春で朧でご縁日

 4.

 

「やっぱりここにいた。」

ナミが呆れたように呟いた。ナミの声はルフィの隣で寝転んでいる男に向けられたものだ。

「ここの居心地がよほど良いわけね。堀端のお屋敷はほったらかしですっかりいりびたっちゃって」

「何の用だ」

ナミの口上にゾロが不機嫌そうに起き上がった。

「あんたも迷惑だったら迷惑ってはっきり言った方がいいわよ?こちらの大旦那さまへの外聞ってもんもあるんだし」

急に振られてルフィは慌てる。ナミのテンポはなかなか速い。

「いや、おれが頼んできてもらってるようなもんだし、ここの持ち主にもちゃんと了解はとってあるからいいんだ」

「ふーん」

「だから、なんの用だと聞いてる」

ゾロが少し強い口調で再度問うたが、ナミはそ知らぬ顔だ。

「お楽しみのところ邪魔して申し訳ありませんけどね、ちょっとこれから一緒に行っていただきたい場所があるんです。」

と丁寧に頭を下げた。ゾロが何も答えないのでルフィが代わりに聞いた。

「どこに行くんだ?」

「あるお寺のご住職に会いにいくの。母から頼まれてね。母は今足を痛めて寝込んでいるの。それでその寺っていうのが遠いのよ。途中までは舟で行けるっていうから猪牙を頼んであるんだけどね、そんな田舎まで行って帰りに日が暮れたら心細いじゃない?だからそこの旦那に用心棒を頼もうと思ったわけよ。」

「・・・てめぇが心細いってタマか」

ゾロがぼそりと呟いたが黙殺される。

「・・・舟かぁ・・・」

ルフィもポツリと呟いた。

「なんだルフィ、お前猪牙に乗ったことないのか?」

耳ざとく聞きつけたゾロに聞かれる。

「うん」

「じゃぁナミ、こいつを連れてけ。腕ならおれが保証する。」

「ならお借りするわ」

あっさりと交渉が成立してしまった。ルフィそっちのけで。

「いや、ちょっと待て」

慌ててルフィが声をかける。

「なんだ?猪牙に乗りたかったんじゃねェのか?」

「乗りてェけど!」

問題はそこじゃない。いや、その前になんでわかったんだ?

「おれは一応寮番なんだから、ここを長いこと離れるのはちょっと問題があるような」

「その間はおれがここに腰を据えて、妙な奴らがやってきたら少し痛い目にあわせてやればいいんだろう?なにか問題あるか?」

・・・ない・・・気がする。

「えぇと、でもナミは?」

ナミは一応ゾロをご指名だったのではなかったのだろうか。

「私はどっちでもかまわないわよ。用心棒として役に立ってくれるならね」

ビビの顔が頭をよぎって、ほんの少し気が咎めたが、どうにも舟の誘惑には勝てそうになかった。そして実の所、ただこの寮にいて、賊を待つだけの生活に少し飽きていた。もともとルフィはただじっと待つ、ということが苦手なタイプなのだ。ちょっとだけ考えてルフィは結局

「よろしくお願いします」

と、二人に頭を下げた。

 

「いつまで笑ってんだ?ナミ」

「あぁ、ごめんごめん。殿様があんまりおもしろいもんでね」

短くはないつきあいだけど、あんなにおもしろいと思わなかったわ、とナミが言った。

「おれのこと笑ってたわけじゃないのか?」

「それもあるけどね」

日ざしの光る川中に出て、早さを増す猪牙舟の上でのことである。風が少し冷たかったが、ルフィには気にならない。初めて乗る猪牙は本当に小さな小船だったけれど、川を下っていく感じも川風も景色も本当にはじめてでワクワクした。川の河口に出ると、帆をあげた大きな船が、のしかかるように多くなっていたのもルフィをドキドキさせた。いつかこんな大きな船で海を渡ってみたいと思う。

「殿様がいなくて残念だわ」

ナミが言った。

「あ!やっぱりナミ、ゾロと一緒に来たかったんだよな」

ルフィが申し訳なさそうに俯いたのでナミは苦笑する。

「違うわよ。あんたのそういう顔を見たら喜ぶだろうと思ったの。わかってても見ると見ないとじゃ大違いだから」

ルフィは考える。つまりナミはゾロの喜ぶ顔が見たいということだろうか。見事に過程をすっ飛ばした結論に達した。猪牙はまた別の川に曲がりこんで今度は川をさかのぼる。

「ゾロはかっこいいし、やさしいからな」

ナミが惚れるのも仕方ない。ルフィは納得した。あまりに納得していたせいか、それともなにかがひっかかったのか

「やさしいのはあんた限定よ」

と、あきれたように呟くナミの声が耳に入らなかった。

 二つ目の橋まで川をさかのぼると、ふたりは舟を降りた。

「ほんとうに迎えにこなくてもいいんですか師匠」

岸に猪牙をつけて、船頭が心配そうにナミに聞いた。

「来てもらいたくっても、いつになるかわからないからねェ。くたびれたら駕籠でも使うわ。一応、用心棒もついてるしね。」

ナミににっこり微笑まれて、船頭は少し顔を赤くして頭を下げて猪牙を岸から離した。

「ナミもキレイだもんなぁ」

今の船頭の態度にルフィは感心したように呟いた。その口調がおかしかったのでナミはクスクス笑って、

「も、ってことはほかにはだぁれ?」

「ビビ」

「あら、それは強敵ね」

ナミの笑いは止まらない。

「ナミの声は聞いてて気持ちいいよな」

「そりゃ伊達に師匠とは呼ばれてないもの」

「そういうとこもかっこいい」

「ありがと。殿様に自慢するわ」

ナミは楽しそうだ。ルフィはゾロの話が出て少し落ち着かなくなったけれど、ナミの方は全然気にしてないようだ。坂道を上る手前には、そば屋や、団子の店がみつかった。ルフィはことのほか団子に興味をもったけれど、少しそれを言い出すのは気がひけた。

「食べてく?」

ナミに聞かれてルフィは顔を輝かせた。

「いいのか!?」

またナミに笑われる。

「あんたって不思議よね。」

団子を頬張りながらルフィは首を傾げた。

「なんていうか・・・人誑しの名人だわ」

「なんだか、貶されている印象か?」

団子を飲み込んでルフィは答えた。

「・・・微妙なとこね。褒めてる気もするんだけど」

よくわからない。が、悪意はないようなので

「じゃぁ、ありがとう。」

と答えたらやっぱり笑われた。ナミが笑うのは好きだと思う。その団子屋に聞いてみると、くだんの寺は坂の上だということだった。団子屋に礼を言い、せまい坂を上っていくと大きな山門があった。

「でっかい寺だなー」

「思ったより早く見つかったわね」

ナミは嬉しそうに山門をくぐると、敷石道を庫裡へ急いだ。声をかけると、若い坊主が出てきた。

「わたくし、ベルメールの名代で伺いましたものでございます。こちらの和尚様にお目通り願いたいのですが」

と、頭を下げるナミを、若い坊主はまぶしいもののように見て、

「それは生憎でございました。和尚は檀家に呼ばれまして、ただいま出かけております。どのようなご用件か差し支えなければ伺いますが」

「ある方の戒名を教えていただきたいのです。その方はベルメールが以前大変な御恩をこうむったお方、お亡くなりになったのは存じておりましたが、お寺がわからなかったのでございます。それがこちらとわかりまして、本日は娘のわたくしが、名代で伺いました。実は母は今ふせっております」

「それはいけません」

坊主の顔が曇った。ナミは口上を続けて

「本復しだいうかがいますので、今日のところはその方の戒名を教えていただきまして、お墓参りをさせていただきたいのでございます。」

「わかりました。そのようなご事情でしたらわたくしがお調べいたしましょう。その方のお名前は?」

ルフィは感心したように二人のやりとりを眺めていた。あんな風にきちんと喋れるというのはすごい。自慢ではないが、ルフィにはとてもできそうにないお使いだ。ナミはキレイなだけでなく、頭もよいのだ。常盤津の師匠だって、一朝一夕でなれるものではないから、それはそれですごいと思うのだが、ナミはもっと学問を学びたいのではないかな、と埒もなく思った。学びたい、と言って町人がやすやすと学問を学べる世の中ではないということはルフィにだってよくわかっている。学問には金がかかる。

 ボーっと立っていたらナミに声をかけられた。

「あ、わかったのか?」

「調べたら案内してくれるそうよ」

やがて坊主が戻ってきた。

「これにございます」

と、ナミに一枚の紙を差し出した。なにかが書いてあるようだったがルフィにはわからなかった。

「達筆ですね」

「お恥ずかしい」

ナミに微笑まれ、坊主はやはり俯いた。ナミはやっぱり字が読めるのだろう。それもかなり。ルフィは無筆であった。けれどこの当時の町人としてはおそらくルフィが水準だろう。長屋の住人でも字を知っているものは大家くらいだと思う。

「なにが書いてあるんだ?」

「戒名と命日よ」

「どうぞこちらへ」

ナミがそれを折りたたんでふところにしまうと坊主が声をかけた。閼伽桶に井戸の水をくんで、ふたりは坊主のあとに従った。墓地の塀際には干菓子のようにきれいな黄色い花が咲いていて、暮れなずんだ墓地には不似合いの華やかさだった。本堂の屋根にいた烏が西の夕焼けに向かって飛んでいくのが見えた。

「こちらでございます」

りっぱな石塔の前で坊主がたちどまる。その墓石にどんな名前が刻まれているかはルフィにはまったくわからなかったけれど、ナミが横で手を合わせたので、ルフィも顔も知らない誰かのために手を合わせた。

「いろいろとありがとうございました」

空が夕暮れの色におおわれて、庫裡に戻るとナミは坊主に頭を下げた。

「お急ぎでなければ茶など差し上げたいと思いますが」

「いえ、この通り、連れもおりますし。」

ナミが用心棒を欲したのはこういう誘いを断るためでもあったのかな?とルフィは思いつつ、ナミと一緒に頭を下げた。

 寺を出て、上ってきた坂道を今度は下る。行きに寄った団子屋はもう閉まっていた。そば屋の灯は点いていたが、時間的に寄り道をする余裕はないだろう。寺で借りた提灯を持って、教えてもらった駕籠屋までの道を歩く。ルフィはあまり駕籠屋によい印象はないのだが、まさかナミに家まで歩けとも言えず、おれがおぶっていくのはダメか?と聞いて頭をなぐられたから言うのではないのだけれど。

 

 まんまるい月が、薄雲を散らした空の高みから武家屋敷の屋根をやわらかく照らしている。ルフィとナミを乗せた二挺の駕籠は、いかにも威勢良く走っていた。距離が距離だけに、肩と足とが自慢の人足を駕籠宿のあるじが選んだのだろう。ほんとういうと、ナミの駕籠だけでルフィは一緒に走ってもよかったのだが、ナミにたしなめられた。もし、ルフィが駕籠について来れなければ、ナミの用心棒としての役目ははたせなくなってしまうし、駕籠かきの足についてこれるならば、それは駕籠かきの顔をつぶすことになるのだそうだ。駕籠かきは駕籠を担いでいるのだから、対等な条件ではないと思うのだが、そういう問題ではないらしい。ナミといると、自分がいかに世間知らずかを教えられる。とてもおもしろい。

 いつか乗った駕籠よりも格段に荒っぽく、垂もゆれて、すべるように過ぎてゆく地面に月の光が踊って見える。ルフィはこのくらい揺れる方がおもしろい、と思ったけれど、ナミも果たしてそうだろうか?と少し心配になった。威勢のいいかけ声と、駕籠かきのわらじが大地を蹴る音のほかにはなにも聞こえなかった。しばらくしてぎぃっと板がきしるような音がした。不審に思っていると今度は後ろの方で音がして、ぴたりと駕籠が止まった。まだ寮にもナミの家にもだいぶ間があるはずだった。

 駕籠がおりて、垂があがるとその瞬間、ルフィは反対側の垂をはねあげて、裸足のまま駕籠をぬけだしていた。足の下は敷石だった。立ち上がって前の駕籠を見れば、既にナミが脇差をつきつけられていた。

「・・・ほんとにさぁ。おれを駕籠屋恐怖症にする集まりなのか?」

武家屋敷の玄関先で、うしろに門が閉まっている。4人の駕籠かきはぼんやりと立っている。二挺の駕籠を取り囲んでいるのは6,7人の尼僧だった。

「ご苦労でした。駕籠を持ってお帰りなさい」

ひとりがそう言って、駕籠の先棒のふところに紙包みを押し込んだ。四人が無言のまま駕籠をかつぐとルフィの背後にいた尼僧が門を開けた。四人の駕籠かきはふらふらと駕籠をかついで門から出て行った。また門がしまる音がする。

「こちらへ」

手燭を持った尼僧がルフィとナミをさしまねいた。脇差をつきつけられたナミの表情は見えないが、かなり困った事態だということはさすがのルフィにもよくわかる。

「んとさ、前あった尼さんは今日はいねェのか?あいつだったらこんな真似しそうにねェんだけどさ」

失言だったようだ。きっと睨まれる。でもその方がルフィにとってはありがたい。無表情でいられるより怒りであっても感情を見せられる方がほっとする。

「迷子札はどこです?」

「だから知らねェってば」

玄関には雲竜をえがいた衝立があって、廊下も拭きこんである。空き屋敷ではないようだ。ゾロの家ももう少し手入れをすればいいのになぁ、とこの場に関係ないことを思った。ふと見れば裸足で敷石に降り立ったせいか、ルフィの歩いたあとにうっすらと足跡がついた。なんとなく気になって足を拭こうとふところから手ぬぐいを出そうとした。すると尼僧の一人が脇差をさしつけたのでルフィは驚いた。

「あ、ごめん。ちょっと足を拭こうとして手ぬぐいとろうと思ったんだ」

その言葉と慌てぶりは嘘ではなかったので尼僧も信用したらしい。手ぬぐいを取り出してかがみこもうとして、ルフィはふと思いついた。思いついたら実行してみたくなるのがルフィだ。足の裏を拭くふりをして、いきなり身をのばした。ナミを制している尼僧にとびかかって脇差を取り上げる。思いつきだったがいや、思いつきだからこそなのか、なんとか成功したようだ。ナミがルフィの動きを察してルフィの背後にまわってくれたのも大きい。これで形勢逆転というわけだ。

「ルフィ、それ、貸してくれる?」

ナミに言われて少し戸惑う。どうやら取り上げた脇差のようだ。えぇと。少し考えて結局ナミに渡した。両腕を後ろでぎっちり取っているからたぶん大丈夫だろう。ナミはルフィから脇差を受け取るとそれを尼僧の首筋に当てた。

「こういうものをつきつけられるとどういう気持ちになるのか、きちっとわかってもらわないとねェ」

そう言って笑うナミは・・・かっこよかった。あくまでそれはルフィ主観で尼僧たちにとっては違うものにうつったに違いない。

「ではお暇いたしましょう。ルフィはあなたたちを傷つけることを厭うでしょうけれど私は違いますからね。お仲間の命が惜しければさっさとここを出してもらいましょうか」

嫣然と言い放つ。これではどちらが悪役かよくわからない。

「わかりました」

手燭を持っていた尼があきらめたように息を吐いた。

 

低くなった月が、まだ沈みきらずに、どこかの屋根に隠れているのだろう。空は薄雲を浮かべてまだ明るい。ナミを先に立てて、耳門を出るとルフィは辺りを見回した。

「どの辺なんだろうなここは。ごめんな、ナミ。たぶんおれのせいで変なことになって」

「うーん、まだだいぶありそうよね。寮まで。あぁ、ここまでの駕籠代浮いたから別にいいわよ」

とナミが笑った。やっぱりかっこいい。ゾロとは質の違うかっこよさだ。

「通りまで出れば辻駕籠が見つかるかもしれない。」

「ナミはこの辺に知り合いいないのか?」

「いないわねぇ」

「ナミの知り合いがいるんならナミをそこまで送って、おれは歩いて帰ろうかなぁ、と思ったんだけど、だめか」

正直、駕籠にはあまり乗りたくない。

「あいつら。いったいなんなの?」

ナミが静かに聞いた。

「おれにもよくわからない」

「迷子札って、この間の?」

「たぶん、そうだと思う」

ルフィは正直に答えた。たぶん、嘘を吐いたところですぐにばれるに決まっている。片側は外堀、片側は武家屋敷。辻番小屋の障子が遠くに明るいばかりだったから、ナミがどんな表情をしたのかはわからなかった。通りにでてみたが、通りは暗く、両側の町屋は大戸をおろして辻駕籠の提灯もみえない。

「困ったなぁ」

ルフィは呟いた。ナミもため息を吐いた。そのとき、二人の背後の暗がりから声が起こった。

「困ってるなら手を貸してやってもいいぞ?」

「だれだ?」

ルフィはナミをうしろにかばって、構えた。うしろに大戸を閉めている店の天水桶のかげから、影がひとつ立ち上がって、

「美しい女性の危機には必ず現れる。それがおれだ。」

暗がりから聞こえてくる声をルフィは覚えていた。

「サンジだ」

「ご名答。初めまして、美しいお嬢さん」

暗がりから現れた男は一直線にナミの前に出て、丁寧にお辞儀をした。なるほど、こういう男だったのか。

「どう手を貸してくださるのですか?知り合いの駕籠屋でも?」

ナミはとっておきの笑顔でそう聞いた。

「いいえ。舟ですよ。」

「舟があるのか?」

ルフィの顔が輝いた。ナミとサンジは顔を見合わせて、笑った。

 サンジの後について歩くことになった。ナミはルフィにこっそり聞いた。

「ルフィこの人どういう人?」

「んー。泥棒。」

ルフィは声を顰めたが、サンジの耳には入ってしまったようだ。

「だから人聞きの悪いこと言うんじゃねェよこのガキ」

「違うのか?」

「改めまして、サンジと申します。職業は板前。お嬢さんお名前は?」

「ナミよ」

「ナミさん。かわいらしいお名前ですね」

「ありがと。さっさと歩いてくださる?」

「サンジお前板前だったのか?」

それはすごい!とルフィはまた顔を輝かせた。

「安心しろ。お前に店は教えねェ」

サンジはにべもなく、また歩き始めた。やがて土手に上る。

「舟はこの下だ。ナミさん。足下に気をつけて。」

濠端の道は暗い。ルフィがナミの手をとって、土手の傾斜をおりると、サンジはもう平底舟のもやいをといていた。

「船頭さんは?」

ルフィが聞けば

「おれはなんでもできる男だ」

と返った。二人が舟に乗りこむと、サンジは竿をとって、舟を離した。看板にいつわりないらしい。

「よくあそこから逃げ出せたな」

おれなら絶対無理。器用に竿をあやつりながらサンジが言った。

「なんだ、見てたのか?」

「いや?屋敷の中までは知らねェよ」

「誰の屋敷なんだ?」

「大身の旗本の屋敷さ。千二百石のお殿様でね。」

「なんだ?あの屋敷、狙ってたのか?」

「狙って、しくじったんだよ。」

サンジは口元を歪めた。

「まぁ、お前も巻き込まれてるみてェだから洗いざらい喋るがよ、正月にここのお嬢さんの歌留多会があって、遅くまで騒いでいたからすっかり眠っているんだろう、と思って入った座敷に殿様が起きていやがった。」

「それで、どうしたんだ?」

ルフィは手にこぶしを握ってはらはらしながら聞いている。その様子を見てナミがクスリと笑った。

「こいつは斬られる、と思ったさ。いきなり『よくきたな』ときたからな。『ここに入ってくるとはなかなかの泥棒らしいの。金が欲しいか?』と言われたときは少し背筋が寒くなった。」

やっぱり泥棒なんじゃない。とナミは内心思ったけれど、ルフィがあまりにも真剣に聞いているので黙っておいた。

「それで?」

「度胸を据えて『金がほしくなかったらこんな危ねェ真似はいたしやせんよ』、と答えたら『それはわかりきったことを聞いてしまったな。だが、屋敷が大きくとも旗本の家に金などそれほどないものだ。手元には今、5両しかない』とこうきた。『これをつかわそう。その代わり、お前のわざを借りたい』と言われてな」

「あ」

「そうだ。お前の今いる寮に行って、迷子札を盗んで来い、と言われたよ。手付に5両。迷子札を届けたらもう5両、と言ってな」

ルフィは考え込む。舟は橋をいくつかくぐり、サンジは竿を艪にかえて、舟の早さを増していた。

「迷子札を手に入れ損なって、お前はどうしたんだ?」

ルフィが聞くとサンジは首をすくめて、

「謝りに行ったよ。いわれのねェ金をもらっとくのも気持ち悪ィしな。まぁ、返したくても少し減らしちまったから4・5日たってからだが。迷子札はさがせなかったから手付は返すと言ったら、なんのことかわからねェって言うんだよ」

「そこの殿様がか?」

「あぁ、『盗人に金を与えてものを頼んだ覚えはない』とさ。仕舞いには『そのような不浄な金、あずかるいわれはない。もって帰らぬとただではすまぬぞ』ときた。」

『勿体ない』

ルフィとナミの声が合わさってサンジは少し笑った。

「まぁ、そんなわけであの辺うろつく時はあの屋敷はいつも覗くようにしてんだが、そこに駕籠が担ぎこまれて、尼さんが出迎えて、中からお前が出てきたからちょっと気になってな」

「いままでもあの屋敷に尼さんがよく来てたりしたのか?」

「いや?今夜が初めてだな。いつかお前がつれていかれたって屋敷の尼さんと同じかい?」

「うーん。皆似たような顔してるからよくわかんねぇんだよ。この前話した尼さんが今日いなかったのはわかるけど。」

舟が大川に出た。川水のうねりが厚く、舟はますます早さを増した。夜で暗いとは言っても、見慣れた景色のところへ来て安心したのだろう。ナミが小さく息を吐いた。

 寮そばの岸までサンジは舟をつけてくれた。

「ほんとに助かった。ありがとう。」

舟を降りてルフィは全開の笑顔(ナミ談)でサンジに礼を言った。

「言ったろ?これで貸しはふたつだ。そのうち返してくれ。」

サンジはとても柔らかく笑って、ルフィの頭をポンとたたいた。

「それじゃナミさんをきちんと家まで送り届けるんだぞ」

「おう」

「じゃぁ、またな。それではナミさんもまた。」

「えぇ、ありがとう。助かったわ。ほんとに」

「お役に立てて光栄です」

そう言ってサンジはまた岸から舟を離した。ルフィは舟が見えなくなるまで手を振っていた。

「んじゃ、一回寮によって、ゾロに顔見せてから、ナミ送ってくってことでいいか?」

笑顔で聞かれてナミは頷きつつ、胸の内でこそりと呟いた。

「・・・この人誑し」

 

 2005.1.30up

いけません。

ゾロの出番少なすぎです。

いちゃいちゃからは程遠いです。

っていうかこれはゾロルではないような気が・・・(痛っ)。

そのうち、ゾロルになっていく予定なのかどうかもよくわからず。

ナミさんは書いてて楽しいです。

絵でも字でもマンガでも。

今回のルフィテーマのひとつは「人誑し」でした。

 

  

 

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