公園

 


 茣蓙の上に寝転びながら、ゾロはぼんやり上を見上げる。天候は絶好の小春日和・・・と言っても、今は初冬なわけではないので、使い方としては間違っているのだが。けれど、春のこの陽気を説明する言葉をゾロは知らない。春日和、と言えばよいのか。とにかく、ぽかぽかとあたたかい、よい陽気であった。
 小春日和、という言葉の方がしっくりくる気がするのだが、小春は陰暦十月の異称であるから、今でいう十一月頃に使う言葉だ。と益体のないことを考えているのは、なにか考えていないと眠ってしまいそうだったからである。考えていてもかなり眠い。
 あと5分で戻ってこなかったら寝るぞ、と思っていたら、
「ゾロ、寝てないか?」
 と、ようやくルフィが戻ってきた。
「寝るとこだった」
 正直に述べると、
「寝てもいいけど、ゾロの分も食っちまうぞ?」
 と、笑って言われた。たぶん本気だろう、と起き上がる。目の前にはコンビニ弁当が差し出される。
「夜はもっと豪華だからな」
 ルフィがゾロの隣に座る。茣蓙の上だ。
「今日はいい天気だから、結構、人もいるなぁ」
 ルフィが周囲を見回しながら、弁当をあける。あちこちにビニールシートが点在していて、一人、二人で番をしていたり、早いところでは既に宴会が始まっている。
「それに、あと2、3日だろうしな。一番の見ごろだ」
 桜の話だ。そろそろ時期も終わりで、散る花びらが、降り始めの雪のようだった。二人で花見に来ている、といえば聞こえはいいのだが、実のところ、場所取りに借り出されているのだった。まぁ、結果的にはそうなるが、今回は経過を大事にしたいところだ。
「今年はゾロいて助かるな」
「去年もお前が場所とりしてたのか?」
「うん。一人だと退屈だし、途中でメシ買いにも行けなかったし、つまんなかった」
「お前が一人で、場所取りできてたってことに驚くが」
 ゾロが言うと、ルフィは少し頬をふくらませて、
「失敬だな。まぁ、さっきのゾロみたいに、半分以上寝てたんだけどな」
「目が覚めたら知らない場所だった、ってことはねェよな?」
「・・・・・・・」
「おい?」
「・・・・ない、と思うけど?」
 イヤな間だったが、どうやら考えていたらしい。怖い話だ。よく今まで拾われなかったものだ。こんな場所でルフィがころりと無防備に寝ていたら、ゾロなら拾う。そのまま持って帰る。
「・・・来年は断れ。」
 ルフィは少し首を捻ってから、
「どうかなぁ。なんだかんだで、エース、花見好きだからなぁ。この茣蓙だって、ビニールシートは桜の根の呼吸を妨げるからって、わざわざどっかから取り寄せた、コダワリのイッピンっていうやつなんだぞ?」
「だったら尚更お前がする必要ねェだろう」
「でも、エース仕事だし。エースの会社のおっちゃん達も面白ェ奴ばっかりだし、おれ、春休みだし・・・」
 ルフィの兄の会社の花見のための場所取りだった。
「・・・普通、会社関係の花見は、席取る奴いるんだがな・・・」
 この不況でそんな余裕もないのかもしれない。ならば、少しでも兄のために動きたいルフィの気持ちもわからなくもない。
「誰かのために出来ることがあるっていうのは、嬉しいことだろ?」
 ルフィが嬉しそうに笑う。
「・・・まぁ、そうかもな」
 ルフィが嬉しいんなら、まぁいいか、と思いつつも、ゾロは釘を刺すことは忘れない。
「けどこれからは、外で無防備に眠ったりしねェように。」
「ゾロはいっつも寝てるのに?」
「おれはそれなりに警戒しながら寝てるからいいんだ」
 かなり無茶な言い分だが、どうにもルフィは危なっかしいので。しきりに感心している時点で、どうよ、と思う。
「あとは、今日みたいに、おれを呼ぶとかしろ」
「・・・ゾロも花見好きなのか」
 変に納得されてしまった。否定したいが、する気力が湧いてこない。結果がよければいいことにしておくか。
「ゾロ、弁当食わねェの?」
 まぁ、ルフィに風流や機微を期待するのが間違っていることはわかっているが。それでも、ルフィと桜を見ながら、のんびり過ごすのは悪くない。たとえ今、この頭の中が目の前の弁当でいっぱいだったとしても。
「お前、もうちょっとゆっくり食えよ。誰もとらねェんだから」
 ルフィは食べるのが早い。がつがつ、という音が聞こえてきそうな食べっぷりで、いつもよく消化不良にならないものだと感心する。ただ、食べ方が汚くて、よくこぼすので、もう少し慌てずに食べろ、と、一緒に食事をするたびに言うのだが、こればかりはなかなか直らない。
実際、早く食べないとなくなってしまう生活をしてきたのだろうということは、今年の正月の鍋の時によくわかった。ルフィの兄も、ルフィに負けずによく食べる。
「ごちそうさまでしたっ」
 瞬く間に食べ終わったルフィは、空の弁当箱をコンビニのレジ袋に入れるとゴロリと横になった。気持ちよさそうに大きく伸びをする。
「食べてからすぐ寝るのは行儀が悪いぞ」
 説教じみたことをつい言ってしまうのは、目の前でころりと横になられたその格好が据え膳に見えてしまったせいだ。
「うん、わかってんだけど、こうして見た方が桜キレイに見えるし」
「そんなもんか?」
「うん。それに腹いっぱいになって、寝っ転がるのきもちいいし」
 どうやらそっちの理由が8割だ。
「でもな、ルフィ」
「うん?」
「そんな格好されてると、誘われてるような気がする」
「へ?」
 半ば冗談、半ば本気で、ゾロは寝転んだルフィの上に影を作る。
「ゾロっ!ここ外っ!人もいるっ」
 ルフィは普段全く他人の目なんて気にしようとしないくせに、こと、ゾロが行動を起こそうとする時だけ、こういうことを言うのだ。
「皆、桜見にきてるんだろ?」
「そうなんだけどっ・・・ゾロも桜見ろ」
「桜よりお前の方がいい」
「ゴメンナサイっ!起きますっ!」
 ルフィは真っ赤になって、がばりと起き上がった。ゾロもすんなりルフィの上からどいて、本気でどうこうするつもりではなかったらしい。一応、昼間の屋外、という自覚はある。
「ゾロはほんとに、硬いのか軽いのかよくわからん・・・」
 まだ赤い顔でルフィがぶつぶつ呟く。
「軽い、と言われたことはねェがな」
「でも、恥ずかしいこと、平気でガンガン言うし」
「お前の恥ずかしい、の基準がおれには未だにわからん」
 ゾロにしたら、ルフィの方が羞恥心は薄いと思うのだが。ルフィはなにかを言おうとして、また赤くなると、ゾロの脇腹に突きを入れた。怒っている訳ではない。照れると暴力的になるのもまた、ルフィの傾向だ。
「待て。なんか知らんが、おれが悪かった」
 これでルフィは結構な怪力なので、それなりのダメージがあるのだ。
「そう思ったら桜見てろ」
「はいはい」
 それから二人で、黙って桜を見上げた。特になにも話さなかったが、別段、苦にはならなかった。
「なんか、面白いな」
「なにがだ?」
「おれ、ただ、こんな風にじっとしてるの苦手なはずだったんだけどな・・・なんでか楽しい」
「それはよかった」
ルフィの呟きにゾロが少し笑った。ただ、のんびりと同じ時を過ごすのも、なかなか良い。二人ともにそう思った。

「いや〜。ご苦労さんっ」
 例の底抜けに気安い声とともに、兄が登場した。手には、ビールケースや一升瓶、どこかの仕出しの名前の入ったケース。荷物で本人が見えなくなっている有様で、明らかに人一人が運べる許容量を超えている。怪力は、兄弟揃って、のことらしい。
 見かねたゾロが、上の方から荷物を降ろしていく。せっかくの一升瓶が割れても困る。
「おっさんたちは?」
 ルフィのはずんだ声に、
「あぁ、もうすぐ来るぞ」
 エースが返した。そろそろ日も暮れて、人出もますます増えてきていた。桜を愛でる、と言うよりは、単に宴会を催したい人間が8割だろう。かくいうゾロも、桜よりルフィに釣られてやってきたクチなので、人のことは言えない。
「でも、綺麗なもんを見て、飲む酒は美味いだろ?」
「まぁ・・・」
 悪くない。兄に面白そうに酌をされながら、ゾロは桜を見上げる。ルフィはといえば、瞬く間に、エースの同僚だというおっさん達に囲まれて、見えなくなっている。少し、面白くない。
「花見酒をそんなツラして飲むなよ」
 エースの笑いを含んだ声に、ゾロは自分の眉間に皺が寄っていることに改めて気がついた。
「あぁ、スミマセン」
「こないだは悪かったな」
「こないだ?」
「先月」
「あぁ・・・」
 ルフィの学年末テストが散々で、山ほど課題を出された時のことだ。
「あいつは、常に目の前、今、やりたいこと優先だからな」
「あんたが甘やかしたせいだっていうのも半分くらいあると思いますが」
 エースが笑った。
「だって、可愛いだろ?甘やかしたくならねェ?」
 なる。ゾロは無言で冷酒をあおった。
「そこを我慢して、きちんと話してくれたんだろ?あいつが他人の言うこときちんと聞くの、初めて見たよ。おかげで無事、進級だ」
「・・・それは、よかった」
 ゾロの表情が少し、柔らかくなった。
「ありがとう」
 エースも真面目に頭を下げた。
「・・・なら、来月の連休、泊まりの許可をいただいても?」
「・・・そう来るか」
 エースの顔が苦笑混じりに変わる。少し考えてから、
「おれと飲み比べで勝ったらな」
 ニヤリと笑った。

「すごいな、ゾロ。おれ、エースが潰れたとこ初めて見たよ」
「・・・いや・・・」
 感心されても、商品の対象が対象だっただけに、ゾロも歯切れが悪い。そして、ゾロも相当酔っている。
 それにエースには勝ったが、エースのところの社長には負けたのだ。
「あぁ、おっさんはな、あれはトクベツだ。普段、仕事中でも水代わりに酒飲んでるんだってエース言ってたし」
 いいのか、そんなんで。
「皆、ゾロのこと気に入ったみたいだった。ウチの会社に欲しい、って言ってたぞ?」
「いや、それは勘弁してくれ・・・」
 あんな一癖も二癖もありそうな連中の下で働くのはどうかと。その上、兄と同僚、というのはかなりどうかと。その上、ゾロはエースから、「ルフィの彼氏」という紹介のされ方をしたのだ。おっさん達に「カレシ、カレシ」と呼ばれる身にもなって欲しい。認めてくれてるのか、嫌がらせなのか、単に面白がってるのか、判断に困る。
「なんで?面白そうなのに・・・」
 確かに面白いおっさん達ばかりだが。
「お前も誘われてるんじゃねェのか?」
「おっさん達は来いっていうけどな、エースはおれを大学に行かせるんだって言ってる」
「・・・あぁ」
 飲みながら、エースはルフィは今年受験なんだから、その辺弁えてくれ、と言っていた。こればかりは、兄の希望より、弟のやる気の問題だと思うが。
「あ、ゾロ、ここ寄って行こう」
 ルフィの指したのは、小さな児童公園だった。
「いいのか?」
 現在、ゾロとルフィは切れた酒を買うための補給部隊だった。飲み比べなどを始めてしまったため、酒が足りなくなったせいだ。エースが潰れてしまったので、ゾロが買出しに行くハメになったのだが、ルフィがついてきてくれたので、ゾロとしては渡りに船だった。この際、外野の冷やかしは無視だ。
「いいよ。少しくらい遅れても。まだ、酒あったし。」
 ルフィがそう言って、公園の中に入って行った。
「ゾロの酔い覚ましも兼ねて」
「別に酔ってるつもりはねェんだが」
「でも酒臭いぞ」
 そう言いながら、ルフィは鉄棒の上に腰かける。児童公園にしては結構高さのある鉄棒だった。
「あぁいう、広くてでかい公園もいいけどな、こういう小さい公園も結構好きなんだ。小さい頃はよく遊んだぞ」
 想像に難くない。ルフィはそのままぐるりと回ると、何度かくるくると回転を始めた。そのままの勢いで綺麗に着地する。ゾロは軽く拍手をした。
「うんてい・・・も結構好きだったんだけど、今はもうそんなに高くないなぁ」
 確かにゾロが手をのばせば、地に足をつけたまま十分届く。
ルフィはブランコに座るとゆっくり漕ぎ始める。キィキィと音が響いた。いくらルフィが軽いといっても、こういうものは子供の体重を基準にしているのではないかとゾロは不安になる。
 あまりに勢いよく漕ぐので、見ている方が不安だ。思い切り漕いだ状態で、ルフィの手がブランコから離れる。勢いがつきすぎて、柵を越えてルフィの身体が飛んだ。なんとか砂場に着地する。ゾロがあわてて駆け寄ると、ルフィはヘラリと笑って、 
「次は、ジャングルジムかな」
 この辺りで、ゾロは少し不審に思い始めた。確かに普段からルフィは落ち着きのない方だが、これは少し、はしゃぎすぎなのではないか?
「おい、ルフィ」
「ん?」
 ルフィがジャングルジムに手をかけながら振り向いたのを、ゾロは後ろからルフィを囲うように、金属管に手をかける。
「・・・お前、酒、飲んでねェか?」
「飲んだぞ?花見だし」
 大変自然に酔っ払っているらしい。いい大人が未成年に酒飲ますな。受験以前の問題だろう。とゾロは自分の飲酒歴を棚にあげて思う。どうやら、さっきの鉄棒で一気に酔いが回ったようだ。当たり前だが。感心している場合じゃなかった。
「皆待ってる、そろそろ戻るぞ」
 これ以上遊ばせると余計酔いがひどくなるのではないかと心配になる。どれだけ飲んだのかは知らないが。なのに、振り返ったルフィは大変不満そうな顔で、
「ゾロはおれと二人、イヤなのか?」
 そんなことを聞いてくる。これは性質が悪い酔い方だ。
「おれはゾロと二人になりたかったのに」
 相手は酔っ払いだ。だが、ゾロも相当飲んでいて、かなりグラグラした。暗いし、人気もないし、で、理性の方もかなり劣勢だ。
 手は金属管をつかんだまま、誘われるように口づける。ジャングルジムを向いていたルフィの身体がゾロの方を向いて、背中のシャツをつかむ。
「・・・ん・・・」
 目を閉じて、甘い息をもらすルフィに、ゾロはここが屋外であることを忘れた。熱っぽく舌をからませると、ルフィの喉が唾液を飲み込んで、コクリと動いた。
「ん・・・ぅ」
 呼吸が漏れるたびに、煽られる。唇から頬、耳朶に移った時に、ルフィの身体がびくりと震えて、耳が弱いことをゾロに教えた。気づかないふりで耳朶を柔く噛むと、
「・・・ぁっ」
 甘い声が漏れる。足に力が入らなくなってきていたルフィの腰を支えて、ゾロは何度も口付けた。
「はっ・・・くる・・・しっ・・・」
 合間に荒い息で呟くルフィの声にも煽られるばかりで、ゾロがルフィのシャツの裾を引っ張り出したところ、ルフィの身体から、本当にがくりと力が抜けた。
「・・・勘弁してくれ」
 お約束にもほどがある。ゾロは大きく息を吐いて、眠りこんでしまった酔っ払いを背中に担いだ。

 翌日、鉄棒以降の記憶のないルフィは、ゾロに謝りの電話を入れた。聞いたところによると、ルフィが酔っ払った勢いで、ゾロに迷惑をかけて、復活していたエースたちが「ルフィに飲ませるな」と、怒られたらしい。
 朝いちでエースに教えられたルフィがそう言えば、ゾロはずいぶん歯切れの悪い調子で、
「あれはおれも悪かったから、あんまり気にするな」
 と言った。あと、ゾロのいない所で酒を飲まないことを約束させられる。具体的なことはなにも言わないが、よほどなにかをやらかしたらしい。聞いても、気にするな、と言うばかりで教えてはもらえなかったが。
 ただ、おぶわれていた記憶はおぼろげにあって、気持ちがよかったことも覚えている。
「とりあえず、受験生だって言うんなら、生活管理はきちんとするように兄貴にもう一回言っといてくれ」
 今年から三年生で、進路について具体的な選択を迫られているのだが、マイペースなルフィにはまだあまり実感はない。
受験なのか就職なのか、その辺りはまだ未定なのだけれど、この背中の持ち主がずっと一緒にいてくれたらいい、とうっすら思っていたことを思い出しながら、ルフィは返事を返した。










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