スキー場

 

「・・・困った」
「別に困ることはないと思うが」
 そうは言われても迷うところだ。
「なんなら、半日ずつとか」
「半日は短いぞ」
「迷ってるこの時間の方が無駄だと思うが」
「そうなんだけど」
 なんでも即断即決のルフィにしては大変珍しいことだが、目下の迷いごとというのは、「スキー」にするか「スノボ」にするかだ。実のところ、スノボはやったことがある。このスキー場には、スノボ用のパークも設置されていて、楽しみにしていたのは確かだ。
 なのに、なにを今更迷い始めたかと言えば、ゾロはスキーしかやったことがない、とあっさり言ったせいだ。どうせなら、両方やったことがなければあっさりスノボにできたものを。ちなみにルフィはスキーをしたことがない。
 なんか、こう、ゾロがスキーしているところを見たいなぁ、とか思ってしまったのが運のつきだ。きっとかっこいいに違いない。それにやったことがないスキーもやってみたいとは思う。ここには、長いコースもあるから、滑れるようになったら楽しいだろう。スノボは、もっと家の近くに、室内ゲレンデがあったりもするので、今でなくてもよいのかもしれない。
「むー・・・つまり、おれのかっこいいところをゾロに見せたいか、ゾロのかっこいいところをおれが見たいか、という問題なんだ」
「・・・そうなのか」
真剣な顔をして呟くルフィにゾロも困ったように相槌を打つ。
「言っとくが、おれのは単に滑るだけだぞ。曲乗りとかは無理だからな。お前の期待には添えられんと思うが」
「でもゾロにいろいろ教えてもらうのも楽しいかなぁとか・・・」
「・・・・・・」
「どうした?」
「いや、ちょっといろいろ考えた」
ゾロの顔が少し赤い気がして、ルフィは首を傾げた。けれどすぐに切り替える。
「うん。確かに時間勿体ねェな。よし!とりあえず、ゾロはスキー借りて、途中でおれのと、とりかえっこしよう。」
 そもそも、ルフィはボードを持ってきているのだから、ボードをするのが自然だろう。対するゾロは手ぶらで、全てレンタルするつもりらしかった。
「何回か来るなら買った方が安くつくと思うんだけど」
 レンタルのくせに良く似合う、黒いスキーウェアを見ながらルフィが呟いた。
「あんまり、モノ増やしたくないんでな」
 ゾロは今、一人暮らしをしているのだと聞いたが、その関係だろうか。
「ひとまず、どこのコース行く?」
 ルフィはゾロに聞いてみた。行くコースによって、乗るリフトが違ってくるのだ。ゾロがスノボをルフィがスキーをするのなら、初心者用のゲレンデに行った方がよいとは思うのだが。
「ひとまず、お前のかっこいいところ、とやらを見たいと思うんだがな」
 ゾロに言われて、
「驚くなよ?」
 ルフィは笑った。

 言われたはずだが、ゾロは正直驚いた。そのエリアには、あれこれ、それこそ公園の遊具のように、いろんなアイテムが置いてあり、ルフィはそのひとつのキッカーを使って、素晴らしいジャンプを披露してみせた。高いジャンプに回転を加えて、無事着地。ゾロは普通に感心したが、実際にスノーボードをやる人間にとっては、かなりすごいことらしい。あちこちから歓声が上がった。
 赤いスキーウェアに、ニット帽に、ゴーグルのルフィは、明らかに周囲の注目を浴びていた。ひと段落したらしく、エッジを利かせて止まると、
「ゾロ!見てたか?」
 ゴーグルを外してにっこり笑いながら、ゾロに向かって手を振る。ゾロは軽く手を振り返しながら、少しため息を吐いた。このギャップがまた、その辺の有象無象を惹きつけることを教えたところで、ルフィにはわかりはしないだろうし、そんなことを言うのも格好の悪い話だ。
 隣にいる二人組が、さっきからルフィを見てやたらと騒いでいるので、ゾロはつい威嚇したくなるのを堪えていたのだ。
「ゾロ、ちゃんと見てたのか?」
 いつの間にかそばに来ていたルフィが少し不満そうに言う。ゾロは少し慌てて、
「あぁ、正直驚いたな。始めてから長いのか?」
「ん?初めてやったのは去年だ。5回くらい通ったかなぁ」
「天才かっ」
 いきなり違う声が乱入してきて、二人は声のした方を見る。さっきの二人組だ。とゾロは思ったが、ルフィは不思議そうな顔をしている。二人組の一人が言ったらしく、もう一人が慌てて、片割れの口を押さえていた。
「あ、スミマセン。お話に入るつもりはなかったのですが、あんなすごいフリップ初めて見たので、てっきりプロの方なのかと・・・」
 片割れの口を押さえたまま、もう一人が話す。ルフィは首をかしげて、
「フリップってなんだ?」
「おれに聞くな」
「フリップっていうのは、手をつかずに縦に回転する技のことですが・・・ほんとに、プロの方じゃないんですね」
 はーっと息を吐きながら、二人組の一人はきらきらした目でルフィを見ている。ゾロはなんだか嫌な予感がした。
「あのっ!もしよろしければ、僕たちに、教えていただけないでしょうかっ!」
 こう来たか。目の前の青年は、実直そうで、悪い人間ではなさそうで、たぶん、悪気がないこともわかるのだが。
「お前、いつまでおれの口塞いでるつもりだっ」
 連れのゴーグルの印象はあまりよくない。
「あ、すみません」
 連れの男から手を離すと、青年は大変に真剣な顔でルフィを見上げる。ルフィがなんと応えるか、ゾロは興味半分、不安半分で見守る。ここで口を出すべきではないだろう。
「あー。悪ィけど、今日はこいつと二人で来てっから。コースで滑る約束もしてるし。もしまた会えたら、そん時な?でもおれ、人に教えられるようなことなにも出来ねェから、また今度、縁があったら、一緒に遊ぼう。」
 ルフィが笑うと、青年は慌てて頭を下げて、
「こちらこそご無理言って申し訳ありませんっ。お連れの方も失礼しましたっ」
「いや・・・」
 ゾロは軽く手を上げて応えた。
「んじゃ、いくぞゾロ」
「・・・あぁ」
 ルフィはぶんぶんと二人組に手を振って、パークを後にした。

「・・・少し、意外だったな」
 動いたら腹が減った、というルフィとレストハウスに入り、ラーメンを食べながらゾロが呟いた。ルフィはチャーシューに夢中になっていて、話を聞いているのか聞いていないのかわからない。
ずるずると麺をすすりながら、ルフィが顔を上げる。
「なんの話だ?」
「あのまま、お前の講習会を三人で受けることになってもおかしくねェな、と思ってた」
 ルフィは、ゾロの顔をちらりと見ると、また黙って麺をすすりはじめた。
「んまいな。チャーシュー。」
「ほしけりゃ一枚やる」
「ありがとうっ!ゾロはほんといい奴だ」
「お前以外に言われたことねェけどな」
 たかがチャーシュー一枚のことだから、深く考える必要もないのだが。
「それに、それを言うなら、お前の方がよっぽど・・・」
「うん。おれもいい奴って言われるのは、わりと好きだけどな。無理してまで全部の奴にいい奴って思われなくてもいいんだ」
「まぁ、それは土台無理な話だしな」
 全部の人間に好かれるというのは、どう考えたって無理な話だ。それにルフィが人に気を使う、というのもなんだか似合わない。
「ゾロはひょっとして、みんなでスノボやりたかったのか?」
「は?」
 話が急に飛んだ。いや、戻ったのか。
「そんなわけねェだろ。けど、お前はにぎやかそうなのが好きなんだと思ってたから、少し意外だっただけだ。あいつもいい奴そうだったしな」
 ルフィはいい奴が好きなのだ。半年以上付き合ってきて、その辺りはわかってきている。
「うん、まぁ、友達になれそうな奴だったけどな。でもおれだってさすがにデート中に他の奴と遊ぶのがヒジョーシキだってことぐらい知ってんだぞ?」
 威張って言うルフィにゾロは噎せた。
「・・・デートってお前・・・」
「・・・違うのか?」
 眉根を寄せて不安そうに聞いてくる。
「・・・違わねェ。・・・断ってくれてほっとした」
 ぱぁっと日が差すような笑顔になって、ゾロは内心、宿をとらなかったことを後悔した。今からでも空き部屋がないか、確認しようかと思ったところ、
「泊まりだったらもっとゆっくり出来たのになぁ」
 ぽつりと呟くルフィに、
「今からでも聞いてみるか?」
 勢い込んだつもりはないが、力は不自然に入っていたように思う。
「うーん。明日エースと出かける約束してんだけど、大丈夫かな」
「・・・また今度な」
 ここでルフィに無理をさせるわけにはいかないようだ。泊まりにはまず、兄の許可が必要らしい。仮に泊まれたとしても、一人我慢大会を開催しなければいけない確率はすこぶる高い。
「どうした?ゾロ?」
「残り、食っていいぞ」
 食べかけのラーメンを差し出した。
「ほんとか?まだチャーシュー2枚も残ってるぞ」
「あぁ、食え」
 少し食欲が失せた。
「やったっ!ゾロ大好き」
 安い大好きだが、少し浮上する気がして苦笑した。焦ったところでロクなことにはならないだろう。今回は、ルフィが自分をそういう対象としておいている、とわかっただけで僥倖としておくべきだ。
「食ったら、上のコース行くか」
 ルフィがまた嬉しそうに笑った。

「んで、ゾロはスノボやらねェの?」
「曲乗りはどうもな。」
「楽しいのに」
「お前が滑ってんの見てる方が楽しい」
 ゾロは大変あっさりこういうことを言うので、ルフィとしてはちょっと困る。
「普通に滑るとこからは?」
「お前に教わるシチュエーションも悪くねェけどな。普通に滑るならスキーでも構わんだろ」
「あ、そうか。ゾロまだちゃんと滑ってないもんな。うん、じゃぁ、こっち行こう」
 ルフィの指したリフトは、中級者向けの林道コースに向かうクワッドだった。
「ここはあんまり混雑してないんだな」
「うん、確か初級者が来ないからだって聞いたけど、ゾロは平気か?」
「たぶんな。1キロなら丁度いいんじゃないか?」
「じゃ、さっきのラーメンまで、先に着いた方が勝ちな!」
 ルフィの顔が生き生きしだして、ゾロは苦笑した。
「あんまり暴走するなよ」
「ゾロもな」
 二人とも、勝負事は嫌いではない。

 そして結果は、ゾロの勝ちだった。
「まぁ、ストックある分、スピード勝負ならスキーの方が有利だからな」
 あっさり言ってのけるゾロにルフィは悔しさを隠さなかった。
「でもゾロ、あんなに上手いって言わなかったぞっ」
「かっこよかったろ?」
 ルフィは赤くなってゾロを蹴った。確かにかっこよかった。ルフィの期待どおりのゾロだった。嬉しかったが、悔しい。ゴーグルだってレンタルのくせにやたらと似合ってるのまでなんだか悔しい。
「あぁ、悪ィ。悪ィ。けど曲乗りは出来ねェし、嘘は言ってねェ」
 背中に頭突きをくらわすルフィにゾロが謝る。
「どんだけ、やってたんだよ」
「あー、小学生の頃、体育の授業で」
「へ?」
「フツーに、授業であったんだ。スキー。好むと好まざるに関わらず。9年以上もやってたら、このくらいは普通だ」
「うちはなかったぞ!なんかずるい」
「お前が言い出したんだがな。競走」
「・・・そうなんだけどっ」
 単なる負けず嫌いなのだが、やっぱり悔しい。
「なら、とっかえっこしてもっ回勝負だ!」
 と言ったものの。
ひとまず初級者用のゲレンデまで降りて隅の方で練習してみる。何故かお互い、立てもしないのが、なんだか急に面白くなってきた。助言なし、独力でどこまでやれるかが眼目なのだ。
「じゃぁ、どっちが先に立てるようになるか競争なっ」
「・・・お前ほんとに、競走好きだな」
 と言いながら、ゾロも競走好きなのだということを、ルフィはこの半年以上の付き合いでちゃんと知っていた。
「やったっ!次はおれの勝ちっ!」
 立ち上がって滑ったのは、ルフィの方が早かった。しかし、立ち上がったはいいが、その場所は緩やかな斜面になっていて、勝手に進みだした。ルフィは面白くなって、滑るに任せていたら、がくり、と急に板が沈み、前のめりに沈没するハメになった。
 どうやら、前方に穴があったらしい。そこに板がはまったようだ。スキーやスノボで前のめりに倒れることが珍しく、なんだかちょっと気持ちがよかったので、そのまま雪を堪能していたら、
「おい!ルフィ!」
 ゾロのそれはもう焦ったような声が聴こえて、慌てて起き上がった。心配させてしまったらしい。
「悪ィ。ちょっと気持ちよかったから、つい寝てた・・・」
 起き上がったルフィをゾロがあまりに真剣な顔して見るので、さすがにルフィもバツが悪かった。
「えと、平気だぞ?ごめんな?」
 ゾロが大きく息を吐いた。それから、グラブをとって、ルフィの顔や肩についた雪をはらう。自分で出来るぞ?と言いたいところだったけど、ゾロがあまりに真剣にはらってくれるので、ルフィはなんとなくそのままにしておいた。
 こういう時のゾロの手は、コワレモノを扱うみたいに優しいが、少しもどかしい。なんとなくいたたまれなくなって、ルフィは立ち上がろうとした。が、焦って立とうとしたため、また引っくり返る。ゾロが黙って、ルフィの足から板を外した。
「少し、休憩だな」
 そう言ってルフィの頭をぽんとたたいた。
「休憩って?」
「そうだな。とりあえず、雪だるまでも作るか」
「へ?」

 コースから外れた場所には、深雪が積もっており、幾人かが、雪遊びに興じていた。
「もう少し、でかい方がよくねェか?」
 結局、ルフィもゾロに言われるままに、雪だるま作りに興じているのだが、これがまた結構楽しい。
「あぁ、それはまぁ、そのくらいでいいぞ。」
 言うとゾロはその雪玉を、両手で抱えた。
「ゾロ?」
「お前はもうひとつ作ってろ」
ずかずかと歩いていくゾロを見ながら、それには従わず、ゾロの後を歩いた。ドサッと鈍い音がして、ゾロが雪玉を地面に落としたのがわかった。
「偶然か故意かは知らねェがな」
 ルフィを転ばせた穴を埋めたところだった。確かにそのままにしておくのは危ない。
 ルフィは駆け寄って、ゾロの背中に飛びついた。
「あー、もー、ゾロほんっといい奴!」
「いい奴ってのは、褒め言葉じゃねェぞ」
「そうなのか?」
「他にねェのか?」
「大好き」
「及第だな」
 ルフィを背中に貼り付けたまま、ゾロはやっぱりずかずか歩いていく。その顔が少し赤いことにルフィは気づかない。
「まぁ、無事でよかった」
「おれの運動神経、信用してねェ?」
「信用はしてるが、運動神経よくったって、事故に遭う奴は遭うし、お前かなり迂闊なクセに自己過信の気があるからな」
「けなされてる印象か?」
「お前になんかあったら、困るって言ってるんだ。さっき、明らかにおれの心臓、止まったからな」
「あー・・・キヲツケマス」
「そうしてクダサイ」
「・・・やっぱりゾロ、大好きだ」
「その辺が迂闊だって言うんだ」
 ルフィは腕を引かれて、ゾロの手が腰にまわったかと思ったら、あっさり口を吸われていて、どこがどうウカツだというのか、聞くのを忘れてしまった。

「おーっ」
 山頂からの景色はなかなかのものだった。夕方になれば、もう暗く、あちこちに灯る明かりが、輝き始めていた。
 人工の明かりに照らされる雪もまた、味があってよいと思う。ナイターの時間、最後は、山頂からの最長コースを下ることにした。当然、ルフィはスノボでゾロはスキーだ。
「最後は競争なしでな」
「ん。景色よいしな。早すぎるのも勿体ねェし。じゃぁ、どれだけキレーな景色みたかを競走?」
 ゾロがルフィの頭を小突いた。
 ライトアップされた広めの林間コースに、目の前に開けるパノラマの夜景は予想以上で、ルフィは思わず、口を開けて滑っていた。横で、ゾロの噛み殺した笑い声を聞いて、口を閉じる。こんなに綺麗な景色を二人で見られるのが嬉しいと思った。ゾロが隣にいるのはやっぱり嬉しい。

「はーっ・・・楽しかった」
「そりゃよかった」
 満悦の態で、三つ目の駅弁にとりかかったルフィを見ながら、缶ビール片手にゾロが呟く。一緒にいられるのはあと一時間ほどだ。この路線は、ルフィの家の最寄駅の方に先に着く。
「今度、室内の方行って、ゾロにスノボ教えてやる。結局、きちんと滑らずに終わったろ」
「・・・考えとく」
 朝早くから一日中動きづめだったわりに、ルフィはてんで元気だ。
「おれも今度はスキー覚える。で、次はゾロを倒す」
「・・・倒すってな」
「次は泊まりな」
「・・・意味わかって言ってるならありがてェんだがな」
日々、倒されそうなのだが。
たまには鈍行の旅も悪くないのかもしれない。







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