STING

4.

 

「フリーランサーにはだいたい決まったクライアントがいるもんだ」

ゾロは頷く。

「そんで、そのダズって奴を使うのは、アラバスタではクロコダイルって奴だ」

クロコダイル。アラバスタの要人。ここでつながって敵が明確になったというわけだ。そのダズがビビを狙えば、それが謀反の証拠となる。もちろん、ダズをつかまえることができる、ということが大前提。最悪、ビビの命はない。いや、ビビの命がなくなることはシナリオのひとつなのかもしれない。いやなシナリオだ。

「それでなんでお前はここにいるんだ?」

ゾロは妙に頭が冷えていくのを感じた。たぶん、これは怒りだ。

「おれはゾロのガードだから」

思ったとおりの答えが返る。そんなことを言わせたいわけではない。

「お前はビビを助けたい。そうだろ?」

「お前を守るのがビビとの約束だ。」

なにが気に入らないのかはわからないが、とにかく気に入らない。ゾロは二本目のビールに手をつけ、思い切り呷る。

「ビビ、ビビ、うるせーんだよ。てめェは」

急に声を荒げたゾロに、ルフィはきょとんとした目を向ける。

「だいたいその国王のやり口が気にいらねェ」

口をきったら止まらなくなった。だいぶバカになっている気がする。

「娘を囮に使うような真似することも」

「いや、囮になるのはビビの意志で、おっさんはあまり関係」

ルフィが口をはさむが、ゾロの耳には入らない。

「そのガードをお前にさせることもだ」

たぶん、ルフィはビビのことが好きなのだ。そのルフィにこんな役目を押し付ける。それになにより腹が立つ。

「えーっと・・・なんだかゾロはおれのために怒っているような印象なんだが・・・」

ルフィが自信なさそうに呟く。

「てめェが怒らないで、約束だなんだとぬかすから、代わりにおれが怒ってんだろう」

ルフィがなにかに縛られるのはなんだかとても不似合いだと思う。それが命を賭けた約束事であったとしてもだ。

「なんか知らんが、お前がお前のやりたいようにできねェ状況ってのはかなり気に入らん」

なんでだろう?ゾロの分析はなんだか不思議な答えをはじき出しそうだ。その前に思い至る。気に入らないことは是正すればよいのだ。それを導き出すことが本来の分析官の仕事だ。

「なんだ、簡単じゃねェか。」

ポツリと呟くゾロをルフィは不思議そうに見ている。

「ビビの居場所はわかるのか?」

また急に冷静な口調になったゾロにルフィは少しとまどいながらも答える。

「うん。わかる。けど」

「なら話は早い」

そう言うとゾロは2本目のビールの缶を握り潰し、ゴミ箱に捨て、二階に上がって行った。

「・・・ゾロは怒ってたんじゃねェのか?」

どこからどう、話が早くなったのか。わからない顔でルフィはチョッパーに問いかけるが、チョッパーは首をかしげただけだった。

 

 ルフィが首をひねっている間に、ゾロが二階から下りて来た。着替えている。少し大きめのそのジャケットはゾロによく似合うけれど、それとは別の目的に気づき、ルフィは更に戸惑う。ホルスタを目立たなくさせるためのジャケットだ。

「出かけるぞ」

ゾロはそれだけ行って部屋を出た。ルフィは慌てて後を追う。

「どこ行くんだ?」

今帰ってきたばかりなのに。という言葉を言外に含みルフィが聞く。

「お前が行きたい所だ」

ゾロはあっさり答えた。

「お前はおれのガードなんだからおれの行く所にはついて来なきゃならねェんだろ。それでおれの行きたい所はお前の行きたい所だ。」

ゾロの調子は変わらない。が、言われた方のルフィはなんと言ってよいやらわからず、ゾロに促されるまま車の助手席に乗り込んだはいいが、少し考えている風だ。

「・・・どうしていいかわかんねェんだけど」

本当に困っている風で、ゾロはなんだかおかしくなる。この男は一流と言われるフリーランサーなはずなのだ。それが今はまるで子どもの風情である。

「考えるのは得意じゃねェ方だろ?」

ゾロはたたみかける。

「考える前に動け。お前の望むように。あとはなんとかしてやる。」

とうとうルフィが笑い出した。

「おれの負けか?」

「勝ちも負けもねェだろう」

「いつか返すからな」

「覚えておく」

車を発進させる。しばらく進んだ頃、追尾してくる車に気がついた。

「友達か?」

ルフィが聞いた。

「知り合い、かもな」

言葉を交わしたことはないが、顔は見知っていた。「本社」の人間だ。やはりナミはゾロを信用していなかった。随分な念の入れようだ。

「おれと一緒にいるの、ばれたらヤバイか?」

ルフィが心配そうに聞く。

「なんとかする。と言わなかったか?」

「かっこいいけどな。後悔すんなよ?」

ルフィが笑いを含んで言った。

「この辺に道幅の狭い道路はあるか?」

なるだけ狭い方がいいんだけど。ルフィに聞かれ考えを巡らす。理由は聞かずに車を走らせることにした。くだんの道に入る。

「おぉ、なかなかよい感じだぞ」

ゾロは曲がって5メートルほどの位置で右に寄せて車を停止させる。ルフィが嬉しそうな顔をした。どうやら、意図はつかめているらしい。道幅はルフィのリクエスト通り、2メートルほどしかなく、これだけ右に寄って、助手席のドアがやっと開くぐらいの広さだ。もちろん、運転席のドアは開けることが不可能だ。ルフィが助手席のドアを開けたまま車を降りる。ゾロは運転席で成り行きを見守った。

 すぐに追尾の車が路地に入ってきて、急ブレーキをかけて止まる。その瞬間、四つのタイヤが撃ち抜かれた。道の真ん中で停車したため、追尾してきた二人の工作員は運転席のドアも助手席のドアも自分たちを外に出せるほど開くことができず呆気にとられている。ルフィは何事もなかったかのように、ゾロの車の助手席にすべりこんだ。たぶん、工作員はルフィの顔すら確認できなかったに違いない。それほどの早業だった。ゾロはぐっとアクセルを踏み込むと、

「鮮やかなもんだ」

と素直に感嘆した。本当にさっきまでとまどっていた、子どものような男と同一人物とは思えない。そのギャップにどんどん引き込まれていくのも同時に感じていた。もう、手遅れだ。ゾロの冷静な部分は分析の結果を告げている。

「この国の工作員はもちょっと臨機応変さを訓練した方がいい」

「伝えられたら伝えておこう」

ゾロは苦笑した。

「殺さなかったな」

気になっていたことを口にしてみた。殺してしまう方が楽だったのではないか。少なくともゾロの知る殺し屋ならそう考えそうなものだ。そう、たぶん「本社」の人間にもそれは往々にしてある思想だ。

「ゾロはおれのことなんだと思ってんだ?」

ルフィが眉を顰めて言う。こういう顔は初めて見る。

「フリーランスの殺し屋」

素直に言ってみた。確かに殺し屋と殺人鬼は違うから、仕事でなければ殺さない、そういう意味だろうか。

「言っとくけどおれが人を殺したのは一回だけだからな」

まぁ、一回が百回でも同じかなぁ、とルフィが眉を顰めたまま呟く。

「まぁいいや。」

自己完結してしまったようである。ちっともよくない、ゾロはそう言いたかったが

「まぁ、いいか」

こちらも自己完結してみた。たぶん、もう、ルフィが殺人鬼であったとしても自分には些末なことにしか思えないに違いないと思ったせいだ。

 

 車は国道に抜けて疾走する。車はルフィの言う通り、右に折れ、左に折れ、やがて、一軒の高層マンションまで辿り着いた。

「ありがとう」

ルフィが言った。車を降りようとする所を思わず腕をつかんで引き止めていた。ここまで連れてきておきながら、急にもうひとつの可能性に気づいたせいだ。もし、既にビビが殺されていたとしたら、ルフィにとって非常にまずいことになりはしないか。また、相手は正真正銘の殺し屋だ。万が一、ということがないとも限らない。

「ゾロは国より真実を選んだ。おれにはもともと国がない。でもビビは国をなによりも大事に思っている。おれはそれを守ってやりたい。」

ルフィが静かに微笑んだ。その威力は絶大で、ゾロはつかんでいた手を思わず離した。

 マンションのロビーはカードシステムを使ったオートオープナーになっていた。カードを持たない人間は住人にインタホンで連絡し、内側から開けてもらう機構だ。ルフィは銃を抜いてロックシステムに狙いをつけた。

「お前はほんとにそんなんでよく一流とか言われてるよな」

まるで考えなしだ。ゾロの家への侵入方法を思い出して苦笑しながら、ゾロはいつかホテルのドアを開ける時に使ったカードをオープナーに差し込んだ。メカニズムが働き、ガラスの扉がスルスルと開いた。ルフィは魔法をみたかのような顔でゾロを見た。

「あと、ひとつ訂正だ。おれが選んだのは真実じゃなくて、お前だ。」

言い置いてゾロはマンションの中にズカズカと入り込んで、エレベーターに乗り込んだ。ルフィが慌ててあとから乗り込むと18階のボタンを押した。顔が気のせいか少し赤い。ルフィはいろんな顔を持っていて実に飽きない。この男を分析するのはきっと世界を分析するより困難に違いない。こんな時にそんな呑気なことを考える自分が少しおかしくてゾロは小さく笑った。後悔はたぶんない。

 エレベーターが止まり、二人は厚いカーペットをしきつめた廊下に出た。ルフィが足音を殺して走った。大型の猫を思わせる動きだった。見惚れている場合ではないのでゾロもあとを追う。

 突き当たりの部屋の扉の前まで来ると、二人は銃を手にした。ゾロがカードを持ち、部屋のキーホールに差し込む。次の瞬間、ルフィが渾身の力でドアを蹴った。チェーンロックが弾けとび、部屋の内側でこちらに背を向けて立っていた男が驚いて振り返る。

 ダズであった。驚きに目をみひらきながらも、右手をスーツの内側にすべりこませていた。ルフィの銃が破裂音をたてた。ダズの右肩が跳ねて血飛沫が上がった。壁にぶちあたりそのまま崩れる。右手から銃が落ちた。二人は部屋に入りドアを閉めた。ゾロはダズに駆け寄り、銃を取り上げた。浅い呼吸を繰り返している。命に別状はなさそうだが、放っておけば失血死もあり得るだろう。

 その部屋は左右にドアがあり、どちらからも物音ひとつしない。

「ビビ!」

ルフィが銃を構えたまま呼んだ。返事はどこからもなかった。ルフィが左側のドアに歩み寄り、ノブをつかみ、体を離してさっと押し開いた。

 中は暗闇であった。

 ぱっと右側のドアが開き、左の部屋を覗き込んでいたルフィの背に銃弾が発射された。ルフィは振り向かず、反射的に身を伏せた。ルフィの左肩を弾丸がかすめ、ルフィは床に叩きつけられた。

 右手に四十五口径のオートマティックを持った女が右の部屋から現れた。女がゾロに気づき、銃の向きを変えようとする瞬間に、ゾロの手にしていたリボルバーが手の中で跳ね上がった。女の肩口に弾丸が命中し、女の体は崩れ落ちた。

 ルフィが素早く膝をつき立ち上がると女の銃を取り上げた。そしてそのまま右側の部屋に入る。部屋の中はなにもないガランとした八畳間で、中央に椅子し縛り付けられたビビがいた。傍らに彼女の護衛が倒れている。

「ビビ!」

ダズ達は尋問に薬ではなく刃物を使っていたようだ。血溜りがビニールを敷いた床に出来ていた。護衛のものか、ビビのものかもよくわからない。

「ルフィ・・・さん・・・?」

ビビは血の気を失った唇を震わせた。ゾロは素早く中央の部屋に戻り、そこにあった電話を取り上げ、本社への直通番号を押した。怒り狂っているナミに簡単な事情を伝え、救急車を至急4台手配するよう頼み受話器を置いた。

「お前は消えた方がいい」

ルフィに告げる。

「本社の人間がやって来る。不本意だが、一番手っ取り早い方法を取らせてもらった。一刻も早くビビを医者に診せたければ言う通りにしろ」

ルフィはビビを見て、それからゾロを見た。少し苦い顔をして、それでもくるりと踵を返し、部屋を出て行った。

「お前はちゃんと生きろ。それが責任ってもんだ」

ゾロはビビに静かに言った。それから窓際に腰を下ろし、左肩に傷を負って今目の前から去った男のことを考えながら、救急車の到着を待った。

 

 2004.12.20UP

今回ものすごく短いです。

ほんとは終わりまで一気に打ってしまいたかったのですが、

なんだかとっても雰囲気違う上に、

中途半端に長くなりそうな気がしたので一旦ここで切らせていただきました。

ここで終わる方が話としてはキレイな気がしますが、

キレイと言ったところで所詮当社比ですから、

もしよろしければ次回最終話もお付き合いくださると嬉しいです。

 

 

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