実家(初参りその後)

 


「えらくたくさん買うな・・・」
 コンビニである。元旦も休まず営業。ルフィの家に向かう道すがら、ルフィたっての希望で立ち寄っている。真っ直ぐ自分の家に帰って眠る方が、建設的だったのかもしれないが、ルフィと一緒にいられる時間と秤にかければ、どちらを優先するかは言うに及ばない。
 ただ、朝からおでんやら弁当やら菓子やら買うのはいかがなものか。そして、元旦の朝から実に充実した品揃えだ。
「うん。腹減ったしな。夜にそば食ったきりだし」
 ルフィがはきはきと告げる。するとそれは朝食ということか。言われてみれば、ゾロも夕食を食べたきりだった。が、食欲よりも睡眠欲の方が勝っている気がする。
「おし。待たせたな」
 レジをすませたルフィがレジ袋を両手に持って振り返った。コンビニを出ると、ゾロが片手を出す。
 首を傾げるルフィに
「ひとつ、持つ」
「いいよ。こんくらい持てるから」
「おれが手持ち無沙汰だ。」
 ルフィの買い込んだものの中には、2リットルのペットボトルもあって、普通、こういうものは、大晦日に買い込むものなんじゃないだろうか、と思うのだが、ゾロの家の冷蔵庫にもロクなものは入っていない。
「お互いの片手が空いてるくらいで丁度いいだろ」
 ルフィがにっこり笑って、ゾロにレジ袋をひとつ渡した。大して重くはないそれをゾロが受け取ると、ルフィは空いた片手を出したまま、
「えーっと、はぐれたら困るから」
 ゾロは軽く周囲を見回して、その手をとった。

「ゾロ、ここだ」
 ルフィがつないでいた手を離して指差したのは、こじんまりとした木造の一戸建てだった。ゾロはルフィに続いて、敷地に入る。門を開く時、きぃ、という高い音がたって、ここしばらく油をさしていないのだということがわかった。家人はその辺り、おおらかな性質らしい。ルフィの家なんだから当たり前、というべきか。
「どうした?」
 ルフィが振り返ると、首をかしげた。玄関を前にして、ゾロの歩みが止まったせいだ。
「・・・いや・・・こんな朝っぱら・・・家の人とかまだ寝てんじゃねェか?」
 既に八時近いが。
「あー。うん。寝てるかもな」
 ルフィがあっさりうなずくと、家の鍵をがちゃりと開けた。つまり、家人がいるということである。
「ちょっと待て」
 誰もいないというのも問題だとは思うが、家人がいるということは、それなりに心の準備というものが・・・とゾロが思っている間にも、ルフィの動作はどんどん進む。ドアを開けると、
「ほら、入れゾロ。」
 笑顔で促されても、ちょっと逡巡する。
「できれば話を聞いてくれ」
「なんだ?おれ腹減った」
 それはそうだろうが。
「あー・・・とりあえず、お前は中に入ってメシでも食っててくれていい。おれはちょっと戻る」
 ルフィの顔が曇った。ゾロの苦手とする顔のひとつだ。
「いや、別にここまで来て、家に帰ろうってんじゃねェから。あー、さっきのコンビニでちょっと買いたいもんがあったのを思い出してな・・・」
 あわてて言い訳をする。
「おれ行って買ってくるぞ?」
「いや、おれの忘れもんだ。おれが行くから、お前はメシ食ってろ。」
 ルフィが怪訝そうな顔をしたが、食欲には負けたらしい。いかにもしぶしぶという感じで頷いた。
「早く戻って来いよ?そんで、これがチャイムだ」
「あぁ、わかった・・・ところでお前の家族って何人だ?」
「どっからどこまでが家族?祖父ちゃんの兄弟とかも入るのか?」
「・・・言い方を間違えた。この家に今、何人で住んでる?」
「この家にはおれとエースの二人だけだ」
「二人?」
「うん。」
 こんな一軒家に兄弟が二人暮し、というのはなにか事情があるのだろうか、と思いつつも、玄関先でする話ではないことに思い至る。
 ゾロはルフィに荷物を渡すとそのまま来た道を戻った。一本道なので、迷うことはないだろう。
 さっきのコンビニについて、ゾロは眉間に皺をよせた。ひとまず、家人に手土産のひとつでも用意しておこうと、戻ってきたはいいが、さて、なにを買っていこうか、と思案する。
 とりあえず、自分がもらって嬉しいものは酒だ。兄は星が好きなのだと聞いたが、この場合、あまり参考にならない。手堅く菓子折りと、やっぱり酒は買って行こう、と決める。
 手土産は半分口実で、実のところ、心の準備をしたかった、というのが大きい。ルフィはどうか知らないが、真面目なお付き合い、というものをしているつもりの自分にとって、相手の家族に会うのはかなり緊張する。況してや、ルフィから聞く兄は相当弟を可愛がっているようなので。
 可愛がってる弟に、可愛い彼女ならともかく、自分のような虫がついたとわかったら、噴飯ものだと、客観的に思う。いざとなったら戦う気はあるが、できれば、それは避けたいと思う。
ルフィは特になにも考えていない気がするが、その辺り、わかって欲しいようなわかって欲しくないような、大変複雑である。覚悟のいることなのだ。
 ゾロはこっそり気合を入れて、コンビニを出ると、ルフィの家に向かった。明らかに真っ直ぐ家に帰った方が早く眠れそうな気がしたが、いつか通らなければいけない道だ。いい機会だと思うことにする。
 ルフィの家に着くと、軋んだ音を立てる門を開けて、インターフォンを鳴らす。ひとつ、深呼吸。こんなに緊張したことが今までにあっただろうか。ガチャリとドアが開いて、ルフィが顔を出した。
「おかえりゾロ!風呂入れたぞ!入るか?メシもあるけどそっちが先か?それともすぐ寝たい?」
「・・・・・・・・・」
 なんだそのバーチャ新婚みたいな台詞は。そしてその笑顔は。ゾロはせっかく固めた覚悟がトロトロに溶けていきそうな気がした。頭がクラクラする。寝不足が祟ったか。そのまま抱きしめたくなるのをなんとか堪える。
「おーい?ゾロ?」
「・・・あぁ、悪ィ。あまりの破壊力に意識が飛びかけた。えーっとお兄さん、まだ寝てるか?」
 玄関の戸を閉めてゾロが聞くと、
「あぁ!いなかった!出かけてるみてェ!」
 あっさり返って、今度こそ膝をつきたくなった。
「布団、和室に敷くか?それともおれの部屋で寝る?」
 なんの含みもなく言っている台詞だとはわかっているのだが。
「和室でオネガイシマス」
 なんとなく丁寧語になってしまう。ルフィの部屋に興味がなくはないが、家主の留守中に不埒な真似をしないとも限らない。気分は間男である。ルフィに腕を引かれて、玄関から中に上がる。コンビニの袋をあれこれ散らかった台所のテーブルに置いて、ビールはひとまず冷蔵庫の中に入れた。二人暮しとは思えない大きさの冷蔵庫は、空に近い有様で、彼らの食生活を少しばかり慮る。
「で、メシ食うか?」
「いや、いい」
 食欲は不思議とない。
「じゃぁ、こっちだ」
 ルフィに連れられて、ゾロは入って来た台所のドアを戻り、案内されるまま、突き当りのドアを開けた。
「・・・風呂か?」
「あったまってさっぱりして寝ろ。せっかく湯入れたし」
「・・・いやでも着替えが・・・」
 確かに風呂には惹かれるが。
「大丈夫!ちゃんとさっきコンビニで買ったし!」
 とてつもなくルフィらしくない気働きだ。ゾロはわけもなく不安になった。夢オチの可能性を考慮しなくてはならないかもしれない。
 なんの策もなく、風呂に入ってしまった。ルフィの用意した着替えは丁度サイズの合うものだが、このパジャマは兄のものなのかもしれない。いいのだろうか。
 すっきりしない頭とは裏腹にさっぱりした体は、すぐにでも横になることを要求していた。
「あ、出たか。ならこっちだ」
 通された和室には既に布団が敷いてあった。
「んじゃ、おれも風呂入ってくっから、ちゃんと寝てろよ」
どうにも甲斐甲斐しくて困る。
「お前は?」
「おれは昨日、たくさん寝てるから平気だ。年賀状を分ける、という使命もあるしな」
使命なのか。
「年賀状?」
「うちは結構来るぞ。おれのとエースのと、父ちゃんのも入れたらかなりになる」
「親父さんは?」
「んー?どっか行ってる。」
 どっかって。気にはなるがそろそろ限界だ。
「ルフィ」
 手招きをしてみる。案の定トコトコと近づいてくるので、あっさり腕の中に収めてみた。言ったことは実行しないと気がすまない性質なのだ。
「ありがとう。さっぱりした」
 ルフィの腕がゾロの背中にまわった。少しの間そうしていたが、妙な気になっても困る、とゾロはそっと、腕を解いた。心なし、ルフィの顔が赤い。が、すぐににっこり笑って、
「じゃ、おやすみ。今日はゾロ休みでいいのか?」
「いや、夜にバイト入れてる」
「ならおやつの頃に起こすからな」
「もっと早くてもいいけどな。せっかくお前いるのに勿体ねェ」
 言いながら、横になると、よほど眠かったのか、そのまますぐにゾロは眠りに落ちた。

 慣れない気配を感じてゾロが目を開けると、見知らぬ男の顔が見えて、思わずがばりと跳ね起きた。剣呑な目を送ってしまったが、ここがどこであるかを思い出すと、慌てて座りなおす。闖入者は自分の方だ。
改めて。正面から男を見る。相手は珍獣でも見るような目でゾロを見ていた。顔はまるで似ていないが、この、なにもかもを面白がるような雰囲気が似ている。ルフィの兄、エースに間違いないだろう。
「あー・・・すみません。お邪魔してます」
いたたまれなくなって、先にゾロが口を開いた。パジャマを着て、布団の上に正座した状態で初めて兄と向き合う状況は、あまり想定したくはなかった。
「おぅ、悪ィ悪ィ」
エースがにっかりと笑い、くだけた調子で口を開いた。兄弟ともに、人見知りはしない性質らしい。
「んで、ゾロ」
 底抜けに気安い。あまり厳格そうでもそれはそれで困るのだが。
「はい」
「うちの弟、好きなのか?」
 寝起きにいきなり核心をつかれて、ゾロは固まった。意味を図りかねるが、答えは決まっている。
「はい」
 エースが面白そうな顔を隠しもせずに、
「いい友達?」
「そういう部分もある。けど、どっちかっていうと・・・」
「弟さんを僕にクダサイ?」
 ゾロの顔が顰められた。
「言ったらくれるんですか?」
 エースが声を上げて笑う。
「悪ィな、あんた真面目だからちょっとからかいたくなった。それにそう簡単にはやらねェよ」
「でもルフィが決めたら止められない」
「言うね」
 エースの笑いが止んだ。
「夏辺りは、ただ楽しそうだったんだよ。たまにしか会えねェからか、会ったらしばらくあんたの話だ。それが、この間、たこ焼き土産に帰って来た日からどうにも様子がおかしいんでな。ちょっと会ってヤキ入れとこうかと思ったんだがなぁ」
 気のせいか、少し、背筋が寒くなった。
「気に入らないことがあったら、本人がカタつけるでしょう。あんたの弟の腕っ節もかなりのもんだ」
 エースがまたニヤリと笑う。
「ルフィの意思は尊重してるみたいだな」
「今のところは」
「不用意な発言は慎めよ?」
「正直なもんで」
「それでもルフィに選ばれる自信があると?」
「後悔させる気はないですが」
「大きく出たな?」
「惚れてますから」
 エースが大声で笑うと同時に、バタバタと騒がしい音がする。ルフィの気配だ。ゾロは少し体から力を抜いた。襖が音を立てて開くと、
「エースのアホーっ!勝手にゾロ起こすなって言ったろ!せっかくおつかい行ってやったのにっ!」
 ルフィが怒鳴り込んできた。
「おぅ、おかえり、ルフィ。おれが肉持ってきてやったんだから、おつかいぐらいするのは当たり前だ。で、ゾロ君も食っていくだろ?鍋」
「おう、そうだ!ゾロも食ってけ!エースが持ってきた肉で鍋だ!」
 途端に騒がしくなる。妙な緊張感も解けた。
「・・・はぁ・・・」
 心なし、脱力感に襲われた。ずいぶん消耗したようだ。

 鍋の具は、豚肉と白菜のみで、ゾロは主に白菜を食べていたが、そのことに対してなにかを言う気にはならなかった。ルフィもエースもことのほか上機嫌で、エースに至っては、ゾロの買ってきたビールをすでに全部空けていた。結構飲む方らしい。
「でも、エース、せっかくゾロに会いたいって言ってたのに、あんま喋らねェんだな」
 ルフィが肉を頬張りながら、エースに話しかける。
「あぁ。さっきので嫁姑ごっこは堪能したからなぁ。お前のゾロ君はしれっと恥ずかしい台詞を言える男だなぁ」
「うん。そうなんだよ。ゾロ、固いくせに、すごいこと平気で言うんだ」
「気を付けろよ。こういう奴が一番危険なんだ。合コンでまったく参加してない振りして、あっさり一番いい女お持ち帰りするタイプだな」
「合コン?」
「ルフィ!醤油たれてるぞ!」
 明らかに嫌がらせだ。嫁姑ごっことやらは今も継続中か。嫁姑というよりも、過保護な父親そのままじゃねェか、という言葉は飲み込んでおく。気持ちはわからなくもない。

「・・・・・・・」
 なにがどう、というわけではないが、妙に疲れた。前半と後半でちょうど折半というところだろうか。これから仕事かと思うと、多少気が重い。
「えーっと、なんか・・・ごめんな?」
 駅に向かう道すがら、ルフィが横を歩きながら見上げてくる。
「エースがどうしてもゾロに会いたいって言っててな?」
「・・・あぁ、着替えとか用意しとけって言ったの兄貴か」
「うん」
 ようやく腑に落ちた。ルフィにそこまでの気働きはないと踏んだのは正解だった。すっきりしたような残念なような、微妙なところだ。
「いや、おれの方も挨拶しておこうと思ってたから、丁度よかった」
 思わぬところで、未来の希望シミュレートも出来たことだし。ルフィがほっとしたように笑った。
「よかった!エースもゾロ気に入ったみたいだったし、二人とも楽しそうだったし!」
 ・・・あれが楽しそうに見えたのか。少し脱力したが、気力を奮い立たせる。
「でも、あんまり仲良くなるなよ?」
 そんなことを、赤い顔で言われた日には、ここが往来であることが頭から飛んでいっても仕方ないことと言えまいか。衝動にまかせて、ルフィを腕の中に収める。
「ゾロ?」
「冗談でもそんな心配するんじゃねェよ」
「うー・・・でもな・・・」
「それ以上言うと、口塞ぐぞ?」
 ルフィの顔がまた少し赤くなって、どうやら伝わったらしいことがわかる。格段の進歩だ。
「ここで?」
「誰もいねェ」
 言う通り、元日夜の商店街は、閑散としていて人気はない。
「うーん・・・」
 返事を待つのは止めにして、唇を軽く触れ合わせてみた。
「これで十分、釣りがくるな」
「釣り?」
「こっちの話だ。まぁ、いろいろ参考になった。兄貴にも礼言っといてくれ」
 そう言ってルフィの頭を撫でると、ルフィは少し、複雑そうな顔をしたが、それでもにっこり笑った。

 行きはルフィと一緒だった電車に、一人で乗って帰るのは、少しだけ味気ない気がしたが、ルフィがいつも見ている、という景色を見て帰ろうと、窓の外に目をやる。ルフィが一緒だとどうしても、ルフィの方に気がいってしまうので。
 なんの変哲もない景色なのだが、なんだか少しだけ特別に見える気がして、我ながら単純だ。
 しかし、あの兄は曲者だ。ルフィの家族に対する少しの後ろめたさのようなものから解放された気分にはなっているので、それなりに気を遣ってくれたのだろう、ということもわかるのだが。
「負ける気はねェけどな」
 すっかり自分の将来にルフィを組み込んでいる己に苦笑するが、なるだけ多くの人間に認めてもらえるよう、頑張る気ではいる。少しでもたくさんルフィが笑っていられるように。
 自分の思考の甘さに呆れながらも、そんなに悪い気分ではない。今日の日の出が今日しか見れなかったように、今日の夜空も今日だけのものだろう。
 ゾロは窓の外を見上げながら、そんなことを思った。






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