春で朧でご縁日

12.

 

 目の前でゾロがゆっくり倒れていった。目に映るのは夥しい血の赤。

ルフィはすぐに駆け寄って確かめたいのに、体が動かない。ゾロの背中からはドクドクと血が流れ出している。目の前が全て赤にそまった。

 

木こりの小屋のなかで、ルフィは熱にうかされていた。腹はたいして痛くはないのに体が鉄のように重い。全身があつくてじっとしていられないから寝返りをうとうとするのだが体が重くて動かない。このままだと全身が固まってしまいそうな気がして、ルフィは懸命に体を動かそうとした。

「動かない方がいいわよ。あせらずに、ちゃんと寝てなさい」

遠くで、女の声が聞こえる。ナミの声らしいが、はっきりしない。炎のなかを通ってきて声がゆがんでいるみたいだった。目をひらくのも大変な努力がいったが、やっと目蓋をあげてみると朧月があった。

額になにかがのせられた。濡れた重いものだったが、つめたくて気持ちが良かった。冷たさが増すと、重さはしだいに感じられなくなっていった。ルフィはゆがんだ声の言う通り、体を動かすのをやめて眠ろうとした。額の冷たさがひろがるにつれて、眠れそうになった。そのうちに、また濡れたものを腹に当てられて、びくりとして目を開いた。いつの間にか、目蓋が重くなくなっている。また朧月があったが、見つめているうちに目と鼻がついてきて、ナミの顔になった。

「いまは夜か?昼か?」

と、ルフィは聞いた。自分の声が自分にもよく聞こえなかった。だからナミにはなおさら聞こえなかっただろう。

「大丈夫よ。こんどの旅じゃあんたが立役者なんだから。みんな、あんたがよくなるのを待ってるわ」

と、ナミがにっこりした。ビビがかたわらから手をのばして、ルフィの額に大きな木の葉のようなものをのせた。べったり濡れてつめたかった。

「これ、なんだ?」

ルフィが聞くと、ビビはルフィの額にのせたものを少し持ち上げて、

「大きな木の葉です。ロビン・・・さんがとって来ました。それに泥をぬりつけてあります。木の根をかわかしてくだいたようなものを、泥に混ぜていたようですが・・・」

「こんなものが効くのかと思ってたけどね」

と、ナミが顔をみせて、

「泥がかわいたら、あんたの顔色がずっとよくなったわよ。うわごとも言わなくなったし」

「・・・おれ、なんか言ってたか・・・?」

ひどくこわい夢をみていたような気がする。だいぶはっきり話せるようになってきた。

「なにを言ってるのか聞こえなかったが、唸ったり焦れたりしてたな」

と、枕元でサンジの声がした。

「あら?私は聞こえたような気がしたんだけど、気のせいかしら」

ナミが笑いを帯びた声で大変気になることを言った。なんとなくだが、ルフィにも覚えがあるのだ。隣で長く息を吐く音がした。隣のビビが吐く息だった。

「・・・心配かけてごめんな。」

「いえ、こちらの方こそ、至らないばかりにご迷惑を・・・」

ビビが震える声で言った。泣くのを我慢しているらしい。ビビにとったらルフィのケガは自分をかばったせいだと言える。

「えーっと。おれが失敗したんだ。ほんとはもっとこぅ、うまくつかめるはずだったんだけどな。思ってたより、着地するスピードが速かったんだよ。空中で止まれないのは不便だな。」

ルフィは慌てながらも、至極真面目に言った。ゾロもこんな感じだったのだろうか。

「おれ、もぅ、元気だからな。今は夜か?昼か?」

「夜中だよ。おれたちの顔がはっきり見えるのは、月の光のせいだ」

「あれからどのくらい経ってる?」

「まる一日と少し」

「・・・動けねェのは腹減ってるからだな。」

「・・・なにか用意してくるよ」

サンジが笑って立ち上がった。ナミも笑った。ビビは少し困ったような顔をして、それから

「ありがとう。ルフィさん。助けてくれて。」

「うん。皆無事でよかったな」

言ったら頭をたたかれた。ナミだ。

「無事じゃないでしょ。今度はもっとうまく助けなさいよ!」

ナミに怒鳴られると、不思議と頭がはっきりしてくる。

「うん。次はもっとちゃんとする。おれもケガしないようにがんばるな。ビビもナミもサンジもありがとう」

ルフィが笑って言った。

「・・・アンタその顔で笑えば、なにもかも水に流せるとか思ってない?」

「は?」

「・・・いいけどね」

思わず額を押さえるナミに、ビビが笑った。

 

 翌日にはルフィは全快していた。あくまでルフィ基準だが。傷も痛まないし、熱も完全に引いたようで、体は元の通り、すっかり軽い。となりの小屋にいた、ロビンや尼たちにも礼と詫びを言い、ロビンはルフィの様子を見て、すぐに出発することにした。

「歩けますか?ルフィさん」

ビビがまだ心配そうに声をかけてきた。

「心配すんな。もう治ってっから。ビビこそ平気か?おれのせいであんまり寝てねェんだろ?」

「大丈夫です。交代で横になってましたから。あの・・・ロビンさんも心配されてました」

ビビは微笑した。ビビとロビンの間にあるわだかまりは、そう簡単に解けはしないだろうけれど、少しは歩み寄れているのだろうか。だとしたら嬉しい。ルフィはにっこり笑った。

まばらに日光の降り注ぐ、雑木林の中を一同は歩いた。またいつ黒装束の奇襲を受けるかと周りに気を配っていたが、怪しいものの影はみつからなかった。間もなく雑木林がつきて、右手には段畑がのびあがっていた。左手には山並みがそびえている。

「峠を越えると、私どもの生まれた里にございます」

ロビンの声が凛と響いた。

 

夕方、古い山寺に一行は辿り着いた。寺には誰もいなかったが、荒れはててはおらず、

「わたしどもが留守の間、村の方々が掃除にきてくだすったのでしょう」

と、行灯に灯を入れながら尼の一人が言ったので、ルフィたちはここがロビンの尼寺であることを知った。庫裡の八畳で、ルフィたちが夕飯をすませたところへ、ロビンが一人で入って来た。

「これから、秘宝の所在を知るために、呪法を行います。ルフィに立ちあってほしいのだけれど」

「ん、わかった」

ルフィが座敷を出ようとすると、ビビが心配そうに、

「あの、その立会いはルフィさんじゃないといけないのですか?」

迷子札はルフィが持っている。もちろん心配はそれだけではないのだけれど。

「そうですね。この中で、一番精神の力が強い人を選んだつもりなのですが・・・」

「そんな心配するなビビ。こいつ悪い奴じゃねェから」

と、笑ってルフィはロビンについていった。本堂の右手に白い土蔵づくりの堂があって、なかは暗い。ロビンに続いてルフィが入ると、うしろで誰かが扉をしめた。火打ち鎌の音がして、燭台に火が灯った。その黒い壁には、見覚えがあった。この世界への入口だった、あの土蔵造りの別棟と同じ模様なのをルフィは思い出した。

「また違う世界に行くとか?」

「いいえ」

「そっか。で?おれはなにをしたらいいんだ?」

「なにも」

「なにも?」

「立ちあってください、と言ったでしょう?なにもしないでそこにいてくれればいいわ」

ロビンは経机の上に紙をひろげて燭台を引き寄せた。紙には絵とも字ともわからないような柄が墨で濃く書かれている。

「ただ見てるってのは退屈だな」

「では、なにか話していて。なんでもいいわ」

 それも難しい。と思いつつ、ルフィは訥々と話し始める。

「ロビンはそうやってなんでもできるのに、なんでそんな昔の宝なんかにこだわるんだ?別に金が欲しいんなら、いくらだって稼げるだろ?」

こんな風にあの世とこの世を行き来できるのだし、この世界にはルフィの世界にはない珍しいものもたくさんある。いくらだって商いをひらけそうだ。

「そうね。きっと昔のことだからこそ拘るんだわ・・・」

たぶん、ビビがそうであるように、ロビンにもたくさん背負っているものがあるのだろう。

「よくわかんねェけど、ロビンはあんまり楽しそうじゃねェからさ。ビビは自分の生まれたトコに帰れてちょっと嬉しそうなのに、ロビンにはそういうのもなさそうだ」

ロビンの紙を繰る手が止まる。

「あなたはいつも楽しそう」

「楽しいからな。これでゾロがいれば言うことねェんだけどな」

ロビンがくすりと笑った。

「よほどロロノア様が好きなのね」

「うん。ゾロはかっこいいし、強いし優しいしな。一緒にいると落ち着くし。でもちょっとだけ苦しいのもあって、離れたら治るかと思ったらもっと苦しくなった。わけわからん。」

ルフィが顔を顰めるのを見て、ロビンは少し驚いたように目を大きく開いた。

「アハハハハ」

いきなり笑い出したロビンに今度はルフィが驚く番だった。

「てっきりお姫様の方だと思ったら、殿様の方だったのね」

「は?なにが?」

初めて見るロビンの大笑いにルフィはあっけにとられるばかりだ。

「そのこと、誰かに話したことは?」

「いや?ない、と思うけど。」

「なら、そんな告白を聞いたのは私が初めてなわけね。光栄だわ」

なにがどう、告白なのか。そもそも告白ってなんだろう、と思いはしたけれどルフィの口から出た言葉は質問ではなく、

「・・・お前そやって笑ってろ。なにが面白かったのかわかんねェけど、その方がずっといい。」

するとロビンの笑いは止まってしまって、ルフィは少し残念だと思った。

「きっと殿様もお姫様も、あの師匠も、みんなあなたのことが好きなのね」

「おれもみんな好きだからな。ロビンのこともだぞ?」

ロビンの手が広げた紙を重ねると、今度はそれを引き裂いた。まるで一枚の紙のようにすっすっと細く裂くと、燭台の蝋燭にかざした。ロビンは炎になった紙切れを青銅の火鉢に投げ込んで、

「・・・宝がどこにあるかわかったわ。明日、案内するから今日はもう、お休みなさい。付き合ってくれてありがとう。」

そうして笑った顔はなんとなく淋しそうだった。

 ルフィが庫裡に戻ると、ナミとビビが、同時に口を開く。

「ルフィ、おまじないは効いたの?」

「ルフィさん、なにもされませんでしたか!?」

ルフィは少し笑って、

「まじないは効いたみたいだ。ロビンには宝のありかがわかったって。明日つれてってくれるそうだ。んで、おれは、まじない見ながら喋ってただけだから、なにも術とかかけられてねェと思うぞ?ビビもそう心配すんな」

「場所は教えてくれなかったのか?」

これはサンジだ。

「聞いたってわかんねェしな。」

「私たちが抜け駆けするとでも思ってるんじゃない?ルフィ。あんたちょっとあの女信用しすぎよ。言っとくけど一応手を組んでるだけで、いつ敵にまわるかしれないのよ?」

ナミの言うことは正しい。けれどやっぱりロビンは悪い奴でないとルフィは思ってしまうのだ。

「まぁまぁ。明日になれば、否応もなく事態は進展するんだから。ひとまず今日のところはゆっくり休むことにしませんか?」

と、サンジが苦笑した。

 

 岩の道がくだりになって、むこうに崖がみえたとたん、ルフィは息を飲んだ。崖いっぱいに仏像が並んでいたからだ。実際には仏像かどうかもルフィにはわからないのだけれど、崖を彫られてルフィを見下ろすその像たちは、なんとなく威厳に満ちていて、この世界の仏さまだったりするのかなぁ、と漠然と思ったのだ。尼たちは、身軽に小道を下りていき、ルフィはビビの手を引いて、そのあとに続いた。ロビンは仏像に近づくと、ルフィを振り返り、

「あれを御覧なさい」

 指差す方を見ると、仏をきざんだ崖の裾が、ひとところ四角く残されて、そこに梵字のような紋様が記されている。もちろんルフィは梵字など知らないので、ナミの受け売りだ。近づいてみると、紋様のひとところに、岩の割れ目のような穴があった。

「そこが鍵穴よ。一の札から順番に落としていくと、扉が開くはず」

ルフィは顔を輝かせた。ゾロの言うことは当たっていたらしい。なんとなく嬉しくなって、ふところに手を入れた。手ぬぐいにつつんだものをとりだして、手の上でひろげながら、

「早速開けるけどいいか?」

「えぇ」

ロビンは低く言った。その声は少し震えているようだった。ルフィは迷子札をつまみあげて、まず一の札を、岩の割れ目にさしこんだ。なんの物音もせずに迷子札は吸い込まれた。尼たちも、ビビも、ナミもサンジもルフィの手元を見つめて、息を飲んだ。

「二番目だ」

迷子札が日差しを受けて、きらりと光った。

「三番目」

小判がたの金属片は穴に消える。

「四番目、五番目」

次々に迷子札を差し込んで、手ぬぐいだけがルフィの手に残った。手ぬぐいをふところにしまいながら、最後の札を岩穴に落とすと、ルフィは数歩下がった。だが何事も起こらない。なんの物音もしない。ひょっとして、番号を間違えたのだろうか。せっかくゾロに教えてもらったのに、とルフィが不安になりかけた頃、岩の中で、重苦しい音がして、四角い岩が動き始めた。四角い岩が崖にめりこみはじめたのだ。

「階段があります」

岩の隙間を覗き込んで尼のひとりが言った。岩はなおも後退を続けて、そのあとに開いた穴から、つめたい風が吹き上げた。

「龕灯の用意を」

と、ロビンが低く言った。火打鎌が鳴って、龕灯の蝋燭に火がついた。その光に今は大きく開いた穴が、階段になって深くおりているのが見てとれた。

「宝は地の底ってわけ」

「おりてみましょう」

ナミとビビが頷きあうと、

「待った、ここはおれが先に行きましょう。幸か不幸か、こういうことにはなれてるんでね。一人を除く皆の進路はおれが切り開きましょう」

と言って、サンジが階段を降り始めた。サンジのあとに続き、尼たちが次々と穴に沈んでから、ロビンに渡された龕灯で足下を照らして、除く一人っておれだろうなぁ、と思いながら、ルフィは階段をおりた。

「どこまで降りてもきりがねェな。横穴もねェようだし」

と、サンジの声が響いた。ひとがふたり、並んで降りられるような石段は、どこまでも続いて、闇の底はなかなか来ない。

「やっと地の底らしいが、千両箱なんてのはないようだぜ。地下道がまだ続いてるようだが、進むかい?」

階段のつきたところは大きな横穴になっていて、横幅も広く、天井も高く、かすかに風が吹き抜けていたが、龕灯で照らしても、サンジの言う通り、財宝の箱らしいものはどこにもなかった。

「そりゃここまで来たら進むよりねェだろ?」

なぜかルフィが答えた。

「そうですね。それよりないと思います。」

「えぇ」

ビビとロビンの同意を得て、一同は進んだ。足下は平らですべるようなことはない。

「いくら大切な宝だからってこんなトコまで運ぶもんかしら。入口のからくりだけでも十分だと思うけど」

ナミが考え込むように呟いた。

「まぁ、行くところまで行ってみりゃぁ、わかるだろ」

ルフィはどこか呑気だ。単にこの状況を楽しんでいるだけなのかもしれないが、ナミにしてみたら、あまり気味のよいものではない。

「水の音がしますね。入口の階段は人の作ったものだけれど、この洞穴は自然のもののような気がします。」

ビビが呟くと、ナミがふりかえって、

「私もそう思うわ」

水の音は大きくなって明るさが増した。

「川だ。地の底を川が流れてやがる」

と、サンジの声がして、洞穴は川に行き当たった。それもかなりの広さの川で、流れはさほど早くはないが、薄白く輝いて、深さはかなりありそうだった。その川の途中へ、横穴は抜けていたのだった。川の両側には小石の道があったが、橋は見当たらない。だが、地底の川を見た驚きに次いで、もっと人々の目をみはらしたのは、川に浮かんだ大きな影だった。

「・・・こりゃぁ、船、か?」

サンジが影に近づいて、ふりあおいだ。ルフィが龕灯の光を向けると、巨大な甲虫みたいな姿が浮かび上がった。

「こっちの船はみんなこんな格好してるのか?」

ルフィが聞くとロビンが答えた。

「こんな大きな船は見たことないわ。それにこんな格好の大船は書物でも見たことがない。普通の船ではないと思うわ」

「そうなのか?でもかっこいいよな」

ルフィは目を輝かせながら、龕灯の光で船を照らしながら川べりを歩いた。鉄板をあちこちに使った頑丈なつくりを、ロビンは見回しながら、

「これは軍船かもしれない」

と、呟いた。

「それではこの船が財宝ということに?」

ビビが聞いた。

「おそらく。この船は水底にも潜ることができそうです。きっと今のこの国のどこの大名も太刀打ちできない兵器となるでしょう。機が熟したらこの軍船で都に攻め上って天下をとれ、という意味で秘宝と言い伝えられたのでしょう。それが黄金の山ということにいTの間にかなってしまったようだけれど」

ロビンが苦笑すると、ナミが悲鳴を上げた。

「金銀財宝じゃないの!?私のお宝!!こんな面倒なものどうやってわけるっていうわけ?当てが外れたなんてもんじゃないわよ!」

「いや、でも小判以上の財宝といえば財宝だよ。欲しがる大名がいくらもいる。」

怒り心頭なナミをなだめながら、サンジは船を見遣る。

「それに不思議なこともある。地の底の川に長い間繋がれていた船にしちゃぁ、ずいぶんと手入れが行き届いてる。」

「・・・それもそうね、ってルフィ!あんたそこでなにしてんのよ!!」

ナミが見上げた先にルフィがいた。いつの間にか船上に飛び上がっていたのだ。

「すげェぞ!!船なのに、一面屋根に覆われてる。空から攻撃されねェようにだな。でもどこから入るんだろ・・・おぉ!ここに蓋みたいなのがある!中入れねェかなぁ・・・」

ナミやサンジの話もロクに聞かず、ルフィは軍船に夢中だった。ナミは気を取り直して船を覆った屋根板をつなぎあわせた鉄板に手を当ててみながら、

「・・・川底に沈みっぱなしになってたのなら、錆びないこともあるかもしれないけど。蝶番にはちゃんと油もさしてあるみたい・・・」

「この軍船を昔から守っているものがあるのかもしれない」

と、ロビンが言ったときだった。川の水が一際高いしぶきをあげて、川底からなにかが飛び出してきた。龕灯の光に照らされたものは、亀のような、魚のような、それでいて獣のような、ヒトのような、とにかく見たことのない生き物だった。

「気を付けろ!一匹や二匹じゃねェぞ!」

サンジが叫んだ。ルフィの背後にもいつの間にか、生きものの気配があった。ルフィはからだをまわして、つかみかかってくる生きものを突き飛ばした。

「殺してはなりません。このものたちが、たぶん船をまもっていてくれたのです」

と、ロビンの声がした。サンジの声がそれに答えて、

「といっても、こいつ言葉は通じねェようだよ。その上こう数が多くちゃキリがねェ」

口走りながらサンジは生きものと揉みあっているらしい。ヒレのような手がルフィの腕をつかんだ。その手を払って捻り上げながら、ルフィは大声で、

「間違うな!おれたちは敵じゃねェ!」

「だからルフィ!言葉は通じないんだってば!」

と、ナミの金切り声が聞こえた。

「手を引いてください。私はネフェルタリ・ビビです」

暗闇の中にビビの声が響いた。その声は、呪文のようだった。もう、大店の娘ではない。誇りに満ちた、澄んだ声だった。

「わたしは、ビビです」

凛とした声が、闇に響くと生きものたちは奇妙な声をあげた。奇妙な声をあげながら生きものたちは船上にひとかたまりになった。

「クォッ」

そうして一斉に頭をさげた。

「よかった。これで片付いたな」

と、ルフィは生きものたちに囲まれながら、船上にすわりこんだ。

「お前ら足ないのに立てるんだなー」

生きものには、手の代わりにヒレ、足の代わりに魚の尾がついているのだけれど、器用に立ち上がっている。本来は水の中に棲むものらしい。背中と頭には甲羅。よく見るとこの船に少し似ている。

「よく見たらかわいいかも」

ナミも少し落ち着いたようだ。

「でもこれではっきりしたわね。この船の持ち主はビビよ。彼らがそう認めたんですもの。違う?」

「彼らが認めたからと言って、この軍船を受け継ぐもの、とは限らないでしょう。ほら、ああやって、ルフィとも仲良くなっているみたいだし」

きっぱりとロビンは言い切って、生きものたちと遊び出したルフィを指す。

「・・・あんたはこの期に及んでまで事態をややこしくするなっ!!」

ナミが怒鳴るとサンジが苦笑して、

「そのことはあとで談合するとして、ひとまず地上に引き上げましょうか。とりあえずビビちゃん、こいつらに船の手入れを引き続きしとくように命じられる?一旦おれたちは地上に出よう」

「わかりました」

ビビは声から力をぬいて、

「長い間、ご苦労様でした。また戻ってきますから、船をよろしくお願いします」

優しい声がひびきわたると、生きものたちは頭をさげた。

「えー、これに乗るんじゃねェの?」

「お前は黙ってろ」

ルフィの意見は一蹴された。

 

 もとの横穴を通って出入口の方へ辿っていく。

「そういや、出口ってどうなってんのかな。あの迷子札、今どこにあるんだろ」

「言われてみればそうね。また来るにしたって困るわよね」

「あの迷子札なー、おれちょっと欲しいんだけどなぁ」

「なに?あの軍船気に入った?」

「あれはおもしろそうだけど、そうじゃなくて、あの迷子札の字、ゾロに教えてもらったから」

「あー・・・そう・・・今度それ、本人に言ってあげて」

ナミは脱力した。すると前方から、龕灯がひとつ、近づいてきた。龕灯の丸い光のむこうでサンジの声がする。行きと同じく、先に様子を見てきたのだ。

「ナミさん、穴は閉まってましたけど、内側に仕掛けがあって、迷子札なしでも開け閉めできるようにからくりが変えられるんだ。すぐ出られるように出口はあけておいたよ」

「ご苦労様」

ナミに言われてサンジの相好が崩れた。言葉のとおり、階段の上に日の光がまぶしくなった。サンジが先に立って地上に出た。尼たちが地上に出ると、叫びがあがった。その指差す方を見て、ルフィも身構えた。仏像を刻んだ崖と、むかいあった岩の上に、大層な鎧をつけた大きな男が槍を持って立ちはだかっている。

「ご苦労だったな」

「ネフェルタリ家の財宝は水をくぐる軍船だ。あれがあれば、天下をとれるだろう」

大男の問いにサンジが答えた。

「ごめんね、ナミさん」

黒装束の男たちに囲まれるのと同時だった。

 

 

 2006.2.11up

 

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