STING

2.

 

 少し肌寒さを感じて、ゾロはエアコンを作動させた。パソコンを使う際、手が冷たくなっていると、どうにも指の動きが悪くなる気がするのだ。疲れているのかもしれない。この三日間、普段にないことばかり起こっている。

 クラークに顔を見られているが、警察は「本社」が抑えるだろう。もともと巻き込まれたのはゾロの方だ。それくらいしてもらってもバチは当たるまい。

 「アラバスタ王国」。有数の文明国家として知られている。この国の何倍もの国土を有した大国だ。それでも国交のない国の人間の入国をこの国は許さない。いくらアラバスタと国交を結ぶことでプラスになることが増えるとしても、他国との折り合い、というものがある。ゾロには興味のない分野であるが、外交とはそういうものなのだろう。それでもなにかしらの接触があれば、拒絶することは難しい。それに、あのような大国に「貸し」を作ることはおおいにプラスとなり得る。ただし、他国には知られないようにすることが大前提。個人的な会見ならばことがもし露見しても国は知らないフリを決め込める。

 そこまで考えて、ゾロはさらに疲れを感じた。「本社」の考えは、気分の悪いことによくわかる。わからないのは「先方」の意向だ。アラバスタのような大国が、このような小国の一アナリストを巻き込むことになんの意味があるというのだろう。

 ため息をついてパソコンの電源を切った。椅子の背もたれにもたれ、手足を伸ばそうと思った瞬間、体に緊張が走った。玄関に取り付けてある重量感知システムが作動しているのだ。15kg以上の重量を感知すると作動する仕組みになっている。つまりは、この家に侵入者がある、ということだ。

 ゾロはチョッパーの声がしなかったことに気づく。侵入者があれば、チョッパーにわからないはずがないのだ。いつもなら、気配に気づいた時点で、なんらかの知らせがあるはずだ。重量感知システムが作動するほど近くにいる侵入者に気づかないはずがないのに、依然チョッパーの声がしないこと。ふたつを結び付けて、ゾロは暗い気持ちになった。

 「処分」されてしまった、ということだろうか。声もあげられないくらい一瞬のうちに。そんなことができるのはプロしかいない。プロ相手にアマチュアの自分が対抗できるとは思えない。それでもやらなくてはならないこともある。

 感知システムのパネルに手を伸ばし、モニターを表示する。侵入者の経路を調べるためだ。感知システムは玄関、駐車場、家の横手、裏手、屋内にも仕掛けられている。点滅するライトは玄関から家の右手に周り、さらに裏。まだ、屋内には侵入していないようだ。ゾロは棚からスナブノーズのリボルバーを取り出した。使い方を知っている程度だが、ないよりはマシだろう。本社にも救援を要請するべく緊急チャンネルを回そうとした時、首筋にヒヤリとした感覚があった。

「このナイフはよく切れる。し、使い勝手がよくわからないから、お前が動くと間違って切っちまうかもしれない。」

背後から声がする。首筋にはナイフ。ゾロは舌打ちしたいのを抑えた。それで切られてはたまったものではない。

「どこから入った?」

一番気になったことを聞く。何故か自分の命の行く末よりもそっちのほうが気になった。一階の出入口にはすべてダブルロックがかかっているはずだ。2階のセキュリティは確かに、一階に比べて弱い部分があるが、それでも窓は強化ガラスだし、鍵もかかっていたはずだ。

「雨どいを伝って、向かいの部屋から」

「向かいにはチョッパーがいたはずだ」

チョッパーはやはり、処分、されてしまったようだ。

「あいつ、チョッパーって言うんだ」

背後の声が少し、楽しげになった。

「チョッパーをどうした?」

「どうもしねぇよ?友達になったんだ」

そんなはずはない、と思う。チョッパーの人見知りの激しさは自分がよく知っている。

「・・・呼んでみてもいいか?」

「いいよ」

ゾロはチョッパーの名を呼んだ。チョッパーの返事が聞こえる。無事だ。間違いない。ゾロは知らず安堵の息を吐く。どうやら侵入者の言うことは本当らしい。あのチョッパーが一発で警戒心を解いたということか。ゾロは自分の状況も忘れて背後の侵入者に興味を覚えた。

「モンキー・D・ルフィ?」

夕方、ナミから聞いた名前を呟く。確信があったわけではないが。

「よく知ってるな」

「夕方、聞いた」

「あぁ、あの二人な。なかなかお似合いだったよな」

「・・・男の方が聞いたら喜ぶ。」

いつからこの辺りにいたのだろう。

「この場所はいつ知った?」

「出歩く時は尾行に気を付けた方がいいぞ?」

昨日、尾けられた、ということか。気を付けていたつもりだったのだが。

「用件は?」

「話がしたい」

「お前と?」

「おれとじゃねェよ」

声が本当に楽しそうなものに変わる。

「そのまま、ゆっくり振り向け。手は見える位置に置いて。」

ゾロは言われた通りに、手を椅子の背もたれに置いて、椅子を軸に回転する。目の前には幼い顔立ちの青年がいた。少年、と言う人間もいるだろう。軽く目を見張る。それでも見くびる気にはならなかった。見た目どおりではないことを知るには十分な時間だった。

「やっぱり頼みごとをするには相手の目を見てしねェとな」

勝手に侵入して、あまつさえ、首にナイフをあてがっておいて、「頼みごと」。ゾロはすっかり呆れている。そして、自分の警戒心も薄れてしまっていることに気づき、あわてて気を引き締める。これが手なのだろうか。

「言ってみろ」

「ゾロは本当におもしろい」

ルフィは笑った。名前も知られている。相手はプロなのだ。

「このまま、おれについて来い」

頼みごとと言うわりに命令口調だ。

「どこへ?」

「お前と話したがっている奴のトコロへだ」

「断る権利は?」

「お前は来るよ」

「どうして言い切れる?」

「だって知りたいだろ?」

降伏せざるを得ない。どの道、選択権はない気がした。

「わかったら行くぞ」

ルフィはナイフを懐にしまった。たぶん、ホルスタがつけられているのだろう。そして平気でゾロに背を向け、階下に向かう。ゾロは懐のリボルバーに手を伸ばしかけてやめた。ルフィの言う通り、自分は知りたいと思っている。それに、リボルバーを抜いた途端、絶命するのは自分のような気もした。

「またな!チョッパー!」

ルフィが出し抜けに2階に呼びかける。チョッパーの嬉しそうな返事が聞こえた。

 

 その場所へは、ルフィが案内すると言った。ゾロの車で、尚且つ、ゾロが運転する、という形をとって。ゾロからは、ルフィを出し抜いて脱出しようという気は失せていた。それがわかっているのか、ルフィの方も警戒を解いている。ような気がした。相手はプロなのだから、完全に警戒を解く、などということはあり得ない、とわかっていながらも、ゾロは今、助手席で快活に話している青年と、さっき自分の首筋にナイフを当てた侵入者とのギャップを感じていた。

 話は主にチョッパーの話だった。ルフィもチョッパーが気に入ったらしい。それでも前方と後方に注意を向け、尾行の有無を確認する姿には、おかしな話だが、少し、感心した。そのドライブはそう、不快なものでもなかった。この先に自分を待ち受けているものがなにであるとしても。

「そこを左」

ルフィが言い、ゾロは車を左折させた。

「ここで止めて、降りるぞ。あ、キーは挿したままでいいから」

ルフィが先に助手席のドアを開けて降り立つ。ゾロがこのまま車を発車させることなどあり得ない、と思っているようだ。信用されたものだ。それとも、いつでも殺せる、ということだろうか。

 中規模の料理店の裏口だった。この建物の中に入れば、いよいよ後戻りは出来ないことになる。車の行方も気になる。ルフィが降りたシャッターの脇のインターホンを押して、何かを言っている。この国の言葉ではない。シャッターが軋みをたてて巻き上がる。ルフィが中に入って行った。ゾロは一瞬、迷ったが、結局後をついて行くことにした。自分の心の動きも興味深いと思った。

 薄暗い通路を歩いていく。途中、何人もの人間がいたが、彼らは一様にして話さず、ただ、歩いていくゾロとルフィを鋭く見つめるだけだった。ますます、虎の穴に迷い込んだような気持ちになる。この先にそれに見合うだけの宝があればよいのだが。

 やがて重厚なスチールの扉をルフィが開く。広大な厨房があった。死体の始末など、簡単にできそうだ、と考えてゾロは自分の考えに苦笑する。それではまるで三文のホラーだ。厨房の奥に、木製の小さな扉があった。ルフィはその扉をノックする。ルフィが何かを言うと、扉の掛け金が外れる音がした。

 扉を開けるとそこは窓のない小部屋だった。扉の両脇には背の高い、いかにも訓練を積んでいる、と思しき男が二人、立っている。部屋の中央には円卓があり、一人の女が座っていた。

「ミスター・ロロノア?」

 女が立ち上がって言った。ゾロがパソコンの画面で見たことのある顔だった。

 ネフェルタリ・ビビ。アラバスタ王国の王女だ。

 

 彼女の顔を自分が知っていることを告げるべきかどうか、ゾロは逡巡する。

「あのホテルで死んでいた男はイガラムという人物ですか?」

ゾロはそれだけをひとまず伝えた。

「いいえ。本当のイガラムは本国にいます。彼は折衝。本当は彼があなたをここに連れてくるはずだった。」

 王女は静かに言う。目に悲しみが宿っている。つまり、彼女がゾロを指名した本人、ということになるわけだ。

「用件は?」

 自分のとっている行動が、プラスなのかマイナスなのか判断はつかなかったが、ゾロには話を聞く以外、選択肢はない。

「とりあえず、二人とも座ったらどうだ?」

 ルフィの声がした。ルフィの声には重苦しい雰囲気を壊す作用がある。ゾロはルフィの言葉に従った。ビビも同様だ。二人の男は警戒心を隠さずにゾロを見据えている。ルフィは男の一人になにかを言って、部屋を出て行った。唯一の味方に去られたような気分になってゾロは驚いた。彼は決して、ゾロの味方ではない。

「その前に約束してほしいことがあります。」

 ビビが言った。

「これから聞く話を一切、他人には漏らさないようにして欲しいのです。」

「同僚や上司にも?」

「はい」

 ゾロにはこの会談の内容を「本社」に報告する義務があった。ゾロはこの国に雇われている人間で、その約束をすることはこの国を裏切る行為にもなり得るのかもしれない。

「約束する」

 それでもゾロはそう言った。

「ありがとう」

 あっさりと頷く王女にも驚いた。口約束をこんなに簡単に信用する人間など「本社」には存在しない。

「まず聞きたい。何故おれだ?」

「あなたの論文を読んだからです。そう聞きませんでしたか?」

 聞いた。が、信用するには弱い。

「この国にも神ではない、人間のアナリストが存在するのだと、感動しました。」

「あんたがおれの論文を読んだ、ということは理解した。でもあんたはどこでおれの論文を読んだ?あれは一部組織の機関誌だ。アナリストでもないあんたが読めるとは思えない。イガラム氏に見せられた?」

 ゾロはカードを一枚出した。

「私の名をご存知ですか?」

「一国の王女がおれと分析の話をしたところでなんの意味もない」

 ビビは顔色を変えない。ゾロが自分のことを知っていることなど承知していたようだ。

「ひとまず、私の話を聞いていただけますか?」

 ビビは淡々と話す。それは軍縮を推進するべきだという理論だった。アラバスタ王国では現在、国王が推進していたはずの軍縮がストップされている。他国の動向を見定めるべきだ、という意見が国内の様々な場所で起こったせいだ。軍縮を行うことにより、他国からの侵略を容易にさせるのではないかという意見。

「近隣諸国は平和を望んでいます。なぜならー」

「そうした理論は裏付けを持ったデータを揃えて、分析報告書として提出されるべきものだ。」

 ゾロはビビの話を遮った。

「ひとまず聞いてください。質問はあとから受け付けます。」

 ビビは真剣だった。彼女の分析は的を射たものであり、彼女のあげる数値やデータは実に正確なものであった。彼女はアナリストではない。これをアナリストであるイガラム氏が行ったのだとすれば重大な規則違反になるはずだ。だがこの分析は彼女の力で行われたものではないはずだ、と思う。彼女の後ろにまた、もう一人、誰かがいる。一国の王女を動かせる人間。一人しか思いつかない。

「この理論は間違っていると思いますか?」

「いや、ここにおいては完璧だ」

 ビビはホッとしたように息をついた。

「今の理論を暗号化して、このROMに落としてあります。これをあなたに預けます。パスワードは」

「待て」

 ゾロは今度こそビビの話を遮る。

「その前に質問をさせてもらう。あとから受け付ける、と言ったはずだ。」

 ビビが頷いた。

「まずひとつ、何故おれだ?」

「その問いにはもう答えました。私は愛国心とヒューマニズムを別に考えるアナリストを信用しません。」

「おれとあんたの感受性がたまたま似ていた。それはいい。なぜ、こんな小国の、それもアラバスタとはまったく国交のないこの国の人間を選んだのかということだ。他にもあんたと似た感受性のアナリストならいたはずだ。危険を冒してこんな小国にくることはない。」

 ビビが少し微笑んだ。

「この国が一番安全だと思ったからです。」

 ゾロが怪訝そうにビビを見る。

「この国には“彼”がいます」

「ルフィか?」

 ビビは頷いた。

「私は彼ほど信用に足る人物はいないと思っています」

「ルフィはあんたが雇ったのか?」

「私のボディガードに」

 道理で工作班が撒かれるはずだ。

「あいつとアラバスタにどんなつながりがある?」

「それは彼に聞いてください。質問は以上ですか?」

「何故あの男は殺された?」

 ビビの顔が痛ましげに歪んだ。一人の人間を死に追いやった罪の意識に苦しんでいるようだ。

「私がこのROMを国外に持ち込むのをよしとしない人間がいます。たぶん、彼はその男の手の者にかかったのだと思います。」

「その男が奴を雇ったと?」

「犯人を見たのですか?」

「たぶん」

 ビビは扉の前の男に何事かを告げた。アラバスタの言葉なのだろう。ルフィという言葉は聞き取れたので、ルフィを連れてくるように命じたのだろうということは見当がついた。男に伴われてルフィが部屋の中に入ってきた。

「あなたが見た男の話を彼にもしてくれますか?」

 ゾロは見たままをルフィにも話した。ルフィは興味がなさそうだが、一応話は聞いているようだ。

「それではパスワードを」

 ビビが話を再開した。

「おれがそのROMを受け取れば、その男とやらはおれのことも消そうとするんじゃねェのか?」

「えぇ。あなたがこれを受け取らなくても私があなたとコンタクトを取ったことを知れば必ず。」

 ビビはあっさり言った。厄介な立場に立たせてくれたようだ。この王女は顔に似合わず曲者だ。ナミと気が合うかもしれない。ルフィもそうだ。

「ごめんなさい。でも私になにかが起こった時に、この分析結果を処分されないためには、公平中立な立場のアナリストがどうしても必要だったのです。あなたならばこの分析に対する質問にも答えられる。」

 ゾロはため息をついた。ビビはなんらかの覚悟をしている。それにもうゾロは完全に巻き込まれている。

「決着はつくのか?」

「えぇ、今度の軍事会議の時には、その報告は公のものになります。」

「いつだ?」

「二週間後」

 長いのか短いのかよくわからない。

「知っての通りおれは分析官で、工作員じゃない。それを受け取ったとしても守りきれる自信はない」

「適性は工作員のようですけど」

 ゾロは眉を顰める。そこまで調べはついているのだ。

「もちろんあなたにはガードをつけます。私が知る限り、一番優秀な」

 ゾロは思わずルフィに視線を向けた。

「まぁ、そんなわけだ」

 ルフィが笑った。

 

 

 2004.11.23UP

一応早め更新を。

次はこうはいかないかと。

そんなに長くするつもりはないのですが(例によって)

無駄なやりとり多い分、少し長くなりそうな気も。

書く分にはそれなりにテンポあるので楽です。

ラブコメに移行することも許しているので(笑)。

 

 

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