春で朧でご縁日

9.

 

 寮を襲った出来事は、押し込み強盗が入った、として報告した。ルフィは事実に近い嘘しかつけない自分にがっかりしたが、そんな場合でもない。医者を呼んでもらってゾロの背中の手当てをしてもらった。ゾロはその間少しも目を覚ますことがなく、ルフィはわけもなく不安になった。背中の火傷には、爆風で飛ばされた木の枝やなにかが、細かく突き刺さっていて、町医者も思わず顔を顰めていた。治療の間は意識が戻らない方が助かる、と言われて、ルフィはゾロを起こしたい気持ちと闘った。ゾロの背中から流れる血と、次々と取り除かれていく破片をただ見ていることしかできなかった。こんなに悔しい思いをしたのは生まれて初めてだった。

 寮は雨戸も障子もなにもかもとっぱらわれてしまい、ルフィ一人なら気にしないところだが、ゾロの傷にはこの夜の冷えはよくない、と医者に言われ、少し考えた末、ゾロの屋敷に行くことにした。夜の道を、ゾロを背負って歩く。ゾロの屋敷も荒れてはいるが、今の寮の状態よりはマシだろう。たまにゾロの草履が地面にこすれる音がした。それでもゾロは目を覚まさない。ただ、ルフィの耳元で聞こえる寝息がほんの少しルフィを安心させた。

 当然のように錠などはかかっていなかったので、ルフィは勝手知ったる他人の家、と言う態で、いつか来た裏木戸から中に入る。縁側をなんとか上り、障子を開けて中に入る。ゾロらしいというかなんというか、蒲団は敷きっぱなしになっていて、ゾロの無精に顔をしかめるべきか、敷く手間がはぶけたことを喜ぶべきか、一瞬悩んで、あっさり後者を選ぶ。背中に触らないように丁寧にうつ伏せに寝かせるつもりが、体勢を崩しルフィもろとも万年床の上に倒れ込んだ。ゾロを背負ったまま前方に転んだかたちになるので、ひとまず背中の傷にはさわりないだろう、とルフィは勝手に判断した。ルフィの背中の上のゾロは相変わらず目を覚ます気配がない。

「どうしようかな・・・」

ルフィはポツリと呟いた。ゾロの背中に障らないようにここから抜け出す自信がない。幸い、障子は閉めてあるし、寒さはちっとも気にならない。寧ろ暑いくらいだ、とルフィは思う。耳には相変わらずゾロの寝息が聞こえる。背中には体温。少し、落ち着いてきた。ゾロがこんなことで死んだりするはずがないのだ。少し眠る、と言っていたではないか。そのままじっとしていたら、ルフィの緊張も解けてきたのか、やがてまぶたが重くなる。少し暑いくらいのその場所でルフィも意識を手放した。

 

 急に寒さを感じて、ルフィが目を覚ました時には、障子から日の光が差していた。むくりと起き上がって振り向けばゾロも目を覚ましていて、ルフィはほっと息を吐いた。

「おはよう」

言いたいことはいろいろとあったが、ルフィの口から出た言葉はそんな挨拶だった。ゾロが起きて、目の前にいることがこんなに嬉しいと思わなかった。

 ゾロは状況がつかめないようで、しばしの間、口を開くこともなく、昨夜の記憶を反芻しているようだった。

「ゾロ、痛くねェか?」

ルフィが尋ねた。当然背中のことである。

「あ?いや別に。・・・おれは昨夜、お前の家で寝たはずだが」

「あれはビビの家だぞ?」

「いや、そんなことはどうでもいいんだ。・・・どういう事情でおれがお前を抱きこんで眠る羽目になってたんだか、記憶にねェんだが・・・」

「医者があったかくした方がいいって言ったけど、あそこ雨戸もなにも全部壊れちゃったから、おれがゾロここまで運んだんだ。で、一緒に寝ちまった。」

ルフィが経緯を説明する。

「・・・まさかとは思うが、何もしなかったよな?」

「おれが?ゾロに?」

「いや、おれが、お前に」

「なにを?」

「・・・なんだろうな」

ゾロが顔を顰める。ルフィも少し神妙な顔をしてゾロと向き合っている。

「無事だな」

ゾロの呟きにルフィはなぜだか泣きそうになった。それから安心と嬉しさと怒り。

「・・・全然無事じゃねェよ」

「どこか痛めたのか?」

やっぱり泣きそうになって、ひとまず怒りを最優先することにした。

「おれは、おれがケガするより、ゾロがケガする方がイヤだ。おれのせいでゾロがケガするなんて最悪だし、ゾロが今どれだけ痛いか分かんねェのも悔しいし、」

「悪かったな」

ルフィの言葉をゾロが遮る。

「勝手に体が動いたんだ。お前の気持ちとか考えてる余裕がなかった。だが、あの場合、あぁした方が一番被害は少なくて済むと考えたんだが」

真面目な顔をしてそんな風に言うので、ルフィの体から一気に力が抜けた。確かにゾロが助けてくれなければ、あの爆風はルフィの正面を直撃したわけで、失明の可能性だって十分にあったし、悪くすれば命だって危なかったのかもしれない。

「・・・謝るな。バカ。」

「すまん」

どうしてこの男はこんな風にできるのだろう。わけのわからない出来事に巻き込まれて、会って間もない町人の自分をかばってケガまでして。

「・・・ごめん。それからありがとう。助けてくれて」

うつむいてそう言えば、頭にゾロの手が置かれる。ゆっくりと、確かめるようにその手はルフィの頭を往復した。ルフィはどうしていいかわからずに、ただじっとしていた。ゾロに頭を撫でられるのは別に嫌いではない。どちらかと言えば好きだ。

「ありがとう」

ゾロの言葉にルフィが顔を上げた。

「かばわせてくれて。お前になにかあった方が、おれは堪える」

上げるんじゃなかった。ルフィの顔に瞬時に血が上る。それでも目をそらすことができなくて、ルフィは固まってしまった。頭を撫でていたゾロの手が顔に伸びて頬に触れる。それでもルフィは動けなくて、金縛りにあったように、ただゾロの目を見ていた。

「殿様?ルフィ?いるの?」

庭から聞こえた声に、我に返ったのはルフィの方が先だった。すごい勢いで立ち上がると障子を開けて庭に出る。

 日は随分高く上っていて、ルフィは結構な寝坊をしていたことを知った。庭には、ナミとビビがいて、ルフィを見るとホッとしたように息を吐いた。

 

「あんたねー。場所移すなら移すって言いなさいよ。ビビが心配するでしょ」

会った一番にナミにこづかれる。そういえばそうだ。ゾロのことで頭がいっぱいで、寮のことをすっかり忘れていた。

「ごめん」

ルフィが思わずしゅんとなる。ナミの大事な人をルフィのせいでケガさせてしまったことを今更ながらルフィは思い出した。事実はどうであれ、少なくともルフィはそう思っている。

「私じゃなくてビビでしょ?ほんとに心配してたんだから」

あの寮の様子を見れば心配するな、と言う方が無理だろう、とナミは思う。火事がおこったように、木が消し炭になっていたり、燈篭が破壊されていたり、雨戸は全部ふっとばされていたり、血痕があったり、とにかく惨憺とした有様だったのだ。そして、その場にいたはずのルフィとゾロがいないとわかった時のビビは、真っ青な顔をしていて、見ていて気の毒なくらいだった。丁度、そこにナミが居合わせて、それから近所に聞き込んで、どうやらゾロがケガをしたらしいことを知った。もしかしたら、とゾロの屋敷までやってきたのだが、ルフィはピンピンしているし、ゾロも命に別状はなさそうだ。恨み言のひとつも言いたくなったのだが、このルフィの落ち込みようを見て、少し強く言い過ぎたかと、ナミは心配になった。

「ビビもごめんな」

ビビには寮を放っておいて、心配をかけたことをルフィは詫びた。

「いいえ、無事だったらいいんです。こちらこそなんてお詫びしたらよいか」

「ビビが謝ることはねェよ。おれはそういう仕事だってわかってて受けたんだから。」

「そうよ。ビビは雇い主なんだから、もっと威張ってていいのよ」

「ナミみたいに威張らなくてもいいとは思うけどな」

そう言ったら、ナミの平手が頭に飛んで、それからビビが笑った。ビビが笑ったので、ルフィもナミも笑った。いつも張り詰めているこの娘をなんとか笑わせてやりたいとか、守ってやりたいとか、二人ともに思っていたせいだ。

「ごめんな。ゾロにケガさせちゃって」

こっそりナミに謝れば、ナミは心底不思議そうな顔で聞き返す。

「なんで謝るのかわかんないんだけど、あんた無傷で殿様ご満悦なんでしょ?」

ご満悦、という言葉には語弊があるが、概ねそうなのかもしれない。礼も言われたことだし。

「なんでわかるんだ?」

そりゃわかるわよ、と返ってきた答えにルフィはまた考える。

「やっぱりナミはすごい」

ゾロのことならなんでもわかるんだろうか。ルフィの思い込みはなかなか強固だ。

「まぁ、すごいのは否定しないけど」

なんかこの子変なコト考えてるんじゃないかしら、とナミの勘はなかなか冴えていたが、よもや、そのように思われているとは露ほども気づけずに、ルフィも満更でもなさそうなんだけど、やっぱりビビも可愛いから殿様旗色悪いかしら、これで賭けくじとか作れないかしらねー、とりあえずあの泥棒さん辺り・・・などとあれこれ考えていた。

「あ、ルフィさんと竹光の殿様にご飯、持ってきたんです。まだだと思って」

その言葉を聞いてルフィは初めて自分が昨夜からなにも食べていないことを思い出した。と同時に盛大に腹の虫が鳴って、ビビとナミが笑った。

 

 ビビからの差し入れを、ルフィはもちろん、ゾロもしっかりと食べて、皆を安心させた。食べている間も、なぜかルフィはゾロの目が気になってしょうがなくて、そんな気もないのに、つい目をそらしてしまう。目が合ったら最後、そのまま動けなくなってしまうような気がしたせいだ。どうにもギクシャクしているルフィの様子に真っ先に気がついたのはやはり聡いナミだった。思いついて、ゾロに目をやれば、ゾロの視線はルフィから動いていない。射るように、熱心に、ただ、ルフィだけを見ている。

(あんな目でじっと見られたらルフィも困るわよねぇ)ナミはため息をついて、自覚のない殿様の傍に近づいた。

「あのね、殿様。そんな取って食いそうな目で見てたら、さすがのルフィも気づくわよ?」

ナミに小声で注意を促され、ゾロははっと我に返る。そして一気に頭に血が上った。

「あら、殿様もそんな顔できるのね」

ナミの揶揄する声にとっさに反応できないくらい、ゾロは衝撃を受けていた。先程も、ナミ達が来なければ、どうなっていたのだろう。先延ばしにしていた答えを、突きつけられたような気にさえなった。瞬間的に熱は上がり、また急激に下がる。熱くなった体に冷水を浴びせられたような気がした。どうしても認めるわけにはいかない感情だ。冷えた頭でルフィと、その傍らのビビを見て、ゾロは肝に銘じる。

 今度はゾロがルフィから視線をそらす番になった。そのせいで、ルフィの顔に表れた変化に、ゾロは気づくことがなかった。

 ルフィはと言えば、なんとなく眉間に皺が寄っていた。ふとした瞬間に、ゾロの視線が自分から外れたのを感じ、今度はそっと、ゾロの方を伺ってみた。するとゾロの傍にはナミがいて、なにかをゾロに囁いたかと思ったら、ゾロの顔が赤くなって、ゾロでもこんな顔するんだ、と感動しつつ、あれはでもナミのためであって、つまりやっぱりゾロもナミのことが好きなのだ。といういつもの結論に落ち着いてしまった。

 あんな顔であんな目であんなことを言うくせに、ゾロの好きな人はやっぱりナミなのだ。そう考えると、だったらあんな言い方するな、とかあんな目でおれを見るな、とかなんだかむかむかしてくるのだ。

 その時のことを思い出してルフィの顔はまた少し赤くなった。ゾロは非常に自分を大事にしてくれている印象を受けた。実際それは疑うべくもない。ゾロが自分を大事にしてくれるように、ルフィだってゾロのことを大事だと思っているのだ。なのに今、ゾロとナミが楽しそうなのを見てなぜかむかむかしたりするのだ。

「なんかおれイヤな奴な印象だ・・・」

その上恩知らずだ。そう思うとどうしても顰めた顔が元に戻らない。

「ルフィさん?」

ビビに声をかけられて皺がとれた。最近の自分はまったく複雑でよくわからない。とルフィは思う。ビビのことは守ってやらきゃいけない、と思う。一緒にいると、ふんわりとした良い気持ちになれる。ずっと一緒にいたいなぁ、とも思う。でもゾロといると、妙に落ち着かなかったり、逃げ出したくなったり、泣きたくなったり、でも楽しかったり。まったくよくわからない。

「そうだ!おれビビに言わなきゃならねェことあったんだ。じゃぁ、おれビビん家行ってくるから、ナミあとよろしくな!」

「「は?」」

言うが早いが、ルフィはビビの腕をとって部屋を出て行った。ルフィとしてはなんとか気を利かせたつもりでもあったのだが、残された二人はわけがわからない。

「・・・やっぱり殿様、気づかれたんじゃないの?」

「・・・なにをだ」

「・・・言っていいの?」

「・・・単にビビと二人になりたかっただけじゃないのか?」

ナミはやっぱりため息を吐いた。

「落ち込むくらいなら言わなきゃいいのに」

まったくこの男は肝心なところで不器用だ。

 

「ルフィさん?」

ビビの声に我に返る。気がつけば、ビビの腕を引っ張って、往来を随分長いこと走っていた気がする。ルフィは掴んでいた腕をあわてて放す。大店のお嬢さん(お武家のお姫様である可能性が高いのだけれど)が嫁入り前に変な噂を立てられては申し訳ない。

「ごめんな、ビビ」

勝手に連れ出してしまった。気を利かせたつもりで、実の所、あの二人を見ていたくなかっただけなのかもしれない、と思うとルフィは少なからず落ち込んだ。

「いえ、昨夜のことは私も詳しく聞きたいと思っていましたし。たぶんイガラムも」

ビビが少し息を切らせて、それでもにっこり笑った。

 

「わかりましてございます」

ルフィの話を聞き終わるとイガラムは重い口を開いた。

「私の仇を討ってくれたことに対しては、竹光の殿様にお礼を申し上げねばならんでしょうな。しかしまた、三日、いえ、二日後とは随分急な話ですな」

イガラムの傷はまだ癒えず、いつかの土蔵の二階で床に臥したままの会談となっていた。

「ビビ様をお連れいただけますでしょうか」

「なんか危ない感じだけどな。やっぱりビビの宝の話なんだから、ビビは行くべきだ、とおれも思う。ビビだけはなんとか守り通すつもりだけど、なんかあったらごめん」

頭を下げるルフィにイガラムは不思議そうな顔をする。

「私もビビ様も、覚悟はしておりますが、ルフィさんらしくない。随分弱気でいらっしゃる」

そう言われてルフィは一瞬返答に困ったけれど、やがてとつとつと話し始めた。

「弱気になってるっていうんじゃなくて。あの忍びの里の頭領の最後を見て、ちょっと考えたんだ。あいつはもういないけど、あんな風に、自分の命を投げ捨ててでも宝を手に入れよう、って執念を持ってる奴がいるのは正直驚いたし、またそういう奴がいないとも限らねェだろ?ビビの宝はそれだけの価値がある、って思われてる。それにゾロにケガさせたのはやっぱりおれが未熟なせいだと思うから。もちろん、繰り返すつもりはねェけど」

よほど殿様のケガが堪えたようだ、とイガラムとビビは思った。

「で、ゾロ、ケガしてるし、これ以上巻き込みたくねェから、ビビの護衛、おれ一人で行こう、って思ってるんだ。だからちょっと頼りねェかもって」

「元より、私どもはこれ以上、関係のない方を巻き込むつもりはございません。ルフィさんが良いというのならば是非そのように。どうかビビ様をよろしくお願いいたします」

イガラムは頭を下げる代わりに、ルフィの手をぎゅっと握った。

 

 その夜、ルフィはいつかの大門をまたくぐることになった。例の菱まんじ屋より、迷子札6枚を回収するためである。ナミに頼んでもよかったのだけど、今自分は少しイヤな奴だから、もう少し落ち着いてから、ゾロとナミには会おう、と決めていたせいだ。本来ならばルフィのような持ち合わせの少ない町人には、決して入れないような店であったのだが、以前ナミと共に来ていたことを、遊女や番頭が覚えていてくれて、ルフィは単独で、菱まんじの主、ゲンゾウと会うことに成功した。

「やぁ、これはルフィくん。よく来てくれたな。今日はゆっくりしていってくれるのかい?」

以前と同じように笑顔で迎えてくれた。ルフィも笑顔で挨拶をする。

「いや、おれ客で来たわけじゃないから、あんまりゆっくりしてくのは悪い気するんだけど。えーっとこないだここに来た時に、おれ落し物したみたいなんだ。だからもう一回あの庭を見せてもらえてらなぁ、と思ってきたんだけど」

ルフィがすまなそうに言う。長い目でみれば嘘ではないのだが、なんとなく後ろめたさを感じるのも事実だ。ゲンゾウは少し考える目をしていたが、やがて許可をくれた。

「では探し物がすんだら、私の酒に付き合ってくれること。これが条件だ。いいかね?」

ルフィはぶんぶんと首を縦に振った。あの寮に一人戻って夜を過ごすことはなんとなくイヤだと思っていたので、渡りに船の申し出だ。

 文の松を有する中庭に下りる。庭の様子は一昨日とまったく変わらないように見える。たった二日しかたっていないのだ。ルフィはその事実に今更ながら驚きながらも、迷子札の回収にかかった。こんなことなら苦労して隠すんじゃなかったかな、と思ったけれど、ここに隠しておいたからこそ、あの忍びの里の者の襲撃をしのげたのだということも思い出す。迷子札は庭石の下にきちんと揃っていて、ひとまずルフィはほっと息を吐いた。忍びの里の者はもういないので、あんな風に強硬にこの札を奪おうとする者はいないはずだが、まだ油断はできない。一時手を組む、と言った所で、ロビンだってビビの敵なのだ。ルフィ個人としては、そう悪い人間だとも思っていないけれど。

 迷子札を懐に入れて、ルフィはお内証に戻った。ゲンゾウの部屋には既に酒の用意がされていた。

「おや、探し物は見つかったかね?」

「うん。ありがとう。おかげで見つかりました」

ルフィは頭を下げた。

「では、君の武勇伝を肴に一献」

そう言ってゲンゾウは笑った。

 

 それから、奉公人数人を巻き込んで、ちょっとした宴会が行われた。ルフィはさすがに迷子札のことが気になって、酒も少ししか飲まなかったのだけれど、他の、特にゲンゾウの呑み方はすごかった。

「小僧!・・・ナミは私の大事な・・・娘みたいなもんだ!泣かせたら承知しないぞ!」

ちなみに小僧とはルフィのことだ。さっきから肩をつかまれて、すっかりからまれているルフィであったが、ゲンゾウからはナミへの暖かい愛情しか感じられなくて、ルフィはやっぱりこのおっさんはいい奴でおれは好きだ、とか思っていた。周囲からも「旦那は師匠のことになるとこれだからねェ」などと言う苦笑がもれていた。

「でもナミの相手はおれじゃねェぞ?」

酔っ払いには通じないだろうけれど、一応ルフィは反撃を試みた。

「じゃぁ、誰だ」

無論、ゾロとは言えなくて、ルフィはやっぱり答えに窮してしまう。思いついて

「そういや、なんでおっさん、ナミの父ちゃんじゃねェんだ?父ちゃんみたいなもん、だったらほんとに父ちゃんになればいいじゃねェか」

苦し紛れのそれは、どうやら核心だったらしい。周囲のざわめきもピタリと止まる。何故か皆して、ゲンゾウの次の言葉を待つ羽目になった。

「・・・小僧よ。私はナミ達が幸せならそれでいいんだ。別に一緒に暮らすことだけが家族ではないし、本当なんてものほどわかりにくいものはない」

とにかく、ナミ達が幸せならいい。とゲンゾウは繰り返した。

「うん、おれもナミは幸せなのがいい」

ルフィもぽつりと呟いた。

「そうだろう!あの娘は誰よりも幸せにならんといかん!頼んだぞ小僧!」

「いや、だからおれは違う・・・けどナミは幸せになる。おれが保証する!」

「そうか!飲め!」

そんな風に宴は続く。気がつけば夜が明けていて、ルフィは自分が寝入っていたことに気づく。起きると同時に、懐を探る。迷子札を包んだ油紙の手ごたえを感じて、ルフィは息を吐いた。やはり大まがき。不審人物は滅多に入れないのだろう。たぶん、今この廓内で一番の不審人物はルフィ違いない。

「おはようございます。昨夜はうちの主がお世話をかけまして」

いつもはしっかりとした人なんですが、ナっちゃん達のことになるとあんな風になっちゃってねぇ、と柔和な顔で番頭が話し掛けてきた。ルフィもあわてて挨拶を返す。

「おはようございます。えっと、泊まる気はなかったんだけど、ここってすごく高いんだろ?」

番頭は愉快そうに笑うと、

「主人のお客からお金をとろうなんて思ってませんよ。よければまた、遊びにきてやってください。まぁ、客として遊んでいっていただくのが一番いいんですけどね。こんなことを言ったら師匠に叱られてしまいますか」

「だから違うんだって・・・」

からかわれているのはわかっているのだが、つい、否定してしまう。自分が相手というのは二人に悪い気がしてしまうのだ。

「ルフィくんっ!」

その時帳場の方から声がしてゲンゾウが顔を出した。昨夜とは別人のようにおだやかないつものゲンゾウだった。

「昨夜はほんとにすまなかったね。私も少し悪い酒を飲んだようで」

謝るゲンゾウにルフィはにっこりと笑った。

「謝ることねェよ。おれは昨夜でおっさんのこと前より好きになった。そんで泊めてくれてありがとう。あと、ナミはおっさんが父ちゃんだったらいいと思ってるって言ってたしおっさんのこと大好きだ」

ゲンゾウは一瞬虚を突かれたような顔をしたが、やがて笑い出した。

「ありがとう。」

そう言ってルフィの肩を叩いた。

 2005.10.25up

 

慌てて更新してみました。

確かに4ヶ月はあきすぎです。

1から読み返しました。

書きたいとこまで全然いけませんでしたが、

一回ここで切っとこう、な感じで。

次はこんなにあかないようにしたいです。

しかし、こんなところで引っ張る気はなかったんですが。

さくっと進めたい気だけは十分。

 

 

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