春で朧でご縁日

6.

 

「・・・吉原の大まがき?」

ゾロが大変嫌そうに呟いた。

「菱まんじ屋なんかいいんじゃないかと思うんだけど」

確かに大まがき。一流の妓楼だ。しかしルフィには二人がなんの話をしているのかさっぱりわからない。吉原、と言うのはあの吉原だろうか。

「あるじと知り合いか?」

「えェ。内芸者に教えてもいるわよ」

「却下だ。ルフィをあんなとこに連れていけるか」

「うわー。過保護―。横暴―。」

「うるさい」

ルフィはすっかり置き去りでつまらない。

「おれにもわかるように話せ」

ちょっと怒ったように言ってみた。

「いや、ルフィ」

「迷子札の隠し場所の話よ」

ゾロとナミの声が不協和音を奏でる。そうだ、ナミはそれについて知恵を出すと言っていたのだ。

「だって、吉原なら尼ではなかなかうろつけないわ。それに刀をさした連中も入り込めないし。武器の持ち込み禁止だからね。聞いた話じゃ忍者なんて、そう簡単に丸腰にはなれないもんでしょ?」

「なるほど」

ルフィは感心した。

「菱まんじ屋のどこに隠すかは、ルフィが自分で考えるといいわ。私は菱まんじまで行ってあるじに口を聞いてあげる」

ものすごく名案な気がした。

「さすがナミだなー。・・・ゾロはなんで反対なんだ?いい考えのような気がするんだけど」

「殿様はルフィに吉原なんかに行って欲しくないのよ」

「ナミ!」

ゾロが怒鳴る。ルフィは少し驚いてゾロの顔を見た。

「なんで?」

「・・・いや、お前が名案だって言うんなら、止めやしねェがな。まぁ、中庭のどこかにしておけ。菱まんじの中庭は名物だから、ついでに見てくるといい。」

 

 妓楼の出入口は、往来から引っ込んだところにあって、大きなのれんがかかっている。往来に面したところは一面の格子になっていて、遊女たちが張見世にならぶ座敷になっていた。張見世の格子は、往来から店の出入口まで横にもめぐらされていて、まがき、と呼ばれる。その横のまがきが、上から下まで格子になっていると、大まがき、と呼ばれて、大店ということになる。つまり一流の高級店だ。二流の中店になると、正面に上から下まで格子があるが、横の格子は一部分、下半分しかない。遊女がそこからのりだして客と内緒ばなしも出来るわけだ。これを半まがきという。

 ナミが先に立って、往来から土間に入ると、横の総まがきの中から、若い女郎が笑顔を向けて、

「あら、お師匠さん、おいでなんし。こんな時間にまさかお稽古ではありいせんでしょう」

「えぇ、だんなにちょっと用があってね」

「そうざますか。いつぞやお師匠さんの真似をしてあつらえた簪が、きょう出来てきいした。もうちっと早く来なましたら、見てもらうものを」

「そりゃぁ残念。私のよりうんとよくできたでしょうに」

張見世の中央の毛氈の上には、豪華な裲襠の裾を広げた花魁が、長ぎせるをくゆらしている。ルフィがそんな遊女たちに見惚れていると、

「ルフィ、行くわよ」

と、ナミがぐい、と袖を引いた。のれんをくぐると、奥の広い土間が台所。あがり口は一番高い板の間で、二階へあがる梯子段の裏側がみえる。あがり口の横手に続く畳座敷には、中央に神棚があって、その下が帳場。神棚の後ろがたいがい主人の部屋になっている。ナミはルフィをうながして、座敷へあがると、帳場にすわっている番頭にあいさつをしてから、あるじの部屋に向かった。あるじの部屋のふすまを開けて、ナミは丁寧にあいさつをしてから、

「今夜はすこぉし無理なお願いをしに、うかがったんですよ旦那」

「そりゃ恐ろしい。滅多に無理を言わない師匠が、どうしたことだ」

みがきこんだ長火鉢を前に、おだやかな微笑を浮かべて、口髭をたくわえた男が座っていて、それが菱まんじ屋のあるじだった。

「近頃の世の中物騒だからね、私用心棒を雇うことにしたんです。まぁ夜の外出の時だけですけどね。」

「あぁ、それはよいことだ。師匠は自分を過信することがあるからな」

あるじはとても優しい目をしてナミを見る。ナミは仕事の付き合いだけのようなことを言っていたけど、なんだか親子みたいだ、とルフィは思った。

「それがこのルフィ。旦那もご存知の竹光の殿様のご推奨で、お気に入り。」

「そりゃぁすごい。いや、お初にお目にかかります。手前、ゲンゾウと申しまして、この家のあるじにございます」

と、ゲンゾウは後ろにさがってていねいに頭をさげた。ルフィもあわてて後ろにさがってあいさつを返す。

「ルフィです。ナミにはいつもお世話になってます。」

あせっているのでロクな言葉が浮かばない。ナミが苦笑して話をすすめる。

「ルフィはおよそ野暮でね、大門がどちらを向いているのかさえも知らなかったんです。ところが私がここの文の松の話をしたら、ぜひ見たい、と言うの。そんなのはわけもないこと、こちらでお遊びになればいい、と言うと、『好いた人がいるので、他の女の人と遊んだりはできない』と、こうなんですよ。そのクセ『文の松はぜひ見たい』って言うんだから困ってしまいましてね。でもいまどき、珍しい純情さ加減なんで人肌ぬいでやりたくなりましたのさ」

「なんだ師匠、無理な願いとか言うから何事かと思ったら、ルフィくんが庭を見たいと言ってるだけなのか。うちの店にとってはよくはないのだろうが、真面目でよい若者だ。ナミが気に入るのも無理はない。どうかナミを」

「ゲンさん!!」

ナミがあわてて声をかける。こんなナミを見るのは初めてでルフィを少し驚いた。

「ルフィが好きなのは私じゃないの!そうじゃなくて、庭を見せてもらってもいいの?」

「あぁ、いくらでも見るといい」

「じゃぁ、ルフィ行くわよ」

そう言ってナミがルフィの腕をつかんで立たせた。

「あ。ありがとう、おっさん」

ルフィもあわててお礼を言った。

「いや、礼を言われることじゃない。それよりも酒の支度をさせておくから、帰りがけにお寄りなさい。私はこんな稼業をしているが、落とし噺より講釈の方が好きでね。師匠や竹光の殿様が見込んだ人なら武勇伝もたくさんお持ちだろう。その辺りを是非お聞きしたい。最近は竹光の殿様もめっきり顔を見せてくれなくなって退屈していたところなんですよ。」

「ゾロ、よく来てたのか?」

「昔はよく贔屓にしていただきましたよ。ただ、あの通りの男前ですからな。殿様が来るとうちの女たちが色めきたって、なかなか商売にはならないんで困ったところなんですが。」

ゲンゾウが苦笑して言うと、ルフィが口を開かないうちにナミが眉をひそめて

「それが旦那、ダメなんですよ。ルフィはともかく、私にこれから用があって。ルフィにも一緒に来てもらわなけりゃななんのための用心棒かわからないでしょう」

「おや、それは残念だ。私は師匠と違って無理は言わないが。それではルフィくん。またの機会に」

「ん。ありがとう。」

ゲンゾウの部屋を出ると、ナミが先に立って、廊下をみちびく。どの遊女屋も、一階はすべて主人とその家族、および男の奉公人の居住区域。二階はすべて、遊女とその世話をするやりての部屋になっている。庭はたいがい、建物にとりかこまれた中庭だ。

「今のおっさんってナミの父ちゃんか?」

ルフィはふと思いついた疑問を前を歩くナミにぶつけてみた。根拠はなにもない。

「ううん。違うわよ。向こうは私を娘みたいに思ってくれてるし、私も父親だったらいいなぁ、と思ってるけど」

ナミが複雑そうに笑うので、ルフィはそれ以上を聞くのはやめて、

「でもおれ、あのおっさん好きだな」

それだけ言った。そうしたらナミがとても嬉しそうに笑ったので、それで十分だと思った。

「あれが文の松よ」

松の枝が自然のいたずらで、ぎくしゃくしたかたちながら輪を描いている。それを結び文に見立てて文の松、というのだった。縁側から庭下駄を借りて、ルフィが庭へ降りる。

「じゃぁ、存分に見物なさるといいわ。私は少し席を外しているから、気が済んだらお内証に顔を出してね」

お内証というのは帳場及び主人の部屋をひっくるめての総称だ。ルフィは頷いて、ぼんやり庭を眺めた。ここから先はルフィひとりの仕事になる。二階座敷から三味線や太鼓の音が聞こえた。それほど広くはない庭だが、心の字に掘った池があって、おもしろい石橋がかかっている。なるほど一番目立つ枝の途中が、結び文みたいに輪になった松があった。ルフィは勿論文など書いたことがないけれど、ゾロは結んだこととかあるんだろうな、と思うとちょっと腹が立った。確かゾロは庭に埋めるなら庭木の下は避けるように、と言っていた。いつ植木屋が入って植え替えを行うかわからないから、と。よく来たことがあるのだからそれは詳しいはずだ。どうにも胸がむかむかしている。自分はなにを怒っているんだろうなぁとふと思う。ゾロだって男だし、所帯をもっているわけでなし、その上旗本なんだから、こういう場所で遊ぶのだって当たり前だろう、と思うのだ。それが気に入らない自分の方が少しおかしいのだろう。

「あら、見ない顔だね。こんなところでこんな時間になにをしておいでだね?」

階下の廊下から声がかかった。ひとりの遊女がルフィを目にとめたのだ。

「誰のお客だい?気に入らなかったんならアタシに鞍替えするってぇのはどうだい?」

実に婀娜っぽくしなだれかかられてルフィは少し焦った。おしろいの匂いが強く香る。ついフラフラと言うことを聞いてしまいたくなったのだけど、頭の中でナミとビビと何故かゾロまでもが大変に怖い顔をして浮かんで来たのでルフィは更にあわてて言った。

「おれは誰のお客かって言うとゲンゾウって人のお客で、ちょっと庭を見せてもらってるだけだし金もないし!せっかく言ってくれてるのに、こういうとこ来たことないからもしすげェ失礼なこと言ってたらごめんなさい。」

ルフィが頭を下げると遊女はきゃらきゃらと笑って、

「かわいいこと。ご主人のお客さんならアタシが無理にとるわけにはいかないねぇ。今度はぜひアタシのお客としてきてくださいな。」

去っていく後ろ姿を見送ってルフィはほっと息をついた。びっくりした。いろいろと。自分の中の葛藤はひとまず置いておいて、迷子札を隠してしまおう。また今みたいに声をかけられるのは心臓に悪い。ルフィは池のそばにしゃがみこんだ。馬の鞍のような形の庭石があるのに、両手をつかってゆすってみると、なんとか持ち上がりそうだ。迷子札六枚を油紙に包んだものをふところからとりだすと、石のそばに置いた。両手で石をわずかに持ち上げて、できた隙間に油紙つつみを足の先で押し込む。石をおろしてみると、重みがじゅうぶんであるせいか、物を隠したようには見えなかった。ルフィは安心して立ち上がった。

 

 お歯黒どぶ、と呼ばれる溝にかこまれて、吉原の出入口は大門しかない。午後十時から夜明けまではこの大門も閉ざされて、深夜にくる客、早朝に帰る客は、わきの耳門から出入りをする。ルフィとナミが吉原を出た時には、大門はまだ開いていた。大門をあとに折れ曲がった道を出ると、両側には葦簾ばりの水茶屋や、焼餅、だんご、焼栗、駄菓子の店がならんでいる。水茶屋の丸提灯のあかりが照らす道を、ぞろぞろ人が歩いていく。

「ごめんね。ルフィ」

いきなりナミに謝られて、ルフィはなんのことだかわからない顔をする。

「ちょっとイヤな気持ちになったでしょう?」

イヤな気持ち・・・なんだろうか。

「イヤな気持ちかどうかはわかんねェんだけど、ちょっとこの辺がムカムカするんだ。ナミはなんでだかわかるのか?」

胸を指して言うルフィにナミは困った顔をする。

「見当はつくんだけど、私にも確かなことは言えないのよね。ルフィのことはルフィにしかわからないから。でもたぶんそのムカムカの原因は私があそこに連れて行ったからだと思うから、ごめんねって」

「いいよ。おれが勝手にムカムカしてんだから。・・・ナミはムカムカしなかったのか?」

「?別にしないけど。そうね。どちらかというと、あんたの体からおしろいの匂いがすることにちょっとムカムカするかな?」

「え!?そんな匂いするか!?」

ルフィがあわてて腕を顔にやった。

「自分じゃわかんねェけど」

「まぁ、かすかなもんだからね。でも今日はビビや殿様には会わない方がいいかな」

「なんで?」

「たぶん二人もムカムカするから」

「なんで?」

「さぁ?なんででしょう?」

ルフィが唸るとナミが笑った。二人は食物屋の出ている道を並んで歩く。

「じゃぁまずナミをうちまで送っていこう。用心棒だからな。でもすげェ人だな。これがみんな客になるのか?」

「みんながみんな登楼するわけじゃないわよ。七割方は冷やかし。春になると廓をひとまわりしなきゃ寝つかれない、という人も増えてくるのよ。」

ナミがおかしそうに言うと、うしろで声がして、

「おれもそのひとりですけどね」

ルフィが振り返ると、笑いを含んだ声が

「なんでおめェがナミさんと二人でこんな場所にいるのか納得のいく説明を聞きたいもんだな」

「あ、サンジ、この前はありがとな!」

ルフィが言うと、ナミも目を丸くして、

「いつぞやの泥棒さん。ひょんなところでまた会いましたね」

「サンジとお呼びください。ナミさん。おれは廓をひとまわりしないと寝付かれないたちなのでこの辺りをうろうろするのは当たり前ですし、ナミさんひとりなら、廓にお弟子さんも多いでしょうから不思議はねェが、このガキが一緒という点がどうにも腑に落ちねェんですけど。」

「ガキ言うな」

「ガキじゃねェか・・・と、もう違うのか。あぁ、このおしろいはナミさんと違うものだな」

ちょっと安心した。と言ってサンジが笑ったので、ルフィは顔を赤くした。そんなに匂うものなのだろうか。少しくっつかれただけだと思ったのだけど。

「ルフィが初めてだっていうから私はちょっと口を利いただけよ。あまりそれでからかわないであげてね。」

「ナミさんがそうおっしゃるなら」

・・・なにかすごい話になっている、気がする。が、否定すればじゃぁなんだ、と聞かれるだろう。

「それにしてもサンジくん、私の使ってるおしろいがルフィの移り香と違うってよくわかるわね」

「料理人は鼻も利くものですよ。」

どうかしら。と呟くナミにサンジはあわてて弁明している。その様はなんだかおもしろい。見物していたら、あっと言う間にナミのすまいの近くまで来ていた。

「じゃぁ、おれはこっちなんで。おやすみなさいナミさん」

そう言うとサンジは手を振って右に道を折れていった。ナミはすまいに入る露地口で、

「ルフィあがってく?お茶くらい出すわよ」

「んー。やめとく。母ちゃんの具合悪いんだろ?それにあんまり遅くまでゾロひとりに寮番させとくのも悪い。」

「うーん。あんたがそう言うならいいんだけど。」

ナミはやっぱり複雑そうな顔で、ルフィは不思議に思う。ナミを送り届けて歩き出す。少しだけおしろいの匂いが気になった。ナミはゾロがムカムカするって言ってたけれど、ルフィにはとてもそうは思えない。だって、ゾロは何度もあの大門をくぐっているのだ。

「あ。またムカムカしてきた・・・」

「なにが?」

いきなり声をかけられて驚く。いつの間にかサンジがうしろにいて、

「ちょっとこれから会わせたい奴がいるんだが、時間あるか?」

あるといえばあるし、ないといえばない。ゾロをいつまでも待たせておくのも気が引けるが、サンジには二度も助けてもらった。それに、ちょうどムカムカが再発したところだったので、

「うん。いいぞ。でもそれならさっき言えばいいのに」

「そんなことしたらナミさんが心配なさるだろうが。それにまだナミさんはおれにすまいをしられたくない様子だ」

「そんなことまでわかるのか?」

「わかるんだよ。おれぐらいの女性の達人になると」

じょせいのたつじん。ルフィは呟いて、聞いてみた。

「そういやサンジ、大門くぐるトコじゃなかったのか?」

「いや?格子馴染みの女性とひととおりお話をして、ちょうど帰るトコだったんで丁度良かった」

「サンジはお客にならねェの?」

「まぁ、なったり、ならなかったり、かね。」

・・・別にムカムカはしない。

「んーと。サンジは好きな奴がたくさんいるのってどう思う?」

「普通だろ?」

「えと、そうじゃなくて、特別に好きなのかなぁ、と思う奴がたくさんいるの」

「普通だろ?」

「そうなのか?」

「少なくともおれはあっちもこっちも気になるが。」

「でもお客になるのと、好きとか言うのとはちょっと違いそうだ。」

「それはちょっと難しいトコなんだがな。なんだ?吉原の女性に惚れたのか?」

「いや、そういうんじゃないんだけど。女性の達人にしたら、好きな男が吉原通ってるの知ったら女の人はどういう気持ちがするかわかるか?」

「そりゃおもしろくはねェだろうなぁ。」

「でもナミはムカムカしねェって言うんだよ。なんでかなぁ」

「そりゃ、人間は、特に女性は思ったことを全部そのまま口にしたりはしねェもんだからな。お前と違って。いや、待て。なんだかそれはナミさんに思い人がいるような口ぶりじゃねェか。」

「なんかおればっかりムカムカしてるのちょっと悔しいんだけど」

「相変わらず人の話を聞かねェな。てめェ。・・・あぁここだ」

見ればそこはどこかの店の裏口のようだった。

「うまそうなにおいがする」

「お前の嗅覚は食い物限定か」

サンジが苦笑した。サンジのあとをついて裏木戸をくぐる。正面に大きな母屋があり、いくつかの座敷がつらなっているようだ。庭のすみに母屋とは対照的な小さな庫裡があった。

サンジは庫裡の戸を開けて

「おい、クソジジイ!起きてんだろ。会いたがってたガキ、連れてきたぜ」

「そんなに怒鳴らなくても聞こえるわチビナス!この寒ィのに戸をあけっぱなしにしてぼーっとしてねェでとっとと上がって来い」

サンジは舌打ちすると履物をぬいで、廊下に上がり、板戸を開けた。ルフィが出入口の戸をしめて後に続くと、六畳間の囲炉裏の向こうに、恰幅のいい男が座っていた。

「よく来たな。小僧。まぁ好きなとこ座れ」

ルフィはなにもない六畳間をくるりと見回して、深く考えず、その場に座った。

「おっさんは、あれだな。盗賊の親分だな。おれになんの用だ?」

初対面の相手に言うには随分失礼な台詞だが、相手は特に怒り出したりしなかった。

「小僧、なんでも宝捜しをしているらしいな。」

「あー。うん。まぁな。でもまだなんにもわかんねェから、おれに宝のこと聞いてもムダだぞ?」

「お前の捜している宝ってのはいったいどんなものか知っているのか?」

「いや、それもよくわかんねェんだけど、他にもいっぱい狙ってるやついるみたいだから、それなりにしんぴょーせーってのがあるんじゃねぇかって」

ゾロが言ってた、とは言わないことにした。

「昔な、ある盗賊が盗みためた金が5千両とも一万両とも言われているんだが、どこかに埋められてそのままになっている、という話がある。聞いたことがあるか?」

ルフィは大きな目を更に大きくして、

「今初めて聞いた。おれたちの探してる宝ってそれかな。」

「ちなみにその盗賊ってのがおれだ」

ルフィの目が更に大きくなった。落ちるぞ、とサンジの声が聞こえる。

「おっさん、その宝のありかを迷子札に彫らせたってことはねェ?」

「ねェな。おれにガキはいねェ。」

「隠し場所を誰かに教えてそいつが迷子札に刻んだってことは?」

「それもねェな。隠し場所を知ってんのはおれひとりだ」

うーん、とルフィは考え込む。そしてにっかり笑うと

「おれたちの探してる宝とおっさんの隠した宝とは違うみたいだから、心配しなくていいぞ。それだけが用事だったら、おれもう帰るけど。」

ルフィが腰を浮かすと、男はニヤリと笑って

「一万両の隠し場所、知りたくはねェか?」

「今でも隠したままなんだったら、それがなんでかの方が知りたい。」

ルフィがそう答えると、男はからだをゆすって笑い出した。

「おもしろい小僧だ。チビナスが珍しく男の話なんぞをするから見てやろうと思ったんだが、なるほど。こいつが連れてくるはずだ。よし小僧、今の話は忘れろ。その代わり、今度は昼間、表から店に入って来い。今までに食ったことがねェくらい、うまいもん食わしてやる。」

ルフィはわからないままに頷いた。おいしいものを食べさせてくれると言っているのを拒否するいわれはない。

「おれはゼフ。この店の料理長だ。今度店に来た時に、おれの名前を出せ。小僧。てめェの名は?」

「ルフィ」

「わかった。店のモンには伝えとく。遅い時間に悪かったな。おい、チビナス。てめェ誰かにつけられたか?」

話の続きのような無造作な言い方だったが、サンジははじかれたように身を翻して板戸のそばにうずくまった。しばらく耳をかたむけて

「だれも来ちゃぁいねェようだが。ジジィ耄碌したんじゃねェか?」

「おれの心配なんざ百年早ェ。てめェが気づかねェんなら御用の筋じゃねェだろう。小僧が狙いと見ていいか。おいチビナス。小僧つれてとっとと出て行け、塀外に船がある。」

「おっさんは?」

「何度も言わすな。てめェらがおれの心配しようなんざ百年早ェ。」

サンジは板戸を少し開けると、手を伸ばして土間の履物をつかみとってから立ち上がった。ルフィはサンジから雪駄を受け取るとゼフに向かって

「おっさんのメシ、食わせてもらうの、約束したからな!」

そう言って一礼すると、障子の外に出た。サンジが先に立って、勝手口の板戸を開けた。一歩外に出ると、いつの間にか雲がひろがったのか、空には星もまばらで、前後左右から濃い闇がおしよせてきていた。

「頭の上に気をつけろ」

と、経験上、ルフィが声をかけたとき、庫裡の屋根の上にものの動く気配がした。たちまち一際黒いものが、サンジの上に飛び降りた。サンジは左手を振るって地面に転がって避けたらしい。ふたつの影が、一瞬もつれあって、さとわかれた。片方は低く声をあげて、跳ね起きる。もう一方は息遣いも聞かせず、すっと飛びのいた。ルフィも思い切り拳をふるった。確かに手ごたえはあったはずなのに、相手は声もたてない。そしてまた気配が消えてしまう。何度か落下してくる黒装束を迎えうっているのだが、手ごたえはあるくせに相手はちっとも倒れない。二人はようやく気がついた。

「すでに死んでるわけか」

庫裡の上にいる黒装束たちが、すでに息のない仲間の死体を革紐かなにかであやつっているらしい。仲間のからだを武器がわりに使うことにルフィは怒りを覚えた。

「キリがねぇ。ルフィこっちだ!」

サンジが塀の上に身軽におどり上がってルフィに手をさしのべた。その手をつかんで土塀の上にあがりながら、ルフィが振り返ると黒装束たちが追ってくるのが見えた。この位置ならば、死体を人形にして操る技も使いにくいだろう。本当は応戦したかったのだけれど、サンジに首根っこをつかまれて、走らされる。土塀の向こうには畑があって、その中に大きな池があり、舟はそこにつながれていた。切りかぶにつないだ網をサンジはすばやくといて、竿を握った。舟は岸をはなれて池を横切ると、せまい流れが大川に通じているのへ、乗り入れていった。ルフィは池の向こうを眺めたが、ただ闇があるばかりで、追手がかかっているのかどうかも見当がつかなかった。

「おっさん、大丈夫かな」

ルフィがぽつりと言うと、

「またあのジジィに怒鳴られてェか?奴が心配すんなって言ってんだから心配ねェよ」

サンジは竿を大きく回して、舟を大川へ乗り出しながら言った。

「櫓に代える前に、行灯に灯をいれとくか」

サンジは竿を船べりに横たえると、しゃがみこんで、火打ち鎌を鳴らした。行灯といっても小舟でつかうものだから大きくはない。田の字の形をした枠組みに紙を貼った木箱のような行灯だ。なかの蝋燭に火をつけて、サンジはそれをルフィに差し出した。ルフィが舳に行灯を置くと、サンジは櫓をこぎはじめる。舟は大川の川中に出て、すいすいと下りはじめた。

「はー。ゾロがいればあの革紐斬ってもらえたのになぁ」

ルフィはよほど悔しいらしく、ぶつぶつと文句を言った。サンジが聞きとがめて

「お前、ゾロってロロノア・ゾロか?」

「なんだ、サンジ知ってんのか?」

「いや、たち悪ィって有名だろ。何度か賭場で見かけたことはあるが、まず友達にはなれねェな」

「なんでだよ。ゾロいい奴だぞ?そうだ!会わせてやるからこのまま寮まで一緒に行こう!」

サンジは疲れたようにため息をついた。

「あんまり自分の価値観を他人におしつけるもんじゃねェぞ?まず第一におれはあの殿様とは反りがあわねェ。これは確実だ。第二に、おれは男の知り合いはこれ以上いらん。第三に寮に行きたくても現在この舟はおれの意思で動いていない。」

「第三の理由がとても気になります。」

「下、見てみろ。」

「・・・ごめんな。サンジ」

「いや、女性の知り合いが増えるのは結構なことだ。人魚なら尚更。」

暗い水の中に、青白いものが浮いている。裸の女の身体だった。ひとり、またひとり、裸の尼は浮き上がってきて、水面に顔を出すと、ルフィを見上げてにこりと笑った。

 

 2005.2.20up

 

またゾロルから遠ざかった気がします。

ダメじゃん・・・。

この話、ゾロの出番少なくて大変ワタシは切ないです。

そしてこのペースだと、

彼らが進展するにはものすごい月日が必要になるのではないかと不安です。

いや、それ以前に進展するのか?とか。

次はもう少しラブコメしくなりますように(笑)。

 

 

  

 

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