水中をいく船は揺れて、柱の燈明台の中の蝋燭がななめになるのでそれがわかる。ルフィはビビのそばに腰をおろして、

「どうやって動かしてんだ?」

「船が動き出して、あの生きものにここに座るように頼まれました。なぜだかわかりませんでしたけれど、座っているうちにこの船は私の思いのままになる。そう感じた途端、船底に水が入ってきました。水を吐き出そうと思うと水は出て行くようです。舵の方は、ここでとるのですが、実際に動かしているのは、あのものたちです。」

「ジュゴンか」

「ジュゴンというのですか?」

「ロビンが言ってた。あいつらすげェな。」

「えぇ、ここに座るものの、心に感応してこの船は動くようです」

「おれが座っても動くかな」

「やめなさい」

またナミがルフィの頭を叩く。

「でも、結局このジュゴンと意思の疎通ができなければ、この船は動かせないわけでしょ?ならあいつらはそう簡単に追って来れないわけね。ルフィならうっかり動かせそうでこわいけど。」

ひとまずナミは息を吐いて、台の上の絵図を見つめる。古びた手書きの絵図は、地底の川筋を描いたものらしい。青く塗ったところを指で辿っていたビビが、顔をあげて、

「湖につきました。船を浮上させましょう」

「これから、どうするのです?姫」

ロビンがビビに聞くと、ビビは少し首をかしげて

「父の友人を訪ねようと思います。城がどうなっているか聞きたいのです。トトおじさんは、幼い頃の私をかわいがってくださいました」

「それはいきなり城へ戻るよりよいかもしれませんね」

ロビンがうなずくと、ビビは台の上に片手をおいて目を閉じた。黒光りする台の表面に、朱漆をいれた彫刻があった。梵字に似た、岩の戸にあったのと同じ紋様だ。ビビはその紋様の上に平手をおいて目を閉じたのだった。たちまち船のまわりに水音が起こった。足の下から水音は起こって、船の左右に立ち上っていった。

「おもしろー!!おれもやってみてェ!」

「おもちゃじゃないんだからね・・・」

ルフィとナミとのやりとりをロビンは微笑して見つめた。

 

 浅瀬には船は入り込めず、岸までは小舟を出して近づいた。船べりの内側に何艘もとりつけてあるようだったが、三艘で全員が乗れた。三艘の小舟が岸について、一同が陸に上がっても、様子を見に来る人の姿はない。

「ビビ、船、流されてるんじゃない?」

と、湖面を振り返って、ナミが口走った。三艘の小舟が、すばらしい早さで湖心にもどろうとしていた。

「大丈夫、盗まれたり壊されたりしないように、ジュゴンたちが曳いていったのです」

とビビは微笑して、

「さぁ、行きましょう」

赤っぽい土の道を進んでいくと、防風林にかこまれて、藁葺き屋根の家がいくつもあった。だが、犬の鳴き声も馬のいななきも聞こえず、まるで無人の里のようだった。

「誰もいねェのかな」

ルフィがつぶやくと、すぐ後ろでナミが答えた。

「みんな逃げたのかしら。湖からあんな甲虫みたいな船があらわれたんだから、のんきにはしてられなかったでしょ」

 家が途切れて川が流れている。あまり川幅はひろくない。土でかためた橋がかかっていた。その橋をわたりかけた時、前方の林から一群のひとがとびだして、道に並んだ。横に並んで片膝をついて、鉄砲をかまえたところを見ると足軽だろう。人数は5人。組頭ふうの武士が足軽たちの背後に立っている。

「うしろにも鉄砲隊がいるわ」

ロビンの声が低く告げた。ルフィが振り向いてみると、鉄砲足軽がやはり5人。背後をふさいでいる。

「お前たちは、なにものだ。どこから来て、どこへ行く?」

組頭の武士が叫んだ。

 

「確かにそれはネフェルタリ家に伝わる銘刀のようだ。見たことはないが、話には聞いている。なによりも幼い頃の面影が残っている。ビビ、おれを覚えていないか?11年前にはよく遊んでいただろう」

ビビは考え込むように目の前で微笑する男の顔を見つめた。精悍な顔つきの、真面目そうな男だった。額から左目の横にかけて傷があるが、それが人相を悪くすることはなかった。ビビははっとしたように呟いた。

「コーザ?」

「そうだ。思い出したか」

山すそに白壁をつらねた屋敷の中にビビたちはつれてこられていた。ビビの知っている屋敷の当主、トトは既に隠居をしていて、家を息子にまかせ、現在は弟の営む温泉宿に、湯治に出かけているとのことだった。現在の当主、コーザは、どうやらビビと面識があったらしく、素性を疑われたり、危害をくわえられたりすることはなさそうで、一同はひとまず安心した。

「名誉の負傷というやつでしたかな」

「チャカ!」

コーザの後見役であるというチャカという男が呟いたのをコーザが諌めた。ビビの顔が少し暗くなった。

「やはりあの時の・・・。傷が残ってしまったのですね・・・」

「別にお前が気にすることじゃない。傷は男の勲章だというしな。それよりもこの10年どうしていたのか聞かせてくれないか。」

コーザが笑った。

「なにか感想はある?」

ビビの後ろに控えていたナミが同じく後ろに座っていたルフィにこそりと話し掛けた。

「ん?なんかいい奴そうな印象・・・かな?」

「それだけ?」

「なにが?」

「むかむかしたりは?」

「?いや、別に・・・」

「決まりね」

「だからなにが?」

「なにか?」

こそこそと話す二人に声がかかった。チャカだった。

「あの二人、幼なじみなんですね。」

ナミがそつなく聞くと、

「あぁ、私はよく知らないが、コーザ様のあの傷は、どこかの姫をかばった時についた傷だと聞いてます。その姫がビビ様だったようですな。しかし、今更戻られたところで・・・」

どうだというのだろう。ルフィとナミが少し眉を顰めたとき、

「城は今、どうなっているのでしょう」

ビビが聞いた。コーザとチャカは顔を見合わせて、少しの逡巡のあと、

「あの城には誰も近づきません」

とチャカが首をふった。

「十年前の戦のあと、ほとんどの人々が行方不明になった。さまざまな噂があって、邪神が怒って、皆谷に吸い込まれたのだとか、忍びの里の一族に皆殺しにされたのだとか・・・親父も気にして人を遣わせたのだが・・・」

「四人目を遣わそうとしたところを止めたのは私です」

「前の三人が戻ってこなかったのですか?」

ビビが聞くとチャカは重い息を吐いて、

「うちの周りでも小競り合いが多く、それに巻き込まれないようにするだけでせいいっぱいだったのですよ。城は荒れ朽ちてしまったとか、ネフェルタリ家の亡霊が出て人を近づけない、とか噂はさまざまですが、とにかくあの山と谷には誰も住んではいないそうだ」

「それでは私今から行ってみます。コーザ、チャカ殿もお世話になりました。」

「待てビビ、城が心配なのはわかるが、今から立ったのでは、どんなに急いでも夜になってしまう」

と、立ち上がるビビをコーザが手を振って止めた。チャカも膝をすすめて、

「そうですよ。姫もお連れ様もお疲れのご様子、今夜はここでお休みになって、明朝にお出かけになればいい。その時には手勢もつけましょう。」

「それがいい」

と、コーザはまた脇息をたたいて、

「山城にはなにがいるかわからんからな。いくさのしたくをしておれも行こう」

「ありがとう、コーザ」

ビビは頭を下げた。しかし、

「殿、それはいけません。」

と、チャカが口を出した。チャカはビビにむかって

「姫にはおわかりいただけましょう。殿はこの館の主にございます。しかもまだお子がない。この一族、また、里びとのためにも大事をとっていただかなければ。」

「わかっているが、ビビの親父殿には、おれも、おれの親父もたいそう世話になった。それに幼なじみがこうして頼ってきてくれたのを、知らぬ顔はできん」

「わかっております」

チャカは眉をつりあげる主人を片手でしずめて、

「知らぬ顔をしろとは申しません。殿よりもよく、この辺りの地勢を知りいくさにも慣れたものが手勢をつれて姫の手伝いをしますので、まずそのものにおまかせあれ、と言っているのです。」

「誰のことを言っているのだ?」

「この私でございますよ。」

と、チャカは胸を張った。

 

あくる朝、山城へ通ずる林間の傾斜を、一同はのぼり始めていた。頭上には鳥の声がみだれて、平和な山里のたたずまいだったが、ビビの顔は決意にこわばっていた。

「おいビビ、いまからそんなツラしてると城に着くまでにくたびれるぞ。」

と、ルフィが声をかけた。コーザのところの若ざむらいが、先頭に立っている。チャカが鉄砲隊十人、若ざむらい五人をつれて、つきそっているのだ。言うだけあって、チャカの足取りはしっかりしていて、息ひとつ乱れていない。

「そういえば姫、こちらまで船でやってこられたとか」

チャカが不意にビビに尋ねた。ビビが困惑していると、

「いいえ?どなたからお聞きになったのか存じませんが、なにかの間違いでしょう。私たちは山すそを歩いて参ったのですよ」

ロビンが微笑んでかわした。ビビがほっと息を吐いた。崖のすそをまわる道をすすむと、目の前に山城があらわれた。コーザの屋敷の白壁と対照的に血のように赤く、異様なかたちにそそり立つ山城は、巨大な蟻塚のように見えた。

「なんだ、これは」

チャカが口走った。ビビも呆然として、

「どうしたことでしょう、いったい」

「とりあえず、もう少し近づいてみるか」

 真っ赤な蟻塚に通じる道を一行はすすんで、堀へ達した。堀にはわずかに水がたまっていたが、その水も赤く見えた。人々が近づくと、赤い城はゆらめいた。

「花だ!」

と、先頭の若ざむらいが叫んだ。巨大な真紅の蟻塚のみたいに見えたのは、石垣から櫓から、とがった屋根まで、城がいちめん、真っ赤な花におおわれていたからだった。幾百万ともしれぬ花が、風もないのにぞわぞわと動いて、城がゆらいだように見えたのだ。だれにともなくビビが言った。

「これは・・・なんの花でしょう」

「蔓草が壁をおおって、それに花が咲いているのでしょうが、はじめて見ます。このような花は」

「キレーだけど、なんかヤな感じだな。あんまり近づかねェ方がいいと思う」

 堀には、はね橋がおりていて、城内に入ることはなんの造作もなさそうだった。チャカに促されて、若ざむらいはおそるおそる橋を渡った。橋板はくさっている様子もなく、若ざむらいは門の近くまですすみよった。そのとき城内から出てきたものがあった。全身真っ赤なものだった。足が二本あって、よろよろと歩いているから生きものなのだろう。けれどその全身は赤い花でおおわれていた。

「引き返せ」

と、ルフィはさけんだ。が、若ざむらいは太刀を抜いて赤い生きものに斬りかかっていた。生きもののからだから、赤い縄のようなものが若ざむらいに飛びかかった。赤い縄のひとすじは、若ざむらいの手の刀に巻きついて、ふたすじに切れた。切れながらもその赤い縄のようなものは、若ざむらいの手に巻きついていった。ビビが若ざむらいの元へかけよろうとするのをロビンが止めた。

「そばに寄ると、蔓がとびついてくるわ」

「でもっ」

赤い生きものはよろよろと両足を動かしてこちらに向かってくる。足軽たちがおびえた声をもらして、あとへさがった。赤い生きものは人間だった。ただそのからだから無数の赤い花が咲いていた。赤い花の一部分が縄のようになって、若ざむらいにとびかかったので、そのあとに顔が見えた。顔は、昨日会った黒装束の首領と思われる鎧の大男だった。

「姫を置いて出て行け。この城も城の財宝も、あの軍船も全部、おれのものだ。」

それだけ言うと男は橋の上にばったり倒れて、両手をむなしく動かした。

「わが軍勢がこんな花ごときにやられるはずはない。20年かけてやっとみつけた宝をみすみす・・・」

声がどんどん弱弱しいものになっていく。首や胸元や手の甲、細い蔓がつきささって、血を吸いとっているのがはっきりと見てとれた。花はひらいたり閉じたりしながら、蔓の先をうごめかしている。黒装束の軍勢は、どうやらこの花の犠牲になったらしい。

「サンジは?サンジはどうした!?」

首領は全身を花でおおわれて、もう手足の動きもままならないらしい。

「あの男は・・・地下牢に落ちた・・・が、もう花に食われているだろう・・・お前たちが来るだろうと、先回りしていたのに・・・なんということだ」

首領の声はだんだん弱まってきた。

「こんなところでこのおれが・・・死ぬはずがない・・・これから・・・あの軍船で・・都に攻め上って・・・」

 

「あの城に地下があるのか?ビビ」

と、ルフィが聞いた。一同は林の中へ後退して、苦い顔をあつめていた。

「地下牢、でしょうか。穴倉と言い聞かされていたものなら確かにあります」

と、ビビは答えた。ルフィはうなずいて、

「サンジはそこにいるんだろう。あいつがあそこで嘘吐く理由はねェもんな。あの城にはなにかが住んでるみたいだな。そいつがたぶん、花をあやつってる」

「あの花をさけるのは難しいな」

チャカが舌打ちして、

「斬れば斬るほど増えることになるだろう。鉄砲でもびくともしない」

ここへ引き上げてくる前に、チャカは鉄砲を城の壁に射ちこんでみたのだ。チャカの腕は確かで、小さな赤い花のひとつを狙った。花は銃弾をうけて、飛び散った。蔓がちぎれて蛇みたいにのたうった。壁をおおっている無数の花が、生きているかのようにいっせいに動いた。それだけだった。銃弾で散った花の他には死んだ花はなかった。それを思い出して、ビビは眉をひそめて、

「火をかけたら、どうなのでしょう」

「焼けば死にそうだけどな。でもそしたらビビの家も焼けちまうぞ?」

「やむを得ません」

「火をかけるのは最後の手段でしょう。ひとまず城の中に入る方法があれば・・・」

ロビンが言うと、ビビが答えて

「それならば、入れないことはありません。十年前のことですが、たぶん、大丈夫でしょう。城には抜け穴があります。私は城から落ちたときにはつかえました」

「とりあえず、行ってみるか」

一同は林を出て、血の花におおわれた城の裏手へ、山道をのぼっていった。

「ここです」

と、ビビは立ち止まった。山腹に小さな神社があって、社殿の裏の板壁をはずすと、暗い階段が見えた。

「忍び込むなら人数は少ない方がいいだろ。ひとまずおれ一人で行ってくるからお前らここで待っててくれねェか?明日までなんの動きもなかったら、火をかけるなり、好きにしていい。ロビン、ビビとナミを頼んだぞ」

と言って、ルフィがさっさと階段口へ入り込もうとしたのをビビとナミがあわてて止める。

「どういうことよ!」

「城の中まであの花いたら、ナミとビビ二人は守れねェかもしれねェから、とりあえず様子を見に行ってくるって言ってんだけど。」

「邪魔って言いたいの?」

「うん」

「・・・わかったわ。しっかり待っててあげる。」

「無茶はしないでくださいね」

「二人のことは心配しないで」

ナミ、ビビ、ロビンに次々と声をかけられる。

「おぅ、なるだけ早く戻る」

軽く返事をして階段口に入ると、上からナミの声が聞こえた。

「ねぇルフィ!ついででいいんだけど、もし、私の下駄が落ちてたら拾ってきてくれない?」

ルフィは少し笑った。ナミはあまり素直じゃない。

「おぅ!まかせとけ!」

元気よく返す。ルフィは最初からそのつもりだ。

 

 

 

 2006.2.18up

 

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